栄光の豚

黒蜥蜴

栄光の豚

高校という豚小屋で、私は惨めに生きてきた。

教室は檻で、廊下は泥だらけの柵。みんな人間で、私だけが豚だった。

失態を晒せば笑いものになり、誰も片付けをしてくれない。

ただ鼻を鳴らすばかり。声にならない声で、叫んだって誰にも聞こえない。


恋さえ知らなかったのに、猥雑な話題を振られ、また私は鼻を鳴らす。言葉を持たぬ四つ足に、言葉で暴力を振るうのが二足歩行の人間様のやることか。

呂雉が戚夫人を「人豚」としたように、私も、どこかで人間だったのかもしれない。

手足を削がれ、汚物を舐めるような日々。明かりを勝手に消されて、独りで掃除する女子トイレの広さといったら!

心の臓が潰れそうになる夜、私は空想に逃げた。


そんな夜に、詩を書いた。

人間だったら、こんな文章を書くのだろうと思って。

ガラケーの小さなキーパッドを、蹄で慎重に押した。

月のない深夜、送信ボタンを押した。


そして、翌月の新聞の詩歌欄に、私の詩が載っていた。

名前が、活字になって、印刷されていた。

誰かが読んでくれた。評価された。

小さい脳みそでそれを反芻した。

また筆を取った。また、次も、その次も。

何度も掲載され、ついに年間賞をもらった。


新聞社からインタビューを受けてほしいという連絡。

私は美容院に行った。野暮ったい長い髪を切ってもらった。

鏡に映った鼻は上を向いていなかった。こぢんまりとした鼻だった。

地面を嗅いでいたあの頃とは、まるで違う。


二本の足で、美容院を出た。

アスファルトを、まっすぐ歩いた。


私って今、人間なのかもしれない。


詩が私を救ったわけじゃない。

けれど詩が、私に「言葉」をくれた。

言葉が、私に「声」をくれた。

声が、私に「形」をくれた。


豚小屋から出たとき、

私はまだ豚かもしれない。

でも、鼻は地面を向いていない。

私は今、空を見ている。

両手で賞状を受け取ることができる。


そして、また詩を書こうと思う。

今度は、豚だったかもしれない人間の、まっすぐな心からの叫びを。

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栄光の豚 黒蜥蜴 @blacklizard

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