第6話 禁忌を犯した者


「私の調査の手伝いだと!?」


私は素っ頓狂な声を上げていた。高松氏は、そんな私を見て、面白いものを観察する科学者のような態度だ。


「はい。ぜひ、名探偵の助手ワトソンにしてほしいんです。」


「そうは言うが・・・・・。」


はっきり言って、必要もないし、助手を作ると私が解く謎が少なくなる。断ろう。


「すまんが。答えはNOだ。調査は遊びじゃない。そして、私は助手は作らない主義なんだ。」


しかし、高松氏は笑みを崩さない。


「そこはなんとか、ねっ!お願いしますよ。僕なら、豊川さんの知らない情報も提供できますし。調査の邪魔はしませんから。」


両手を前に合わせて、懇願するように眼差しでこちらを見ている。この程度で、私の意思が揺らぐことはない。私はなおきっぱりとした態度で、彼の提案を断った。


「知らない情報なら、自分で調べる。君の手を借りる必要はない。」


「くそー、強情だな。しかたない、特別に僕が提案する情報を少しだけ教えてあげます。これでダメだったら諦めますから。」


せめての温情だ。聞いてやることにした。


「それで、何を教えてくれるんだ?」


「僕が教えるのは、ある人物についてです。」


「ある人物?」


もしや、佐藤氏の生前の話かと思ったが、彼の話ぶりから何となく違う気がした。


「ええ。豊川さん、この村の雨は穢れているているという伝承があるのはご存じですよね?」


「ああ、そうだな。だが、それが何に関係している?」


「不思議に思いませんか?雨に濡れた村人がどうなったのか?」


「それがどうした。別に村を追い出されたりなんなりしているのだろう。」


彼の語り口に苛立ちが積もり、ついつい強い口調になってしまう。


「それが違うとしたら?この村のどこかに幽閉されているとしたら?」


「何だと?いるのか!?この村に!?」


勢いあまって、高松氏に掴みかかりそうなる。彼は動揺一つ見せず、話を続ける。


「居ますよ。そして、僕はその場所を知っている。どうです?僕のこと使ってくれる気になりました?」


掴んでいた手を突き放して、私は、声を漏らした。

村の禁忌を破った人間。もしかしたら、最重要参考人の可能性がある。それを聞き出すために彼を・・・・・。しかし、もし彼に何かあったら、私の責任になる。それはあまり芳しくないことだ。何より若人に無理はさせれん。だが、この情報は余所者である彼だからこそ得られたものだ。田淵氏などに聞いても、間違いなく答えてくれないだろう。悩みの声が、あたりにぽつぽつと漏れ出ていく。

・・・・・・・止むを得ん。私は固く閉ざしていた口を開くと高松氏に高々に宣言した。


「よろしい!君をこの名探偵豊川初の助手に任命しよう。」


それを聞いた高松氏は、子供の様な快活な笑顔を浮かべ、私の手を握ってきた。


「はい!後悔はさせません!!」


最初は知的な雰囲気を纏う青年だと思っていたが、今の彼は年齢の割には幼く見える。

私は彼から手を離す。握れるのは悪い心地はしないが、流石に時間が長いと鬱陶しい。


「ほら、そうと決まったら。長崎さんの家に行くぞ。」


「了解です。僕が案内しましょう。この村の地理は大体頭に入ってます。」


村の地図を暗記しているほどの記憶力だ。信用できると判断した私は、案内全般は彼に任せることにした。


高松氏のガイドは非常に精度が高く、私なら20分ほどかかりそうな道を、すいすいと進んでいく。若い力というのはつくづく素晴らしいと心の中で感嘆する。


予定より早く到着できた私は、少々上機嫌な気分で長崎氏宅の玄関にノックした。そして、それに呼応するかの如く、たいした時間もかからず扉が開けられた。


「あのーどちらさんすか?」


中から出てきた見窄らしい格好をした20代後半ほどの男だ。くせっけなのか、髪はボサボサで、大した手入れがされていないのが伺える。服は、無地の白いTシャツにジーンズの長ズボンを履いている。


私は、事件についての話をし、当時のアリバイを聞きたい旨を伝えた。彼はデコに出来たニキビを雑に掻いている。思考の時の癖なのだろうか?

