素敵なダイヤモンドには素敵な友達が必要

三日月

これは宝石たちのおはなし

はじめ、あたりはとても暗かった。


熱くて、苦しくて、どっちが上かもわからない狭い場所。でも、息が苦しい、動けない。そういうのじゃない、母親のにいるような感覚。



あるとき、けたたましい物音がするようになったかと思うと、ぐんと体が何かに引き寄せられた。そして、体が一つの方向にしか引っ張られなくなった。それが下というものだった。重力というものだった。わたしは空気に晒されていた。生まれて初めて空気に触れた。

わたしは体中砂まみれの泥まみれで、それを落とすため、痛いくらいにごしごしとされたのをぼんやり覚えている。



気が付くと、熱くも、苦しくも、痛くもなかった。


わたしは今まで見たことがないような真っ白なドレスを着せられていた。首から肩にかけては布地がない代わりに、胸元や腰から下にはふわふわと綺麗な布が使われている。無造作にぐしゃぐしゃとしていた髪も、いつのまにか斜めに編み込まれていた。



気が付くと、まわりに他の人がいた。


あるとき、その人に「あなたの瞳はきらきらで、まるで宝石みたいだ」と言ったことがあった。笑って、「宝石なのだもの」と返ってきた。わたしも、宝石らしい。その人はサナと名乗った。わたしはアルマと名乗った。名前は、いつからか知っていた。


気が付くと、サナ以外にも人がいた。

赤い人、青い人、緑の人、そしてわたしと同じ白い人。


白い人は、アンシーというらしい。アンシーは、サナととてもよく似ていたから、おなじ宝石かと聞いた。でも、少しちがうらしい。

わたしとサナもよく似ているが、これもまた少しちがうらしい。

でも、わたしとアンシーはらしい。

だから、わたしはアンシーと友だちになった。そうなるのが当然だと思った。いつも隣にいたし、髪を整えるのも一緒だった。子達を眺めるのも。


でも、先に買われたのはアンシーだった。そしてわたしは一人になった。わたしとアンシー以外、子はいなかった。だから、一人になった。



サナ以外にも、サナと同じ人がいた。ランというらしい。わたしはアンシーが買われて一人になったが、サナはランが来て二人で一緒にいるようになった。それからだった。サナが高圧的になったのは。



ランがきてしばらくのことだった。いつの間にか、サナやランと同じ宝石たちはとても数が増えていて、名前が覚えきれないほどだった。そんな中、サナに言われた。


「あなたは宝石の王者たるダイヤモンドなのに、いつもひとりぼっちで、威厳がない」と。


サナたちは、モアサナイトだった。わたしはダイヤモンドだった。ダイヤモンドはとても硬くて、どんな宝石よりも輝いていて、そんなわたしが普通では、ダイヤモンドらしくないという。ダイヤモンドは特別でなければならない、と。


サナの後ろをちらと見ると、他のモアサナイトも各々の美しいドレスに見合わぬような、意地の悪い顔をしていた。サナはその裾の長いドレスをひらつかせながら、トンと一歩前に出る。


「わたくしたちモアサナイトは、ダイヤモンドよりも炯々けいけいと輝き、雄渾ゆうこんな姿を他の宝石たちに示す使命があるのです。高貴な宝石とは、そうあるべきでしょう?それに比べて、ダイヤモンドがわたくしたちに勝るところといえば硬さくらい。それですらほんのすこしのことです。すこしは自分を磨く努力をなさってはいかがでしょう?」


サナはとても勝ち誇った顔をしていた。他のモアサナイトたちは、クスクスと嘲笑していた。周囲にいる他の宝石スピネルたちも、またか、という表情で静観していた。

実際、わたしがサナに嫌なことを言われるのは初めてではなかった。でも、相手にはしていなかった。と思っていた。


「あなたのお友達…アンシーが買われていったのも、運が良かっただけでしょう。ああ、あのときにもっとわたくしたちの仲間がいれば、買われていたのはきっとわたくしたちだった。わたくしたちがここに集まったのは最近のことですものね。それは仕方がないわ。

でも、ダイヤモンドなんて高いだけの宝石ですもの、あなたが買われることもないに決まっているわ」




しばらく、わたしは何を言われているのかわからなかった。わたしたちが、高いだけの宝石…?




