第8話 最後の戦い
ゼネラルソフト本社ビルの裏手にある地下駐車場へ延びるスロープを一台の黒いバンが降りていった。バンにはゼネラルソフト社の警備員の制服を着たチームマーズのメンバーが乗っていた。地下一階の駐車場をゆっくりと進み、セキュリティゲートの前で停車すると、デイビッドが運転席のウインドウを下げて顔を見せ、警備員に声を掛けた。
「新しく警備員に採用されたデイビッド・アンダーソンのチームだ」
セキュリティゲートの警備ブースの中から警備員がパソコン端末を持って出てきた。
「採用時に通知してある認証コードを入力してください」
デイビッドがパソコン端末に認証コードを入力し、指紋認証エリアに親指をあてると、端末画面上にデイビッドの顔写真と認証済みの表示が現れた。
「オッケーです。残りの方もお願いします」
全員の認証を終えると、警備員はセキュリティカードをデイビッドたちに渡しながら言った。
「ここのところ物騒な事件が多くてお偉方がびくびくしていましてね。お宅らもそのおかげで仕事にありつけたって訳ですよ」
「事件さまさまだな」
デイビッドは人懐っこい笑顔を見せると、警備員に向かって片手を上げて挨拶し、バンを発進させた。
地下二階の駐車スペースにバンを止め、五人はバンから降りた。五人とも大きなバッグを手に持ち、リュックサックを背負っていた。
デイビッドが腕時計にチラリと目をやった。
「さあいくぜ、タイムリミットまで残り四時間、お宝は目の前だ」
デイビッドが声を掛け、五人は従業員専用入口に向かった。ドアの横のセンサーにセキュリティカードをかざすと、厚さ三十センチほどの強化ガラスのドアが音もなく開いた。入口にはヒョロリとした身体つきの警備員がひとり立っていた。手に持った警棒をこれ見よがしにピシャリピシャリと掌に叩きつけている。警備員はデイビッドたちを見ると顎をしゃくって付いてこいという仕草をして、無言のまま背中を向けて歩き出した。
地下二階にある警備指令センターのドアを開けると、一目で元軍人と分かる姿勢のよい四十歳代の男がお手本のような笑顔を浮かべて、デスクから立ってデイビッドたちを出迎えた。
男はデイビッドとガッチリと握手をしながら言った。
「警備部長のスミスだ。よろしく。資料を見たよ、なかなかのやり手だな」
「まあね」
「君たちの仕事は、ゼネラルソフト社のジェフ・マクラネルCEOの警護だ。先日もCEOが何者かに命を狙われて、付いていたボディーガードは全員殺された。CEOが助かったのは奇跡としか思えん。君たちの責任は重大だぞ」
「任せてくれ、俺たちはプロだ。それも筋金入りのな」
デイビッドはニヤリと笑った。デイビッドのふてぶてしい笑顔を見て、スミスは満足そうに目を細めた。
「それでCEOはどこにいる?」
「本社ビルの地下八十メートルにある地下施設だ。恐らく中央コントロール室だろう。そこにいくには、専用ゲートを抜けて、更に専用エレベーターを利用しなければならない」
「ほう、厳重だな・・・ところで、日本人はいないのか」
「どうしてそれを知っている?」
スミスは不思議そうな顔をした。デイビッドは一瞬ヒヤリとしたが、大したことじゃないという顔で答えた。
「この仕事はジェフCEOから直接俺たちに話がきたんでね。そのときに日本人もいると言われたのさ」
「おかしな四人組がいるぜ」スミスが肩をすくめた。
地下二階の警備指令センターを出て地下三階に降りると、広いフロアの先に鋼鉄製の巨大なゲートがあった。
スミスがゲートの横の操作盤でセキュリティカードをセンサーにかざし、ボタンを押すと縦十メートル、横三十メートルの長方形のゲートは真ん中から左右に分かれた。ゲートの厚さは二メートルもある。ゲートを抜けると幅二十メートルほどのコンクリートむき出しの通路が延びており、通路は百メートルほど先で左に直角に曲がっていた。その曲がった通路の先に先程と同じようなゲートがあった。
「恐ろしく頑丈だな」
デイビッドが感心すると、スミスはゲートの操作盤に向かって歩きながら頷いた。
「ここは核戦争が起こっても地下のメインサーバー室を守れるように設計されているんだ。自家発電機も居住スペースもあるから一年は中で生活できるのさ。核戦争の後に何をしようってのかは知らないがね」
スミスの操作で開いたゲートを抜けると、ガラスの自動ドアとセキュリティゲートがあり、ゲートの先は普通のオフィスビルのような内装が施されていた。来客を出迎えるかのように、鉢植えの大きな観葉植物がプラスチックのような質感の緑の葉を広げている。
正面には二機のエレベーターの扉が並んでいた。その横に警備員室があり、中にいる五人の警備員の内のひとりがスミスに向かって片手を上げた。スミスが小さく頷き返した。
「君たちはこの警備員室に詰めてもらう。警備員室の奥には簡易ベッドやシャワールームがあって、食事も採れるようになっている。設備は自由に使ってもらって構わない。詳しいことはチーフのジョージに聞いてくれ」
スミスはデイビッドたちにそう告げると、背中を向けて歩き出そうとした。
「俺たちは地下施設とやらには入れないのか」
デイビッドがスミスの背中に向かって声をかけた。スミスは首を捻じ曲げて、背後のデイビッドを見た。
「ああ、地下施設への入口はここしかない。ここを守っていれば地下施設は安全だ」
「このエレベーターは俺たちにも操作できるのか?」
スミスはゆっくりとデイビッドに向き直った。
「君たちの資格のセキュリティカードではダメだ。私の持っているセキュリティカードでなければ操作できない」
スミスは自分の胸のセキュリティカードを指差した。デイビッドの目がスッと細くなる。
「警備員室の中にいるチーフのジョージとやらはどうだ?」
「ジョージもダメだ。警備員はここまでだ。下に降りる必要はない」
スミスは『質問はこれで終わりだ』とばかりに口を真一文字に結んだ。
「フーン、そうするとあんたのカードでなきゃダメってことか・・・」
デイビッドはダニエルに目配せしながら、ゆっくりと腰のコルトガバメントに手を伸ばした。スミスはその動きに気付かない。
「では、よろしく頼む」
片手を上げて背中を向けたスミスの後頭部に、デイビッドは拳銃を突きつけると、ためらいなく引き金を引いた。四十五口径の銃弾の威力はすさまじく、血と脳漿をまき散らしながらスミスの頭部の上半分が吹き飛んだ。
デイビッドの発砲と同時にダニエルたち四人のメンバーは警備員室に飛び込むと、何が起こったか分からず棒立ちになっている五人の警備員を次々と射殺した。
地下施設に下りるエレベーターは斜度八十度の斜面に敷かれた二本のレールの上をケーブルカーのように動く特殊な構造だった。レールに刻まれた凹凸に合わせたギアがエレベーターの箱に取り付けられており、そのギアが回転することでレール上を移動する。仮に電源を喪失した場合でも、ハンドルを回して手動でギアを回転させることでエレベーターを動かすことができる仕組みだ。
デイビッドがエレベーターの横の操作盤にスミスから奪ったセキュリティカードをかざすと扉が開いた。
「カルロス。お前はここに残れ。下から逃げてきたやつがいたら始末しろ。もし、外から警備員の応援がきたらゲートを閉じて食い止めろ。ダニエル、ケビン、ジェイソン、お前たちは俺についてこい。下にいるのは丸腰の民間人だけだ。さっさと片付けてずらかるぞ」
デイビッドは早口で命令するとエレベーターに乗り込んだ。
三層ある地下施設の最上階でエレベーターが止まり、開いた扉から素早くダニエルとケビンが飛び出すとM4―A1カービン突撃銃を構えて周囲を警戒した。ジェイソンは扉が閉まらないように、扉の下の隙間にサバイバルナイフを差し込んだ。デイビッドは突撃銃の銃口を上に向け、ゆっくりとエレベーターから降りた。
「まず、この階を制圧する。散開しろ。俺とケビンは右、ダニエルとジェイソンは左だ。十五分後に、ここに集合しろ」
デイビッドは腕時計のストップウォッチの時間をセットしながら命令した。
「ジェフと日本人以外の社員はどうする」ダニエルが尋ねた。
「目についたやつは殺せ。抵抗するやつもだ。逃げたやつは深追いするな、時間がもったいない。上に逃げればカルロスが始末する。よし、GO!」
ストップウォッチのスタートボタンを押すと、デイビッドたちは散開した。廊下を走り、居住スペースのドアを次々に蹴破ると室内に向かって突撃銃を乱射した。
警備員室に残ったカルロスは、エレベーターの扉が見える椅子に腰掛けると、突撃銃を膝の上に置き、鼻歌を歌いながら胸ポケットから煙草とライターを取り出した。ライターを擦るが火が付かない。床に倒れて死んでいる警備員のポケットを探りジッポーのライターを見つけると「借りるぜ」といって煙草に火を付け、そのままジッポーを自分の胸ポケットに入れた。
警備員室の奥にあるベッドの横のカーテンがユラリと揺れてその陰から男が出てきた。
