(短編)村人A、現代社会に転生する。—警察官・始村立人の多忙な日常—

天堂与式

村人A、現代社会に転生する。—警察官・始村立人の多忙な日常—


 行きかう人々。車が響かせるエンジン音。鳩が目の前をポッポと歩いていく。長すぎる残暑が終わり、束の間の穏やかな秋の風が心地よく吹く。

 

 俺の仕事は、この「日常」を守ることなのだ。


「すみません、氷川神社ってのは、どっちへ行ったらいいですかね?」


 ひとりのご老人が、俺に道を尋ねてきた。


「ああ、それでしたら、その目の前の大通り進むと、石畳の参道が見えてきますから。そしたら左に進んでください」

「よかった! ありがとうございます⋯⋯。おまわりさん」


 そう、この道案内も俺の大事な、「警察官」としての職務だ。我ながら、慣れたものである。なんたって、年季が違う。俺は3年目だが、5年目の先輩よりも道案内に関しては実績があると自負している。


 なぜなら、俺には前世の記憶がある。今のこの世界で言う、ファンタジーRPGみたいな世界の記憶だ。


 俺の家は、村の入口の方にあったものだから、旅人がよく道を尋ねてきた。

 後に魔王を倒した勇者パーティを案内したこともある、誉れ高き、元「村人A」なのだ。


「県警本部より、大宮に指令。大宮駅前、駅南銀座で酔った男同士が喧嘩しているとの通報あり。現場応対願う」


 無線が鳴り、平和は破られた。


「シムラぁッ! 近くでケンカだ。とっちめに行くぞ」

「了解っす、先輩」


 村人Aだった俺、始村立人(しむらりつと)には、今度はこの手で、この世界の平和を守る責務がある。


「おらぁ! てめえ、もういっぺん言ってみろ!」

「馬鹿がよ! 酒で頭いかれちまったんじゃねえか! って言ったんだよ」

「酔ってねえよ! このドアホウが!」


 ——現場につくと、同じような赤ら顔の酔っぱらいの男同士が、飲み屋の前で互いに胸倉つかみ合って、罵声を浴びせあっていた。店の人が中から遠巻きに、その二人組を見ている。おそらく通報者だろう。


「おうおう、今日も昼間から盛り上がってんな⋯⋯。とりあえず落ち着かせるために引きはがすぞ」


 巡査部長である先輩が、配下の巡査である俺に応対の指示を出し、了解と俺は応じる。


「お兄さんたち~! どうも、警察だけど、ちょっと一回離れて落ち着こうか」


 丁寧な口調で向かって右側の男にアプローチを試みた。急に殴りかかって来るリスクもあるから、少し慎重に間合いを詰めつつ……。


「うるせえ! 税金泥棒はすっこんでろ! 関係ねえだろ!」


 そう言いながら、相手の胸倉をつかんでいた手はぱっと離され、握りこぶしに変わって、俺の顔めがけて飛んできた。


 警戒していたから対処は造作もない。相手の胸元に飛び込むように間合いを一気に詰め、そのまま飛んできた右手を両手で掴み取り、相手の勢いを活かしながら円運動を描くように地面にねじ伏せた。


「いってぇ!」

「はい、12時35分。公務執行妨害ね。とりあえず交番に来てもらうよ」


 もう片方の男は先輩が、うまくなだめたようだ。


 ——交番に引っ張ってからの聞き取りは、それはもう難航した。酔っ払い相手で円滑な仕事は難しい。


 前世じゃ、魔物退治を村のみんなで総力あげてやったが、倒したら最後、魔物は黒い煙となって消えたものだった。

 

 こっちの世界じゃ、敵をやっつけて、はい! おしまい! ⋯⋯とはならない。法に基づいた厳格な事後対応。そして、書類仕事! これが待っている。


 人間、魔物より百倍めんどくさい!


 ——今日の勤務も退屈しなかったな、と残業を終えた俺は署のロッカーで制服から私服に着替え、帰路についた。


 少し歩いたとこで、鼻にふわりと、腹まで染み込みそうな出汁の香りが届いた。立ち食いそばの店が目の前だった。

 思い返せば昼は酔っ払いの応対をやっていたおかげで、しっかり食べ損ねていた。腹の虫は主張する気力も失っていたようだ。

 食券を買って、おばちゃんに手渡す。仕事終わりのサラリーマン達が、各々ずずずと蕎麦を手繰っている。


「はい、たぬきそば。お待ちどおさま」


 熱々のヤツが、湯気を立てて、魅惑の出汁の湖面には俺の顔が映り込んでいる。鰹の香りが、気力を失っていた腹の虫を呼び覚ました。


 ぐぐぐ〜! となる腹の音に合わせて、携帯のバイブレーションがぶるぶると鳴動した⋯⋯。嫌な予感!


「お疲れ様です、始村です。」

「あ、お疲れ。上がったあとで悪いんだけどさ⋯⋯でかい交通事故が起きちゃって⋯⋯応援入ってくれない?」

「⋯⋯了解です、交番所長。署に戻ります」


 ちゃっちゃっと七味を振り、箸をパキっと割り、全神経を集中して、蕎麦をズズッ! っと一気にすする。出汁も、熱々だがお構い無しだ。ぐぐーッっと飲み干す。


 トンっと、丼をカウンターに着地させた。


「ごちそうさま!」


 ——幸い人身の被害はなく、事故の事態収拾は日が変わる前には収束した。メインの残処理は主担当の交通課が引き受けたので、応援要員の俺は解放された。


「あー、つかれた」


 再び帰路をとぼとぼ歩く。この分だと、宿舎に着くのは日が変わってからだろう。


 ふと糖分が欲しくなって、目についた自販機で缶コーヒーを買った。青いラベルでミルクと砂糖入りのやつだ。


 カシュっとプルタブを引いて、一口グビリと飲んだ。ミルクのまろやかさと程よい甘みが疲れた体を包む。


 今日も多忙だった。よく働いた。


 ふと、夜空の星が目に入った。なんとなく、前世で魔王が勇者に討伐されたという話を聞いた日に見上げた夜空を思い出した。


 あの時、道案内した勇者、ほとんど俺と同い年だったんだよな。物語の主人公みたいで、自分とは違う世界の人間なんじゃないかとか思ったっけ。


 あの時は、知らないとこで世界が動いている気がした。


 でも、今は、ちっぽけな一つの歯車かもしれないけれど、ちょっとは自分もこの世界を動かしている。そんな充足感を覚える。


「こっちの世界じゃ、俺も主人公か⋯⋯」


 明日も仕事だ。残りのコーヒーを飲み干し、自販機脇のゴミ箱に捨てて、再び帰路についた。


 前の人生も悪くはなかったけど、多忙な今もこれはこれで満ち足りている。


 ——都会の明かりに照らされた夜空の星が、負けじと輝いて見えた。

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