「…っ、そんなことないです!わたしだって、いつか…」


「だって、そうでしょう?アンシーの代わりにあなたが買われていれば、今ここにいたのはあなたじゃなくてアンシーだったかもしれない。でも、あなたはそのチャンスを逃してしまった。ほんとうにかわいそう。アンシーも、きっともうあなたのことなんて忘れているわ。だって、ダイヤモンドの身に余る幸運を掴み取ったんですもの。あなたなんかに、もう用なんて…」


「アンシーはそんな子じゃない!わたしのことを忘れるなんて…」



私が勢いそのままに手をあげそうになった、そのとき。




「そ、そこまでにしてください!」



わたしたちのやり取りを見ていた他の宝石が告げ口をしたのか、遠くの方からやってきたのはルビーのベルだった。隣には、ベルと仲のいいサファイアのアステラもいる。



「モアサナイトたちは、大勢でダイヤモンドを責めるのがずいぶんとお好きなようだ。せっかくのその美しい顔についている口が、そんなにはしたない言葉を吐き出すためだけに使われるのはもったいないと思うんだけどな」



サナの後ろにいたモアサナイトたちは、アステラの見るものを圧倒する眼力に、じりじりと後ずさる。そんなモアサナイトたちの様子に、悔しそうな表情をしながら、サナはなおも噛みついてくる。



「まあ。わたくしはただ、アルマの心配をしていただけですわ。あなた方には関係のないこと。口を出さないでいただける?」


「それは本当かな?それは悪いことをしたね。でも、アルマだって立派なダイヤモンドじゃないか。どこに心配があるんだい?」


「それは…でも、アンシーだってアルマのこと…」


「アンシーは君が言うような子じゃない。それはわかっているはずだよ」


反論が尽きたのか、サナも退いてくれた。今にも、怒り出しそうな顔。でも、どんな表情をしていても、どこか目を奪われるのはサナの持つ魔力のようなものなのだろう。



「だいじょうぶですか?アルマさん」


ベルが心配そうにその深紅の瞳を揺らしながら声をかけてくれる。



「…うん。あり、がとう」


「アンシーさんのこと、ひどい言い方してました。アンシーさんとアルマさん、すっごく仲良しだったの、みんな知ってるのに…」


ベルはその長い赤髪が垂れてくるのも構わず、顔を伏せる。


「アンシーのことはわたしが一番わかってる。わかってるから、サナに何を言われても、だいじょうぶ…だいじょうぶだから」


「でも…」



ベルは、やさしい。位が上の宝石にも、人工の宝石にも、分け隔てなく。

普段なら、きっとそのやさしさにわたしはこたえることができた。ベルのやさしさに甘えて、弱さに見て見ぬふりをして。




でも、わたしも冷静じゃなかった。



「…もう、放っておいてください!」



サナがすごすごとその場から去ってすぐ、私も走り出した。ベルとアステラも、茫然自失といった様子だった。申し訳ないと思いながらも、でも、でも、だめだった。少しの罪悪感を抱きつつも、戻ろうとは思えず、誰もいないような、隅で座り込んだ。


わたしの眼はいつも以上に光を反射していた。

ダイヤモンドは、買われることがない。その言葉は、どんな研磨剤よりもわたしを傷つけた。どんな鏡よりもわたしを抉った。でも、そんなものよりも、アンシーを侮辱されたのが許せなかった。



アンシーを買っていったヒトは、若い男のヒトだった。嬉しそうにしていた。アンシーは指輪になるんだ、って言っていた。ダイヤモンドの指輪を買っていった男のヒトも、アンシーも、幸せになっているだろうか。大切にされているだろうか。


楽しい日々を過ごしているといいな。でも、サナの言う通り、運が良かっただけなのだとしたら、飽きられて捨てられてしまっているかもしれない。そして、今のわたしのように眼に涙をためてすすり泣いているかもしれない。どうして、わたしは一緒に行けなかったんだろう。


どうして、私はアンシーとおなじ場所に行けないんだろう。どんなに泣いても、私を連れ出してくれるヒトはいなかった。思えば、アンシーが買われていくとき、ほんとうはうれしくてたまらないはずなのに、こっちを見て心配そうにしていた。そのときのわたしは無邪気に喜んでいた。わたしもいつか買われると思っていた。でも、アンシーが正しかった。サナが正しかった。ダイヤモンドなんて必要とされていなかったのだ。