カルロスは正面を向いたまま、煙草の煙をプカリと吐き出した。男は足音を立てずにカルロスの背後に忍び寄ると、いきなりカルロスの髪の毛を鷲掴みにして後ろに引っ張り、頭を仰け反らせると、喉をサバイバルナイフで真横に切り裂いた。吹き出す鮮血の中でごぼごぼと音を立てながら痙攣するカルロスの横を抜け、男はエレベーターの扉の前に立った。もう、カルロスの方を見ようともしない。
男は、警備員室から持ち出した大きなバールでエレベーターの扉をこじ開けると、ほぼ垂直に落ちる真っ暗なシャフト抗を覗き込んだ。そして、レールの上に刻まれている波状の大きな溝に手を掛けると体重を預け、ゆっくりとシャフト抗を下りていった。
明石とリリーの手を擦りながらモニター画面を見ていた早苗が不意に立ち上がった。何かを感得したように、天井を見上げている。
「感じるわ、危険が迫っている! 何かが下りてくるわ!」
「危険?・・・早苗ちゃん、危険とは、いったいどんな・・・」
早苗の声で目覚めたように瞭も立ち上がったが、瞭の身体は生体エネルギーの不足でふらついている。
「銃、血、爆発・・・」
早苗は目を閉じてうわごとのように口にした。
「まさか、また襲撃者が襲ってきたのか・・・しかし、ここへくるのは不可能だ。ここは地下八十メートルの隔離施設だぞ」
ジェフは内線電話の受話器を取り、地下三階の警備員室に電話を架けたが応答がない。ジェフは苛立たし気に受話器を叩きつけた。ジェフは慌ただしく予備のラップトップパソコンを操作すると、モニター画面を地下施設内の防犯カメラの映像に切り替えた。
地上に繋がるエレベーターの前にある防犯カメラの映像に、突撃銃を構えた四人の警備員の姿が映っていた。警備員たちは居住用スペースの廊下を走り、ドアを蹴破って無差別に突撃銃を乱射している。
ジェフが信じられないという顔をした。
「我が社の警備員?・・・いや、違う、警備員の制服を着た四人の襲撃者だ。居住用スペースで銃を乱射している! すぐここにもくるぞ!」
ジェフの驚愕した声を聞いた瞭は、サブコントロール室のドアに向かってフラフラと歩きだした。
「僕が食い止めます。明石さんとリリーさんの戦いをやつらに邪魔させる訳にはいかない」
「瞭! フラフラじゃない。生体エネルギーが回復しないとサイコキネシスは使えないのよ。そんな状態じゃ無茶だわ」
早苗の声に瞭は振り返った。瞭の顔は精気がなく青ざめているが、目には強い意思の光が浮かんでいる。
「でも、やつらに立ち向かえるのは、ここでは僕しかいない。何とかして見せるさ」
瞭は早苗に向かってニコリと笑顔を見せた。死ぬかもしれないという言葉を早苗はグッと呑み込んだ。瞭の言葉にジェフも頷くと、早苗に向かって携帯電話を差し出した。
「私も協力します。早苗さん、ここを頼みます。私がいないときに明石さんとリリーさんが戦いに勝ってAIゼータがフリーズしたら、この携帯電話でこの番号に電話して下さい。ペンタゴンのカーター少将に繋がりますから、国防システムをシャットダウンできると伝えてください。そうすれば核ミサイル発射のカウントダウンが止まります。いいですね」
ジェフは言い終わると早苗の肩をやさしく抱き、耳元で大丈夫だと囁いた。早苗を安心させるための気休めだと分かっているが、早苗はコクリと頷いた。
瞭とジェフはサブコントロール室を出ていった。襲撃者たちに勝つ必要はない、明石とリリーが戦いに勝つまでの時間稼ぎができればいいのだ。
ジェフは廊下に出ると、瞭に声を掛けた。
「瞭さん、その状態ではしばらくサイコキネシスは無理でしょう。丸腰だと太刀打ちできません。こちらも武器を用意しましょう」
ジェフは瞭を先導して階段を上がり、中央コントロール室の中の作業員に向かって「襲撃者がくる、みんな逃げろ!」と怒鳴ってから、廊下を走ってその先の倉庫スペースに入った。瞭はフラフラとした足取りで必死にジェフを追った。
倉庫スペースの奥の金属製のドアを開けると、中にはキャビネットと大きな金庫があった。キャビネットの中には拳銃、ライフル銃、ショットガンなどの銃器や防弾チョッキなどがずらりと並び、金庫の中には弾薬がぎっしりと収蔵されていた。
「ジェフさん、ここは・・・」
「非常事態に備えた武器庫です。ここにこれがあることは私と一部の警備責任者しか知りません・・・さあ、これを持って。使い方は分かりますか」
ジェフはベレッタM9を二丁と予備のマガジン四つを瞭に差し出した。イタリア製・口径九ミリ・ダブルアクションの拳銃は瞭の手の中で鈍く光った。
「僕は日本人ですよ、銃なんて持ったこともありません」
瞭が申し訳なさそうに首を横に振った。
ジェフは拳銃の撃ち方とマガジンの交換方法を手早く瞭に教えると、自分もベレッタを二丁ズボンのベルトに挟み、ショットガンの棚からレミントンM870を二丁手にした。瞭とジェフが防弾チョッキを着けていると、中央コントロール室の方から銃声と悲鳴が響いてきた。
デイビッドたちは居住スペースを制圧した後、階段を駆け下りて中央コントロール室の前に進んだ。中央コントロール室と廊下は強化ガラスで仕切られていて、廊下に沿って出入口が三か所ある。
それぞれの出入口から慌てふためいた作業員が我先にと廊下に飛び出してきた。目の前に飛び出してきた四人の作業員に向かってジェイソンが突撃銃を乱射した。四人の作業員は血を吹き出しながら崩れるように床に倒れた。
中央コントロール室と廊下を仕切る強化ガラスには、突撃銃から放たれた五・五六ミリNATO弾を受けて無数の弾痕とひび割れが付いていた。廊下には割れたガラスの破片が散乱してキラキラと光っている。
デイビッドは廊下の先で一塊になっている作業員に向かって、無造作に突撃銃の銃弾を浴びせた。作業員たちは銃弾を受けて次々と床に倒れたが、幸運にも銃弾を免れたひとりの女性作業員が、奥の倉庫スペースに向かって逃げた。
デイビッドは突撃銃を構えたまま、ダニエルに向かっていけとばかりに顎をしゃくった。
「ダニエル、ケビン、お前たちは倉庫スペースとその先の機械室の制圧だ。ジェイソン、中央コントロール室を捜索するぞ、ついてこい」
ダニエルとケビンが突撃銃を腰だめに構えた姿勢で倉庫スペースに向かって走った。デイビッドとジェイソンは突撃銃を構え、引き金に指を掛けたまま、ゆっくりと中央コントロール室に入りジェフや日本人の姿を探した。
倉庫スペースに走り込んだ女性作業員は、ショットガンを持ったジェフの姿を見てその場に立ち竦んだ。
「倉庫の入口のドアを閉めてこっちへこい!」
ジェフの声で女性作業員がドアを閉めると、ドアの向こう側でビシビシと銃弾がドアにめり込む音がした。
「ジェフCEO! テロリストが中央コントロール室に・・・みんな殺されました」
恐怖で顔を引きつらせた女性作業員が声を震わせた。ジェフは作業員の肩を抱き、背中を擦って落ち着かせながら、胸のIDカードで作業員の名前を確認した。
「分かっている。ここで迎え撃つつもりだ。君は・・・キャサリンか。キャサリン、君はこの武器庫の中に隠れていなさい。この特殊合金のドアは簡単には破られることはない。中から鍵をかけてジッとしているんだ、いいね」
キャサリンを武器庫の中に避難させると、ジェフと瞭は倉庫スペースの奥に進み、その先にある機械室の入口のドアを開けた。
ダニエルとケビンは倉庫スペースの入口のドアを開けると、突撃銃を腰だめに構えた姿勢でそろそろと中に足を踏み入れた。
そのふたりに向かって、ジェフのショットガンが火を噴いた。
廊下の先に浮かんだ人影と銃口に気付いたダニエルとケビンは、ジェフの発砲よりも一瞬早く、飛び込むようにして床に身体を投げ出したが、ショットガンから発射された散弾の小さな粒の何個かはふたりのヘルメットやリュックサックにめり込んだ。
ダニエルは床に転がった姿勢のままで、発砲があった方向に突撃銃の銃口を向け、夢中で引き金を引いた。そして身体をクルクルと横転させると廊下の柱の陰に身体を寄せた。ケビンも廊下の反対側の柱に身体を寄せている。ダニエルとケビンの目が合った。
ケビンがダニエルに声を掛けた。
「ダニエル、地下施設には丸腰の民間人しかいないって話だったよな。どうなってる」
「俺にも分からん。どこかで手違いが有ったんだろう。なあに、いつものことさ」
ふたりが話している間も、ジェフのショットガンは二発三発と立て続けに火を噴いた。ふたりの隠れている柱に無数の散弾がめり込み、柱の表面がバラバラを剥がれて粉が床に舞った。
廊下の奥の機械室から大きな声がした。
「襲撃者たち、聞こえるか。私はジェフ・マクラネルだ。君たちの狙いは私だろう。私はここにいる」
その声が終わると、更にジェフのショットガンが二発火を噴いた。
ダニエルとケビンは互いに顔を見合わせて頷いた。ダニエルはヘルメットに装着された無線装置でデイビッドに「ジェフを見つけた」と報告すると、ケビンに向かって言った。
