ファクトフェイク

なつよし

あの子の噂

「うわさの転校生、なんか男関係でよくない噂があるらしいよ」

「部活の先輩がこんな噂耳にしたって」

「関わんないほうが身のためだって誰かが言ってた」

 

『え私まだ彼氏いない歴=年齢なんですけど』

 

 私、荻野海はつい先月この町に引っ越してきた。引っ越しを何回か経験したことがあるのでいろんな町に住んだことはあるが前の町のほうがもう少し人は多く学校の全体の生徒数も多かった。今の町は少し都会から外れた場所に位置するからだろうか。なんか転校してすぐにありもしないうわさが流れてしまった。この1か月何とか周りに誤解を解こうと試みたがみんな「わかってるよ」「うわさだもんね」という割に目が合わないし私を見ようとしてくれない。最初は話しかけてくれた友達だった人も裏では普通にうわさのことで私を笑いものにしている。まるで感染症みたいに私のありもしないうわさは着々とクラス、学年、他学年へと広まっていった。確かに私は昔からよく勘違いされやすいタイプだった。あがり症でコミュニケーション能力はほぼゼロに等しい。そうなると話すだけで顔が赤くなったり言葉に詰まったり涙目になってしまう。周りからは被害者ぶってるだの、泣き落としで男を手に入れているだのさんざん言われる。私だってできるならおどおどせずはっきり話したいし涙目に関してはドライアイなので許してほしい。とまぁこんな感じで見事にクラスで浮いている存在となってしまった。みんな気にしていないと言っていたうわさがまだ頭に残っているのか話しかけてこないしなんなら私が話しかけるとすごい速度で消えてしまう。初めのころは別に私が何か害を与えているわけではないのになんでこんなに避けられたり腫れもの扱いを受けないといけないんだとはらわたが煮えくり返りそうだったけどもう慣れてしまった。朝が待ち遠しいと最後に思ったのはいつだったか。最近じゃ朝起きると体と頭がだるくまるで学校に行きたくないと叫んでいるように思えた。が、あいつがいるからまだ学校に行こうと重い腰を上げることが出来る。まったく、私が何をしたってんだ。


「あぶない!」

『へ?』

 昼休み。ボッチ飯をそこら辺の階段で楽しんだあと、次の授業のため渡り廊下を競歩で歩いているとそんな叫び声と同時に頭にすごい衝撃が走った。

『っつ』

 痛い。ものすごく痛い。言葉で表せないくらい痛い。どれだけ痛いかというと頭に大きい岩が乗った衝撃くらい痛い。乗ったことないけど。しかもその衝撃で頭がふわふわしてしまっている。だが知らない人の前で倒れるのだけは避けたい。ただでさえ悪目立ちしているのにここで馬鹿みたいに騒ぎ立てられてより注目を浴びるのだけは避けたい。でも、これはまじでやばいかも。


 次に目が覚めたときそこは最後に見た青い空と打って変わって白く冷たい天井だった。起き上がろうとしたときものすごい頭痛に襲われた。ここがどこなのか、今この状況は何なのか。それはこの後頭部の痛さが教えてくれた。

「あら、目が覚めた?ここは保健室よ。太田くんが慌てて駆け込んできたと思ったらあなたを肩で担いでるんだもの。私までびっくりしちゃった。」

 『なるほど。めちゃくちゃ頭が痛いのはその太田君という方が原因なんですね。てか肩で担ぐって一応私怪我人ですよね?悪化したらその太田君という人は責任取ってくれるんですか』

