第5話

GWの合宿から暫く経った

ラウラは自宅にレイを招待して ママに会わせた

ママは大喜びでレイと色々な話をしていた

そして明るく穏やかで、屈託のないレイの人柄を直ぐに気に入った

「レイちゃん、大学卒業したらラウラのお嫁さんになってよ、お願い! そしたらパパからラウラに社長を継がせましょうね、あなたは社長夫人!

私とパパは引退させてもらうわ、私もパパも お爺ちゃんから ずっと働かされっぱなしだったのよ

私は営業で海外ばかり、パパは本店で事務ばかり、

2人で旅行した事も無いし、妻らしい事もしてあげたことが無かったわ、それをやりたいの」

「またママの勝手が始まった、ちゃんとお付き合いを始めるのが先でしょ、パパにも会ってもらわなきゃだし」

ラウラが慌てて口を挟んだ

「そうだった! レイちゃんのご両親にもお会いしなきゃね、いつにしましょう」

ママはスマホのカレンダーを開き始めた

レイは 『ラウラのお父様は社長で、お母様はキャリアウーマンなんだ、こんな凄い人達とうちの親が話せるかしら、それに結婚なんてまだ…』

とそのスピードを少し心配になって来ていた


静子はあの焚き火の日以来 胃の痛みが増していた

もともと失恋の痛手と不安からか、下部に来てから

時々不快な胃痛に襲われることがあった

今回はレイの恋愛問題で 出生の秘密がバレないか

という不安からか、胃の痛みは絶え間なかった

胃薬を飲んでも治らず、1ヶ月も続くのを心配した辰哉は甲府の大学病院に連れて行った

そこで思いも寄らない診断がされた

『スキルス胃癌』だった

静子は思い出した、父も母も胃癌であっと言う間に亡くなってしまったことを…

直ぐに入院となった

検査の結果 静子と辰哉は担当医から持って4ヶ月と言われ、辰哉は放心状態になった

静子は父と母の最期を経験していたので覚悟した

そして意識がしっかりしているうちに、全ての過去を辰哉に話そうと決心して、1度自宅に戻った

「うめばーばに蓋をするようにと言われていたけど聞いておいて欲しい事があります」

そう言って、寄木細工のキーホルダーの付いた鍵で小箱を開けた

中には どうしても捨てられなかった照臣との写真と、紙袋に入った500万が入っていた

「この人がレイの本当の父親です、レイの本当の名前はレイではなくうららです、

私は昔から女の子が生まれたら うららと言う名前に決めていたんです、字は麗らかという字てす、

でもうめばーばは『麗(れい) か、漢字は難しくてこの子が可哀想だからね、仮名でレイにおしよ、』勘違いしてそう言い、その日からレイちゃんレイちゃんとみんなに呼ばれ、不幸な私が考えた名前より、みんなが呼んでくれるレイの方が、きっとこの子は幸せになれる そんな気がして、誰にも言わず