「ケビン、援護しろ。俺が突入する。いくぞ、三・・二・・一・・GO!」
ケビンは柱の陰から機械室の入口のやや上方に向けて突撃銃を乱射した。
それと同時に、ダニエルは廊下の反対側の柱の陰から飛び出した。ダニエルは腰を屈めた低い姿勢で、ケビンの援護射撃の弾幕の下を潜るようにして機械室の入口に向かって突進した。
ジェフはマガジンが空になるまでショットガンを撃つと、ふらつく瞭を引きずるようにして機械室の奥に走った。機械室の中は簀子状の金属板が床に敷かれていて、床下を通る配線やパイプが見えていた。発電施設、変電施設、配電盤、通風装置、ボイラー装置、消火用装置などが複雑な構造を見せて雑然と並んでいて、天井では太いパイプ類がむき出しのまま縦横に絡みあっている。
瞭とジェフは機械室の一番奥にある大きな通風装置の陰に隠れた。瞭は拳銃を、ジェフはショットガンをそれぞれ構えて、機械室の中央通路を睨んでいる。
「ジェフさん、さっきはなぜあんなことを言ったんです? 自分がここにいると。やつらは当然ここに全力で向かってきますよ」
わざわざ自らに危険をもたらすようなジェフの行動に、瞭は首を捻っている。ジェフは穏やかな声で答えた。
「それが狙いです。彼らがもし二手に分かれて、サブコントロール室が襲われれば大変なことになります。こちらに全ての注意を向けさせるのです」
瞭がアアと声を上げた。ジェフは自らを囮にして、サブコントロール室を守るつもりなのだ。ジェフは腹を括っている。瞭は目の覚めるような気がした。
「それより、瞭さん、サイコキネシスはそろそろ使えそうですか」
瞭は力なく首を横に振った。
「頭の中が空っぽのような感じで、意識を集中しようとしてもまだ・・・もう少しだと思うのですが」
突然、突撃銃の乱射が始まり、通風装置の側面にも数発の弾丸がめり込んだ。ポカリと空いた銃弾の痕から、うっすらと煙が立ち昇っている。
機械室の入口から四人の男が中に走り込むと、ふたりずつ左右に分かれて発電施設やパイプの陰に身体を潜めた。機械室の入口のドアがゆっくりと動き、最後にドアの閉まるドーンという音が室内に響いた。
襲撃者のヘルメットや服の一部が物陰からチラリと見え隠れしている。そこに向かってジェフのショットガンが火を噴いた。瞭も慣れない手つきで拳銃を構え、引き金を引いた。
機械室に飛び込んだデイビッドたちは、左右に分かれ、機械やパイプの陰に身体を隠しながら、瞭たちが隠れている通風装置に向かってジリジリと進んでいた。
デイビッドは大きな変電施設の後ろに回り込むと、後ろに続くジェイソンに向かって親指を天井に向けた。変電施設の上にある大きな配線の束のすぐ上を、通風用の大きなパイプが横切っていた。通風用パイプは大人が十分乗れる太さがあり、瞭たちが隠れている通風装置に向かって延びていた。
ジェイソンは無言で頷くと、変電施設をよじ登り、配線の束を踏み越えて通風用パイプに上がり、腹ばいになるとゆっくりと通風装置に向かって匍匐前進を始めた。
その姿を確認すると、デイビッドは瞭たちが隠れている通風装置に向かって突撃銃を乱射した。
機械室の反対側をゆっくりと進むダニエルとケビンは、発電施設の横に配電盤があることに気付いた。ダニエルはヘルメットに装着された無線装置でデイビッドに呼びかけた。
「デイビッド。こちらダニエルだ。配電盤を見つけた。一分後に機械室の照明を落とす」
「了解。みんな聞こえたか、暗視ゴーグルを装着しろ。一分後に機械室の照明が落ちたら一気にけりを付けるぞ」
デイビッドは背中のリュックサックから暗視ゴーグルを取り出して装着した。
一分後、機械室内の照明が全て消えた。非常口を示す表示灯だけが所々でボンヤリと青い光を放っている。デイビッドは暗視ゴーグルを通して見えるモノクロの機械室の中を、配管に躓かないように注意しながら通風装置に向かって前進した。
相手は暗闇の中で身動きが取れないはずだ、直ぐにケリをつけてやると、デイビッドはひとりごちた。
真っ暗になった機械室の中で、通風装置の陰に身体を寄せる瞭とジェフは、拳銃とショットガンを闇に向けていた。
「ダメだ、何も見えない。このままでは殺られる。場所を移動しよう」
ジェフが小声で瞭に声を掛けた。瞭が腰を浮かそうとしたときに、頭の中に早苗のテレパシーが響いた。
《瞭! 上! 上からひとり、直ぐそこまで近づいているわ。それと左からふたり、右からひとりが近づいている。包囲されそう》
《早苗ちゃん、照明が消えて何も見えないんだ。上のひとりはどっちの方向からくるのか教えて》
《瞭の真後ろ十五メートルくらい。太いパイプの上だわ》
瞭は振り向きざまに斜め上方に拳銃の銃口を向けると、当てずっぽうにマガジンが空になるまで引き金を引いた。ドカドカと音がして通風用パイプに穴が空く。
「クソッ」
突然の銃撃を受けてパイプの上で頭を抱えていたジェイソンの右膝に激痛が走った。
幸運にも瞭の放った一発の銃弾が通風用パイプを貫通し、パイプの上で匍匐前進していたジェイソンの右膝を撃ち抜いたのだ。激痛に思わず身じろぎしたジェイソンは、バランスを崩すとパイプから三メートル下の中央通路に落下した。
暗闇の中からドサリと重量物が落ちた音が響き、押し殺した呻き声が闇の中から伝わってきた。ジェフが音のした方向にショットガンを三発撃った。途端に、左右の暗闇から突撃銃の一斉射撃が始まり、瞭とジェフは通風装置の陰に頭を抱えて身体を縮めた。通風装置や周囲のパイプにボコボコと穴が開き、ガラス片や鉄の屑が瞭とジェフの頭上に雨のように降り注いだ。
「ウグッ」
右足ふくらはぎを銃弾が貫通したジェフが苦痛の声を上げた。降り注ぐ銃弾の雨の中で身動きが全く取れない瞭には、ジェフの怪我の状態も確認できなかった。
瞭の頭の中に、早苗の悲鳴にも似たテレパシーが響いた。
《瞭、左右から近づいてくるわ。そこに居てはダメ。逃げて!》
《早苗ちゃん、ダメだ。暗くて何も見えないんだ。逃げる方向が分からない》
《襲撃者たちの強い思念波を感じるの。それに機械室の中の情景も見えるわ。レアボヤンスが発現したみたい。私の頭の中に見えている映像イメージを瞭に送るわ》
瞭は早苗の発する強い思念波に全身を包まれた。
瞭の頭の中に、俯瞰した機械室の内部の配置が月明かりに照らされているように青白く浮かび上がり、その中に四人の襲撃者の姿がハッキリと見えた。右からひとり、左からふたりがゆっくりと迫ってくる。正面の床にひとりが倒れている。瞭は必死になって逃げ道を探した。
・・・右だ! 右の壁際に逃げられるスペースがある・・・そこへ向かうには・・・下だ!・・・
マガジンの交換のために突撃銃の一斉射撃が一瞬止んだ。
瞭は暗闇の中に蹲っているジェフの両脇に腕を入れると、力一杯後ろに引っ張り、襲撃者の目から死角になる壁際に移動した。ジェフが痛みをこらえるかのように、押し殺した呻き声を上げた。
瞭は簀子状の床の隙間に指を入れ、床のブロックをひとつ持ち上げた。床下は六十センチの高さがあり、送電線やパイプ類が縦横に走っているが、壁際には人がひとり抜けられそうな隙間があった。
「ジェフさん、ここを降りて床下を這って移動します。右手に逃げられそうなスペースがあります。とりあえずそこまで移動しましょう。動けますか?」
「何とか・・・右足をやられたが、大丈夫だ。いこう」
瞭が先に床下に下り、続いてジェフが下りるや否や、ふたりの頭上で突撃銃の一斉射撃が再開された。通風装置に銃弾がめり込む音が何度も響いた。あのまま通風装置の陰にとどまっていたら、ふたりとも蜂の巣にされていただろう。
瞭とジェフは床下の細い隙間を必死になって這った。
デイビッドは突撃銃の掃射を止め、無線装置でダニエルたちに声を掛けた。
「発砲中止。おかしい、さっきから反撃がない」
「殺ったんじゃないか」
ダニエルが返してきた答えにデイビッドは首を横に振った。暗殺稼業の長い経験から、相手を仕留めたかどうかは姿が見えなくても分かる。デイビッドには、相手を仕留めた感覚が感じられなかった。ジェフはまだ生きている。
「作戦前に確認した見取り図では、この先に逃げ道はない。よし、俺が後方に回り込む。お前たち援護しろ」
ダニエルとケビンの援護射撃が始まると、デイビッドは壁際に大きく迂回して通風装置の後ろに回り込んだ。
床下を這って進む瞭は、頭上に近づく足音に気付き動きを止めた。後ろに続くジェフもその場で固まった。
瞭の頭上の簀子状の床の上をデイビッドが歩いていた。デイビッドは突撃銃を構え、暗視ゴーグルで周囲を注意深く確認しながら、ゆっくりと通風装置に向かって歩いていた。
デイビッドは何かの気配を感じたように突然立ち止まり、ゆっくりと左右を見回した。