 「はい落ち着いて。そんな急に話すとそれこそ悪化するわよ。とりあえずそこまで目立った外傷はないけど場所が場所だし一応病院に行ってね。」

 『わかりました。あの今って』

 「もうとっくに下校時間過ぎているし担任の先生にも話は通してあるからこのまま帰宅で大丈夫よ。また診断結果出たら教えてね。基本私ここにいるから」

 『ありがとうございました。失礼します』

 保健室を出て帰路に着くべく階段を下り昇降口へ向かう。最近保健の先生は出張ばかりだったが今日たまたまいてくれて本当に助かった。さて、太田君といったか。誰だか全く知らないがこの恨みは一生根に持つからな。末代まで呪ってやるよ。とりあえず今後一切、授業以外で体育館には近づかないようにしよう。あの時間に体育館で球技をしているということはおそらくバスケ部かバレー部だろう。というかなぜ扉を開けっぱなしにしていたんだ。お願いだからこれからは全扉閉めて活動していただきたいものだ。私以外の被害者が出てしまったらそろそろ部の問題となるだろう。ちゃんとしていただきたい。そうぶつぶつ言いながら下駄箱で靴を履き替える。思った以上に長い時間気絶していたからか日は落ちてしまっている。病院どうしよう。正直いうと面倒くさい。本来ならば授業が終わってから真っ先に帰宅し録り貯めていたアニメを見る予定だった。今期のアニメは激熱展開多めでどの話も見逃せない。ちゃんと見なきゃ。この時点で私の頭の中から太田君とやらのことは消えていた。家帰る前にコンビニ行こうかな。今日はお母さんたち帰ってくるの遅いし夜ごはんもコンビニで済まそう。そんで寝るギリギリまでアニメを見よう。あ、病院……。

 『ま、病院は明日か明後日くらいでいっか。』

 「いや、今日必ず行ってくれ。じゃないと俺がとても心配で夜も眠れないだろ。」

 『ひぇ!だ、だれ……?』

 「すまん。自己紹介がまだだったな。俺は太田大地。君のその怪我の原因だ。」

 『君が噂の……。私は荻野です。保健室まで”担いで”頂いたみたいでどうもありがとうございました。それではこれで。』

 「ちょっと待て。確かに怪我人を担いだのは謝るがそれ以外でどうやって運べと?お姫様抱っこなんかしたら目立ってしまうだろ。」

 『担いでる時点でもう目立ってんだよ。私の学校生活を何だと思っているんだ。』

 「それもそうか。確かに俺はあと少しで終わるが海ちゃんはあと一年以上もあるもんな。それは申し訳ないことをした」

 『は?あと少し?いやてかまずなんで下の名前知ってんの!?』

 「保健室に連れて行ったときに聞いたからな。あと俺は三年だ。」

 『ちょっと待ってください。先輩なの?ですか?』

 「おう。そうだぞ。2年3組の荻野海ちゃん。」

 『クラスまで知られているだと……』

 「ちなみに俺は3年1組な。そうだ、怪我のこと改めてお詫びしたいし明日放課後クラス顔出してもらえるか?来ないならクラスまで迎えに行ってもいいぞ」

 『わかりました私が行きます行きますので先輩は絶対私のクラスに来ないでください。』

 「お、おう。わかった」

 『じゃあこれで失礼します』

 「家まで送っていこ『絶対ついてこないでください』……はい」

 『それでは失礼します』

 なるべく走ってない風に早歩きをして曲がり角を曲がる。太田先輩が帰路に着いたところを確認したところで安堵からか気が抜けその場に座り込む。そしてすぐ頭を抱えた。待って待って待ってまじで無理。なんでよりによって私のケガの原因が……。

 『この学校のヒーローなの?!』


 太田大地。名前だけ聞けばごく一般のどこにでもいるような男の子を思い浮かべるがミソなのは”日比田高校”の太田大地だということ。男子バスケットボール部主将で成績優秀。しかもイケメンでやさしくめったに怒らないらしい。言わずもがなこの学校生徒のヒーロー的存在だ。私の中ではとっくのとうに悪役へと変わってしまっているが。保健室の先生から太田君と聞いた時点で気づけばよかったがまさかこの太田君だとは夢にも思っていなかった。もっと聞き馴染みのない苗字とかにしてほしい。宮舘とか。とにもかくにも私が近づいてはいけない人ナンバーワンの太田君のもとへ明日行かなければいけないことが確定した。どうしようか。目立ってしまう。周りから必ず絶対百パーセント告白だと思われてしまう。ただでさえもうすでに転校してきてまだ日が浅いこの学校で悪いうわさが立っているというのに。ドタキャンをするか。明日私は学校に来ていないという体にすればいいのではないか。でもクラスに行かなかったとして彼が私のクラスに来たらどうしよう。目立つどころの騒ぎじゃないよな。あー明日なんて来なければいいのに。


 「で、あんたの顔色がそんなに悪い原因のところにはいつ行くのよ。」

 『うー……。』

 そうこうしているうちに次の日の放課後になってしまった。唸る私を冷めた目で見る彼女の名前は神楽江。陸上部のエースであり唯一私の変なうわさなどを気にせず話しかけてくれた子だ。基本的な行動は彼女と共にしている。

