第6話


亮と伊達は甲斐路を降りて、翔大を居酒屋に誘った

「翔大、全部吐き出せ!まだ何かあったんだろ?」

仲の良い伊達も感の良い亮も、翔大をこのまま返してはいけないと感じていた

特に付き合いの長い伊達はその深刻さを感じていた

少年野球から高校までずっとバッテリーを組んで、翔大のあり方は理解していた

キャッチャーの伊達はいつも翔大の球を受け、雰囲気、呼吸、動き、全てから彼を理解していた

苦しい時ほど1人で抱えてしまう所がある

今日の翔大は1人にしてはいけないと感じていた

そして行き詰まった翔大の苦しみを聞いた

「もう…俺には何も出来ない…

夏の終わり帰国して、日本のあの国の大使館やいろんな所に相談に行ったんだ、そしてやっと孤児養子縁組制度に辿り着いた、俺は『僕じゃ無いんです、姉夫婦に子供が出来ないんで』そう訴えて、

何とかなりそうな所まで話は進んだんだ

『ダン君待ってろよ、必ず迎えに行くからな、もう少しの辛抱だぞ、頑張れ!』そう心の中で言って、

姉貴夫婦にも話したんだ

『お金は俺が何とかします、育てるのも俺がちゃんとやります、どうか名義だけ貸して下さい、学ばせてやりたいんです、』そう頼んだんだ

『何でお前がそこまでやるの?』姉貴は不安そうにそう聞いた」

翔大は思っていた、あの国の実情を知らない人にはわからないだろうな、と そして続けた

「日本がどんなにに恵まれてるか、あれを見てない人にはわかんないんだ、でも俺は見ちゃったんだ、

だから俺は姉貴に 『あの国は子供が多すぎて政府も間に合わないんだ、だからってあんな扱いされていいわけ無いんだ、酷すぎる! 力になりたい!

何か出来ないのかって思っちゃったんだ、たとえダン君1人でも俺の手で何とかしたい…』そう言ったんだ」

伊達と亮はビールを飲むことも忘れて話を聞いた

「姉貴の旦那が『うちは子供ができないんだ、養子だっていいじゃないか、育てるのだってやろうよ、

翔ちゃんが味方なら国籍なんか違ったっていいじゃないか、いい子なんだろ?

お前1度行って直接会ってみれば?それから決めたっていいんだろ?』そういってくれたんだ、

一歩進んだ!俺はそう思って嬉しかった…」

つまみの唐揚げが運ばれて来た

亮はビールを一口飲んだ

伊達は唐揚げを爪楊枝に刺し、翔大に渡した

「お前食べて無いだろ、痩せたぞ」

そう言って自分はビールを飲んだ

翔大は受取った唐揚げを食べビールを一口呑むと、また話し出した

翔大の話はこうだった…

あの国の日本大使館員が、住居の無いダン君を探し出し、日本人との養子縁組をする為動いてくれた

しかし、そこで思わぬ答えが返ってきたのだ

翔大は日本の斡旋窓口に呼ばれ、説明を受けた

縁組斡旋業者があの国の大使館から言われたのは

「捨て子で身寄りも無いダン君は、この国の国民と証明が出来ないのでIDカードが有りません、国からの渡航の許可は降りません、ということです

残念ですが、他のお子さんにしたらどうですか?」

翔大は自分の胸が張り裂ける音を聞いた、

そして悲鳴にも似た泣き声を上げて崩れ落ちた

「何なんだよ!家族も無く家も無く、ひとりぼっちで頑張って 誰にも迷惑かけない様に生きているのに、国はダンを国民として認めないのかよ!