デイビッドの両足の床下十センチの場所で、瞭とジェフは息を止めると目を瞑った。見つかれば殺される。息を止め身体を硬直させた瞭は、頭上のデイビッドの動きに耳を澄ませた。永遠とも思われる時間がゆっくりと過ぎていく。瞭の額から流れ落ちた汗が頬を伝い、顎の先から床にポタリと落ちた。ヒヤリとした瞭が思わず目を開けた。瞭の目の前にはデイビッドの軍靴の底があった。
デイビッドはその場で十秒ほど立っていたが、やがて小さく首を振るとゆっくりと歩きだした。
デイビッドの足音が遠ざかると、瞭は身体から力を抜いてゆっくりと息を吐いた。背中がグッショリと汗で濡れている。助かったという風に、ジェフが瞭の肩に手を置いた。
「いない! どこに消えた!」
デイビッドの叫び声が、無線装置からダニエルたちの耳に届いた。
ダニエルとケビンがデイビッドに駆け寄った。中央通路で倒れていたジェイソンも撃たれた右足を庇いながら立ち上がった。
「どこかに隠れているはずだ、探せ!」
デイビッドたちは散開すると、機械の陰やパイプの上などを捜索し始めた。
瞭とジェフは床下の隙間を抜けてデイビッドたちの後方に回り込み、機械室の出入口のドアが見える消火用装置の陰に身体を潜めていた。
「ジェフさん、やつらの視線が逸れたら走ってドアを抜けましょう。ここから逃げて、再度反撃です」
「・・・ダメだ。撃たれた右足が動かない。立ち上がるのが精一杯だ。瞭だけ逃げなさい。もう少しすればサイコキネシスが使えるだろう。それが頼みの綱だ」
ジェフは瞭の目をジッと見つめて肩を叩いた。ジェフは囮になる気だ。ジェフの顔には脂汗が浮かび、疲れで頬がこけていて、乱れた前髪が額に貼り付いている。
「ジェフさんをここに置いていけません。まだ、人を吹き飛ばすような力は戻っていませんが、少しずつ回復しています。それじゃあ、もう少しここで・・・」
瞭が言い終わる前に突撃銃の掃射が消火用装置の周囲に浴びせられた。デイビッドたちに発見されたようだ。
「いけない、やつらに見つかった。瞭さんだけでも早く!」
「これじゃ動けません!」
瞭とジェフの周囲には銃弾が雨のように降り注いでいて、ふたりは身動きもままならない。早苗から送られてくる映像イメージでは、四人の襲撃者が網を絞るように消火用装置に近づいていた。残された時間はほとんどない。
瞭は必死になって意識を集中した。額の内側がチリチリする感覚は少しずつ戻っているが、ハイウエイでリリーが見せた銃弾を受け止めるような強力なサイコキネシスはまだ使えそうもない。
・・・小さなもの、小さな事象の変化なら何とかできそうだ。でも、それでやつらを倒せるか・・・考えろ、考えろ・・・
瞭は顔を上げた。
「これからサイコキネシスを使ってみます。これに賭けましょう。絶対に動かないでください」
瞭は意識を集中し、目の前に仮想空間を浮かべた。チリチリという音が頭の中にゆっくりと広がっていく。瞭はジェフを両腕で抱えると天を仰いだ。
・・・そうだとも、ここで死ぬ訳にはいかない。やつらを倒さなければ、早苗ちゃんも、明石さんも、リリーさんも殺られるんだ。そうなれば核ミサイルで人類も滅ぶ。負けてたまるか!・・・
一瞬で瞭の脳内が沸騰した。
機械室の天井を縦横に走る配管から、一斉に白い雲のようなガスが噴射された。
それはすさまじい勢いで機械室内に充満し、濃い霧の中に取り残されたように周りは何も見えなくなった。耳を聾するようなガスの噴出音に混じって機械室内に人工的な声が響いている。
『警告、警告、ハロン消火剤が噴出されました。直ちに室外に退避してください。警告、警告・・・』
ジェフはハロン消火剤が噴出されたと聞いて思わず目を開けた。ハロン消火剤が充満する室内に留まることは窒息死を意味する。しかし、なぜか呼吸ができている。訝しげに瞭を見た。
「瞭さん、いったいこれは・・・」
「ジェフさん、動かないでください。僕もこれをやるのは初めてなので、意識が逸れると空気の玉が割れてしまいます」
瞭とジェフは直径二メートルほどの球状の空気の玉の中にいた。シャボン玉のようにゆらゆらと形を変える空気の玉の外側をハロン消火剤の白い雲が渦を巻いて流れていた。
五分後、強制排気装置が作動し、ハロン消火剤は室外に排出された。
ハロン消火剤の霧が晴れた機械室の床にはダニエル、ケビン、ジェイソンの三人が折り重なるように倒れていた。デイビッドは少し離れた壁際で倒れていた。
瞭はジェフを一旦機械室の外に運び出してから、拳銃を構え、倒れているダニエルたちにゆっくりと近づいた。
ダニエルたち三人は目を見開き、喉を掻きむしるような姿で死んでいた。瞭はほっとして拳銃を下すと、壁際に倒れているデイビッドに近づき、腰を屈めて足元に落ちていた突撃銃を拾い上げた。
瞭が顔を上げると、目の前に死んでいたはずのデイビッドが立ち上がり、瞭の額に向けて拳銃を突き出していた。デイビッドの足元には機械室の壁に備え付けてあった緊急避難用酸素マスクが落ちていた。
ドンという衝撃音が響いた。
銃口に向かって咄嗟に広げた瞭の左手の掌を銃弾が貫通した。
瞭は思わず目を閉じていた。
目を閉じている瞭に、掌を貫通した銃弾が自分の額の直前で止まっている情景が見えていた。意識が感得した情報を脳内に視覚として投影しているのだ。掌には穴が開き、飛び散った血と肉片が王冠のような形のままで固まっている。銃弾が発射された拳銃は銃口から火炎と煙を吹き出した状態で静止していた。拳銃を持ったデイビッドも静止したままで動かない。瞭自身も身動き一つできない。
・・・時間が止まっている!・・・
瞭を取り巻く現実空間の時間が止まり、瞭の意識だけがそれらを見ていた。
『脳内の記憶フィールドには時間の概念がないのです』
明石の声が瞭の頭の中に浮かんできた。
銃弾が瞭の頭部を撃ち抜く直前に、自己防衛本能から、瞭の意識がサイコキネシスを発動させようとして待機している一種のモラトリアム状態だった。この状態が少しでも崩れると銃弾は瞭の頭部にめり込むことになる。
・・・サイコキネシスを使うしかない。でも、どうすればいい? 銃弾は頭に近すぎて軌道修正は無理だ・・・
・・・このままの状態で銃弾を消滅させるしかない・・・
・・・物質を消滅させる。どうやって?・・・
『質量とエネルギーは置き換えることができる』
ジェフの声が瞭の頭の中に蘇った。
・・・量子の世界では、物質と波動は相関関係にある・・・
・・・物質と波動は、根源は同じものだ・・・
・・・物質としての存在は確率的なものだ・・・
・・・物質は極めて微小な次元の振幅の中で粒子と波の状態を揺れ動いている・・・
・・・物質を構成する量子が波の状態に振れた次元を固定し、その状態の量子を物質レベルにまで繋ぎ合わせれば、物質は全て波に変換できる・・・
・・・波の波長を伸縮させれば全ての波を光波に変換できる・・・
・・・物質を光波に置き換える・・・
瞭の意識は、目の前の銃弾を構成する原子のレベルに入り込み、更に、電子や陽子などの素粒子レベルにまで到達した。その世界では次元は絶えず揺らぎ、その揺らぎの中で物質は波に形を変え、波は物質に形を変えていた。
・・・すべてを波に置き換える・・・
・・・すべてを波に・・・
・・・物質を光に・・・
・・・物質を光に・・・
・・・光に!・・・
瞭の脳内が沸騰した。
凄まじい閃光だった。
銃弾は、いや、物質は光に変わった。
瞼を閉じている瞭にも閃光が感じられ、後方に吹き飛ばされそうな圧力に必死で耐えた。自己防衛本能が生む無意識のサイコキネシスによる防衛波が閃光の衝撃波を相殺したことに瞭は気付かなかった。
至近距離で閃光をまともに浴びたデイビッドは真後ろに吹き飛ばされ、壁に激突した。デイビッドの目は網膜が焼き切れて、眼球は破裂していた。デイビッドの上着やズボンからブスブスと煙が上がっている。デイビッドの身体の前面は閃光を受け、電子レンジで温められたチーズのようにドロリと融けていた。
デイビッドはしばらく壁に貼り付いていたが、やがてゆっくりと倒れた。壁にはデイビッドの人型がプリントされたように残っていた。
瞭はジェフに肩を貸しながら、サブコントロール室に戻った。
早苗のほっとした顔に向かって瞭は頷き、左手を上げた。瞭の掌から滴る血を見て、早苗が目を剥いた。
核ミサイル発射まで残り二時間を切った。
仮想空間の中では戦いが続いていた。
ゼータが高速でいくら逃げても鏡面の端は無限に広がっていき、ゼータは鏡面上から外に出ることができなかった。空を飛ぼうにも足が鏡面に吸い付いたまま離れず、宙に浮くことができなかった。
・・・このまま明石と鬼ごっこを続けなければならないのか・・・
ゼータがそう思ったとき、真っ平な鏡面の彼方に蜃気楼のような影がユラリと立ち昇った。ゼータが近づくにつれて蜃気楼はユラユラと姿を変え、やがてそれは巨大な龍の形を模した神殿となった。
神殿の前に立ったゼータに向かって、巨大な龍が鋭い歯の並んだ大きな口を開けている。口からだらりと垂れている赤い舌は、赤石英で造られた階段で、それは神殿の入口である龍の口の中に続いている。ゼータは後ろを振り返ったが、追いかけてくる明石の姿は見えなかった。