 「にしても、あんたもついてないよね。たまたま私が陸上の大会で公欠だった日にそんなトラブル巻き込まれるとか。」

 『ほんとだよぉ。辛いもうやめたいこんな人生。』

 「ま、わが校のヒーローと絡めることなんて滅多にないんだしいい経験になるんじゃない?」

 『いらないよこんな経験。まじでどうしよう。』

 「んーじゃあいっしょに行くか」

 『どこに』

 「3年1組」

 『いつ』

 「今から」

 『誰が』

 「海が」

 『誰と』

 「私と」

 『なんで』

 「心配1割興味10割」

 『計算合ってないよ』


 もしこの世界がゲームだったら、今この状況はまさしくラスボスを倒すための最終ダンジョンにたどり着いたところだろう。友達の死を野次馬のように見に来たやつを連れて。こいつの提案に乗った理由は一人より目立ちにくいかもしれない、というだけだ。でもこれも間違いだった気がしてきた。

 「こう!昨日の練習さー」

 「こうちゃーん!今日一緒に帰ろう?」

 「先輩方、お疲れ様です。」

 放課後、さっそく江を連れて三年生フロアにやってきた。しかしこいつの陸上部の先輩がめちゃくちゃ絡んでくる。しかもなぜか隣にいる私にも元気な声で絡んでくる。結局みんなからみられている。くそ。

 「こう、この子誰?友達?」

 「そーっす。先月転校してきた子です。」

 「へえ。名前なんて言うの?」

 『お、荻野海です』

 「荻野?なんか聞いたこと……」

 「あのうわさの子?」

 あぁまただ。この顔。気づけば他学年にまであのうわさは広がっているらしい。厄介なものだ。本人がいないはずのこの学年でうわさだけが一人走りしている。そろそろ迷惑料を取りたいものだ。それまで気にもならなかった周りで見ていた子たちの冷たい声が耳に鋭く届く。

 「あの子が荻野って子らしいよ。ほら前の学校で男癖悪くていじめられて転校してきたってうわさの」

 いえ、違います。ただの親の転勤についてきただけです。

 「なんかその学校の友達が言ってたんだけど普通に人の彼氏とか好きな子とか取っちゃうらしいよ」

 いえ、取ったことないです。彼氏いたこともないです。

 「しかも付き合ってすることしたら捨てちゃうんだって」

 まって、この前より生々しくなりすぎじゃない?

 「あんな子がこの学校に来るとか最悪。うちの彼氏も取られそ~」

 私の何を知っているんだ。喉までこの言葉が出た。けどそれを言葉にできるメンタルは私にはない。知らない人にここまで言われるのはさすがにしんどいかも。このまま下を向いていたら地面に雨が降りそうだ。ここまでありもしないうわさが上級生流れているということは同級生や下級生にはもっと変なうわさが流れていたりするのかな。もうこの学校に私の居場所はない。目の端に移る江の顔がいつも以上に冷たくなっている。あとは時間の問題。江が暴れたらさすがに止めれはしない。私ひとりじゃ何もできないのだ。もう帰ろうかな。こんなとこ来る必要ないしあのケガだって私の不注意といえばそうかもしれないし。うん、そうしよう。私は踵を返し自分の教室に戻ろうとした。誰かに手を引かれるまでは。

 「逃げんな。ここで逃げたら認めているようなものだろ。」

 『お、太田先輩。』

 「太田!そいつのうわさ、お前も聞いたことあるだろ?関わんないほうがいいって。ほらそろそろ部活だろ?早く行けよ」

 「うわさ?そんなことより俺はこの子に用があるんだ。あと今日はもともと休みだ」

 「そ、そうか」

 「じゃあ、私たちはこれで」

 「おい、うわさなんて形のないものよりここにいるこいつの言葉をちゃんと聞いてあげたほうがいいんじゃないのか?」

 「それは……」

 「うわさに踊らされるほど俺は落ちぶれていない俺が”海”自身と話をしたいんだ」


 こんなに自分の言葉を信じようとしてくれる人がいる。その声は私の冷え切った耳と心を温めてくれた。私の震える手を1回り以上大きい手が包む。これだけで私の心は救われた。周りの人が太田君に弁解をしようとする。違うんだ、俺は信じてないけど、私は聞いたことがあるだけで、って。そんな凍った空気を壊すかのようにボソッと呟いたのは紛れもない私の友達だった。

