第4話 あたしは、最愛な人を殺しました



「おい、商品はこいつらで合ってんのか?」

「あぁ、夜遊びの懲りねぇ女が売ってきたんだとよ。...かわいそうに、親ガチャ失敗したんだな」

___覚えているのは、母親がいつものように濃い化粧をして、お気に入りのピンヒールを履いて、あたし達に背中を向けたところから。

十分に食料も与えて貰えず、あたしと美蘭はよく外で盗みを働いていた。

その日もまた、まだ4歳の美蘭の手を引いて外へ出た。

けれど、いつもならドアを開けると、向こう側に広い空が広がっているのに。

__その日は、大きな男たちによって空が塞がれていたのだ。

見知らぬ男たちに黒塗りの車に乗せられた後、やけに大きな建物に連れてこられた。

その時思わず、これがほてるなのだと、美蘭と顔を合わせた。

唯一家にあった絵本に、載っていたのだ。

でん、と高くそびえ立つそれからは、お城の塔を連想させ、派手なライトに彩られた門は、まるで主の帰りを待ちわびているようだった。

この中にはお姫様がいて、王子の帰りを待っているんだよ、敵がお姫様を連れ去りに来ると、ほてるは空を飛ぶんだよ、美蘭と想像を膨らませながら、見た事のないほてるへの憧れを燃やした。

夢だったほてるを目の前にし、あたしと美蘭は思わず手を取りあって喜んだ。

「美蘭!これがほてるよ!」

「中にはお姫様がいるのかなあ〜?」

大人たちはそれを、冷たい目で見ていた。



しかし中に入っても、当然の如くお姫様いなかった。

姫のお世話をしているメイドさんも、姫のボディガードのナイトもおらず、中にはただたくさんの個室と、変な模様を肌に付けた男がいるだけだった。

夢を壊され絶望するのもつかの間、すぐにあたし達は個室の中に連れてこられた。

中に入ると、大人数の男たちが値踏みするような目であたし達を見ていた。

まだガキだが、今から仕込めば良い売女になる、なんて話していたのを覚えてる。

その後、あたし達はたった1枚の薄い服を脱がされ、下半身を露出した男たちの前で股を開かされた。

突然のことで、頭が真っ白になり、目に涙が浮かんだ。

男たちがあたしの両脚を横に広げ、激しく何かを打ち付ける度、これまでにないくらい、激痛が走った。

母にぶたれるよりも、物を投げつけられることよりも痛い。

目の前では、美蘭も同じことをされ、泣き叫んでいた。

両腕をがっちり男たちに固定され、抵抗すれば容赦なく殴られる。

泣いても、姫を助けに来る王子など、いなかった。

これが、あたしの

__悪夢の、始まりだった。




ヤクザに買われ、歌舞伎町の売女として働いて10年が過ぎたある日のことだった。

会ったことの無い、初対面の人とセックスすることにも、淫乱で儚い相手の誘い方にもすっかり慣れ、その日もまた、ある有名な社長さん相手に淫乱女を装った。

社長さんは既に部屋におり、襖を開けると、興奮しているのか、火照った顔で待機していた。

誰にも邪魔されないよう、襖を閉め、社長さんの傍にそっと近寄る。

「今日はよろしくね、」

「お、おう...」

さらりと彼の腕に自らの手を回し、恍惚とした表情で目を見つめた。だいたいはそれで決まる。

しかし、今回はそうといかなかったらしい。

「!え、」

突然社長さんは立ち上がると、乱暴にあたしの上に馬乗りになった。

両手を上でひとつにまとめられ、抵抗できない体制になると、さすがに焦り、狼狽えたように早口で言った。

「ど、どうなさいました?お客様。サービスにご不満を感じたのでしたら、すぐにお申し付けくださいませ!」

「.....そうじゃないよ」

「え....」

「逆だよ、逆。君のその美しさに惚れたんだ」

「え、あの....」

そこまでくると、長年の流れからピンと来た。

「あ、そういうプレイをご所望ですか?なら、お任せ下さい__」

「___うん、まあそんなとこ」

「.....お客様....?」

彼は懐からSMプレイ用の拘束具をあたしの両手に括りつけると、満足気に笑った。

その笑みは、今まで見たことの無いくらい、不気味な笑みだった。

「ところでさ、ここって、クスリ禁止だっけ?」

「....あ、はい。売り物にならなくなるとかで禁止になっています」

「ははっ、自分で言っちゃうか」

「......え、」

しかし次に彼が懐から出したのは、明らかに怪しい透明な瓶であった。

中で、琥珀色の液が揺らいでいる。

さっ、と血の気が無くなる気がした。

「お客様!先程もお伝えした通り、当店では薬の使用は禁止されておりますっ」

「...大丈夫。バレなきゃいいのさ」

「いや、そういう訳には....」

「あぁ、それとも薬漬けになった君はもう用済みにされちゃうのかな?可哀想に」

どこか他人事のようにわざとらしく眉を顰めると、しかし、すぐに打って変わって嬉しそうな笑みを浮かべた。

瓶のコルクに手をかけ、すぽん、といい音の後に甘い香りが漂う。

抵抗しながらも、どこか、己の終わりを自覚していた。

(このままだと、美蘭を守れない。...大人になったら一緒に買い物行こうって約束、守れないな。)

コイツに薬漬けにされたらきっと、ここを追い出される。そしたら、身よりもお金もないあたしは、すぐに治安の悪い歌舞伎町の路地裏で野垂れ死ぬだろう。もしくは殺される。

(....あたしの人生、終わってんな.....)

男が瓶の中の液体を指にかけ、それをあたしの中に突っ込もうとした。

___その時だった。

「__なにやってんすか!」

ばたん、と派手な音がして、お腹の上にあった重い感触が去った。

何が起こったのだと、思わず目を見開くと、いつの間にか男は若い青年に胸ぐらを捕まれ、顔を青くしていた。

「....え」

「ここは薬の使用禁止ですよ」

「き、君、何勝手に入ってきてるのだ」

青い顔で額に汗を滲ませていたが、震える声で尚、でかい態度にでる男。

すると青年は顔を一層冷たいものにさせると、乱暴に男を手放した。

「っ、!き、貴様っ」

「__若い女性の人生を踏みにじろうとした以上、貴方の下に付くことはもう出来ません。そして、ここでの掟を破った貴方は、ここで__」

「....!」

「___死体は残してもらえるといいですね」

にこり、と氷の華が咲くように、彼は端正な顔で冷笑した。

「___」

確かにそれは、一般的に見ると、恐ろしいものなのかもしれない。

人を殺せるような、そんな人間味に欠けた笑顔だ。

しかしあたしはそれを__。



____美しい、と感じてしまった。



「あの、ありがとう....」

男が連れて行かれ、しばらくして落ち着いた頃。

あたしは、先程の青年に礼を述べた。

すると青年は先程のような冷たい笑みとは打って変わって、温かい眼差しであたしを捉えた。

「いえ...。ご無事で何よりです」

その年代にしては落ち着いた、優しげな声色であたしの心配をする青年。

その様子についドキッとしたのは、気の所為では無いだろう。

「....名前、聞いてもいい?」

どきどきと、今まで感じたことの無いくらい、胸が熱く動いているのが分かる。

もしかしたらこれが、とどこか他人事のように思った。

(これが____)

「___嵐(らん)です。鈴村嵐」

にこり、と中性的な顔が穏やかに微笑んだ。


__これが、

(____恋、なのかもしれない)



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みんな、誰かを殺してる まぐろ @ninniku5han

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