冒険の書(お試し投稿)

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第0話 ロスタルジー

 斜陽。


 魔王城の堅牢なる城壁が崩れ落ちて、外から差し込む斜陽。それを背に……影法師が独り、地面に伸びた。その人影に手をつく。


「もう、ここまでにしよう」


 そう言って彼女──ミオは両手に構えていた槍を少し下ろした。


 ……ついに負けるのか、『私』は。


 本当は分かっていた。見えていた未来だった。

 

 勝率は100%ではない。何度も繰り返されるこの最終戦で、いつか私が膝を折る時がやってくるのは避けようのない未来だった。それはなぜか?──彼女は絶対に諦めないからだ。


 まさしく『絶望』的な状況だった。


「……ミオ、お願いだ、考え直してくれ。この道の先ではもう、誰も笑えない。あるのはバッドエンドだけなんだ」


 しかし私の願いは虚しくも風に溶けて消えた。ミオは首を横に振った。


「違うよ、エイト」


 ミオは私を見据える。その真剣さを帯びた瞳は確かな熱を宿していた。

 

「人は強い。人は、どんなに暗い闇の中でも希望を見出すことができる」


「それに世界は終わらない。たとえ今バッドエンドに見えたって、それは一時的なもの。人にはハッピーエンドを思い描いて、それに向かって走り続ける強さがある」

 

 そうして彼女は──立っているのもやっとだろうに──まるで傷なんて負ってこなかったかのような表情で、ニッコリと微笑む。そして


「わたしにも、あなたにも」

 

 私に手を差し伸べた。


 

 ……違う、違うんだ。

 彼女はなにも分かってはいない。人は弱い。強いのは君だけなんだ。


 そう思うと、私の心の中で、何か得体のしれないものが湧いた。


「……傷ついた人間の綺麗事は、最早綺麗事ではない。それを人は強さと呼ぶのかもしれない」


 それは言葉となって、止めどなく口をついて出る。

 

「認めよう。数多の傷を負って尚……この状況で尚、君は君を曲げなかった。最後まで貫き通した。その強さを。……だがな」


 零れる感情が止まらない。傷むキズを抑えて私は喋り続ける。

 

「私だって負けるわけにはいかなかったんだよ。仲間を犠牲にした、たくさんの人々を犠牲にした。もう引き返せないんだ。引き返せなかったんだよ……」


 そう

  

「勇者として」


 影法師から一粒、影が溢れた。

 ミオはそんな私の言葉を聞いてか、まるで憐れむような、悲しむような表情を浮かべる。 


 二人の間を風が吹き抜ける。流れる雲により陽が翳り、遮られた光は行き場を無くしていた。まもなく闇が辺りを包むのだろう。


 彼女は、静かに口を開く。


「本当に勇者になりたかったの?」


「……え?」




 

 『本当に、勇者になりたかったのか』


 

「だってそうでしょ?あなたは『未来のため、人類のため』なんて言いながら、わたしの目にはずっとずっと過去だけを追ってるように見えた」

 

「違う、私は」


「いいや、違わない。だって──」

 

「──あなたが欲しかったのは世界平和なんて大きな幸せじゃない。愛する仲間との、手を繋げる範囲のちっぽけな幸せだったはず、そうでしょ?」


「あなたは勇者になりたかったんじゃなくて、本当はただの村人Aになりたかった。そうだったはずでしょ!」


 

 瞬間。

 彼の日の情景が、溢れ出した。


 ──私の記憶の中の『幸せ』は、いつだってこんな空だった。


 …………

 ……

 …


 海沿いのプロムナード。ブーケとレオとその青の広がりを見おろした。果てなく続く水平線を、何時迄も眺めていたいと思ったんだっけ。


「また来よう」


 無意識に口をついたのは私の言葉。斜陽が私達三人を照らす。影は一つだけど、孤独ではなかった。


 ***


 ミリア、ユキ君、パワーさん、ウィッチさん、シドウ先生

  

 次第に仲間は増える。

 

 フロンティアの花畑。みんなが笑っていた。追いかけっこをしていたんだと思う。


 夕陽が差す教会の窓からそれを見る私も、笑っていたはずだった。そのはずなのに。


 ブーケが私の手を握る。


「……どうして泣いてるの」


「……え」


 おかしい。こんな記憶はない。だけど。

 

 ポツリ……ポツリと。

 快晴の中、涙は降り出した雨だった。


「どうしてだろう……どうしてかな?こんなにも幸せなはずなのに」


 ブーケは優しく微笑む。そして


「きっと幸せだからだよ」


 私の涙を袖口で拭った。

 

