まだ足らない会見

渡貫とゐち

第1話


「――この度は誠に申し訳ございませんでした」


 横に並んだ三つの頭が下げられた。

 謝罪会見ではないのだが、必然的に謝罪は必要になってくる。


 名目上は、事情の説明を主とした記者会見だ――とは言え、世間を騒がせてしまったことは謝罪しなければならない。


 これをしておかないと、お互いにモヤモヤが残ってしまう。


 最低限の膿を出したところで――ネット上で盛り上がっている隠蔽疑惑について、説明が求められた。


 疑惑だが……、もちろん隠蔽する気は誰にもなかった。勘違いや行き違いがあったらしいのだ――だが、そうだとしても、事実を並べてみれば隠蔽と取られてもおかしくはない。

 解釈違い……だが、それで逃げられるほど甘い社会ではなかった。


 間違えました、すみません――それで済むなら罰則なんて必要ない。



「会見を開くのが遅いですよ……本当に反省しているんですか!?」


 ひとりの記者が吠えた。

 数十社の――大手から中小まで、人数制限がないので中には記者の卵も混ざっているだろう――記者たちが会場入りしている。


 当然ながら人が多く、会場がぱんぱんだ。

 しかも統率が取れておらず、各々が好き勝手に喋っているのでまとまりがなかった。


 会見を開け、という声に応じて急遽開いた記者会見だ。そして、時間は無制限としている――さらには記者の質問にも制限を設けなかった。

 真摯な対応に見えるが……。

 全体のまとめ役がいないために、長く続けばお互いに疲弊するだけの気がする。


 現状、答えられることがどれだけあるのか、という部分もある。


「はい、反省しています。それをどう伝えられるのか、協議を重ねた結果、今回の会見になりました。急遽、となったのは会場の都合もありまして……。答えられないこともありますが、質問を受け付けたいと思います」


 会見が始まった。


 ――記者からの質問が飛ぶ。だが、個人情報のために言えないことも多々あり、そのせいで記者たちの態度も悪くなってくる。

 役員へ向けた人格否定、誹謗中傷、罵詈雑言……その全てが容赦なく降りかかってくる。


 何度も何度も頭を下げた三人は、それでも全てを受け止めて頷いていた。


「その通りでございます……一連の流れを知れば、鬼畜と言われても仕方ありません……死んだ方がいいとも思います」


「いや、そこまでは――」


「いいえ、死んだ方がいい人間ですよ。……もっとください、世間の不満、記者様方の率直な意見。我々は誹謗中傷を訴えることはしません。なので、もっと、もっと――我々を責め立てる言葉をください! 視聴者がドン引きするような罵詈雑言でも構いません、受け入れます!」


 その後、人間が思いつく限りの罵詈雑言が浴びせられた。


 まるで子供の口喧嘩のようでもあった。


 ……一方がなにも言い返せないので喧嘩ではないのだが……。


「企業のトップがこんなことをして……恥ずかしい大人ですよ」


「まだです、まだ足りません……もっとください……もっと、貶してもらって構いません。遠慮しないでください、配慮もいりません。強い言葉をひたすら、我々にぶつけてください――人を殺すつもりで言葉の暴力を振るってください……お願いします」


 三人が頭を下げる。人道を外れないように、とブレーキがかかっていた記者たちが、さらにギアを上げた。もうどうなっても知らないぞ、と言わんばかりに。


 誹謗中傷で訴えられないなら――と。安全が確保されたことを良いことに、これまでの功績に泥を塗り、学歴にケチをつけ、彼らの家族にまで言葉の暴力が及んだ。

 段々と語彙が少なくなってきたようで、発言する数も減っていく……その中で、語彙を絞りに絞り出して、声を上げていった。

 気力体力知力の全てが悪口に使われている――。


 続く強い言葉、悪口、誹謗中傷――

 全てを受け入れ、あっという間に三時間が経った。


 長いが……まだ短い方だろう。

 本題の半ばではあるのだが、記者たちに疲れが見えていた。


 対して、何度も頭を下げている三人には、まだ余裕がありそうだった。

 ……それもそうだろう。

 ただ受け入れるだけでいい人間と、生み出し、投げつける人間。疲弊するのは後者だ。


 同時に怒りのガス抜きもされるため、会見が始まった直後のような威勢もなくなっていた。その後は、理性が戻ってきたようで、淡々と会見が進んでいった。


 許可が出ているとは言え、悪口を言い過ぎた、と自覚があるようで……記者たちは浮かない顔を見せている。少し俯き気味で、申し訳なさそうに見えているのは見間違いだろうか?


 望まれたとは言えだ……コンプライアンス違反をやり過ぎてしまった。記者にはまだ人の心があったようだ。自前のブレーキが、やっとかかってくれたのだった。


 罪悪感もあった。やり過ぎた、という自覚が記者たち全体に伝染し、やがて貶めてやろうという勢いが萎んでいく。


 時間無制限としていた会見は、三時間と十二分ほどで終了した。


 罪悪感が混入したことで重要なことはまだまだ聞けていなかったのだが……しかし、話題はできた。だったらもういいか、と思えるほどに、記者たちは疲弊したということだ。


 すっかり、喉は潰れ、声が枯れてしまっている。

 誰も彼もがガラガラ声だった。


 重い足取りで、記者たちが会場から出ていく。


 頭を下げ、途中からはコクリと船を漕いだ瞬間もあったが……、受け入れて謝るだけだった三人は、記者がいなくなった後で、ふう、と息を吐いた。……――乗り越えた。


 ノルマは達成だ。


 叩かれるのは嫌だが、吹っ切れるほど叩かれてしまえばもう叩かれない。


 いくところまでいったはず……まあ、信用は地に堕ちてしまったが、そんなものは遅かれ早かれ堕ちるものだ。仕方ないと割り切るしかない。


 ここでサンドバッグになったことで、多少の同情をされているはずだ……、この反省を糧に、信用を取り戻していけばいい。



「――彼らはいい仕事をしてくれたよ」


 金で雇った悪口屋サクラ

 彼らが口火を切って三人を責め立ててくれたのだ。


 おかげで、周りも言いやすくなっただろう。


 最初の三十分程度で大半の記者を一気に疲弊させられたのは大きかった。

 休む暇を与えず、誹謗中傷に集中させ、悪口を考えさせる……そこで頭をフル回転させれば、三人が答えづらい質問など考えられなくなるだろう。


 実際、答えづらい質問はまったくないわけではなかったが、数は少なかった……記者会見としては楽な部類に入る。


 ――追及を振り切れた。


 もちろん、毎回使える手ではないが……、


 悪評を集めやすい大きな事件の時には、初手で使える一手だろう。





 ・・・ おわり

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まだ足らない会見 渡貫とゐち @josho

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