英雄第七皇女に生まれ変わったので死亡フラグ回避のため奮闘中ですが、魔王と恋に落ちました

あおりんご

第1話 転生した先は恵まれた皇女様


「ふえぇん、痛いよぉ!」

「まぁ、皇女様!こんなにお汚れになって…!」


 銀髪は乱れ、幼女が好んで着るであろう桃色のドレスは泥でぐちゃぐちゃ。

 私は声をあげてわんわん泣いたが、ただ一人の侍女を除いて周りの大人は冷たい瞳で私を一瞥するのみ。

 うーん、まだ五歳の幼女相手にこれは少々手厳しいのでは?

 まぁ周りの反応も当然といえば当然だ。私はこの国の第七皇女であり、一番の出来損ないなのだから。


「“ホコリ”がまた泣いてるわ。」

「うるさいったらないわよ。こっちは忙しいんだから静かにしてくれないかしら。」


 庭園周りの掃除をしているメイド達がヒソヒソとそんなことを言い合っている。皇族を一介のメイドが侮辱するのは本来なら重罪だが、私相手だとこんなことは日常茶飯事だ。


 私はベアトリス・デル・フィニアン。北の大国フィニアン帝国の第七皇女でありながら魔力を微塵も持たない、まさにガワだけの皇族。そのせいか使用人から舐めまくられており、銀の髪から“ホコリ”という蔑称を付けられる始末である。


「うわっ最悪!何で彼奴がいるのよ!!」


 キンキンした高い声が響き、振り返ると、案の定第四皇女で私の腹違いの姉に当たる人物が仁王立ちをし、嫌そうな顔で此方を見ていた。鳥のフンでも見ているような目である。

 第四皇女、ガブリエラは三つ上の八歳で、私を一番に毛嫌いしている。

 罵倒されるのはほとんど毎日だし、水を飲んでいただけで「あんたにはこっちの方がお似合いよ!」なんて言って泥水をかけられたことだって記憶に新しい。

 正直、こっちだってお前なんかに会いたかねえよ!と中指を立ててやりたい気分だったが、我慢である。私はにっこり笑顔を作った。


「ガブリエラお姉様!」

「わたくしの名前を気安く呼ばないでってば!気持ち悪いわね!全く、あんたみたいな奴は本来なら生まれてすぐに此処から追い出されるはずなのに...!青い瞳も持ってないくせして!これで母親が皇后じゃなかったら絶対そうなってたはずなのに!!」


 うわ、またガブリエラが癇癪を起こし始めた。やれやれ、と私は内心では肩を竦めつつ、その様子を怯えたような顔で見ることにした。


 皇族の人間は、まるで海のように青く美しい瞳を持って生まれてくる。水資源に恵まれたフィニアン帝国の皇族として確かに証と呼ぶに相応しい特徴なのだが、時々違った色の瞳を持って生まれてくる皇族もいる訳で、その内の一人が私ということだ。

 ガブリエラが言う通り、本来なら青以外の瞳を持って生まれた赤ん坊は、漏れなく北の果てにある離宮に追いやられる。けれど側室が産んだ子供が多い中で、私の母親は皇帝の寵愛を受ける皇后だった。

 母はせっかく自分がお腹を痛めて産んだ子供を手放したくなくて、離宮にやってしまうなら自分も一緒に行くとまで言って皇帝を説得したらしい。そして当時赤ん坊の私は見事に皇宮残留を果たしたのだとか。

 私と同時期に生まれたガブリエラの実の妹も青の瞳を持っておらず、側室であるガブリエラの母が泣いて縋ったが、皇帝は聞く耳を持たずに離宮にやってしまったというのは有名な話だ。

