第10話 新たな契約
小さい頃から『島』の存在自体は知っていた。
剣と魔法があるファンタジーの、遠い場所。不思議な迷宮があり、現実とは隔絶された、お伽話のような世界。私のような一般人には外国よりも遠くて、無縁の場所だった。
だけども、何があったのか。私は『島』に連れていかれて奴隷となり、知らない男に買われた。無理やり言うことをきかされて、悪夢のような迷宮に連れて行かれた。
その中で私はなぜか、魔物に殺されそうになった彼を助けた。
自分でも行動の理由が掴めなかった。折角逃げられたのに、わざわざ恐ろしい魔物の元に戻ったんだ。普通に考えれば、正気の沙汰じゃない。
でも、どうして彼を助けたのか。
分からないけど……多分、あの淡々とした感じが嫌いだった。『島』の理不尽を見ながら無感情に、どこか諦めた感じで話す姿に、反発心を抱いていた。
それなのに、彼は変だった。
迷宮では私に同じ外套を着せ、夜は自分一人で見張りを引き受けた。魔物が飛びかかってきたときも、彼は私を突き飛ばして庇った。『島』で目にした奴隷の姿を思い出す。奴隷の私になぜ、そんな優しさを見せるのか。
そして、最後に小さな子どもみたいな顔で呟いた言葉。
それを聞いた瞬間、私は舞い戻っていた。
◇
迷宮を出て、家に戻って来た僕ら。
「う、ううう……」
ぐったりと力尽きたように椅子に座り、机に突っ伏すサエハ。マンティコアを倒した後、極度の緊張が切れて、腰が抜けてしまったらしい。僕が手を貸し、ようやく家まで帰って来れていた。
「初めて迷宮から戻って来たんだ。少し休んでいてよ」
「……う」
「み、水とか飲む?」
「……う、うぅ」
「ま、まあ。なにか必要になったら言ってね」
ゾンビみたいに呻く彼女にそう声をかけ、 僕は荷物の片づけを始める。結局あの後、弱った僕らにハーピーが襲い掛かって来て、命からがら魔方陣に向かうので精一杯だった。
マンティコアの素材を持って帰れば良いお金になったのにな――そう溜息をつく僕だけど、それに少し回復したらしいサエハが顔を上げ、信じられないという目で見ていた。
「な、なんでそんなに平気な顔で動けるの? そっちだって、マンティコアの毒にやられて動けなくなっていたじゃない」
「うん、さっきはね」
僕は荷物を片付ける手を止めずに、頷いた。
「でも、この外套は君の首輪と同じく、実は魔道具なんだ。物理衝撃を和らげ、身体が持つ治癒力を飛躍的に高めてくれる。外套がなかったら毒だけじゃなくて、もっと酷い怪我していたと思うよ」
「それだけで、そんなに動けるようになるものなの?」
「一応まだ痺れはあるけど……僕はこう見えて頑丈なんだ。もっと酷い毒をもらった時もあったけど、半日あれば動けるようになる。魔物にお腹をごっそりもっていかれたこともあるけど、そこから歩いて迷宮を脱出したこともある」
「ば、化け物じゃん……」
そう呟く彼女の声には、以前の心からの嫌悪ではなく、どこか冗談を言うような響きが混じっていた。
「……僕からすれば、武器もなしにマンティコアと対峙できる方が化け物だけどね。ちょあー、って。ちょっと信じられないよ」
「あ、あのねぇ。人がどんな思いでやっていたか」
しかめっ面をするサエハ。小さく鼻を鳴らすと少し顔を上げ、改めるように僕を見た。その瞳には、迷宮に入る前にはなかった確かな光が宿っている。
「約束、守ってよね」
「約束?」
「私を『島』の外に連れて行くこと。その代わり、遊園地を案内してあげること」
「……外では遊園地、いくらでもあるんじゃないの? なんだか公平じゃないような気もするけど」
「そう? それを言うなら私が『島』のことを知らないように、そっちだって外のこと知らないでしょ。私が外のガイドになってあげる」
悪戯っぽく笑うサエハ。その瞳に宿る光を眩しく思いながら、僕は答える。
「……外に出るには、とてもお金がいる。それこそ奴隷何十人と、同じくらいのお金がね。それを僕と君の二人分」
「今、どれくらいのお金を持っているの」
「正直、君を買うのでかなり使ってしまった。今回の探索でもマンティコアを持って帰れば良かったけど、正直そんな余裕はなかった。つまり、僕の手持ちはすっからかんなんだ」
「じゃあ、また最初から貯める感じね」
あっさり言う彼女だけど、その大変さが分かっていない訳ではないのだろう。これからよろしく、と手を伸ばしたサエハ。
だが、ふと思い立ったように尋ねる。
「そういえば名前、知らない。教えて」
「ナギト」
「ふーん。よろしく、ナギト」
「こちらこそ、サエハ」
そう言って、僕らは固く握手した。主人と奴隷という関係を超えた、新しい契約の証だった。
自由を知らない僕が、セーラー服の奴隷と「遊園地」を目指す理由 @koshiitete
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