約束は守る男

志草ねな

約束は守る男

「遅いな、飯島のやつ」

 南龍也みなみりゅうやは、学生寮に遊びに来るはずの友人、飯島虎彦いいじまとらひこを待っていた。

 と、その時、南のスマホに着信があった。相手はそろそろここに来てもおかしくないはずの飯島だ。

「ごめーん南。今、駅前に『あんビリーバボー』ってたい焼き屋がオープンしててさ。メチャクチャうまそうだから、列に並んでた。あ、南の分も買ってくよ」

 しょうがないな、まあたい焼きが手土産てみやげならいいか。たしか餡ビリーバボーは自家製の餡が絶品という店だしな。

 南は「わかった」と電話を切ろうとした。


 だが、南は思い出した。飯島は以前、「たい焼きはクリームのほうが好き」と言っていたのである。

 ひょっとすると、飯島は自分の分だけでなく、俺の分までクリームを買ってくるかもしれない。せっかく餡子あんこが美味いというのに。

「餡子だぞ! 飯島! 絶対餡子入りのやつ買ってこいよ!」

 南は必死になって叫んだ。飯島の「わかったよ」という声が聞こえたので、ほっとして電話を切った。


 南との電話を終えて少し経った時、飯島のもとに店員のお姉さんがやって来た。

「申し訳ありません。生地がなくなってしまいまして、今日の販売は終わりです」

 それでは困ると、飯島は必死に食い下がった。

「小っちゃくなってもいいから、売ってくれませんか」

「型が決まっているので、できません」

「タイがだめなら、コイとか、金魚でもいいですから」

「もっと無理です!」


 それからかなりの時間が経った。南のもとに、飯島はまだ来ない。

 もしかして途中で事故でもあったのか、と心配になった南がスマホを手に取ったその時、玄関から声が聞こえた。

「南! ごめん! たい焼き売り切れちゃったんだ!」

「なんだそんなことか。別にいいよ」

 そう言いながら、南は飯島の手を見た。たい焼きは無いと言っているのに、何かの袋を持っている。

「だから代わりに、タコ焼き買ってきたんだ」


 二人で一緒にタコ焼きを食べることにした。

「ごめんなー、たい焼き買えなくて」

「いいってば」

「でもさ、約束は守ったから!」

 約束って何だっけ? と思いながら、南はタコ焼きを口に入れた。


 その瞬間、南は思い出した。

 自分が電話で、何と言ったのかを。


(了)

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