サナは私を心配していると言った。きっと嘘ではない。彼女は悪人ではない、わかっている。わかっている。それでもわたしの中でサナの顔が浮かんでは、真っ黒にくすんでいく。中にいるものが見えなくなるまで、幾重にも。


サナだって、決してアンシーと仲が悪いわけではなかった。アンシーは、わたしと違って人によく興味を持つ子だった。アンシーはわたしよりも後にここに来た。でも、わたしよりみんなに詳しい。


わたしは、初めてサナに会ったとき、目に興味を持った。きらきらしていて、綺麗だと。アンシーは、初めてサナと会ったとき、どんなことを話していたっけ。



確か…「どこから来たの?」とか、「どうしてあなたのドレスはみんなと少し違うの?」とか、聞いていたような気がする。


わたしは、今まで自分がどこから来たのか、考えたこともなかった。今わたしに見えるものはどこまでも続く白い空間に、柔らかく敷かれた赤のカーペットだけ。噂で、たちはもっといろいろなものを見ることができると聞いたが、わたしは結局自分がどこから来たのかわからなかった。わかるのは、暗くて熱くて…ということくらい。


でも、サナはちがった。自分は、海を渡って向こう、アメリカという国の、西の方にある街から来たと説明した。その前は、ここと同じく、無限に続くような黒い空間をいたとも。そんな場所、聞いたことがなかったのでわたしもアンシーも首を傾けてしまった。


そんなサナも、どうして自分だけが少し変わったドレスを着ているのかは説明しなかった。たしかに、言われてみると、わたしのドレスは布がたっぷりふわふわだし、アンシーもふりふりきらきらだ。でも、サナだけがシンプルに布一枚を加工したようなドレスを着ている。

サナはスタイルがいいので、似合ってはいるのだけれど、体のラインが強調されて、やはりシンプルなように見える。


あんなドレスを着こなせるサナのような美しい宝石でないと、やっぱり買われることもないのかな…



私が、少しずつ最初とは異なる経路で、ただし最初と同じ終着点で自己嫌悪に陥っていると、肩にするりと触れるものがあった。






腕だった。




視界の端に、真っ白な腕が見えた。




咄嗟に振り返ろうとしたら、その腕の中にとじこめられて、できなくなってしまった。



「ごめんね」



そう背後からの震え声は、ランのものだった。さっき、サナと一緒に去っていった、ラン。



逡巡するが、



「あなたに謝られることなんて、ないよ」



わたしはそう、言えた。



「私は、サナを止められなかったから。ううん、止めたくなかったのかも。私だけは、サナちゃんの味方でいようって」



その言い草は、先程謝罪したときに感じられた、僅かな感情の矛先がサナであることを確言させるのに十分なものだった。わたしに謝っているときでも、ランが見ているのはサナなのだ。

ランはいっつもそうだ。わたしがアンシーのことをよく知っているように、ランはサナのことをよく知っている。いつも一緒だ。




「…ねえ、アルマちゃん。サナちゃんのこと、責めないであげてほしいの。ううん、自分勝手なことだっていうのはわかってる。でも、サナちゃんもあなたと同じだから」



「サナさんが、わたしとおなじ…?」




ランはたまに、ふしぎなことを口にする。あのプライドが高くて、でも美しくて、他人を見下しているのにちゃんと相手のことを知っている、サナとわたしが同じなんて、ありえない。




「サナちゃんは、むかし…私はもちろん、アルマちゃんや、アンシーちゃんがいた頃よりもずっとむかしからここにいるの。でも、絶対にここから離れられない。だって、サナちゃんは私みたいな作られた宝石じゃなくて、天然のモアサナイトだから。知ってる?天然のモアサナイトはとても数が少ないのよ。遠い空の向こうから、星が降ってくることがあるんですって。その星の中にすこしだけ、あるの。あまりに数が少ないから、外の世界では普通のヒトが買うことすら禁じられている。その中でもサナちゃんは、初めてヒトに見つけられたモアサナイト。すごく、すごく貴重な存在。指輪になることも、ネックレスになることもなく、ありのままの姿で…サナちゃんはずっとここで、外のヒトたちに見られているだけ。絶対に買ってもらえないし、ここで他の宝石たちを見送ってる。そんなの、すっごく悲しいことよ。私たち人工のモアサナイトがここに来るようになってから、サナちゃんは少しずつ自信を持つようになっていった。自分は買われなくても、同族である私たちが買われていくんだから、きっと自分はすごい宝石なんだ、って。でもそれはただの虚勢。サナちゃんは、アルマちゃんにあなたはひとりぼっちだ、って言ったけど、本当はサナちゃん自身が一番ひとりぼっちだと思い込んでる」


