④屋上(8/8)[AIやばい!彼こないかも!どうしよう!補助]
ここにくるのはいつぶりだろうかと考えて、麻耶はかたくなった背をのばした。
屋上からは市街を一望できる。住宅やビルのすきまから、花火のようにちらちらと夕日がのぞいた。
だれもいない。落下防止に設置されたフェンスに近づき校内を見下ろした。すこしずつ薄闇のベールがおり、ちらほらと下校中の生徒がいる。学校全体が澄んだ空気を纏っていて、もうほとんどの生徒がいないのだと察した。
英莉の姿を探すと、生徒玄関にちらちらとこちらを見上げる姿があった。先に帰っていいと言ったのに。
麻耶が開放的な空間を堪能していると、ゆっくりと階段をのぼる足音に気づいた。だれかが屋上にくる。麻耶の心音が早まった。
もしかしたら彼かも知れない。あわてて身だしなみを整えていると、ガチャリと音をたててドアが開いた。
まず見えたのは、夏服のシャツ。
つぎに、夕陽に染まった紺色の髪。
─────彼だ。
(きた、ほんとにきた⋯⋯⁉)
心臓が今にもやぶれて倒れてしまいそうだった。
春坂は麻耶を見つけると、まっすぐ近づいてきてにこりと笑う。
「花井さん、おもしろい物見つけたってほんと?」
「え? ⋯⋯おもしろい物、って⋯⋯?」
「ちがうの? 鷹城さんから聞いたんだけど」
あわててフェンスから玄関のほうを見ると、ニッと笑って手をひらひらさせている英莉が見えた。麻耶はその場にしゃがみ込んでため息をつく。
「⋯⋯見つけてないよ。えりちゃんがからかってるんだと思う⋯⋯」
「何で?」
「さあ⋯⋯何でだろう⋯⋯」
「じゃあ、これは?」
あっ、と、おもわず声が出た。春坂が取り出したのは、靴箱に入れたあのメッセージ。屋上で待ってるとただ一言記しただけの、麻耶からの呼出状。
心臓がこれまでよりもざわざわと騒がしくなって、まるでごねる子どものようにじたばたと暴れだした。
なにやら期待をこめるような目でじっと見られて、逃げ場を失った麻耶は腹をくくった。自分で決めたのだから、今さら逃げようなんて────したくない。
「あ、あのね⋯⋯ずっと言おうと思ってたことがあって⋯⋯」
風が吹いて、髪や制服のすそがばたばたと暴れる。
「私、春坂くんのことが、好き」
時間が、止まったような気がした。
ほんの一瞬、春坂の顔から笑みが消えた───ような気がした。
「⋯⋯もしかしたら覚えていないかもしれないけど、去年、私が学校のなかで動けなくなったとき、春坂くんが付き添ってくれたことがあるの。すごく心細かったけど、一緒にいてくれて嬉しかった。あのときは、本当にありがとうございます。それからずっと、春坂くんのことが気になってました」
「それで?」
こんなこと、自分なんかが言っていいのだろうかと迷ったが。
でも、この気持ちは決して嘘ではないから。
「よかったら、私とつきあってください!」
「そう」
沈黙。彼は熟考しているようだった。
今まで他人に向けられていた穏やかな声が、今は自分に向けられていて、それだけで胸がしめつけられてしまいそうになる。
「付き合うのはいいんだけどね」
「え?」
「そっちはいいの? 俺、花井さんに対して、そういうの考えたことないけど⋯⋯。自分をなんとも思ってない人と付き合って楽しい?」
「そ、それは⋯⋯⋯⋯」
麻耶の口からは、迷いを含んだ言葉がこぼれただけだった。
春坂の言葉がどこか突き放したように冷たく聞こえて、まるで槍のように麻耶の胸に突き刺さる。今までまともに話したことがないんだから、自分に好意があろうはずもない。こうもハッキリ考えたことがないと言われては、どうしようもなかった。
────花井サンが言いたいコトを正直に言っタラ、相手にもちゃんと伝わると思う
ふと、あゆらの占いを思い出す。ここまできて、好きな人への気持ちを諦めたくなかった。
「だ、大丈夫! 私、好きになって貰えるようにがんばるから!」
その言葉に嘘はなかったが、春坂はもう一度「ほんとに?」と問い返したので、大きく頷いた。
「そう。それなら────」
春坂がにこりと笑ったので、もしかして、と麻耶の胸の熱くなる。
もしかして、本当に彼とつきあえる?
