チョコレートの白薔薇(千文字バージョン)

荒井瑞葉

スバル先輩と親父さん

わたしの家は和菓子屋、「花みや」。

昔気質の親父さんが和菓子を作って、日本語がしゃべれるイギリス人のママが販売をしている。

わたしの名前は花宮アユと言うよ。

中学2年生で、最近、初めての彼氏ができました。


彼氏のスバル先輩の家業はイタリアンカフェだよ。来宮神社周辺の「カフェ・オランジェ」という店だよ。

9月、初めてのスバル先輩の家業のカフェ訪問をした。

長男の二十代のお兄さんが、スバル先輩にそっくりなの! 他に次男さんが東京の調理師学校に今、通ってて、スバル先輩もゆくゆくは調理師学校に行くんだって。


お客様がほんの少しだけいる店内の、窓際の「特等席」に案内された。スバル先輩に「アイスのアフォガード」というお菓子を厨房で手際よく作って、わたしにご馳走してくれたよ。

中学3年生のスバル先輩の多才な一面を垣間見た。


こんな幸せでいいのかな?


⭐︎⭐︎⭐︎

お抹茶のお稽古にわたしひとりで行った日曜日、家に帰ると、親父さんとママがひそひそ話していた。

「アユも、『悪い男の人』に騙されてるんじゃないかな。最近、土曜日に出かけてばかりだよ」

ママの低くて沈んだ声は、普段、和菓子を売る時の張りのある声と全然違うよ。親父さんの声も低くて、よく聞き取れなかった。


ふたりと顔を合わせることができずに、2階の自分の部屋まで、音を立てずに階段をのぼった。スバル先輩とスマホメッセージをやりとりする。


「明日、月曜だけど、学校帰りにうちに来て、くれないかな?

親父さんとママがスバル先輩のこと、ひどく誤解してて」


「いいよー。アユちゃんのこと、俺は泣かせないからねー」

スバル先輩の言葉はスマホメッセージ上でも、お菓子みたいに甘くて軽やか。いつもの調子だよ。

でも、お調子者の浮気者に見えて、ほんとは堅実な人なんだよね。


親父さんに、先輩のいいところ、ちゃんとわかってほしい。


「ちょうど、今、お菓子作ってたんだ。チョコレート細工を上の兄ちゃんに教わってたところ。画像送るから、見といて。明日、一旦家に寄って、クーラーボックスに入れてこれを持ってきて、頑固な『親父さん』に一輪、プレゼントしてあげよう。アユちゃんとお母さんの分もあるからね」


スバル先輩が送ってくれた画像に、わたしは息を呑んだよ。それはすごく美しい。

お菓子の薔薇だよ。ホワイトチョコレートかな。


これを見たら、きっと、親父さんにだってわかってもらえる。

和菓子と洋菓子とで違うけれど、スバル先輩の手は「職人さんの手」だよ、

調理師学校にだって、将来、通うと言ってるよ。


⭐︎⭐︎⭐︎

夢の中で、チョコレートの白い薔薇に包まれた教会にわたしはいたよ。教会の壁も美味しそうなクラッカーなんだ。教会の中ではスバル先輩が秋の陽射しのような笑みでたたずんでる。


(そうか。わたしたち、結婚するんだな)

なんて思ってたら、チリチリチリ、と目覚まし時計の音が鳴って、目が覚めたよ。


階下に降りる。朝5時半だよ。親父さんが小豆の餡を仕込んでいた。


和菓子屋にとって餡は命。

普段は、仕込み中の親父さんに絶対、声なんか絶対かけない。


でも、わたしは大きな声を張り上げた。


「親父さん、今日、わたしの彼氏がうちに来るからね」


親父さんは少しだけ顔を上げた。

ほんの少し、嬉しそうな、照れたような、だけど寂しそうな表情をつかの間見せたけれど、また、餡の仕込みに戻ったよ。

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チョコレートの白薔薇(千文字バージョン) 荒井瑞葉 @mizuha1208mizu_iro

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