そんなどうでもいいことを考えながら、彼の返答を待つ。


「・・・とりあえず立ち話もなんなので、どうぞ。」


私としては、外でも構わないのだが。私は、高松氏の方を見る。彼の意見も聞いておきたい。


「良いんじゃないんですか? 何より。」


高松氏は、私の耳に近づいて囁いてきた。


「部屋に何か重要なものがあるかもしれません。どうせ、このタイプの人は片付けしませんし。」


なるほど、そういう魂胆か。なら、これに乗らなければ無作法だというものだ。


「はい、お言葉に甘えさせていただきます。」


私達は、長崎氏の案内を受け、部屋の中に招き入れられる。私は見逃しをしないように頭の神経を一気に集中させる。

玄関から廊下を経て、台所と客間ーーーと呼んでいいか怪しいほどの部屋に入った。2つの空間は襖で区切られている。台所のテーブルには、いつのものかわからないカップ麺やコンビニ弁当の容器が煩雑に置かれている。足元は、ごみ袋のせいで覚束ない。


持ち主に似て、家も汚らしい。私も掃除は苦手だが、このような環境では生活できる気がしない。


長崎氏は、私達が座れるようにゴミを端にどかし、スペースを作り始める。正直言って、その下には座りたくないが。彼が、無造作に座り込む、それに続けて私と高松氏が着座した。


「えーと、で、確か佐藤さんが亡くなってた時間の話を聞きたいんですよね?」


「はい、そのために来ました。」と私が応答する。高松氏には、話の中に粗がないかをチェックしてもらっている。


「といってもね〜基本1日中家にいるとしか言えないっすねー。何より俺の家時計ないから、わかんないすよ。」


返ってきたのは、呆れるほどふざけた内容であった。私は語気を強め


「アンタ、何適当なこと言っているんだ。時間が、わからんだと?流石にこの村の民家にも時計ぐらいあるだろ!」


「そんなこと言われてもねー。事実だから。あと、豊川さん、アンタ探偵の割には、短気っすね。」


頭の血管がはち切れそうになるほどの怒りが、湧いていくる。コイツッ!勝手なことを言って!


彼に掴み掛かりそうな私を高松氏が遮った。


「そうですか。ありがとうございます。あの、彼に代わって僕からも1つ質問しても良いですか?」


長崎は、めんどくさいと言った顔をしながらも、高松氏の圧に根負けしたのか。


「わかったよ。で、何?」


「左手の薬指に指輪をはめていらっしゃいますけど、ご結婚なさってたんですか?」


「あ……あぁ、そうなんすよ。2年前くらいまで、まぁ、こんな男でしたもんで、そう長くはないとは思ってたっす。君はこんな男になっちゃダメっすよ。」


高松氏相手には、自分の事情をペラペラと喋るヤツに苛立ちが募る。


「高松君相手には、よく舌が回るじゃないか。」 


「人の家でそんな傲慢な態度とってくるアンタよりこの子の方が話が通じそうだ。」


「ふん、戯言を。最初に会った時と何も変わらんな。」


「そりゃ、さっき会いましたからね!」


「二人とも落ち着いてください。豊川さん、もうお暇しましょう。聞きたいことは聞けましたし。」


高松氏が呆れたように私を急かすので、気分を削がれた私は、一応便宜上のお礼を言うと、足早に長崎宅を後にした。


「よく今まで、探偵やれてましたね。あんな安い挑発に乗らないでくださいよ。」


「………面目ない。しかし、何故あのような質問を?君のことだ、私を収めるためだけではないのだろう。」


「はい。長崎さんが付けてた指輪、どこかで見た気がするんですよ。」


「それはこの村でか?」


「すいません、そこまでは。」


わからないのなら、仕方がない。後回しにして、次のことに取り掛からねば。私は、バッグの中からメモ用紙を取り出して、今までの証言を箇条書きで記していく。


すると、肩に微弱な振動が伝わってきた。私は、顔を上げると、高松氏が何か言いたそうにしている。メモを取る手を止めて、彼の方を向いた。


「どうかしたかい?」


「いえ、長崎さんからの話も聞けましたし、豊川さんが話を聞きたがっている方のもとへ、行こうと思いまして。」


あぁ、そうだった。彼とはそういう約束のもと一緒にいるのだ。私が話を聞きたい人物、それすなわち、雨ヶ谷の禁忌を犯した者のことだ。彼あるいは彼女はこの事件の最重要人物と言っても過言ではない。


「そうだな。で、その人はどこにいるんだ?」


「えっとですね……あっちから、あっでも、ここの方が早いか。とりあえずついてきてください。」


「わかった。」


そう言って、彼が歩いて行ったのは、私にとって顔を顰めるしか選択肢がない場所だった。


「高松君、一つ確認を取るが、私のことをおちょくってるわけではないよね?」


「豊川さん、短気すぎです。今は黙ってついてきてください。」


「ついてくるもなにも、行き止まりじゃないか?」


しかも、その行き止まりは、長崎宅の敷地内に存在していた。てっきり、私が知り得ない道の場所を通るのかと思ったら、知っている場所どころか、行き止まり。ふざけるのも大概にしてほしい。