 ガブリエラが私を毛嫌いするのはこういった経緯もあるのだろうけど。


「〜〜〜っ、ほんっとにムカつくのよ!!」

「あっ」


 ドンッと肩を押され、再び地面に尻もちをつく。何も言わずに俯いていると、頭から冷たい水をかけられた。


「ほーら、アンタ、そこら辺の虫並に汚いから綺麗にしてあげたわよ?感謝しなさいよね。」

「うふふ、ガブリエラ様、なんてお優しいんでしょう。」

「それに比べてベアトリス様の間抜けな顔ときたら!」

「でも何かご不快なようです。顔色が優れませんわ。」

「ガブリエラ様、ベアトリス様はやはり綺麗なのはお気に召さないのでは?」

「あら、それもそうねぇ。」


 今度は何をしてくるのかと思えば、ガブリエラは近くにいた花の手入れ中の庭師に泥のついた雑草やらを受け取って、こともあろうことか私に頭の上から全てかけてきた。


「また泥塗れになっちゃったわね。でもやっぱりアンタにはそれがお似合いだわ、ねぇ“ホコリ”?」

「…」


 ガブリエラと彼女の侍女達がその場を去ると、その場には私を気遣うように見る私の侍女のマリーと、私の二人になった。


「…ベアトリス様…」

「…マリー、中に入ろう。ここは寒いわ。」

「っはい、すぐにお風呂の準備を致します!」


 皇帝である父の計らいで、私の部屋は皇女宮で一番豪華な部屋となっている。当然浴室も綺麗で、私はお風呂の時間が好きだ。


「ベアトリス様のお好きな薔薇の花びらも浮かべてみました。」

「ありがとう!…ねぇマリー、少し一人にしてくれるかな。」

「…かしこまりました。」


 何かあったらすぐに呼んでくださいね、と言って少し悲しげな目をしたマリーは浴室を出ていった。気弱な私が一人で泣くと思っているんだろう。


「…あんっっっのガキ!!北の国で頭から水ぶっかけるとかイカれてんじゃないの?!凍え死ぬかと思ったわ!!!」


 とんだ大間違いだが。

 私はガンッと浴槽の縁を拳で叩く。あぁ、今でもガブリエラの態度を思い出したらむしゃくしゃするったらない。

 誰が虫並に汚いだ!よっぽどお前の心のが汚いわ!!っていうか私のことホコリホコリ言うけどね、髪色でそんな蔑称つけるなら茶髪のガブリエラなんて絶対ウ〇コだからね?!ウ〇コ!!それに、実の妹がどうだとかはちょっと可哀想だと思うけど、それで私のことを逆恨みするのは普通に間違いだから!!恨むなら皇帝恨めよ怖いから無理だと思うけど!!

 あーもう、“原作”の私ならすぐにけちょんけちょんにできるのに!

 あんまり叫びすぎるとマリーに不審に思われてしまうので、心の中で思いの丈を吐きまくると少しすっきりした。


 ここまでで察した方もいると思うが、此処は前世で私が読んでいた小説『ダイスダーグ戦記』の世界だ。


 前世の私は、フェンシングの世界大会で最年少優勝を果たした神童と呼ばれていた。その上、たまたまお呼ばれしたパーティーで大きな会社を経営する若いイケメン社長と知り合い恋に落ち、恋愛面でも他人に羨ましがられるようなことを経験した。

 私の人生は満ち足りていて、充実していた。いや、充実しすぎてしまっていた。

 結婚間近の日、交通事故によって私の人生は呆気なく幕を閉じた。まぁ太く短い人生だったという訳だ。

 それも悪くないけれど、私はやっぱり長く生きたかった。だから私は決めた。今世は絶対に細く長く生きてやると。


 けれど人生難儀なもので、私が生まれ変わったベアトリス・デル・フィニアンは『ダイスダーグ戦記』に登場する五人の英雄のうち唯一の女性であり、作中でも主人公やヒロインを手助けし、最後の魔王との戦いでも勝利に大いに貢献する。おまけに絶世の美女としても有名で、銀糸の髪に赤い瞳は如何にもと言った感じだ。

 それだけ太い人生を送っていた彼女が当然長く生きた訳もなく。最終的に、ベアトリスは皇位継承争いに巻き込まれ若くして死ぬことになる。


「…暑い。」


 この五歳の幼い体ではあまり長風呂も出来ない。前世で私は長風呂が大好きだったが、のぼせてしまっては元も子もない。

 早々に湯船から出てひょいと指を動かすと、ふわふわとタオルが飛んできた。


 原作のベアトリスが皇位継承争いに巻き込まれた理由の一つがこれである。

 彼女は魔力は持たないが、強力な神聖力を持っていた。この世界では魔法を扱える者は多く存在するが、神聖力を扱える者の数は少ない。

 魔法とはまた性質の違う神聖力は、魔王を倒すにあたっても大きく役に立った訳だし、このように魔法と同じく日常生活でも役立つからありがたいと言えばありがたいのだけど、一部の貴族と国民達はそんな力を持つベアトリスを皇帝にしようと熱烈に支持したのだ。


