勇者の星──修学旅行先は異世界でした。はぐれた僕は世界を巡ってみようと思います。

火木金

プロローグ、あるいは幕間

 とある公国


「あら、帰ってきていたのね」

 

 街のあかりも段々と消えていく夜に、ある令嬢の一室を訪ねる男が居た。

 

 「ちょうど明日から、西の方へ行くことになったんだ。しばらく会えないから、顔を見ておこうと思って」

 「貴方にそんな甲斐性があったなんてね。でも嬉しいわ、お化粧の一つでもしておくべきだったかしら」

 

 とぼけたように笑う彼女。

 窓から差す月明かりは、照明が必要ないほどに部屋の中を満遍なく照らしていた。

 

 「妹の顔に決まってるだろ。君の方こそ、変に愛嬌がついたんじゃないか?」

 「まあそうね。戦う必要がなくなった分、人付き合いも増えたのよ」

 

 十六になる男女と、四つ下の妹。この三人には血の繋がりは無い。この表現には語弊が生まれる可能性があるが、つまりは血縁関係のある家族ではないということだ。

 

 「ちょっとした皮肉じゃない。笑いなさいよ、相変わらず怖い顔してるわよ」

 「……別に、元々この顔だよ」

 「いいえ、貴方はもっと優しい顔をしていたわ。以前の方が私の好みだった」

 

 ゆっくりと、彼女の手元の光球こうきゅうが揺らめく。

 影が延びて、彼女から彼の表情は見ることができない。

 

 「……まだ引きずっているの?」

 「当たり前だろ。……それに引きずるとかの話じゃない。これは僕の背負った罪なんだ」

 「そう、あんまり覇気が無いものだから、慰めてあげようかと思ったのだけど」

 「勘弁してくれ。それに、覇気がないのも元からだよ」

 「それもそうね」

 「……」

 

 男は台所に荷物を下ろし、中身を取り出し始めた。

 

 「……それ、卵かしら」

 「ああ、アデナに」

 「またフレンチトースト……あの子は喜んでいるけど、私はそろそろ飽きてきたわ」

 「それなら良いんだ。これくらいしか僕には出来ないからね」

 

 男は慣れた手つきで卵の殻を割り、瓶に入った調味料を並べてパンを切っていく。

 

 「……罪滅ぼしのつもり?それなら、あの子に顔の一つでも見せていきなさいよ。そっちの方が余程喜ぶわ」

 「随分入れ込んでいるんだな。最初はあれだけ苦手だってわめいていたのに」

 「これだけ毎日一緒に過ごせば情も愛も湧くでしょう」

 「そういうものかな。血も繋がっていないのに、すごいね」

 「それ、貴方が言う?」

 

 言い返すこともなく、男は卵液に浸されたパンを皿ごと冷蔵庫に入れる。

 令嬢は呆れた様子でその動作を見つめている。

 

 「焼くくらいは君にも出来るだろう?」

 「それくらい出来ます。いつまでも箱入り娘扱いしないで」

 

 男はそれは失礼、というように肩をすくめて再び荷物を手に取る。


 「……もう行くんですか」

 「うん、出発は朝早くだから」

 「なら、泊まっていけばいいのに。その方があの子も……それに私だって」

 「いいんだ。アデナには申し訳ないけど、やるべき事はやれたし」

 「……そう」

 「それに、君と話すことが出来たから」

 「……本当、その歯が浮くような物言いだけは嫌いです。外ではそのような発言を控えるように。私まで恥ずかしくなりますから」

 「君は僕の教師かよ」

 

 彼女は光球に手を翳していて、その顔には影が差していた。

 彼からは彼女の表情を見ることはできない。


 

 「それじゃあ、また」

 

 言い終えるのが先か、男の姿は消えていた。

 

 「……暗いわね」

 

 部屋からはいつのまにか、月明かりすらも姿を消していた。

 

 「返事くらい聞いていきなさいよ、馬鹿」


 これはプロローグ、あるいは幕間の一幕。

 一人の青年が、異世界で紡いだ絆の欠片。

 

 この物語は、星が勇者を生む物語である。

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勇者の星──修学旅行先は異世界でした。はぐれた僕は世界を巡ってみようと思います。 火木金 @hikigane

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