理解ある人

@nobenobe1010

理解ある人

今日もまた、育児中の社員の仕事が私のデスクに降ってきた。

上司はにこやかに言った。「みんなでフォローしよう。君なら大丈夫だよね」

私は笑顔で「もちろんです」と答える。しかし胸の奥では、もやもやとした重い空気が渦巻き、吐き出すこともできずにいる。


チームの女性は私と、育休中の一人だけ。その他は全員男性だ。上司にとって、この構図は自然なのだろう。自分は純粋に善意で、みんなが助かると思っているのだから。

けれど心の中で私はつぶやく。

「お前らは子育ての苦労を知っているはずなのに、なぜ私が代わりに走るんだ」


机の上には山のような書類。メールは未読が百件以上。

育児中の社員の一人が休むたび、作業は私に回ってくる。

電話が鳴る。男性社員からの確認依頼。「これ、今日中にやっといてくれる?」

私は笑顔で「もちろん」と答える。頭の中では計算する。今の時間と作業量では、帰宅はいつになるか――


「もう少しで終わるよ」と自分に言い聞かせながら、ペンを握る。

上司が隣を通り過ぎる。声をかけられるわけでもなく、ただにこやかに私を見つめる。

その無自覚な善意は、私の疲労の上に積み上がる。私はひたすら書類を片付ける。


ふと窓の外を見ると、育児中の社員は笑顔で帰宅する。

その光景に、胸の奥で小さな波紋が広がる。羨ましさ、嫉妬、そして皮肉。

「この人たちは休む権利がある。でも、なぜ私が犠牲にならなきゃいけないのか」

誰に向けるわけでもなく、心の中でつぶやく言葉は、冷たい鏡に映る自分の顔をじっと見つめているかのようだった。


男性社員が資料を抱えて近づいてくる。

「これ、お願いできる?」

私は微笑む。もちろん、お願いされたら断れない。

心の中で毒々しい皮肉が渦巻く。

「子育ての苦労を知っているはずのあなたたちが、なぜ平気で仕事を押し付けるの?」


上司は次のプロジェクトでも同じことを考えているだろう。

「みんなでフォローしよう」と言いながら、誰かに負担を押し付ける構図は無意識で、善意のつもりなのだろう。

私は小さく笑った。理解ある人は、永遠に増え続けるらしい。


デスクの隅に置かれたコーヒーカップを手に取り、ゆっくり息をつく。

「私は、本当に理解ある人であり続けたいのか?」

答えは出ない。ただ、今は目の前の書類を片付けるしかない。

心の中でつぶやく――

「理解はタダじゃないのにね」


午後の陽射しがデスクに斜めに差し込む。書類の影が揺れる。

同僚の男性が笑いながら資料を置き、去っていく。

私は黙って片付け続ける。誰も気づかない。誰も止められない。


窓の外、夕暮れの街に育児中の社員のシルエットが消えていく。

私も笑顔を作る。けれど胸の奥では、苦い笑いが静かに渦巻いている。

この職場の構図は変わらない。

でも、私は今日もまた、完璧に“理解ある人”の役を演じる。

誰も知らない、誰も止められない。

それでも、心の中だけは自由だ。皮肉と毒を胸に、静かに笑うしかないのだから。

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