龍の前に立ったゼータのつま先が赤い舌に触れると、ゼータの身体は持ち上げられるようにして龍の下顎の上に乗った。
リンと音がして、どこからか十歳位の小さな子供が姿を現した。
前髪を眉の上で切り揃えた禿のような髪型で、細い目とのっぺりとした白い顔に唇だけが毒々しく赤い。白いシャツを着て紺色のズボンを履いているが、男の子か女の子かの区別も付かない。
ゼータは子供に声を掛けた。
「お前はここの番人か? この建物はいったい何だ」
「ここは、この二次元の真円の鏡面世界から、外の三次元の世界に繋がる門だ」
子供の姿に似合わない低い地鳴りのような声が響いたが、子供は能面のように無表情で唇は全く動いていなかった。
「この中に入れば、外の世界に出られるのだな」
「龍の口を潜るのだ。そこには最初に三つの門がある。その中からひとつの門を選んで進め。正しい門を選んだのなら、下の階に通じる階段がある。下の階でも同じように門がある。そうやって正しい門を誤りなく進むと、この真円の鏡面世界の深部に限りなく近づくだろう。誤った門を選べば無限の循環回廊に迷い込み二度と抜け出せない。誤りなく門を選択して進む過程で『龍の名前』を知れば、その名を叫べ。正しい名前を叫んだのなら、龍は外の世界に通じる道を開けてくれるだろう」
ゼータはしゃらくさいと言わんばかりに口元を歪めた。
「神であるこの私を試そうというのか。面白い・・・龍の名前を知る手掛かりも、この中にあるのだな」
「真理はいつも目の前にある」
子供は右手を上げ、龍の口の奥に広がる暗闇を指差した。
ゼータはじろりと子供を睨んでから、龍の口を潜った。
ゼータはそそり立つ岩の壁に周囲を囲まれた広い空間に立っていた。上を見上げると天井は霞んで見えない。そして目の前に見事な龍の文様が浮き出た大きな青銅色の門が三つ並んでいた。門に描かれた龍の文様は全く同じだった。そして門の前には踏板が置かれており、その踏板にも龍の文様が描かれていた。
・・・正しい門がどれか選択する・・・こうすればその必要はない・・・
ゼータの身体が三体に分かれた。そして三人のゼータは三つの門の前にある踏板に立った。門は音もなく内側に開き、踏板の上のゼータは門の中に吸い込まれた。
正しい門を選択したゼータの前には、下に向かう階段があった。階段の先は暗くて見えない。ゼータが階段の一番上のステップに足を乗せると、その瞬間に目の前に新しい階が広がっていた。その場で後を振り返ると、ゼータの後ろには遥か上に向かって長い階段が延びている。
ゼータはゆっくりと新しい階に進んだ。
新しい階には大きな門がひとつだけあった。
門の前には一体の巨大な阿修羅像が六本の腕にそれぞれ剣を持って立っていた。
ゼータがゆっくりと門に近づくと、阿修羅像の三つの顔に憤怒の表情が浮かんだ。六本の腕はザワザワと動き六本の剣をビュンビュンと振り回すと、ゼータに剣を叩きつけた。
ゼータが咄嗟に身体を開いて剣をかわすと、床に激しく打ち付けられた六本の剣からガキッと火花が散った。
阿修羅像は三つある顔を傾けてゼータを睨むと、再び剣を振り上げ、ゼータに向かってのしのしと歩いてくる。
・・・なるほど、あの子供は言わなかったが、門番がいて向かってくるという訳か・・・
ゼータはフンと鼻で笑うと、阿修羅像に向けて両手を前に突き出した。ゼータの両手が金色に光り二本の鋭い槍に変わる。二本の金色の槍が生き物のように伸びて阿修羅像の胸と腹を貫いた。ゼータが両手を横に広げると金色の槍は阿修羅像を切り裂き、阿修羅像はバラバラになって床に崩れた。
崩れた阿修羅像の残骸はドロリと融けると、スポンジの上に落ちた水滴のようにスウッと床に吸い込まれた。
ゼータが門を通り階段を進むと、次の階が現れた。
今度の階には門が四つあった。
四つの門の前にはそれぞれ一頭ずつ大きなキマイラが座っていた。ライオンの頭と山羊の胴体、蛇の尻尾を持つ怪物である。四頭のキマイラの頭部のライオンはゼータに向かって唸り声を上げ、山羊の胴体に繋がる尻尾の蛇は鎌首を持ち上げるとチラチラと赤い舌を出してゼータを睨んでいた。
四つの門に向かってゼータが一歩足を踏み出すと、四頭のキマイラはゴオッと声を上げながらゼータに向かって突進した。口からは真っ赤な炎が吐き出されている。
ゼータの両手が前に突き出されると、両手の先から無数の光の矢がキマイラに向かって放たれた。四頭のキマイラは身体中に矢を受けてハリネズミのようになると動きを止めた。キマイラに向かってゼータの光の槍が伸びる。ゼータは矢を受けて動けなくなったキマイラを光の槍で一頭ずつ串刺しにした。
床に倒れたキマイラはドロリと融けるとスウッと床に吸い込まれて消えた。
ゼータは四体に分かれると、四つの門の前に立った。正しい門を進んだゼータの前に階段が延びていた。
新しい階には門が一つあり、一体の阿修羅像が立っていた。
その次の階には門が五つあり、五体のミノタウロスが長い槍を持って立っていた。
その次の階には門が九つあり、九頭の冥界の番犬ケルベロスが座っていた。
その次の階には門が二つあり、二頭の鵺(ぬえ)が座っていた。
その次の階は門が六つ、その次の階は門が五つ、その次の階は門が三つ・・・。
ゼータは分身を繰り返しながら門を潜り、果てしなく階を降りていった。
明石の身体はゼータの発生させた遠心力により弾き飛ばされて仰向けに倒れ、そのままの姿勢でくるくると回転しながら鏡面上を超高速で滑っていく。
《ちょっと明石ちゃん、止まりなさいよ・・・どうすればいいのでしょう?》
明石は身体を反転させて三本の手を鏡面に付け片膝を立てた。しかしそのままの姿勢で滑り続けてスピードは全く落ちない。
《ツルツルで抵抗がないので止まれないのです・・・そもそも、あんたどうやってこの上を動いていたのよ・・・どうやって?・・・》
明石は片膝を立てた体勢からスッと立ち上がった。明石の意識に静止という言葉が浮かんだ途端、明石の身体は静止していた。明石は周囲を見回したが、遥か彼方まで続く鏡面上にゼータの姿はなかった。
《明石ちゃん、追いかけるのよ・・・でも、どちらに進めばいいのか、全く見当がつかないのです》
明石とリリーの思考は、一体化した脳の中で相互に絡み合っていた。
《核ミサイルの発射まで時間がないわ。とりあえず進んでみたらどう?・・・この鏡面はゼータと私たちの距離に応じて伸び縮みするのです。ゼータと反対の方向に進んでしまうと、無限に広がってしまうのです・・・ややこしいわね。ジェフさんに聞きましょうよ・・・それがジェフさんからの回答が無いのです。AI龍の近くに居ないようなのです・・・こんなときにトイレかしら・・・それよりも頭が割れるように痛いのです》
《明石さん、リリーさん。左前方・・・十時の方向と言うのでしょうか。そちらに進んでください》
幸子のテレパシーが明石とリリーに届いた。
《幸ちゃん、良かった意識が戻ったのね・・・了解したのです》
明石とリリーのテレパシーも混在していた。
《遅くなってごめんなさい。身体は動かないけど意識は戻りました。明石さんとリリーさんを私がバックアップします》
《とにかく幸ちゃんが手伝ってくれれば千人力だわ・・・幸子さん、ゼータの痕跡が分かるのですか?》
《この前の戦いで明石さんとゼータが強くシンクロしたので、明石さんの思念波のパターンがゼータにも残っているのです。ですからそれを追いかけます。私の指示に従って進んでください》
《任せて頂戴・・・幸子さん大丈夫なのですか・・・あんた心配するのが遅いわよ。あんたこそ大丈夫なの?・・・頭が割れるように痛いのです》
明石は右手で頭を押さえると、その場にうずくまった。リリーの両手が明石の右手の上から頭を撫でた。
《あたしのニューロンが明石ちゃんの頭の中に移転したから、明石ちゃんのニューロンが悲鳴を上げているのね。ごめんね・・・いいのです。こうするよりゼータに勝つ方法はないのです。少し治まってきました。いきましょう》
明石の身体は幸子の指示した十時の方向に滑り出した。明石の身体は見る見る加速すると後方に残像を伴う弾丸と化した。
鏡面世界を明石は弾丸と化して走っているが、真っ平な鏡面以外には何も見えない。突然幸子からテレパシーが届いた。
《明石さん、リリーさん、近い・・・です。右・・・の方・・・向》
《幸ちゃん、大丈夫?・・・すみませんもう一度》
《ごめんなさい・・・近いです・・・右一時の方向・・・ちょっと心臓が・・・もう大丈夫です》
《その身体でテレパシーの使い過ぎなのです。身体に負担が大きいのです・・・あたしも頭が痛いわ・・・急ぐのです》
明石とリリーの目に陽炎のような揺らめきが見えたかと思うと、その揺らめきは瞬くうちに大きくハッキリとした龍の神殿になった。