「マリー」

「あっベアトリス様、自分でお着替えなされたのですね!流石です。」

「えへへ。ねぇ、お母様に会いたいわ。皇后宮に行きましょう!」

「はい!きっと皇后陛下も喜ばれます。お菓子もお持ちしましょうか?」

「うん!」


 途中で厨房に寄って母と食べるお菓子を持って行くことにした。

 料理長であるトーマスは恰幅の良い中年男性で、私を可愛がってくれる数少ない人の一人なので、気軽に厨房に行けるのは嬉しい。


「おや、ベアトリス皇女様ではないですか。今日も皇后陛下とお召しになるお菓子をお持ちしますか?」

「トーマス!ええ、お母様でも食べられそうな物をお願い。」

「と言いますと…、こういうのが無難ですかな。」


 私が来る前に既に作っていたのか、プリンや色とりどりのゼリーを差し出してきた。

 母は二年ほど前から肺病を患っている。この世界の医学は私の前世のものと同レベルに進化しているものの、母は体が弱く衰弱していく一方だ。

 原作でベアトリスの母は既に亡き人だったから、きっとこのままだとじきに亡くなってしまうんだろう。


「いらっしゃい、ベアトリス。」

「お母様!」


 皇帝である父と結婚する前は帝国で一番の花嫁候補だと言われた母は、頬は痩せ、目の下にはクマが出来てしまっているもののやはり格別に美しい。

 今日は幾分体調が良いらしく、ベッドから起き上がって私の頭を撫でてくれた。

 私は優しい母が大好きだ。出来ることなら助けたいし、死なないでほしい。けれど医者じゃない上まだまだ幼い私ができることなんて、こんな風に母に毎日会いに来ることくらいだろう。


「ベアトリス、この傷…」


 しばらくプリンを食べながら何気ない会話を楽しんでいたものの、母がふと私の擦り剥けた手のひらに気がついた。

 ベアトリスの体はかなり代謝が良いらしく、もうほとんど塞がっているそれは、十中八九先程ガブリエラに押されて転んだ時に出来たものだろう。


「あ、これはちょっと転んじゃっただけで…」

「嘘はつかなくていいわ。…また兄姉の誰かにやられたのね。」

「…」


 母は私がどんな扱いを受けているか知っている。病に身体を侵されるようになってから、社交界には出ることが無くなったものの、母が令嬢時代に築き上げた情報網は素晴らしいもので今もそれは機能しているみたいだ。


「ごめんね、私が病気なんかになっていなければ、貴女を守ってあげられるのに。」


 そう言って母は私と同じ赤い瞳を潤ませた。

 母が病に倒れてからというもの、父である皇帝が母に会ったことはたったの一度しかないという。

 確かに皇帝はそれまで頻繁に通っていた皇后宮に一切寄り付かなくなったが、それは彼が母を愛するあまり、苦しむ母を見ることに耐えかねたからだというのは原作を知る私だけが知ることだ。

 母は、夫が自分に会いに来なくなったのは病のせいで以前のような美しさを失ってしまったからだと思っている。

 私が生まれた時のように母が願えば、皇帝はいとも簡単に私に対する兄姉の嫌がらせや使用人の侮辱をやめさせることが出来るだろう。

 しかし彼が会いにこない今、母はそんなことをお願いしようがないのだ。かと言って下手に皇帝のいる皇宮に出向くのも体力が著しく落ちている母にはリスクが大きすぎる。前にそれでも皇宮に向かおうとしていた母を必死で止めたのは私だ。


「お母様、私は今でも十分お母様に守ってもらっているわ。」

「でも…」

「それにね、私はこういう時にお母様が『こんな風に貴女を産んでしまってごめんね』って言わないでいてくれるのが一番嬉しいの。」


 “魔力を持たない体に産んでしまってごめんね”

 “青色じゃない瞳に産んでしまってごめんね”

 そんな謝罪は、私自身の存在を否定するのと同じだ。けれど母は私を可愛い自慢の子だと言い、そんな風に謝ったことなんて一度もない。

 それが私にとっては一番嬉しかった。


「私、お母様の娘に生まれて幸せだよ!だって皇女宮のお姉様たちの中でも、私が一番可愛いもん!」


 そう言ってゼリーを口いっぱいに頬張ると、母は可笑しそうに笑って私を抱き寄せた。


「そうね、私の娘が一番可愛いわ。」


 母は幸せそうだし、残された時間をこんな風に穏やかに過ごすというのも良い。けれど、父と母が仲違いしたままなのはやっぱり辛いかな…と思った。

 原作で、皇帝は最愛の妻を失い、妻そっくりに育ったベアトリスから妻が自分に残した手紙を渡され、自分の行動を深く後悔することになる。

 いくら辛くても現実から目を背けるべきではなかった、最期まで彼女の傍にいるべきだった、と。


「(避けてきたけど、やっぱりまずは私が会いに行くべきか…)」


 原作で皇后である母の気持ちは一切明かされていなかったため、母は皇帝のことをそんなに好きじゃないのでは?と最初こそ思ったものだが、ちゃんと二人は相思相愛なようで、母は母で父を想っているらしい。

 よし、ここは私が二人の仲を取り持ってあげよう。決めたなら即行動、私は次の日早速皇宮を訪れることにした。

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