 「なんかつまんないっすね」

 「こ、江?」

 「先輩たちって確証もないような噂を信じるんですね」

 「いや違うんだ俺は知らないぞそんなうわさ」

 「そ、そうよ!別に私は荻野さんがそんな子とか思ってないよ?」

 「とりあえず私は帰ります。なんかもう面倒くさいんで。今日部活休むってキャプテンに言っといてください。理由はまぁ体調不良ってことで。行くよ、海。そうだ太田先輩も一緒に帰りますか?」

 「おう」

 私たちは二人に連れられるようにその場を後にした。少し振り返るとそれぞれだるそうにしている人や顔が少し引きつっている人、先ほどの時間がまるで嘘のように帰っていく人など多種多様だった。なんか。

 『滑稽だな、人間って』

 私の声は冷たい壁に吸い込まれていった。


 「むかつく!まじでありえない!うちの先輩ってあんなに子供だっけ?なんで何も知らない子のあんなひどい噂聞いただけで平気でわかったように陰口言えるわけ?こんな小さい世界でしか自分の意見声に出せないのにまじで胸糞悪い」

 「なんかごめんな俺の学年のやつが」

 「本当ですよ。三年生があれじゃ一・二年も陰口言うに決まってます。それで後になってみんな口をそろえて言うんです”先輩たちも言ってたんで”って」

 『お、落ち着いて』

 「あんたもあんただからね?あんなに歯食いしばって目に涙貯めるくらいならはっきり否定すればいいじゃない。”そんな過去はありません”ってさ」

 『すみません』

 あのあと駅の近くのカフェまで三人で移動した。正直もう帰りたかったが太田先輩の奢りということで私たちはついていくことにした。もともとこの人に用事はあったしちょうどよかった。で、さっきの状況に至る。私のお友達はとても怒りがたまっているらしく太田先輩に担架を切っている。たまに飛び火がこっちに向かってくるが。でも誰かが私のために怒ってくれるということが嬉しく感じてしまっている私は少しだけおかしいのかもしれない。

 「すこしっつーか大分変だぞ、お前」

 『私の考え読むのやめてもらってよろしい?』

 「お前ら息ぴったりだな」

 『唯一私の変なうわさとか気にせず話しかけてくれたんです、こいつは』

 「人の噂とかどーでもいいタイプなんで」

 「いい友達だな」

 『はい、私にはもったいないくらいです』

 転校して数日の間でこのうわさは広まっていた。もう友達も諦めていた。けどそんな私を救ってくれたのがまぎれもない江だった。こいつといるときはうわさなんて気にせずちゃんと友達と話ができる。この上ない幸せだった。だからこそ江にあんな顔をさせてしまったことは申し訳ないと思った。しかも仲がいいであろう先輩にあんな言い方をさせてしまった。悪いことをした。

 

 「てか、太田先輩は海に用事があったから自分のクラスに呼んだんですよね?」

 「おう。まずこの前は俺の不注意とはいえ怪我をさせてしまった上今日のあんな空気を味合わせてしまい本当に申し訳なかった。」

 『え、いや大丈夫なんで顔上げてくださいまじで。これじゃめちゃくちゃ私の見え方悪いですって。おい江、写真を撮るな写真を!』

 「すんませんおもしろくて」

 「本当は謝っても足りないくらいだ。駆けつけたときの海ちゃんがだんだんと瞼を閉じていくあの瞬間は今でも夢に出てくる。」

 『それはそれでなんかこっちが申しわけないです。』

 「あ、てか病院は結局行ったのか?」

 『あー。はい、いきま「こいつまだ行ってないですよ。」ねぇ!』

 「そんなことだろうと思った。まぁ海ちゃんが大丈夫ならそれでいいけど少しでも変だと感じたらちゃんと行けよ?」

 『はーい』

 「よしじゃあそろそろ帰るか」

 「あ、私学校に部活の格好忘れてきちゃったんで先行きますねごちそうさまでした。海、また明日ね。」

 『え、うん。またね』


 「じゃあおれこっちの電車だから。あ、それとも家まで送っていこうか?」

 『大丈夫ですごちそうさまでした。』

 「つめたい!」

 『あの太田先輩』

 「ん?なんだ」

 『これは単なる疑問なんですけどなんでみんなが信じるうわさじゃなくて私なんかを信じてくれたんですか?あの事件前は会話したことなんてなかったのに』

 「……お前は目を見て話してくれるからな」

 『え?』

 「さっきのやつらは目を見て話すというよりは口を見て話しているから相手に伝えるというより洗脳のほうが強く感じられた。それだけだよ」

 

