晴れは嫌い
九条空
晴れは嫌い
晶は晴れが苦手だった。
すべての晴れの日が嫌いというわけではない。
快晴を苦手としていた。なぜか。
その理由が明確にわかったのは、高校生の時分であった。帰り道、友人との会話。
「晶って目強いよな」
「目ぇ強いって何? 目力ってこと?」
「そうじゃなくて。一緒に昇降口出た時、晶は目開いたまんまだったじゃん」
「どゆこと? そりゃ開いてたけど」
「言い方悪かったわ。あー……目をさ、細めなかったじゃん?」
目を細める。
その言葉を聞いた瞬間、晶の心臓は飛び跳ねた。
「今日スゲー快晴で、雲一つなかったろ? 日差しも強かったのに、いきなり外出て目開きっぱなしなの、目ェ強ッ! と思ってさ」
――封印していた、子供の頃の記憶がよみがえる。
ある夏の日、父が目元を手で覆いながらこう言った。
「今日は雲一つない快晴だなあ」
「雲、あるよ?」
晶は父の言葉に首を傾げ、頭の上を指さした。
そこには雲があった。晶の真上にあった。
だから晶は父のように、目元に手をかざす必要などなかった。
雲のおかげで眩しくないからだ。
父は怪訝な顔をして、晶の指さしたほうを見上げた。
「まっぶし! 晶、お父さんの目を太陽で焼く気だな~!?」
「ちがうよ~!」
父は幼い晶の体を持ち上げ、ぐるぐると回った。
晶は笑って、自分の頭の上にある雲の話を忘れてしまった――忘れようとした。
幼心に気づいたのだ。
おかしいのは、自分であると。
晶は雲一つない快晴を知らない。
誰かが「今日は雲一つないね」と言っているのを耳にしたことは何度もあった。
その度に、なんだか背筋が凍るような思いをして、俯いて聞かなかったことにした。
今ようやく、その理由を理解した。
自分の頭の上には、いつでも雲がある。
それは自分にしか見えない。
だから自分は、太陽の眩しさで目を細めたことが、生涯一度もなかった。
今日もそうだったのだろう。
「そう、昔から目めっちゃ強いんだよね」
「やっぱ強ェ~んじゃん!」
晶が茶化すように言えば、友人はドッと笑った。
言われるまで、晶は今日が雲一つない快晴であることを知らなかった。
これからも、晶は本当の意味で、雲一つない快晴を知る日はやってこないのだろう。
晶の頭上には、いつでも、晶にしか見えない雲がある。今も。
それがなんなのか、晶は知らないし、知りたくもなかった。
晴れは嫌い 九条空 @kuzyoukuu
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