あの占いはあたってた?
麻耶が飛び上がって喜んでしまいそうになった時、春坂から笑みが消えた。
「────やっぱり、やめとこうかな」
急転。
麻耶は一瞬何が起きたのかわからなかった。
春坂が断ったのだと気づくまでに時間がかかった。
「そ、そっか⋯⋯。ご、ごめんね。急にこんなこと言って⋯⋯」
麻耶が頭をさげたのを見て、春坂は「いいけど」と短く答えて立ち去ろうとする。彼の足が校内に入ろうかというところで、麻耶は意を決して言った。
「あ、あの! もし迷惑じゃなかったら、これからも話しかけていい? 私、春坂くんともっと仲良くなりたい!」
「⋯⋯いいんじゃない? べつに⋯⋯」
春坂が心底ふしぎそうに首をかしげたので、麻耶は自分がおかしなことを言ってしまったんじゃないかと、なんだかとても恥ずかしくなった。
◆◆◆
麻耶はどきどきしながら登校した。春坂とSNSのアカウントを交換したが、これからよろしくね、と軽いあいさつをかわしてからまったく話していない。今日は何か話そうと意気込んでいたら、ちょうど自販機から缶を取り出している春坂に遭遇した。
「あっ」
目があった。
彼に手招きされたので、おそるおそる近づく。
「花井さんって紅茶飲める?」
「うん」
「あげる」
と、ミルクティーの缶をさしだされた。
「あ、ありがとう⋯⋯。でもいいの? お金⋯⋯」
答えるかわりに、春坂は自販機を指でトントンと叩いた。この自販機にはくじが搭載されていて、当たると好きな飲み物をもう一本買える。どうやらそれであたったらしい。彼はスポーツドリンクを飲みながらさっさと教室に向かおうとするので、麻耶もあわてて上靴に履き替えて後を追った。
「あ、あの、春坂くん⋯⋯今月、誕生日って聞いたんだけど⋯⋯な、何日?」
彼は麻耶を一瞥すると、ちょうど通りかかった掲示板にカレンダーを見つけて、日付を指さした。あまりに一瞬のことでよく見えなかった。
「え⁉ な、何日? よく見えなかったからもう一回⋯⋯」
「何で知りたいの?」
「⋯⋯も、もしよかったら、一緒にどこかに遊びたいなぁって。あ、二人きりとかじゃなくて、友達も誘ったりして⋯⋯」
「ちょっと予定があるから」
即答。
「そっかあ⋯⋯。ごめんね⋯⋯急にこんなこと言って⋯⋯」
無理、じゃなくて、予定がある。そんな日常の些細なひと言をくれた事がなんだか嬉しくて、誘いを断られたことはまったく気にならなかった。それどころか、彼はちゃんと予定を持って生活している人なんだと新たな一面を知れてよかった。まわりから聞いた彼の人物像は、顔がかっこいいとか優しいとかアイドルのような扱いばかりだったから。
階段をのぼりながら、どんな予定があるのだろうと考える。誕生日にわざわざ入れているとなるときっと特別な予定なんだろう。家族や友人と一緒に過ごすのかもしれない。もしかしたらデートとか。脳裏にふってきた可能性を麻耶は首をふってふり払う。彼のことを知るチャンスなのに、一歩踏み込んだ質問を投げる勇気はなかった。そもそも遊びに誘うだけで全力疾走したような気分だから。
でも、ひとりで考えたところでわからない事を知ることはできないので、なけなしの勇気をふりしぼる。がんばってきこう。予定って何をするのって────
「あ、あの⋯⋯春坂くんってもう好きな人いるの? 春坂くんの好きなタイプってどんな人?」
ああなんて自分は馬鹿なんだろうと、麻耶は心のなかで自分の頭をぽかぽかと叩く。いま聞きたいのはそういうことじゃないのに。
彼のほうを見ると、立ちどまって考え込んでいるようだった。こうなっては、実は質問を間違えましただなんてとても言い出せない。どうしよう。急にこんなことを聞いて、彼も困ってるんじゃなかろうか。
しかし、春坂はいたずらっ子のように微笑んで、
「どんな人がいいと思う?」
「え?」
ぽかんと立ち尽くす。そんなことわかるはずがない。
麻耶がなかなか返事できずにいると、彼はクスクスと笑って上段に足をかけた。
藍星の贐 すいかなえ @se22xa32
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