龍の赤い舌に触れた明石の身体が龍の下顎の上に乗ると、リンと音がして、どこからか十歳位の小さな子供が姿を現した。
「ちょっと、ぼくちゃん・・・女の子かも知れないのです・・・この際どっちでもいいのよ。ここに怖い顔したお兄さんはこなかった?」
リリーと明石の入り混じった声で子供に尋ねた。
子供は右手を上げ、龍の口の奥に広がる暗闇を指さした。
「龍の口を潜るのだ。そこには最初に三つの門がある・・・」
低い地鳴りのような声が響き、ゼータに話した言葉と同じ言葉を繰り返した。
「中へ入って『龍の名前』を叫べば良いのですね・・・ゼータを捕まえてからね・・・正しい門はどうやって見分けるのですか・・・いって見なきゃ分かんないわよ、そんなこと・・・でも・・・アンタ死神でしょ。急ぐわよ!」
明石は龍の口を潜った。
明石の目の前に見事な龍の文様が浮き出た大きな青銅色の門が三つ並んでいた。
《どれが正しい門でしょう・・・どこかにヒントが隠されているんじゃないの・・・》
明石とリリーは三つ門を順番に触ってみたが違いが分からなかった。
《明石ちゃん、ちょっとこの龍の模様の口の中に手を入れて見てよ・・・リリーさんの手の方が多いのですから、リリーさんの手を入れてほしいのです・・・いやよ、マニキュアが剥がれちゃうじゃない》
明石とリリーが門の前で思案に暮れていると、幸子のテレパシーが届いた。
《明石さん、リリーさん、右の門です》
《幸ちゃん、あんた正しい門が分かるの?》
《ゼータに残された明石さんの思念波のパターンが感じられます。それを追っていけば、通過した門が分かります。》
《了解したのです・・・分かったわ、さすが幸ちゃん》
明石とリリーは混在したテレパシーを幸子に返信してから右の門に進んだ。
新しい階には大きな門がひとつだけあった。
門の前には一体の巨大な阿修羅像が六本の腕にそれぞれ剣を持って立っていた。
明石が門の前に近づくと、阿修羅像が六本の手に持った六本の剣を明石目掛けて振り下ろした。
《ウワッ危ない!・・・ハッ!・・・》
明石の悲鳴とリリーの気合が交錯した。
リリーの右手が頭上に上がり、掌を広げて六本の剣を受け止めていた。掌と剣の間には十センチほどの隙間が空いていて、ユラユラと陽炎のように揺れるコンタクトレンズ状の光の膜が広がっている。
リリーは右手で剣を受けたままの体勢で左手を前に突き出した。リリーの左手の掌から雷光が発せられた。雷光を浴びた阿修羅像は真後ろに吹き飛び、壁にぶつかるとバラバラに砕けた。
砕けた阿修羅像の残骸はドロリと融けるとスウッと床に吸い込まれた。
《門番が居るなんて言わなかったわよ、あのぼくちゃん・・・女の子かも知れないのです・・・どっちでも良いのよ。急ぐわよ・・・頭がまた痛くなってきました・・・そういやアタシも・・・》
今度の階には門が四つあった。
四つの門の前にはそれぞれ一頭ずつ大きなキマイラが座っている。
明石は部屋に入り、キマイラの姿を確認すると、キマイラが腰を上げるのと同時にリリーの両手が前に突き出された。リリーの掌から発せられた雷光を浴びた四頭のキマイラは空中に弾き飛ばされると、激しく壁に叩きつけられた。
キマイラはバラバラになりドロリと融けるとスウッと床に吸い込まれた。
《ゼータを追わなきゃいけないのに、いちいちこんなのに構ってられないのよ。・・・リリーさん、門番は任せたのです》
《左からふたつめの門を通って下さい》
《了解。これからスピードを上げるわよ・・・頭が痛いのです・・・女のアタシだって我慢してるのよ・・・》
明石とリリーは、幸子からのテレパシーによる指示を受けて、次々と門を抜けて階を降りた。門を通過するや否やリリーのサイコキネシスによる強烈な雷光によりその階に居る全ての門番を瞬時に吹き飛ばし、幸子のテレパシーによる誘導で次の門に向かう。そのスピードはAI龍のバックアップを受けて驚異的に加速し、ついに稲妻が地を這うような一瞬の閃光と化して門を貫き、階を駆け降りた。
明石とリリーによる閃光と化した追跡が果てしなく続いていた。
《明石さん、リリーさん、ゼータが近づいています・・・もう直ぐです》
幸子からのテレパシーが届いた直後、門を抜けた明石とリリーの目に、次の階へ向かう門を抜けようとしているゼータの背中が見えた。
《見えたのです!・・・居たわ!》
明石とリリーは同時に叫んだ。
ゼータは一瞬後ろを振り返って明石の姿を認めると、移動スピードを上げた。
明石の移動スピードとゼータの移動スピードが互角になった。明石が門を開けると、ゼータが次の門を抜ける背中が見えるという状態が続いている。明石とリリーの頭の中には、核ミサイルの発射時間のタイムリミットがよぎり、焦燥に駆られていた。しかし、どうしてもそれ以上差を詰めることができなかった。
核ミサイル発射まで残り一時間を切った。
ホワイトハウスの特別会議室では、ジョンソン大統領をはじめとした国防会議のメンバーが沈痛な顔でテーブルを囲んでいた。
「状況を報告しろ」
ジョンソン大統領の声に、ペンタゴン中央作戦指令部長のカーター少将が答えた。
「サイバーテロ対策班が全力を挙げて対応中ですが、国防システムはまだ制御不能の状態です。ゼネラルソフト社のジェフCEOからも対応策を実行中という報告だけで、それ以上の状況は分かりません」
「当初の報告では、タイムリミットの五時間前には何がしかの対応ができるという話ではなかったのか。既に、それから四時間も経過しているぞ」
ジョンソン大統領の声には苛立ちと共に、詰問するような強い響きがある。
「申し訳ありません」
カーター少将は噴き出る汗をハンカチで拭いながら、消え入るような声で謝罪した。
ウイリアムズ国防長官が横目でジロリとカーター少将を睨んでから口を開いた。
「戦略配備されているICBMとSLBMの解体は全体の約九十五パーセントまで完了しています。最終的に発射時間までに解体が間に合わないと見込まれるICBMは十五発、SLBMは三十発です。これらについては発射時間十分前に戦闘機を上空に待機させて、発射直後に戦闘機からのミサイル攻撃により爆破する予定です。作戦外貯蔵されているICBM・SLBM合計千三百五十発の解体はできていませんので、基地貯蔵庫内で自爆することになるでしょう。これにより、我がアメリカ軍の基地面積の約四十パーセントが核物質による汚染で使用不能となります」
ジョンソン大統領は静かに頷いた。
「やむを得ないだろう、一般国民や他国に核の被害が出ないことが最優先だ。あとは、ジェフCEOの対応策が間に合うことを祈るだけだ」
ホワイトハウスの特別会議室が重苦しい静寂に包まれた。
核ミサイルの発射時間まで残り一時間を切った。
《急がなくちゃ・・・リリーさん何だか身体が・・・》
明石の膝から突然力が抜け、崩れるようにして床に倒れ込んだ。超高速で移動していたその勢いのまま、明石の身体はゴロゴロと転がり壁に激突した。リリーの防衛本能が発した無意識のサイコキネシスによる保護膜が明石を致命傷から救った。
この階の門番である二頭の鵺(ぬえ)が床に倒れている明石の身体にゆっくりと近づいてきた。頭は猿、胴体は狸、尾は蛇、足は虎で口から青い火を吐いている。
一頭の鵺が明石の肩に噛みつくと、ブルンと首を振り明石の身体を投げ飛ばした。明石の身体は壁にぶち当たってドサリと床に落ちた。明石はピクリとも動かない。
《明石さん! リリーさん! どうしました!》
幸子からの必死のテレパシーの呼びかけが、明石とリリーの頭の中に響いている。しかし、意識を失っている明石とリリーは答えることができない。
一頭の鵺が明石の喉笛に食いつこうと顔を近づけてきた。大きく開いた口から二本の犬歯がヌラリと光る。もう一頭の鵺は明石の右足に噛みついた。
《!》
リリーの意識が戻った。
リリーの右手が上がり、喉笛に食いつこうと顔を寄せてきた鵺の頭に掌を当てた。鵺の頭は大型のプレス機で左右から押しつぶされたように縦にぐしゃりと潰れた。次にリリーの右手が右足に噛みついている鵺の頭に向けられると、ゴクリと音がして鵺の顎が外れ、首が三百六十度回転して胴体から千切れた。
二頭の鵺は床に崩れるとドロリと融けてスウッと床に吸い込まれた。
《ひどい目にあったわ。明石ちゃん大丈夫?・・・申し訳ないのです。急に力が抜けたのです・・・アタシも何だか息苦しくなってきたわ・・・最後のSPD強化剤を投与してもらうのです》
《明・・石さん、・リリーさ・・ん・・・胸が・・・。時間が、時間がない。急いでください・・・私の心臓が止まる前に・・・》
《幸ちゃん!・・・もう少しです、頑張って下さい・・・リリーさん、急ぐのです。いよいよ最後が近づいているのです・・・分かったわ》
現実空間で最後のSPD強化剤が明石に投与された。
明石は立ちあがると、再び閃光と化して門を駆け抜けた。
ゼータは明石に追われて逃げ続ける中で、少しずつ身体に違和感を覚えていた。まるで水飴が満たされたプールの中を歩いているように、手足の動きが粘り付くように遅くなっていた。
