いつもの夜

鐘町文華

いつもの夜

 訓練が明け、シャワーを浴びてから宿舎の部屋に戻ると、ベッドにはすでに彼女が座っていた。わたしに気づくと、ふわっとほほえむ。名前を呼ばれて、手を差し伸べられる。それを取ると、ぐい、と引き寄せられた。

 ベッドに倒れ込む。上になった彼女の、身体の重みと素肌のなめらかさに、じわじわと感情が昂っていく。

 彼女の顔がゆっくりと近づく。赤らんだ頬。潤んだ瞳。そのくちびるから、声がこぼれる。

「……すきだよ」

 その瞬間、胸に甘いものがひろがる。

「わたしも。すき……」

 いつもの、確認の言葉。なんだかきょうは、くすぐったくて。ふたりでちょっと笑って。わたしは、彼女の背中に腕を回す。

 そっと、くちびるが重なる。そのやわらかさに、心臓が震えた。

 ――明日は戦場に向かう。これが、最後なのかもしれない。だったら、わたしの身体に。あなたの記憶に。一生残る証を刻みたい。

 この生が、残り少ないのだとしても。失った傷を抱えて生きるのだとしても。わたしたちの気持ちは、交わった心は、いまここにあるのだと、確かめたかった。

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いつもの夜 鐘町文華 @fumika_kanenone

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