歴史探偵クロニクルズ Ⅰ アーク・クロニクル

@telltellsanta

第1話 変人?歴史探偵登場

 暦上はもう秋だがまだまだ35度を超える暑い日が続くある日の午後、京都国立博物館は平和だった。

 

 高校生の一団や、年配の観光客がガラスケースに顔を近づけている。


 空調の音と控えめな足音だけが広い館内の空間を埋めていた。


 若手学芸員の嵯峨悠子(サガユウコ)は、展示室の端に座り、その静寂とも違う心地良さの中で“歴史に囲まれている幸せ”を改めて噛み締めていた。


 しかし、その幸せな時間をつんざく様に若い男の悲鳴とも感嘆とも取れる声に慌てて立ち上がった。


 声のした方を見ると既に館内全ての視線を集めるカジュアルスーツを着たメガネの男がいた。彼は目の前に立つ、悠子の上司である塩見館長に平謝りしている様だった。


 「人羅(ヒトラ)君困るねぇ、大声なんか出しちゃあ、ここは京博だよ。もちろん驚いたのは分かるが…、何しろ緊急を要するんだ。分かってくれるね」


 「塩見館長、すんません。あまりにも突飛なお話しやったもんで。で、警察の方はなんて言うてはるんですか」


 「それは人羅君、ここでは詳しく話せないでしょうが。まぁ君は特別だから、奥の資料室で改めて話そうじゃないか」


 「えーーー!あの資料室に入らせて貰えるんですか。行きます、行きます」


 「だから君、大声は慎みなさい。本当に君は歴史が好きなんだね。この展示室にあった君のお祖母様からお預かりした品も、今日そこに移したんだよ。とりあえず私について来なさい。余所見して遅れるんじゃないよ」


 塩見館長とヒトラと呼ばれた青年はツカツカと奥へ進んで行った。悠子は注意を受けたはしから、キョロキョロといくつかの展示品を眺めながら歩いていく変な青年から暫く目を離すことができなかった。


 --資料室


 何重にも鍵のかかった金属の重い扉がギーっと独特の低い音を立てて開く。


 「さぁて、ここが京博で展示していない物でも一番価値がある文物を納めた資料庫だよ。昨日私も警察からの情報を受けて、ここに君の家系にまつわる品々を移したとこなんだ。何度も言うが、他の資料にはみだりに触ったりするんじゃ無いよ」


 「わーー、この空間に入れただけでも鳥肌もんです!!!ここには歴史の匂いが充満していますね館長!これなんか…」


 「まぁ歴史オタクの人羅君に注意しても3秒と持たんな。まぁ良い、君なら歴史を大事に扱うから壊さんだろう。兎に角、ここに移したからには警察の言う国際的犯罪組織でも手は出せまい。君のご先祖が遺した氷室幡日佐(ヒムロハタヒサ)神社の神宝や、秦氏(ハタウジ)の関連の品も展示は出来なくてもここで安全に保管をするから安心したまえ」


 「ありがとうございます塩見館長!いやぁーその国際的犯罪組織という方々のお陰様で、ここに入ることが出来たんやから、なぁーんも言うことあらしまへん! にしても、この薬師如来さんは御顔がぷっくりして、ええ御顔してはりますね。平安中期か、後期か」


 「それは十年程前に、廃寺になったある山寺の仏堂で私が一目惚れした木造薬師如来坐像だよ。この平安中期の優しい感じが私も好きでね。衣文の滑らかさから大仏師定朝の指導を受けた仏師が作成したものだと思うよ。今は薬壺が失われているがね」


「成る程。勉強になります!ほんでこっちにあるのは江戸時代の宗門帳ですか」


 その後も暫く人羅青年は、笑顔から次第に苦笑いに変わっていく塩見館長を質問攻めにし、塩見館長が堪らず先日出張先のイギリスで購入した上等な紅茶をご馳走様するので応接室に行こうと言うまでこの青年は歴史の匂いを嗅ぎ回ったのであった。



 たっぷり紅茶の香りまで楽しみ、正門から退出しようとする人羅青年を再び見かけた悠子は、同い年くらいであろうこの変な青年に好奇心を抑えられず、声を掛けたのであった。


 「あのー、すいません。ちょっとお伺いしても良いですか。私は嵯峨悠子(サガユウコ)、ここの学芸員なんですが、ヒトラさん?珍しいお名前だなぁと思って。あ!いや塩見館長と親しくお話ししておられたので、関係者の方かなんかですか」


 「ど、どうも。まぁ関係者って言えば関係者なんですが、ただの歴史オタクで…塩見館長には子供の頃からお世話になっとるんです。実はここの近所の家政婦紹介所の四代目で僕は人羅照康(ヒトラ テルヤス)といいます」


 「ヒトラ…テルヤス。珍しいお名前!どんな字なんですか」


 「ヒューマンの人に、羅城門の羅と書いて人羅よみます。よく言われるんですよ変わった名字やて」


 「人に羅城門の羅…、本当に珍しい!で、後なんでしたっけ、家政婦の紹介?」


 「そうなんです。これも珍しいってよぉ言われるんですけど、今年100年目になる家政婦さんの紹介業の4代目なんです」


 照康は思い出した様にガサゴソと上着の胸ポケットを探り、一枚の名刺を取り出し悠子に差し出した。


 歴史ミステリー専門

 京都歴史探偵事務所

 歴史探偵 人羅 照康


 「歴史探偵…。」


 「あー間違えた!これは先週作った趣味の名刺なんです。ちょい待ってください、渡そう思たんはこっちや」


 照康は慌てて、名刺入れを探りもう一枚の名刺を差し出した。


 仁愛看護婦家政婦紹介所

 紹介責任者 人羅 照康

 

 悠子は目の前の青年の、あまりの変人ぶりに思わずクスッとしてしまった。


 「あのー、ごめんなさい。またなんか変な事してもうて。忘れて下さい」


 バツの悪そうに俯きながら去ろうとする照康に悠子は、いつもの自分なら言わなさそうな言葉をかけていた。


 「歴史探偵さん、また遊びに来てください!今度ゆっくりお話ししましょう!」


 照康は振り返って軽い会釈を送り、そそくさと正門を抜けていった。


 「歴史探偵さん…。また会ってみたいな」


 優しい風が吹き、既に一番星が輝く空がちょっぴり、赤紫色に染まるのを見上げた。


 

 閉館準備のことをうかっと忘れ、主任に怒られてしまったが、悠子はどこか満足気な気持ちでその日家路に着くことができた。

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