「豊川さん、詰めが甘いですよ。キャラメルマキアートぐらい甘い。」


「独特な表現をするな…。で、私の詰めが甘いとは?」


「それはこういうことです。」


そう言って、高松氏が、木々を手で押し退けると、長い空間が発生した。それは、ここからでは、全て把握できないほど長い。


「ほぉ、これはまた凄い。」


だが、正直言ってそこまで驚くものではない。それは過去に見た光景と同じだったからだ。


「あんまり、驚きませんね。」


「探偵をやっているんだ、このくらいでは驚かんよ。」


高松氏はつまらなそうな顔をすると、再び私を案内し始めた。少し拍子抜けだったのか、足音が大きめだ。どうやら彼は、少々子供っぽい所があるようだ。まぁ、これも人から愛されやすい性質であるので、悪いものではないだろう。


そこから数分歩くと、広場らしき所が目に入った。子供が遊びとして使えそうなほど大きな敷地で、辺りは木々が鬱蒼と生い茂っている。そして、その敷地内ポツリとボロ屋が一軒存在していた。恐らくこの先に、高松氏が言っていた人物がいるのだろう。あの家は人が住めそうな環境ではないし。だが、高松氏はわたしの期待を裏切るかの如く、ボロ屋に近づいていく。

わたしは慌てて彼を引き止める。


「ま、待て。まさかそこに君の言っていた人物がいるのか。」


彼は屈託のない笑みを浮かべて言った。


「はい! そうですよ。」


「こんな所に人が居るのか!?」


しかし、ふと冷静になって考えてみると、村の禁忌を犯した者に高待遇が待っているはずもない。むしろ、迫害されている人間なら幾らでも雑に扱われるだろう。クソっ!!そんなことに気づかなかったとは!想定外の事実に背中に冷や汗が走る。


「豊川さんどうかしました?」


「あぁ、いや何でもない。急ごう。」


彼は不思議そうな顔を浮かべながらも、私を家の手前に連れてきた。ドアに手を掛けようとすると、辺りに小うるさい着信音が鳴り響いた。私のスマホではない。私は高松氏の方を見る。どうやら彼のらしい。


「あっ、すいません。僕は電話したら入るので、豊川さん先に入っててください。」


「初対面の私にか?」


「高松要人の紹介だと言えば、向こうもわかってくれます。じゃ、お願いしますね。」


高松氏は、私を無理やりに家に押し込んで、何処かに行ってしまった。

・・・・・仕方がない。少々気分は進まんが、行くしかないだろう。

私は、玄関口で靴を脱ぎ廊下を進む。足を進めるたび、床が軋む音が聞こえてくる。今にも床が抜けてしまいそうだ。廊下は一直線で短く、歩いてすぐ部屋への扉が見えた。襖なのだが、古すぎるのか所々穴が開いていて、扉としての意味を成していない。私は、『失礼します。』と声を掛けて、襖を開く。


「・・・・っ!?」


最初に感じたのは恐怖だった。その部屋にはなかった。何もなかったのだ。家具も、窓も、その他の物も。あるのは、床に敷いてある畳のみで果たして本当にここで生活を出来るものなのだろうか。しかし、私の目の前には老人がいた。かなり瘦せ細った体に伸びきった髪と髭は白く、まるで1000年は生きている仙人と相対している気分になった。老人は、私は見るなり、汚い歯がくっきり確認できるほどの笑みを浮かべ言った。


は客人が多いなぁ。」








「だから、大丈夫だって。心配し過ぎなんだよ。」


僕は、電話の相手に対して鬱陶しく返す。急に電話が掛かってきたと思ったら。これだ。


『まだバレてはいませんか?』


「当たり前でしょ。僕はそんな簡単に尻尾は出さない。それは一番そっちが知ってるでしょ?」


『この件は、彼らにも漏らしてはいませんよね?』


「うん。こんなこと言えるわけないでしょ。椎名さんどころか、三隅さんや岩田君だって反対するに決まってる。」


何より友達には、危険なことをしてほしくない。僕がやる分には問題は無い。危険な状況なんて今まで散々経験してきたのだから。


『・・・・流石に私の杞憂が過ぎましたね。それでは、引き続きお願いします。』


「わかったよ。あと電話でくらい敬語解いたら?」


『ふふ、そうね。でも、気を付けなさい。あなたの事がバレたらが台無しだから。それでは。』


そう言うと、電話の相手は一方的に話を切り上げた。僕は、乱雑にポッケにスマホを押し込むとボロい家屋の方を見た。


「絶対に失敗できない。僕らの為にも。」


僕は、覚悟を決めて、グッと拳を握った。





























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