好きなかたちを書く君を

イノシシのような小熊を描く君。


慎重に線を重ねていく指先は、どこかぎこちなくて。


筆先が震えるたびに、君の眉がほんの少しだけ寄る。


不器用ながらも、一生懸命で。


その姿が、なんだか愛しくて、目が離せなかった。


色を選ぶときの真剣なまなざし。

線を引くときの集中した横顔。


そのすべてが、僕には眩しかった。


君は知らないだろうな。


君に「絵を教えてほしい」と言われたとき、


びっくりしたけど、実はそれ以上にすごく嬉しかったことを。


君が絵に興味を持つなんて思わなかったし、

ましてや僕に教えてほしいだなんて。


「でも、どうして急に絵を?興味なかったよね」


何気なく聞いたその言葉に、君は筆を握り直す。


ほんの少しだけ迷うように。

そして、ゆっくりと答えた。


「好きな人が、絵を描くことが好きだから」


その言葉に、一瞬、思考が止まった。

時間が、ふっと止まったような気がした。


君には、好きな人がいるんだ。


その事実が、胸の奥に静かに沈んでいく。

音もなく、でも確かに重く。


君に好かれている人は、羨ましいな。


こんな風に、慣れない絵を頑張って描いて。

その人のために努力して。

その人の世界に触れようとして。


この小熊のようなイノシシを、きっとその人に贈るんだろう。


君の瞳が、誰かを思い浮かべて光っている。

それが悔しくて。


「そうなんだ」


なんとか言葉を絞り出したけれど、自分でも驚くほど静かな声だった。


まるで、自分の気持ちが音にならないように、

そっと押し殺したみたいに。


君の世界に、僕はいないのかもしれない。


君が描くキャンバスの中に、僕の色はないのかもしれない。


それでも───


そうと知っても、一秒でも君のそばにいたくて。


君が筆を動かすその時間に、少しでも触れていたくて。


上手くならないでいてほしいと思ってしまう。


そんなことを願ってしまう自分が、少し嫌になる。


でも、ずっとこうして、僕の隣で絵を描いていてほしい。


君が誰かを思い浮かべながら筆を動かすその姿を、


僕はただ、もう少しだけ眺めていたかった。


君の世界に入れなくても、君の隣にいられるならそれでいいと思った。


でも、ほんの少しだけ。

ほんの少しだけ、君が僕を見てくれたら。


そんな淡い期待が、胸の奥で静かに揺れている。


筆を握る君の手は、まだぎこちないまま。


でも、その不器用さが、僕には可愛らしく思えた。


君が描く世界の端っこに、僕の気持ちがそっと滲んでいく。


それに君が気づかなくても、僕はそれでいい。


ただ、もう少しだけ。


もう少しだけ、君の隣でこの時間が続いてほしいと願ってしまう。

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恋をしていたあの頃へ @hayama_25

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