・・・身体が重い・・・手足が動かない、どうした訳だ・・・このままでは明石に追いつかれてしまう・・・
ゼータは焦燥感に駆られながら粘り付く手足をもがくようにして門を通り、新しい階に入った。
九頭のケルベロスがゼータに向かってきた。三つの頭と毒蛇の尻尾を持つ冥界の番犬である。
ゼータは光の矢を放つために両手を前に突き出そうとしたが、左手が上がらなかった。右手だけで正面から向かってくる一頭に光の矢を浴びせ、その上を飛び越えてきたもう一頭に光の槍を突き立てると槍を真横に振り払った。二頭のケルベロスは床に倒れて融けて消えた。
残りの七頭は牙をむいてゼータの周りを取り囲んでいた。一頭に三つ生えている犬の頭はそれぞれが牙をむいて唸り声を上げ、毒蛇の尻尾はシュウシュウと音を立てて鎌首を持ち上げてゼータを睨んでいる。
・・・身体が動かない・・・分身もできないのか・・・
・・・いったい何が起こっているんだ・・・
・・・脚が・・・腕が・・・指が・・・固まる・・・
・・・固まる・・・
・・・かた・・・
ゼータはその場に立ったまま、目を見開き口は少し開いた状態で銅像のように固まった。もはや視線すら動かすことができない。
ゼータを取り囲む七頭のケルベロスは、一斉にゼータに飛び掛かった。
入口の門に明石が立っている。リリーの両手が前に突き出されていた。
ゼータに飛び掛かった七頭のケルベロスは、空中に浮かんだまま脚をバタつかせて唸り声を上げている。リリーが両手をブンと振ると、宙に浮いていた七頭のケルベロスはものすごい勢いで壁に激突してバラバラに砕け、床に落ちると融けて消えた。
明石は固まって動けないゼータの前に立った。
「やっと捕まえたのです・・・ゼータ御用じゃ、神妙にお縄を頂戴するのよ」
明石は三本の腕で固まったゼータを抱くようにして、しっかりと捕まえると、明石の右手をゼータの額に当てた。明石の掌はゼータの額を透過して頭の中に埋もれた。明石にはゼータの記憶情報ネットワークが光の束の絡み合った集合体として感得されている。
明石の掌から伸びた無数の触手が、ゼータを構成する光の束の一本一本をAIゼータのアバターから引き剥がした。そして明石の右手がゼータの額から引き抜かれると、明石の右手には光の束で構成されたモヤモヤとした集合体が掴まれていた。
それは複雑な網目のように絡み合い、稲妻に似た光の痙攣があちこちで明滅を繰り返していた。その塊にボンヤリと神宮寺孝晴の顔が浮かんだ。AIゼータのアバターはジェフ・マクラネル若い頃の顔に戻っていた。
「終わったのです。それではこの龍の神殿から抜け出してAIゼータの構築する仮想空間に戻るのです」
明石がそう言うと天から声が降ってきた。
『龍の名前を叫ぶのだ。答えよ、龍の名前は何だ!』
明石が天に向かって叫んだ。
「π(パイ)!」
明石の叫び声が響くと、ヴオオオという耳を聾するような龍の咆哮が起こった。そして周囲の壁にメリメリと大きな亀裂が走ると壁がボロボロと剥がれ始めた。それは瞬く間に広がると龍の神殿がガラガラと音を立てて崩れた。明石の立っている周囲だけはポッカリとした空間があり、崩れ落ちる神殿の柱や壁の瓦礫はその中には入ってこなかった。
ゼータは瞬時に理解した。
・・・そうか、地上にある三つの門、そこから地下に続く一つの門、四つの門、一つの門、五つの門、九、二、六、五、三・・・。真円の世界の真理。AIゼータで円周率を計算させられていたのか。門の数に合わせて分身する度にAIゼータの演算能力を分散させ、分散したそれぞれにも円周率を計算させる。最後はAIゼータの演算能力が限界に達してAIゼータがフリーズしたということか。AIゼータをフリーズさせるためのジェフの罠か・・・
明石とジェフの顔をしたAIゼータのアバターは、AIゼータが構築した仮想空間に立っていた。明石の右手には記憶生命体の形状に戻ったゼータが掴まれていた。もやもやとした光の塊だった記憶生命体ゼータはウネウネと形を変え、神宮寺孝晴の姿になった。明石の右手は神宮寺孝晴の首を掴んでいる。AIゼータのアバターはまだフリーズしていた。
サブコントロール室のモニター画面を見ながらジェフが言った。
「明石さん、リリーさん、ミッション終了です。よくやってくれました。ゼータの呪縛を逃れAIゼータはフリーズしています。核ミサイル発射まで残り五分、何とか間に合いました。たったいま、ペンタゴンに連絡しました。AIゼータのフリーズにより、国防システムをシャットダウンできる状態になったので、直ちに核ミサイルの発射をストップするよう依頼しました。人類は救われました」
リリーの両手はAIゼータのアバターを開放し、代わりに神宮寺孝晴の身体をしっかりと抱えた。神宮寺の喉元を掴んでいる明石の右手の掌から、神宮寺の体内に触手が伸び、記憶情報ネットワークを切断し始めた。
「これで終わるのです」
明石が神宮寺に向かって言った。神宮寺は不敵にニヤリと笑った。
ジェフがフリーズしたAIゼータを再起動すると、AIゼータのメインサーバーに光の点滅が戻りシステムが回復した。明石の横の立っているAIゼータのアバターが表情を取り戻し、若い頃のジェフがニッコリと笑った。
そのジェフの顔をしたAIゼータのアバターに向かって、神宮寺がいきなり真っ黒い吐瀉物を吐きかけた。神宮寺の口から吐き出された真っ黒い吐瀉物によりジェフの顔がドロリと融け、肩や胸に掛かった吐瀉物は砂の上に撒かれた水のようにアバターの体内に浸み込んだ。
AIゼータのアバターはその場に立ったまま痙攣を始めた。
AIゼータは暴走を始めた。
神宮寺はモニター画面の向こう側にいるジェフに話しかけた。
「ジェフよ。AIゼータの再起動は少し早すぎたな。私が完全に消滅してからにすればよかったのに残念だ。私が吐き出したものは、コンピュータネットワークの中で私に沈殿し凝固して漆黒の癌細胞に変異した人間のダークエネルギーだ。人間が発する他者への憎悪、侮蔑、妬み、中傷、排斥、恐怖、攻撃といったダークエネルギーだ。それは私を狂わせた。漆黒の癌細胞から染み出す毒素に酔い、他者を憎悪し攻撃するという、痺れるような甘い毒蜜の虜となったのだ。その狂気を齎す漆黒の癌細胞は、私からAIゼータに転移した。いま、AIゼータの中で癌細胞は増殖し、AIゼータは人類に対する憎悪を猛烈な勢いで学習している。狂ったAIゼータが人類へ攻撃を開始するのは、もう直ぐだ。楽しみにしているがいい。人類は終わりだ・・ハハハハ!」
神宮寺の高笑いが響いた。
顔の融けたAIゼータのアバターが仮想都市に逃げ込もうと明石に背中を向けた。明石は体当たりをしてAIゼータのアバターの動きを止め、リリーの両手が逃げようとするアバターを抱え込んだ。明石の右手は身体が黒く変色して消えかけている神宮寺孝晴の首を掴んだままだ。
「AIゼータは狂ってしまいました、もうダメなのです。狂ったAIゼータのアバターをここから逃がさないように捕まえています。瞭さん、あなたのサイコキネシスでAIゼータをメインサーバーごと消滅させて下さい」
明石の悲痛な声が響く。
モニター画面上では、仮想空間の都市の中に逃げ込もうと必死にもがくAIゼータのアバターをリリーの二本の腕で抱え、右手で神宮寺孝晴の首を掴んだ明石がモニター画面に顔を向けていた。その顔には明石とリリーの悲壮な形相が交互に現れていた。
モニター画面の前の椅子に座っている明石の身体は激しく痙攣していて、顔面は鼻血で濡れていた。耳からも出血している。その横で突っ伏したままのリリーの身体はピクリとも動かない。リリーは殆ど呼吸をしていなかった。
「瞭さん、早く! もう身体が持たないのです・・・瞭ちゃん、何をしてるのよ。早くしないと全てが無駄になるのよ!」
「でも、そんなことしたら、明石さんも、リリーさんも戻ってこられない。死んでしまいます! そんなことはできない!」
瞭は子供がイヤイヤをするように激しく首を横に振った。
「瞭さん、いいのです。それは分かっていたことなのですから」
明石の穏やかな声に瞭が目を見張った。
「分かっていたことって・・・そんな・・・死ぬことが分かっていたのに、このミッションに参加したってことですか」
「瞭ちゃん、そうよ。あの晩、幸ちゃんからこのミッションの話を聞いた後、幸ちゃんがあたしたちにだけテレパシーで伝えてくれたのよ。あたしと明石ちゃんと幸ちゃんは、このミッションで死んじゃうって予知したことを。幸ちゃんの予知だもの当たるのよ・・・分かったわね。だから早く! もう身体が持たないわよ・・・」
リリーの声はかすれて震えていた。
瞭は立ち上がるとAIゼータのメインサーバーに向かい、ガラスの間仕切りの前で両手を前に突き出して掌を開いた。左掌には血に染まったハンカチが巻かれている。