生きて来た証さえないのかよ!」

カウンター越しに 翔大は泣きながら怒鳴った

「国民として生きた証も無い、他の国に行く自由もない、そんな地獄が死ぬまで続くのかよ!」

そう言って床をたたきながら

「もう俺には何も出来ない…どうする事も出来ない

ダン君…ゴメン…ゴメン……ゴメンね……」

そう言って泣き続けた…

伊達と亮が山梨に行く為 迎えに来たのはその直後

だったのだ

居酒屋でその話を聞いた伊達は信じられない様に

「IDが無いって戸籍が無いってことだろ?そんな事有るんだ…

でも、本当にもうダメなのかなあ?」

と考え込んだ

「何か有る、きっと何か有る筈だから諦めるな!」

亮の力強い言葉に 伊達も

「そうだよ、俺も手伝うから、やれる事探して全

部やってみよう、翔大が知らないだけかもだろ?」

2人共 本気だったし憤っていた

その日以来3人は情報を共有し、行動を開始した

そしてパソコンでその事を発信し続けた


下部では、みんなが帰った後もレイは相変わらず沈み込んで、何かを考えているように見えた

ラウラは帰らず蓮の部屋に泊めてもらい、翌日レイを富士急ハイランドに連れて行く計画をした

何とか自分の手でレイの明るさを取り戻したかった

蓮が『一緒に行こうか』と言ったが、ラウラは嫌な言い方ではないがキッパリと断った

いつも蓮を頼りにするレイが、自分を頼る様になってほしかったし、付き合っているとは言っても中々2人きりになれないジレンマを感じていたのだ

そして亮から 熱すぎる 蓮の妹への想いを聞いて、何やら恋敵の様な気持ちにすらなっていたのだ

富士急ではレイが乗りたい、やりたいと言う物には全て付き合った

そして ラウラは最後に観覧車に乗ろうと言い、

「卒業するまでゆっくり付き合って、ママが言った様に卒業したら結婚してほしいんだ、それまではいつも僕がレイちゃんを守るから」

そう告白した

しかしレイは遠くを見て何か虚ろな感じだった

お母さんの事が有ったばかりだから、落ち込んでいるんだろうと ラウラは返事を求めなかった

だがレイの虚ろさはラウラが思っているのとは

全く違っていた 

母の納骨の時、 昔 産婆をしていた『産婆のババ』と呼ばれる年寄りに寺の隅に呼ばれ

「お父さんやお兄ちゃんにワガママ言うんじゃないよ、もう実の親がいないんだからな」

そう言われた事が頭から離れなかったのだ

『実の親がいないってどういう事?

お父さんは本当のお父さんじゃないの?

お兄ちゃんも本当のお兄ちゃんじゃないの?

みんな知ってるの?

みんな嘘をついてたの?隠してたの?

知らないのは私だけ?』

辰哉や蓮には怖くて聞けなかったが、真実を知りたい気持ちも有った

『どうすればいいんだろう、誰に聞けばいいんだろう…私はうちに居ていいのかしら…』

帰り道 ラウラの車のユラユラ揺れるキーホルダーがなぜか懐かしく、うつむき加減でじっと眺めた

昔 何処かで見た記憶が有る気がしたが、今はそれどころではなく 思い出そうともしなかった

そして車は家の近くまで来た、

ラウラは心配で帰したくないと思って、少しスピードを落として走った、しかし ゆっくりと停まった

車のヘッドライトが、2階の蓮の部屋から見えた

敷地よりもかなり手前だった事が気になって、蓮は下に降りて行った

2人共降りて来ないのが、別れ難いのかと思えて

何も知らない蓮は切なかった

外まで迎えに行きたかったが、それは してはいけない事だと思った

薪蔵に住まいを移してもう随分も経つのに、店の入り口に引かれたカーテンは、暗い店の中から街灯越しに、こんなに外が見える事を今更ながらに知った

レイは車からゆっくり降りてポツリと

「ここしか帰るところないんだよね、私…」

と言った、

ラウラはそっと後ろからレイを抱きしめ

「ここが辛いなら 僕のうちにおいで、レイちゃんが落ち着くまで僕が守るから…」

そう言った

うっすら見えるその様子に蓮は動揺した

そして 店の鍵があく音がしてガラス戸がひらいた

ラウラは抱きしめていた手を離した

「おかえり、車の音がしたから…楽しかった?」

蓮はたまらなかった、耐えられなかった

何も知らない振りをして話しかけた

「ただいま、楽しかったよ

ラウラ、有難う おやすみなさい」

レイはそう言って、蓮の笑顔を見て微笑み、ラウラに手を振って歩き出した

でも心のなかで思っていた

『やっぱり私の帰る所はここしか無いんだ』

あぁ……

なんであんな事聞かされたんだ…

本当でも知らないままで居たかった…

今までと同じ気持ちでいられるかしら

お父さんやお兄ちゃんは 今までどんな風に思っていたんだろう

でも怖くて聞けない…

沈んだレイを見て、蓮は

『やっぱり僕が守らなくちゃ、ラウラには任せられない』そう思っていた

店の中に入って行くレイと蓮を見送り、

ラウラは胸が苦しかった、切なかった

「レイちゃん……連れて帰りたかった…」

ラウラは さっきレイが見つめていた車のキーを

キーホルダーごとギュっと握りしめた

父の、木製の美しく小さなキーホルダーだった


店の奥のにある、居間の仏壇に手を会わせたレイは

『うめばーば、お母さん! 2人が死んじゃって、

私は私の過去をどうやって知れば良いの?

お父さんやお兄ちゃんは知ってるの?

私のお父さんはお父さんじゃ無いの?誰なの?

まだ結婚なんて考えて無いけど、早くここを出た方がいいの?』

レイは心の中でそう訴えて泣いていた

震えるその肩を蓮はそっと支えた

「レイ、なんかあった?

お兄ちゃん いつもレイの味方だから…

大丈夫だよ、もう寝な、2階に行こう」

レイは他人かもしれない蓮の優しさが苦しかった

そして蓮は自分の複雑な感情が苦しかった

3人とも 苦しかった

でも今はまだ、これから起こる事も 本当の事も 何も知らない三人だった


あぁ……

これから 本当の事を知る時が来るのだろうか…

あぁ…知れば何もかもが切なくなるのに…


               つづく











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リンディララ……あぁ… 蝶紀代 @NONtoMARK

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