アキツ


 7時をまわり、斜陽が差し込み、乗客を照らす。

 キラキラと空気中の塵に輝く光路は、乗客の衣服や頭で反射し、さながら間接照明のような柔らかい光が、世界を満たす。


 そんな車内に駆け込むユニフォーム姿の青年がいた。リュックを背負っている。高校生だろうか。


 若々しい浅黒い肌には、いくつもの輝く光の玉が浮かんでいた。


 ガタンゴトンと揺られる。やはり高校生は体幹がしっかりしているようだ。揺れにも負けず立っている。  


 揺れに負けじと踏ん張っていると、ふっと爽やかなメンソールの匂いが漂う。青年のものだろうか。冷房の風に乗り、余計に冷たく感じられる。


 制汗剤か、それともポッケに入れっぱなしの汗拭きシートか。はたまた青年とは全く関係ない、誰かが噛みだしたガムの匂いなのかもしれない。


 こんなにも人が密集しているのに、皆んな、思い思いの過ごし方で、自分の世界を作り出す。


 ガタンゴトン。周期的な電車の音のリズムの間に、音が挟まる。


 ――ペラッ。

 ――スースー。

 ――シャカシャカ。

 ――ざわざわ。


 冷風に乗り、個の境界を流れる。それぞれの空間をかき混ぜ、車内を巡る。ここにいる人々の拠り所となり、流れる。


 意外にも外の蝉の声は聞こえない。こんなにも音に溢れているのに、確かに静寂が存在する。


 あの、静かな場所で耳がキーンとする感じ。アレだ。イヤホンはその静寂からの避難所というところか。


 電車が止まる。湿気を孕む温風が立ち込める。あれだけ鬱陶しかったまとわりつくような空気が、冷えた体を包み込むように、心地良い。


 あの青年はどうしてるだろう。ああ、まだ暑いのか。餌をねだる金魚みたいに、服の襟を広げ、パタパタと冷房の風を送り込んでいた。もう息は整っているらしい。


窓の外を木が、ビルが、人が、走り抜ける。皆が合わさり1つとなっている。そう見えた。

 

 騒と静。

 集団と個。

 温と冷。


 目の前の車内を反射するガラス1枚で、世界が隔てられる。さながら鏡の世界だな。


 こんなにゴチャゴチャ考えるのも、この世界の所為なのかもしれない。


 再び扉が開く。個の空間を裂き、扉を跨ぐ。


「やあ」


「久しぶり」


 私の空間はもう、ない。

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アキツ @wakiwakisanbo

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