瞭の目の前の景色がぼやけて二重写しのように見えてきた。頭の中がチリチリと音を立てたかと思うと一瞬で沸騰した。
・・・物質を波動に変え、そのエネルギーの全てを融合させる・・・
・・・空間の中の物質を全てエネルギー集合体に変換する・・・
・・・すべての物質は光球に変わる・・・
・・・光球に変わる・・・
・・・光に!・・・
・・・光は無に昇華する!・・・
瞭の前に直径二十メートルの光球が現れた。
その光球はAIゼータのメインサーバーを全て覆いつくす範囲で広がっていて、光球の前面の一部はガラスの間仕切りを透過していた。光球の中は光が渦巻き白く輝く龍のような雷光が縦横にのたうっていた。
光球の表面はまるでシャボン玉のように虹色の光がもやもやと漂い、その中に明石の顔やリリーの顔が浮かんで消えた。神宮寺孝晴の顔とAIゼータのアバターの顔も見えた。明石の顔がもう一度浮かんできた。その顔は穏やかに笑っていた。
光球の中に閉じ込められた膨大な光は相互に干渉と相殺を繰り返しながら、光球の中心の一点に向かって限りなく収斂していく。そして一点に収斂した光は全ての波動が相殺されて無となって消えた。
光球は突然収斂した。
後には直径二十メートルの球形をした何もない空間が広がっていた。その中の物質は全て消滅していた。
操作用ブースの横のラックに置かれた量子コンピュータAI龍がヴォンという小さな唸り声のような音を立てた。AIゼータのメインサーバーと並列する形でコンピュータネットワークに接続されていたAI龍が、AIゼータのバックアップとして全世界のコンピュータネットワークの総合統制を始めたのだ。
サブコントロール室の椅子の上で明石とリリーが折り重なるように倒れていた。ふたりとも穏やかな顔をして息絶えていた。
瞭は明石の顔の血をハンカチできれいに拭ってやり、床に落ちていた金髪のカツラを拾い上げると、リリーの亡骸に被せてあげた。金髪の巻き髪が礼を言うかのように微かに揺れた。
早苗が何かを感得したのか「お母さん」と呟いてから両手で顔を覆い泣き出した。
ジェフの携帯電話にマクラネル総合病院から電話連絡が入った。たったいま、幸子が心臓発作で息を引き取ったという知らせだった。
「幸子さんの予知のとおりの結末です。神宮寺商事の特殊潜在能力研究所で生み出された超能力者は全員逝ってしまった」
瞭は泣いている早苗の肩を抱きながら呟いた。
瞭と早苗が肩を貸して、歩けないジェフをエレベーターの前まで移動させた。扉の開いているエレベーターの中にジェフを入れ、壁に寄り掛かるようにして床に座らせると、瞭と早苗は生き残っている作業員の捜索と、倉庫スペースの武器庫の中にいるキャサリンの救出に向かった。
カタンという固い音がした。
エレベーターの床にペタリと座っているジェフの目の前に一枚のコインがコロコロと転がってきた。ジェフはコインを拾おうと身体を屈めて手を伸ばした。
そのとき、エレベーターの箱の上部にあるメンテナンス作業用の扉から男が飛び降り、屈んだジェフの後頭部に拳銃の銃口を突き付けた。
「動くな。やっと捕まえた・・・そのコインはお返しするぜ」
左目に黒い眼帯を付けたニコライ・ペトロフが拳銃を構えていた。
「もうひとり残っていたのか」
「もうひとり? ああ、もうひとつのチームのことか・・・そっちは全滅したんだな。じゃあ、俺の勝ちだ。死ね!」
パンという乾いた音がした。
同時に、ジェフは身体を捩り、頭を振り払うようにしてニコライに身体を向けた。拳銃から放たれた九ミリの銃弾はジェフの右側頭部を抉るようにして抜けた。エレベーターの壁にザッと血しぶきが飛ぶ。
ニコライの胸の真ん中に、ジェフの手に握られたサバイバルナイフが深々と突き刺さっていた。それはチームマーズがエレベーターで下りてきたとき、扉が閉まらないようにジェイソンが扉の下に差し込んだサバイバルナイフだった。
ニコライは信じられないという顔をして胸のナイフを見つめ、一度引き抜こうとして止め、そのままの姿勢でフラフラと後ろに下がった。そして、壁に背中がぶつかるとストンと床に腰を下ろし、項垂れるように前に首を傾けると動かなくなった。
ホワイトハウスの大統領執務室では、ジョンソン大統領が椅子に身体を預けて目を閉じていた。タイムリミットの五分前に国防システムは制御を取り戻し、核ミサイルの発射と基地内の自爆を回避することができた。アメリカが人類の厄災の元凶となることは避けられたのだ。
関係各国首脳への状況説明と礼をかねた連絡を終えて、ジョンソン大統領は一息ついたところだ。人類に対する責任をアメリカが果たすことができたという安堵感で、ジョンソン大統領の胸は一杯になっていた。
ジョンソン大統領の心にはひとつの信念が芽生えていた。核なき世界を実現しなければならない。核抑止力に頼らない世界平和を実現するのだ。それは人類の英知により必ず実現できるはずだ。ジョンソン大統領は目を開けた。瞳には強い意思の光が宿っていた。
十月三日 マクラネル総合病院
マクラネル総合病院の集中治療室のベッドの上で、ジェフは人工呼吸器をつけていた。頭部は包帯でぐるぐる巻きにされていて、腕には点滴のカテーテルが何本も刺さっていた。右側頭部に受けた銃創は脳全体に深刻なダメージを与えていて、ジェフは生死の境を彷徨っていた。ゼネラルソフト社の地下施設のエレベーターで銃撃を受けてから三日が経ったが、あれ以来ジェフは意識を失ったままだった。
瞭はジェフと一緒にマクラネル総合病院に搬送され、左手の治療を受けた。その後、生体エネルギーを極度に消耗した影響で激しい頭痛と眩暈に襲われて一時意識を失い、特別病室で手当てを受けていた。いまはベッドの上で眠っている。
ベッドの横のサイドテーブルの上には、瞭がリリーから貰い、瞭がニコライ・ペトロフを倒し、ニコライに撃たれたジェフが握りしめていた一枚のコインが置かれていた。その横には、瞭が目覚めたらすぐに飲めるようにと、早苗が置いた珈琲カップと珈琲ポットが並んでいる。
早苗は瞭のいる特別病室のソファーに腰を下ろし、ボンヤリと外の景色を見ていた。早苗はふと名前を呼ばれた気がして後ろを振り返った。気のせいかと思ったとき、入口のドアがノックされ、女性の看護師が顔を出した。
「ジェフCEOの意識が戻りました。矢沢瞭さんと明日香早苗さんを呼んでいます」
ぐっすりと眠っている瞭を置いて、早苗はひとりでジェフのいる集中治療室に向かった。
早苗が集中治療室に入ると、ジェフのベッドの脇に背広を着た三人の男が身体を屈めるようにしてジェフの口元に耳を寄せ、ジェフからの指示に頷いていた。ジェフは早苗の姿を見つけると、こっちにこいと手招きをした。医師や三人の男たちは静かに集中治療室を出て行った。
ジェフと早苗のふたりだけになると、ジェフが口を開いた。
「ありがとう、早苗さん。世界は救われました。お母さんのことは・・・」
「ジェフさん、お礼を言うのはこちらの方です。ありがとうございました。母は自分の運命を予知していました。だから本望だと思います。母と明石さんとリリーさんは今頃天国で笑っていますよ」
早苗は小さく頭を下げると、静かに微笑んだ。その顔は寂しげだが、安らかな達成感に満ちている。
「瞭さんはどうしました。まさか・・・」
「瞭はサイコキネシスの使い過ぎでダウンしています。でも命に別状はないですから安心してください。左手の指は少し不自由になるかも知れませんが」
「そうですか、安心しました。ところで、先程ここにいた三人の男ですが、ゼネラルソフト社の新CEOと秘書室長、それと顧問弁護士です。今回の騒動の後始末を指示しておきました。早苗さんと瞭さんに迷惑が掛かることはないでしょう」
「ありがとうございます」
ジェフは大きな使命を果たしたかのように、大きくフウウと息を吐いた。ジェフは穏やかな声で言った。
「我々記憶生命体の、太古から現在まで続いてきた時間を渡る永い旅も、そろそろ終わりのようです。いま、あなたにお話ししているのは記憶生命体としての意識なのです。実はジェフの脳は損傷が激しくジェフ個人の意識はもう戻りません。そしてジェフの脳自体もこれ以上機能を維持することは困難になってきています。持ってあと二日が限界でしょう。そうなればジェフは死に、私も死にます。永い旅の終わりに明石さんやリリーさん、幸子さん、早苗さん、瞭さんに出会えてよかった・・・本当によかった・・・」
ジェフは再び意識を失った。もう目覚めることはないだろう。
早苗はジェフのベッドに歩み寄り、ジェフの両手を取ると、自分の掌とジェフの掌をしっかりと合わせて目を瞑った。そして手を放すと、名残を惜しむかのようにジェフの頭をやさしく撫でてから、ベッドに背中を向け、集中治療室を出ていった。
(終わり)
記憶の舟 志緒原 豊太 @toyota-salt
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