春夏秋冬、俺たち親友

花田縹(ハナダ)

第1話

 始まったばかりの昼休み。

 学食へいく生徒が多いせいか、人は疎らだった。 

 春木はトイレから戻ると、入り口すぐの席の秋谷に軽く挨拶をする。


(今日こそ昼メシに誘う?)


 4月の身体測定の時、待ち時間にたまたま話すことになり、秋谷が「学食はうるさくて嫌いだ」と言ったことから、春木は仲間だと勝手に思っていた。

 教室で一人で昼メシを食べる何度か見ているのもあって、誘おうと何度も思うのだけれど、迷惑だと思って結局やめてしまう。


(秋谷、ちょっと怖そうだしなあ)


 真面目で良いやつなんだけど、ちょっとしたやらかしでもすぐ真顔で注意してくるから、周囲に少し煙たがられている。昼メシを食べるときにオリジナルのルールを作っている春木には尚更、誘うハードルが高い相手だった。


(またいつかにしよう)


 そんな感じで数カ月経ち、春木には違う友人と昼メシを食べるようになったこともあって、ずっと微妙な距離感を保っていた。


「ねえ」


 教室の真ん中の自分の席に戻ると、前の席の夏野が振り返った。


「春木くんは僕に心を開いていないと思う」


 部活のジャージを着た夏野は真顔で春木を見つめている。

 入学以来席替えをしていない。だから、出席番号順が1つ前の夏野は、春からずっと目の前の席に座っている。昼飯もそのまま縦一列に並んで食べている。向き合ったりしない。これが春木オリジナルの昼メシルールで、夏野は付き合ってくれているのだが、どうやらそろそろ思うところがある様子だ。


「もっと心を開けよ」


「開いているって」


 部活は違えど仲はいいほうだ。自分から話しかけられないタイプの春木からしたら、仲良くしてもらっていると言ったほうが良い。


「じゃあ学校終わったら遊ぼう」


「それは遠慮する」


「ほらぁ」


 不満をいっぱいに夏野は春木の机を両手でガタガタと揺らす。


「こらこら。揺らさないで。前向いてよ」


 それに秋谷がうるさそうにこちらをちらっと見ているじゃないか。


「どうしてだめなんだよ、春木くーん」


「テスト期間中だから」


「フードコートで一緒に勉強しようよぉ」


 揺れる机を抑える春木と、諦めずに揺らす夏野はにらみ合う。その背後から、夏野と同じジャージの大柄な男が現れた。


「おやめよ」


 春木の後ろの席の冬田だった。縦一列で昼飯を食べるメンバーのもう一人であり、一番うしろに位置する男。


「夏野くん、無理強いはおやめよ」


 夏野と冬田は同じ部活だ。よくつるんでいる。

 そんな二人に挟まれて、春木は入学以来毎日うるさくて、退屈しない。


「春木くんには、なにか理由があるのでは?」


「テスト期間だよ? テスト勉強したいから」


「だからフードコートでやればいいじゃない」


「それは……人と食べるの苦手なの言ったでしょ。学校で一列に並んで食べるのも同じ理由だよ」


「じゃあ、春木くんは何も食べなくてもいいからおいでよ」


「それは気まずいし、悪いよ。フードコートは行かない」


「でも、寂しい。俺が寂しい。」


 夏野が胸を張った。


「さーみーしーいー」


「よし。夏野が寂しがっているならなんとかしよう」


 突然冬田が立ち上がる。嫌な予感がして、春木はぶんぶん首を振った。


「ダメだよ。ダメなんだよ」


「なんで?」


「給食のトラウマがあるから」


 二人は顔を見合わせた。


「トラウマ?」


 大きなため息をついてから、春木は腹をくくることにした。


「女子にキモいって言われたから」


 口にして思わず下を向いた。こんなことを話さないといけないなんて、はずかしかった。


「咀嚼している口がキモいって」


 春木の告白に、夏野は顔を歪めた。


「うえぇ。残酷」


 しかし、冬田は大きくうなずき、仁王立ちしてみせる。


「よし再現しよう」


「再現?」


 夏野も春木も首を傾げる。


「体験は体験で打ち消すんだ。夏野がその女子をやってくれ。オレがそんなことないって訂正する役をやろう」


 春木は慌てて冬田の腕を引っ張る。


「何でそんなことするんだよ。やめてよ」


「大丈夫。キモさならオレが一番だ。なっ」


 春木にはなっ、の意味がわからない。


「説明してよ」


「仕方ないな。中学の頃、オレは唇が紫でキモいとある女子に言われて、そいつを追いかけてやった。トイレに逃げ込むまでね。女子に猛烈に非難され、先生にめちゃくちゃ怒られた」


