One more arrow, one more you──もう一度、君へ
清泪(せいな)
放てない言葉
深呼吸。
息を吸う。
耳に伝わってくる音が研ぎ澄まされる。
夕方の四時を過ぎて、道場内には橙色の明かりが差し込んでいる。
下校する生徒達の声が微かに聞こえる。
道場内で音を立てるものは二つしかない。
古ぼけた時を刻む柱時計と、弓を構える彼。
深呼吸。
息を吐く。
シュッと鋭い音。矢は弓から放たれる。
気持ちよい音を立て、矢は的の中心を射た。
そして、研ぎ澄まされた音たちがぶれ始める。
神経の緩み。
下校する生徒達の楽しそうな声。
それに滲むように反芻する先輩の声。
もうここにはいない、先輩の声。
また、深呼吸。
息を吸う。
凛として構える彼女の姿を思い出す。
回想の彼女をトレースする彼。
手の位置、肩の角度。
腰の位置、足の開き、顎の形。
そして、深呼吸。
息を吐く。
気持ちよい音を立て、矢は的の中心を射る。
彼女の笑顔が視界にちらつく。
滅多に笑わない彼女の笑顔。
卒業していった彼女に、彼は想いを伝えることが出来ずに、深呼吸を繰り返した。
吸う、構える、吐く、放つ、緩む、滲む。
彼女の笑顔が何度も滲んだ。
深呼吸をする度に。
One more arrow, one more you──もう一度、君へ 清泪(せいな) @seina35
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