 もうだめだった。それからはもう、止めようという意思に反して、止まらなかった。


「ごめん……ごめんなさい……」


 きっと何を言ってるか分からないだろう。ブーケが困るのが分かってて尚、涙と共に溢れる謝罪の言葉。


「みんなを、守れなかった……」


 もう、明らかに自分のためだった。どうしようもなく私は、最後まで自分本位だったのだ。


「うん」


 そんなどうしようもない私を、ブーケが優しく包み込んだ。


 触れる体温。伝播する心。


「大丈夫、大丈夫だよ。わたし、エイトくんが頑張ってるの、ずっと隣で見てたもん」


 彼女の言葉が羽根のように、私に舞い落ちる。

 

「分かってるよ。エイトくんはわたしたちのために戦ってくれた。それは自分本位なんかじゃない」


「わたしね、嬉しかったんだよ。幸せだった。エイトくんと一緒にいられて、冒険できて。本当に……本っ当ーに!……幸せだった!」

 

そう言ってブーケは満面の笑みで微笑んで、そして──

 

「──ありがとう!いつまでも大好きだよ!」 


 私の心に、一条の光が差し込む。

  

「そうだぞ!」


 教会の入り口からレオがやって来る。


「お前はずっと戦ってきたじゃねーか。それは確かに俺達のため……っていう自分のためだったかもしれねえ。けどな」


「俺は嬉しかった!楽しかった!お前と一緒にいられて!一緒に冒険ができて!」


「なぁ!お前もそうだろ?」


 そう言ってレオは照れたときのいつものクセ、照れ恥ずかしそうに鼻をかいた。私の心に更なる光が差し込む。


「ああ、もちろんだ!私も、君たちの冒険ができて、一緒にいられて、幸せだった。私は世界一の幸せ者だ、私は……君たちに会うために、この世に生まれてきたんだ」


「……けど私たちの冒険はここで終わりだ。だって負けた、負けてしまったんだよ」


「もう、なにも見えない。なにも見えないんだ……」


 外で大きな雲が流れた。

 一瞬の翳り、一瞬の静寂が場を満たす。さっきまでの光は残酷にも遮られる──その雲を突き破るように口を開いたのは、レオだった。

 

「諦めるのか?」


「……え?」 


「お前はいつだって諦めなかった。お前の真の強さは才能なんかじゃねえ、最上級の完璧主義、理想家だったところだろ。お前はお前の理想のためなら、いつだって一切の手を抜かなかった」


 そう言うと、彼は二カッと笑う


「今回だって諦めずに乗り越えられるって、俺はそう信じてる」


 

「そうだよ、エイト君」


 ブーケが真剣な表情で私の顔を覗き込む。

 

「エイトくんは理想のために妥協をできない。そうやってずっとひたむきに頑張ってきたはず」


「わたしは信じてる、エイトくんは“最高の勇者”だって」


「最高の、勇者……」


 『最高の勇者になる』


 それはかつてブーケと交わした約束。

  

 ……刺されたキズが傷む。足に力が入らなくて、立てそうにない。腕だって切れて、まともに武器を握れない。だが縋らざるを得ない。


「大丈夫、エイトくんなら」


 光よ、かつての情景よ、仲間よ、どうか消えて行かないで

 

「お前ならできるって信じてる」


 どうか側にいて、置いていかないで

 

「エイトくん」


 この目をいつまでも、照らして───


「──がんばって」


「────」

 

二人が過去から背中を押した。まもなく時は動き出す。




 



 


「──ああ、負けないよ。なんせ私は、『最高の勇者』だからな」


   ***


 雲が、晴れた。


 すべてが眩い。

 

 輝く斜陽は割れたガラスに差し込み、幾条もの金色の煌めきとなって溢れ出す。大地を、大空を、世界を、私の心さえも金色に染まりゆく──


 ──それだけでもう、十分だった。

 

「……認めよう、ミオ。私は“完璧な勇者”ではない」 


 拳を強く握る。


「君の言うとおりだ。……世界のため、完璧なハッピーエンドのためだなんて宣いながら、その実、死んでいった仲間たちを取り戻すために剣を振り続けた、だが──」


 ゆっくりと、立ち上がる。


「もう、自分の心に嘘はつかない!」


「私は……いや、『俺』は、仲間として……!誰の欠けもない世界をッ!!手繰り寄せるッッ!!」


 きっと俺はここで死ぬ。すべてを出し切って死ぬ。しかしそれでいい!ミオはループせざるを得なくなる!相打ちならば勝ち──!


「未来を確定させるわけにはいかない!!ここから先には、絶対に進ませないッッ!!!」


 全生命力をMPに還元。発動する奇跡は空を割る万雷。


 右手を上げ──そのまま叩きつけるように振り下ろした!

  

「冒険の書は……終わらせないッッ!!!」 


「エイトッッ!!」 


 彼女が目にも止まらなぬ速さで向かってくる。


 激突──

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