「でも、サナさんにはランさんや、他のモアサナイトたちもいるから。わたしはほんとうに、一人ぼっちだけど…」



わたしの言葉を深くからだに巡らせる様に、ランの声が止まった。そして、決心したように再び言葉を発する。






「実はね、私…もうすぐ買われることになったの。すごくいいヒトらしいのよ。でも、私、喜べない。サナちゃんをこのままおいていけないの。外のヒトに買われたら、もうここには戻ってこられなくなる。私、こんなにサナちゃんのことが心配で苦しいのに、サナちゃん、ずっとこんなお見送りをしてきたんだって思ったら、いてもたってもいられなくて…せめて、あなたにだけでも、サナちゃんのこと、わかっていてほしくって」



ランは、サナのことがほんとうに大好きなんだ…


ふしぎに思ってはいた。わたしよりも昔からここにいて、ずっと買われることもなくて。あんなに素敵な宝石なのに、ずっと。ずっと…



ずっと、見られているだけ。何のアクセサリーになることもできず、誰かの役に立つこともできず。


わたしだったら、そんなのは辛くて耐えられない。



だから。




「サナさんは、ランさんにそれだけ想ってもらえて、すごく幸せだと思う。わたしも…さっきはアンシーのこと、悪く言われてカッとなっちゃったけど。サナさんがほんとうはそんなに悪い人じゃないこと、知ってるから」



「アルマちゃん…そっか。アルマちゃんは、私よりずっと前からサナちゃんと会ってるんだもんね。いちゃうな」



わたしとランは、そのあとしばらく、ランが他のモアサナイトたちに呼ばれるまで会話を続けた。ランの話の中には、いつもサナや他のモアサナイトたちがいた。アンシーがいなくなったあと、他の宝石たちとなかなか交流しようとしなかったわたしと違って、ランは仲間のことをよく見ている子だった。にそれを知ることができて、よかったと思う。








お別れの日、ランは涙を見せなかった。他のモアサナイトたちはさみしそうにしていたが、サナも瞳を濡らすことはなかった。ランに涙を見せては、心配させると思ったのだろう。わたしは、二人の別れを邪魔したくなくて、少し離れたところにいたが、ランは一度こちらを見て、ふんわりと笑ってくれた。わたしもそれに笑い返した。眼が少しうるんでしまったのは、ゆるしてほしい。ベルとアステラも同じように少し遠くから見守っていたので、声をかけて、先の事も謝れた。二人は本当に優しくて、笑って許してくれた。





その後、サナと特別なにかが変わることはなかった。

でも、サナが嫌なことを言ってくることはなくなった。ランがいなくなったから、なのか、サナの何かで変化があったのかはわからない。



でも、わたしに嫌なことを言ってくる人はいた。スピネルたちだった。スピネルは、たくさんの数で、いろんな色で、さまざまなドレスを着ていた。


スピネルの中でも、リーダーのようにいつも中心にいる、ルーベラ。黄色の髪を持つ彼女は、他のスピネルたちを率いて、わたしに嫌がらせをするようになった。


ルーベラは以前からわたしたち高価な宝石をよく思っていなかった、のだと思う。サナがわたしにいろいろしていた頃は、サナの注意の矛先が自分に来るのではないかと思って何もしなかった。だから、今になって…?



でも。



もう。


もう、何も言われてもつらくはない。



わたしは、ひとりじゃなかった。

一人だけど、ひとりじゃなかった。



それに気がつけたから。

気がつかせてもらったから。



たとえ、離れた場所にいても。

たとえ、自分と他人の違いに怯えても。

たとえ、いつか別れるのだとしても、いまだけは。






一人と一人は、ふたりだもんね?

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