 初めての観点だった。うわさを面白がっている人たちは目を見て話すのではなく同調を求めるように相手の口を見て様子を伺う。確かにと思った。この人は勇者ヒーローでも悪者ヒールでもない。人生においての先輩だった。この学校のヒーローともてはやされ続けているこの人は多分見える攻撃をたくさん浴びて見えない重圧に耐えてきた人だ。かっこいい。純粋にそう思った。

 「ま、本当は昔友達のうわさに踊らされたことがあるから今はどんなうわさが流れようとも本人に確認するまでは何も信じないだけなんだけど。うわ、なんか格好つけたよな俺。恥ずかしい」

 『……かっこいいです。』

 「え?」

 『っ何でもないです。今日は本当にありがとうございました。さようなら』

 「お、おう」

 私は駆け足で電車のホームへ向かう。こんなに軽い足取りは初めてだ。あの人は確かに私のヒーローなのかもしれない。人と目を見て話すと言葉以上の思いが相手に伝わる。母からの教えは本当だった。私の言葉を信じてくれる人がもう一人増えた。最悪だと思っていた今日は私の人生史にて最高の一日に変わった。私と別れたあと先輩が顔を赤らめていたことなんて露知らず。私は少し駆け足で家に帰った。



 次の日学校に登校すると前よりも視線を感じるようになった。なんともよく聞こえてくる陰口の内容は私が太田先輩のことを誑かしているというものに進化していた。まず大前提誑かしてなんかいないし私としては太田先輩はあまり関わりたくない人種だ。まず住む世界線が違う。触らぬ神に祟りなしとはいうが触らぬ悪魔には余計に苦しめられそうだ。まぁ関わるのはあれが最初で最後だと思っている。というか最後であってほしいと願うばかりだ。


 「なんかうわさが悪化しているな!」

 「そうですね。根拠がない噂だとはいえ本当に腹が立ちます」

 『うん。でえっと、なんで二人がここにいるの』

 「暇だから」

 「暇だから」

 『部活に行け』

 今は放課後。私は部活などに入っていないのでクラスに残って期限の近い課題と戦っている。部活の開始時間はずいぶん前に過ぎてしまっているので二人がここにいるのはおかしい、はず。

 「うわさが心配でな、もうすぐテストも近いし今日は自主練習ということにした」

 「私は体調不良という名のお休み」

 『太田先輩はいいとして江はただのずる休みじゃん』

 「ひっどい。私は海が心から心配で朝ごはんも二杯しか喉を通らなかったというのに。」

 『「十分でしょ(だな)」』

 「まあそんなことは置いといて。これからどうする?このままだともっとひどいうわさが流されて最悪の話、家族にまでも被害が及ぶぞ。」

 「先輩。さすがに心配しすぎでしょ。学校の噂が家族まで広がるわけがないですよ。」

 『悔しいけど私も同感です。』

 「悔しいって何さ。悔しいって」

 『ごめんて。』

 「いや、お前らはまだ知らないんだ。うわさの真の怖さを。」

 「……そういえばずっと気になってたんですけどなんでそんなに海のことをかばうんですか?確かにけがをした原因ではあるけどそれ以上でもそれ以下でもないですよね。」

 『私もずっと気になってました。この前聞いた時も詳しいこと話さずでしたもんね』

 「あー覚えてたのか。まぁ人に話すようなものではないしだな」

 「えなにそれ私も聞きたい」

 『私もです。先輩がうわさに対してなんでそんなに厳しいのか、聞きたいです。』

 あの時ポロっとでた友人さんのお話はたぶん先輩も話す気はなかったのだろう。けど知りたい。このお話はもしかしたら先輩がヒーローとして表に立つことを選んだきっかけのような気がするから。太田先輩は皆にとってのヒーローで憧れの存在なんだろうけど時々疲れた顔をすることがある。やはりずっとヒーローでいることはできない。それならなぜ先輩はヒーローを選んでいるのか。いつも周りの人ばかり幸せにしようとしているあなたの、あなた自身の話が聞きたい。

 

