第5話 アトリエにて


〜アトリエにて〜




先生の絵を眺めながら、私は自分の過去を思い出していた。

あの頃、私は頑固で、せっかくの誘いを断り、後で後悔することばかりだった。

でも、今は少し違う。


私は先生の個展に、小さなパステル画を出すことに決めた。

青い空の下、たんぽぽやチューリップがたくさん咲き茂っている。

土の中から顔を出したモグラの目に映る、初めての春の風景。



〜〜


空は水彩の淡いブルーでにじませて、ところどころパステルで白や明るい青を重ねる。


たんぽぽの黄色はパステルでぽんっと明るく置き、水彩の淡い緑で葉っぱの重なりを表す。


チューリップは水彩で花びらのグラデーションを作り、その縁に少しパステルを足すと柔らかく温かみが出る。


地面の土の色は、水彩の茶色をベースに、パステルで少しざらっとした質感を入れると「モグラの目線」らしいリアリティが出そう。



そしてモグラは姿を描かず、「地面から見上げる視点」だけにすることで、見る人が自然にその目線に入り込めると思う。



〜〜


タイトルは――

「ある朝 土の中から出てきたモグラから見た春の風景」。


それは、私自身への小さな挑戦でもある。

華やかでも大きなものでもなくていい。

小さな視点から見える世界こそ、大切にしたいと思うからだ。


この作品を個展に出すって、とても勇気がいるけど、足もとに眠る輝きに気づくこと。


それは、私がこれからの人生を歩んでいくうえでの道しるべになると思ったから…。



〜〜


先生と絵の話をして、先ほど桂水亭アンティパストで買ったビスコッティのセロファンの袋を皆さんに分けた。


先生がリビングのテーブルで、可愛らしいチューリップ型のティーカップに紅茶を淹れてくださっている。




私は、まだ少しアトリエに残り外の様子を眺めた。



丘の途中にある先生のアトリエの窓を開けると、遠くにヨットが見える。


白い帆が風を孕んで軽快にすすんでいる。

太陽の日差しが反射して海の水面がキラキラ輝いていた。

私は、まぶしくて目を細めた。

まつ毛がプリズムになり、太陽の光が七色の光を放つように見える。


海風がレースのカーテンを揺らし、頬をやさしく撫でていった。



私は深く息を吸い込み、この時の静かな喜びを胸いっぱいに広げた。



〜〜



「さぁ、皆さん お茶にしましょう〜!」と、リビングから明るい先生の声がした。



「は〜い!」と、私は返事をした。


レースのカーテンが、まばゆい日差しの中でハタハタと音を立てて 窓からの海風に はためき始めた。


潮の香りが鼻の奥をツンととおっていった。


また、この夏もきっと思い出の夏になる…

そんな予感がした…。


わたしは、きびすを返して、先生とみんなの待つリビングへ向かった。


自然と口角が上がって、ロングスカートの裾に海風が入り込み、白いヨットの帆のように私を進ませた。


個展が楽しみだ。


今からワクワクとドキドキが止まらない。














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パステル画の空 める @Meru05

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