そのままにしました

写真を取っておいたのは、写真が無くなるとレイが

もし本当の事を知った時、父親の顔も知らないのは可哀想だと思ったからです

この袋にはその時社長の娘さんが置いていった手切れ金の500万が入っています 手は付けてません

お金が欲しくて別れたんじゃない、うららの父親が幸せになる為に別れたんだと示す私の意地だった…

でもそれは レイを実の子として扱ってくれる…

貴方への裏切りと思って苦しかった…」

静子は泣きながら苦しそうにすみませんと詫びた

「私を捨てた男でも…うららにとっては…実の父親なんです……すみません……」

息苦しそうに身体をまるめた

「もういいから…」

辰哉は抱きしめて 背中を擦ってやりながら言った

そしてこの写真の男の為にずっと苦しんだんだと、可哀想になった

だが 今でも忘れて無いんだな とも思った

一寸悲しい気持ちになったが分かる気持ちも有った

自分も薪蔵に来ると ふと前の妻との事を思い出す時が有ったから…

うめばーばの言った様に2人共『お互い様で、蓋を

して』生きて来たって事だと思っていた

そして最期の最後まで優しく面倒をみた

8月 静子は名前の通り 静かに息を引き取った


蓮とレイは仲間の殆どが夏休みのボランティア中だったので知らせなかったが、帰省しないキムだけは下部のレイの傍にずっといた

9月中旬みんなが戻り、線香をあげに来てくれたがキムだけは夏休みからずっとレイの家に居続けた

しかし自分の優しさの中に有る不純に苦しんでいたラウラが来た時、その純粋に心配する姿を見て

「傍に居てあげて下さい」

と頼み泣いて離れた、自分がみにくく思えた

色々な感情が込み上げてきた

みんながボランティアで大変な時も自分は唯 蓮の傍に居たいという思いだけで、ずっと山梨にいた

帰国まで少しでも蓮の傍に居たかった

本当にレイを心配する気持ちも有ったが、それを利用している気持ちも確かに有った

そんな自分が、自分の置かれた状況が苦しかった

みんなはレイに対する涙だと思ったが、伊達はキムの苦しさを少しわかっていた

「よくレイちゃんに付いていてくれたね、有難う」

伊達は気付かぬふりで優しくキムにお礼を言った

伊達の家は佃島の老舗佃煮屋だ

江戸時代三河からきた由緒有る家だったが、祖父の代迄は佃島というだけで、「穢多非人の住む川向う」という言い方で、云われの無いひどい差別を受けた事が有ると聞かされた

『差別とはなんだ?なぜ起きるんだ?』

それが伊達の研究の始まりだった

同じ国内での差別、国内の外国人に対する差別や偏見、土地同士、国同士の差別、今の時代でもみな自分一人の力では抗えない理不尽なものばかりだった

少しでも無くしたいと研究し、仲間を増やしていた

そんな中でキムへの理不尽な差別や偏見を知った

伊達は随分キムと話したが、キムの中の何かモヤモヤとした物も感じ取っていた

日本での差別、韓国の階級のどうしようもない理不尽、自分の蓮に抱いた気持ち、初めて出来た仲間という存在の大きさ、キムは全て日本に来て味わった

しかし来春にはそれらは無かったかの様に、日本に来る前の「決められた将来」というレールに乗せられるしかない そんな諦めの気持ちがいつも話の終わりを締めくくった

伊達は韓国の、今も残る暗黙の国内差別を知った、

キムの父は 少しでも財閥に近い所からキムの婿を迎えてやりたいと、必死で無理な付き合いをした

そしてキムが最初からそれに従おうとしているのが何か許せない気がしたが、それがどれほど深く重い物なのか分からず話を進められず、調べだした


翔大はずっと元気が無かった

仲の良い伊達は直ぐに気付いていた、あの国で何か

有ったなと…

JR甲斐路での帰路、伊達は翔大に聞いてみた

「何かあったんだろ?あの国で、 僕で良けりゃ話してみないか?」

翔大は泣いた ダンの事だった

「カトリックの慈悲小屋が 景観を損ねるという理由で政府が取り壊しを決めたんだ、

ダン達は住む所も奪われたんだ、僕はカトリック教徒達に 何とかやめさせてくれと頼んだんだが、どうにもならず日本大使館に行って訴えたんだ、

政府に何か言える立場に無いと断わられ、もう一度小屋に戻って辞めさせようと実力行使したんだ、『日本人が邪魔して困る』と大使館に連絡が行き

大使館員が来て『これ以上やると強制送還になり2度とこの国には来れなくなる』と言われた

小屋はバリバリと壊され 傍で泣きながらダンが…」

翔大は言葉を詰まらせた、しかし涙を拭い

「ダンが、お兄ちゃんお願いだからやめさせてって泣いてるのに『俺は何も出来ないのか...』そう思ったらユンボのオペレーターを引きづり降ろしてた

そして警察に捕まり1泊させられ翌朝早く帰された

ダンはどうなった?と思ってスモーキーバレーに行った 小屋は跡形もなく、換金所の裏に汚いボロボロの段ボールを敷いて寝ているダンを見つけた、

つぶった目は涙で濡れていたけど声をかけられなくて、そっとキャラメルの箱を置いて帰って来た...」

両手で顔を覆い 翔大は声を殺して泣いた

伊達も泣いた、4人がけの前に座っていた亮も眠った振りをしていたが泣いていた

話にはまだ続きが有ったが、翔大は涙が止まらなかったし、更に増した地獄の苦しみの出来事を、その

場ではとても話せなかった


レンタカーで来た大輔とコジはキムを乗せて帰って来た

運転席で大輔は 夏菜と奈良の鹿を見て来て、発想が湧き アニメの構想が進みだした事を熱弁した

キムはその明るく情熱一杯の話し方に救われていた

コジもまた大輔の明るさに救われる気がしていた

夏休み 沢山の仏教の団体に見学や勉強に行った

しかしタイから来たと言うと、何やら白い目で見る人達も居た

「タイの仏教とでは比べる事なんて出来ないのではないかしら?小乗仏教でしょ?」

なんだか卑下された様な、否定された嘲笑の様な気がして、コジは不愉快なものを感じた

同じ様にお釈迦様を信じる人達ではないのか?

タイで『日本から来た仏教徒です』と言ったらみんな良く来てくれましたと思って微笑むのに…

コジが『周りの人達が幸せである様祈っている』と伝えると、ある信徒は

「随分小さな世界の祈りですね、私達は日本の幸せ、世界の幸せ、全世界の平和を祈っています」

と胸を張って言った、間違ってないと思った、

しかしコジはいつもパパやママの事、仲間の事そして自分の事を祈り、その為に善行を尽くした

そうやってみんなが周りの人の事を祈り、幸せや平和を願えば それが全体に広がって世界の事になる

コジはそう考えていたのだ

『幸せを願う気持ちに大きいとか小さいとかあるんですか?大きいのが良くて小さいのはダメなんですか?』そう言いたかった

しかし大勢で祈るその信徒たちを前にして、言えなかった、

それを言ったら、自分が傷ついた様に相手を傷つけるのではという、コジの優しさが言わさなかった

そして同じ仏教徒なのに何でこんなにさげすむ言い方をするのか 悲しかった

大輔が天真爛漫に荒唐無稽なストーリーを熱弁する姿に 少し苦しさも悲しさも忘れていた


あぁ……仲間ってありがたいな、

いつも心を明るくしてくれる…

大輔有難う、

ラウラ、キム、レイちゃん、

みんなが明るくいられるように仏様に祈るよ

…コジはそっと手を合わせていた…

あぁ…

どれだけ祈りは通じるだろうか…


                 つづく





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る