「やらかすね〜」


「舐められてはいけないと思ってね。自らの尊厳を守ったさ。でも、その後に待っていたのは灰色の中学校生活だったけど」


 冬田はふふんと笑う。何故、そんな黒歴史を堂々と話せるのかわからない。

 その姿に、春木はちょっと清々しいくらいだった。


「それで、再現やるの?」


 夏野が訊ねる。


「再現やるよ」


 春木が答える。冬田と夏野はニヤリと笑う。


「よし、夏野が女子役だ」


「春木、咀嚼がキモい〜」


 さっそく夏野が高い声を出す。クネクネと体を揺らして、精一杯女子っぽくしているらしい。


「こんな感じ?」


 春木は少し考え込んでから答える。


「ちょっとライトかも。もっと嫌そうだった」


 そのアドバイスを受け、夏野は咳払いをしてやり直す。


「ちょっと、咀嚼がキモいんだけど」


「もっとズケズケと」


「咀嚼キモっ!」


「うーん。もっと低いかな」


「細かいな」


 考え込む春木をみて、夏野と冬田が笑っていると、


「やめなよ」


 鋭い声が飛んできた。秋谷がこちらを睨みつけていた。


「えっ?」


 三人は顔を見合わせる。怒らせるようなことをしただろうか。


「春木、困ってるじゃん」 


 首を傾げる三人に、秋谷の顔はあからさまに苛ついていた。


「そっとしておいてあげなよ。それなのに二人で絡んでさ。春木は一人で食べたいんだよ。無神経だな」


「おやおや」


 冬田が秋谷の前に立ちはだかった。


「君はどうしちゃったのかな」


「僕らはマブダチだぜぇ」


 冬田と夏野がジャージを脱ぐと、中のTシャツのど真ん中に『俺たち親友』と書かれていた。


「お前らのことなんか聞いてない。春木が……」


 秋谷が反論しようとしたとき、春木も制服のシャツを脱いでいた。

 秋谷が目をまん丸にした。

 同じTシャツを、『俺たち親友』Tシャツを着ていたのだ。


「お前もかよ!」


 秋谷は思わず吐き捨てる。でも、予想外のことについ笑ってしまっているように見えた。


「秋谷くんは正義感が強いなぁ」


「秋谷くんは正義の味方だね」


「秋谷くんも、オレたちの仲間になろう。俺たち親友Tシャツを買うかい?」


「買わん!」


 我に返った秋谷はプリプリしながら教室を出ていった。隣のクラスにいる同じ部活の仲間のところへ行くのだろう。秋谷は、このクラスに馴染めていない。だから、仲間だと思っているのは春木だけだと思っていた。でも、秋谷は助けようとしてくれた。


「頭にきた」


「あいつ、やっちまおうぜ」


 冬田と夏野は不穏なことを言い出した。


「やるって何を?」


 春木が訊ねると、


「あいつにも絶対このTシャツ着せよう」


「秋谷くんを仲間にするんだよ」


 二人はニヤニヤして答えた。


「いいね!」


 春木も大賛成だった。 


 それから、三人は何事もなかったように一列に並んでお昼ごはんを食べた。

 春木は不思議と気楽になっていた。今日の放課後なら、フードコートへ行ける気がする。

 もちろん、まだ一緒に食べられない。食べたくない。本音は、食べる勇気も持ちたくない。


(何も食べてなくたっていい、か)


 何も食べなくても、それは高校時代の笑える思い出の味として残りそうな予感がする。

 その際は、お目付け役として秋谷くんを無理やり誘いたい。春木はそう思っている。

 

 


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