 「んーまぁ本当にそんな難しく考えないでほしいんだけど」

 あれは今から五年位前の春先だったかな。俺にはずっと仲のいい友達がいた。いわば親友のような存在。あいつは頭がよくて運動神経もよくて俺よりも身長もでかい本当のヒーローのような存在だった。けど当時ある感染症の拡大により新しい学年になってから数か月は学校に登校が出来なかった。その間俺たち学生の交流はすべてソーシャルネットワーキングサービスで行われた。その自粛期間が始まって1か月ほど経った頃俺たちの間で、あるうわさが広がっていた。それは俺の親友が感染者の出たあの船に乗っていたかもしれないというものだった。たまたま旅行中だったあいつは旅行前フェリーに乗るのが楽しみとみんなに自慢していた。それがみんなの頭に残っていたのだろう。結果から言うとあいつはあの船には乗っていない。前提として旅行の日付が違う。それを俺は知っていた。親友のお前には話すってほかの人には言ってない旅のことをたくさん教えてくれていた。だからもしそんなでたらめなうわさが流れたとして最悪俺だけでもあいつの味方でいることはできた。できたはずだった。でも俺は逃げた。SNSで流れていくあいつのうわさに俺は何も言うことが出来なかった。わかっていたのに俺はあいつの味方どころか盾にすらなることができなかった。なんで俺は何もできなかったのか。心のどこかで俺はこう思っていたからだ。

 ”どうせ、うわさなんてすぐになくなる”、”たかがうわさだし誰も気にしていないだろう”って。

 それが俺の人生にとって最大の判断ミスだった。一度流れたうわさは一生誰かの頭に残り続ける。それが近い存在だったらより濃く残るのだ。俺の親友はそんな確証もないうわさを信じた奴らにつぶされた。自粛期間が明けた夏、やっと外出許可が下りたので全速力であいつの家に向かうとそこはもぬけの殻になっていた。残る家の塀に書かれた落書きを俺は直視することが出来なかった。聞かなくても流れてくるうわさによると自粛期間なのに昼夜問わずあいつの家にたくさんの物的・精神的攻撃があったらしい。少し落ち着いた瞬間を狙いどこか遠くの町に引っ越したと担任は話してくれた。あいつが今どこで何をしているのか、どこで過ごしているのか。生きているのか、死んでいるのか。俺は知る由もない。知る資格もない。

 

 「だから俺はあの時決めたんだ。今後一切誰かのをうわさ聞いても本人からちゃんと話を聞くし俺が知っている真実はすべて話すって。それだけだよ」

 

 太田先輩と別れて私たちは帰路に着く。あの話を聞いた後にこう思うのは失礼だが私は初めてあの先輩の人間の部分をみることが出来て少しだけ嬉しかった。太田先輩も一人の少年でなんだかんだ言ってまだ高校生なんだって。あの人に一歩だけ近づけたかな。柄にもなくそう思った。

 『驚いたね、太田先輩にあんな過去があったなんて』

 「……うん。そだね」

 『どうかした?』

 「んー?あんなヒーローパイセンにもあんな暗い過去があるんだなーって。」

 『ね。先輩のあんな顔初めて見たかも。辛い、悔しい、怒り、悲しみすべてが混ざった顔。』

 「いやどんな顔だよ」


 ただいまー、と家のドアを開ける。中からは誰の声もしない。当たり前か。だって私はこの家に一人で暮らしているのだから。今日は部活を休んだがあの二人とおしゃべりをしてしまい時間も時間なので昨日の残り物で晩御飯を済ませる。もう慣れてしまった一人暮らし。最初は自分が一人でご飯を作って、一人で洗濯して、一人で掃除をするなんて想像もできなかった。慣れとは怖いものでスーパーの特売日やごみの回収日すらもう頭に入ってしまっている。いつものやるべきことを終えた後、仏壇の前に座り手を合わせる。

 「お母さん、お父さん、お兄ちゃん。今日もいつもと変わらずいい日だったよ。少しいい情報を得ることもできたしね。」

 海の噂は水を得た魚のように日々加速している。もう誰も発信元をたどることはできないのだろう。私にとって噂は火炎瓶や原子爆弾にも引けを取らないくらいの攻撃力を持っている兵器みたいなものだ。一人の人間くらい簡単に死に追いやることが出来る。私もいつかあの子を死に追いやってしまうのかな。


 「あぁ怖いな。噂って。」

 

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