終章
最終話 恋と証
夏休みが終わって二学期が始まった。
わたしは朝の通学路を一人で歩いていた。
今日もいつも通り背負ったパステルブルーに白い水玉模様のリュック。
そこに付けてあるデフォルメの白くまとイルカのキーホルダーが揺れる音が聞こえる。
それを聞きながらわたしは急な坂道を歩いていた。
履いているのは全体に小さな星が散りばめられたパステルブルーのスニーカー。
わたしのお気に入り。
その長い坂道を越えてしばらく歩くと学校の校門が見えてきた。
すると、わたしは誰かに肩を叩かれた。
振り向くと結子がいた。
「はよー、涼子」
「おはよ、結子」
「……相変わらず、涼子のリュック子供っぽいね」
結子が呆れたように何度目かわからないことを言った。
でもわたしはもう気にならない。
「うん、そうかもね」
「……うんって。あのさ、涼子。いつも言ってるけど――」
「いいの、わたしはこれで」
「……え」
「今まで黙ってたけどさ。ホントはわたし、こういうのが好きなんだよね」
わたしは結子に笑ってみせる。
前までのわたしならこんなこときっと言えなかったと思う。
でももうわたしは知っている。
好きに拒絶されていたわけじゃない。
わたしが好きを拒絶していたんだって。
だからわたしは決めたんだ。
もう好きを拒絶しないって。
胸を張って好きなものを好きだって言う。
そう決めたから。
わたしの言葉に結子はしばらくなにも言わなかった。
でも、やがて大袈裟にため息を吐き出した。
またダメ出しされちゃうかなって思っていた。
でも結子の口から出てきた言葉はそんなものじゃなかった。
前と同じで呆れているみたいな口調だったけど、でも結子は。
「そういうの、もっと早く言いなよ」
そんなことを言ってきた。
「え?」
「アタシ、涼子がファッションに無頓着なんだって思って。それがもったいないって思って今までいろいろ言ってきたわけ」
「……そっか」
「でも違ったわけね。涼子は無頓着だから子供っぽいものとか平気で着てたわけじゃなかった」
「うん。……ごめんね、ずっと嘘ついてて」
「ホントだよ。そういうのが好きなら似合うように考えてあげたのに」
「え? でもわたしには似合わないって……」
「普通に着たら、ね。やりようはあるって思う。いい感じになるように考えてあげる」
「……いいの?」
「なにが?」
「だってわたしには大人っぽいものの方が似合うんでしょ? やりようはあるっていってもやめた方がいいって、そう言われると思ってた」
「好きなものを自分に似合うように工夫した方が楽しいし、なんかかっこいいっしょ」
「そっか……」
案外、こういうふうなものなのかもしれない。
わたしは今まで変だって言われるのが嫌で、嫌われるのが怖かった。
だからホントの気持ちが言えなかった。
でもそんなことはないのかも。
もちろん嫌ってくる人もいると思う。
でもきっとそういう人ばかりじゃないんだ。
こうやって結子みたいに受け入れてくれる人だっているんだ。
もしもずっと言わないままだったら知ることはなかった。
ずっと悶々として、前に進むこともなくて、そのまま立ちつくしていたんだろう。
……やっぱり一歩踏み出そうとする勇気は大切なんだ。
「ねえ、結子」
「ん?」
「じゃあ今度、買い物に付き合ってよ」
「もちろん」
ほら、思っていたよりも世界は狭くない。
思うよりもこうやって笑い合えるままでいられるんだ。
そういう人が少しでもいれば他の誰かに嫌われたって大丈夫なんだ。
ふと見つめた先に小さな女の子の背中が見えた。
それはわたしの大好きで、大切な人の背中だ。
結子に断りを入れて、わたしは愛華へと駆け出した。
「愛華!」
わたしが声をかけると、愛華は立ち止まってわたしを振り向いた。
わたしはその小さな身体に飛びつくみたいに抱きつく。
「ちょっと涼子っ、危ないでしょっ」
そうやって言いながら、でも愛華は振りほどこうとしない。
嫌がる素振りも見せない。
わたしはそれがすごく嬉しかった。
……愛華はたしかにここにいるんだ。
わたしは愛華を失わずに済んだ。
それを改めて実感すると、抱きしめる腕に少しだけ力が入ってしまう。
わたしには辛かった過去がある。
それを忘れることはこの先もできないって思う。
でも前より辛く感じない。
それはここに愛華がいるから。
ここに愛華がいるのなら過去の嫌な記憶なんて気にならない。
「しかたないよ。だって愛華のことが好きなんだもん」
「……まったく」
「愛華は? わたしのこと好き?」
「……言わなくても、わかってるくせに」
「愛華の言葉で聞きたいんだよ」
「こんな人前で言いたくない」
「わたしは言ったよ」
「……涼子とあたしは違うのよ」
「そんなの知らない。言ってくれないならずっと抱きついたままだからねっ」
「どっちにしろ涼子がいい思いするじゃない」
「ほら、言ってよ愛華」
「……もう、わかったわよ」
愛華は明後日の方に視線をやって、わたしにしか聞こえないくらい小さな声で。
「………………あたしも、愛華のことが好き」
こうやって好きな人に好きって言われる。
それだけで世界はこんなにも綺麗に見える。
つまりそういうことなんだ。
わたしと愛華は並んで歩き出す。
そうしてどちらからともなく手を繋いだ。
愛華の手は柔らかくて、ほんのりと暖かい。
これが幸せの感触かもしれないなんて、そんなことを思った。
○
この先、わたしたちはまた傷つけ合うことがあるのかもしれない。
それどころか何度も繰り返すかもしれない。
でもきっとそれでもいい。
だってわたしたちはまた戻って来られる。
傷つけ合って、また戻ってを繰り返して、その度に絆を深めて……。
そして、わたしたちは一緒に歩いていく。
わたしたちの傷がわたしたちの愛の証になる。
そう信じて。
おわり
アイワナキスユー! 水無月ナツキ @kamizyo7
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