終着点

私は屋根裏部屋に戻り、埃をかぶった古い木製の机に、そっと地図を広げた。


昼下がりの光が、窓から差し込み、無数の埃の粒子が、まるで小さな星のように宙を舞っている。


光は、地図上の「私の、物語の始まり」という文字を、まるでスポットライトのように照らし出す。それは、私自身が、これまで見て見ぬふりをしてきた、心の奥底にある問題と向き合うことを促しているかのようだった。


「私の物語って、一体何なんだろう?」


私は、自問自答を繰り返した。


すると、突然、古地図が淡い光を放ち始めた。

光は、地図全体を包み込み、そして、私の手から離れて、宙に舞い上がった。


光は、まるで意思を持った蝶のように、部屋の中を優雅に飛び回る。その軌跡は、まるで私がこれまで辿ってきた「見えない道」を、もう一度なぞっているかのようだった。


その光の軌跡を追っていくと、光は壁にかけられた、一枚の無地のキャンバスの前に止まった。


私は、そのキャンバスを前に、言葉を失った。


そこには、私がウェブライターになるずっと前に、心のままに描いていた、夢のスケッチが、まるで今描かれたかのように鮮明に浮かび上がっていた。


それは、街の片隅にある小さな書斎で、物語を綴る私の姿だった。忘れかけていた夢の残像が、私の中で鮮やかに蘇る。




その時、老いた芸術家の娘の言葉が、私の頭の中で響いた。


「父はね、完成を恐れていたの。完成は、物語の終わりだから」


私は、ずっと完成を求めていた。でも、本当に大切なのは、完璧な完成ではなく、未完成のままで歩み続けること、そして、その過程で、新しい自分と出会うことなのかもしれない。私は、ようやくその言葉の真の意味を理解した。


私は、再びキャンバスの前に向き合った。


そして、私は、これまで心の奥底に封じ込めていた「言葉の種」を、声に出して語り始めた。


「私は、本当は、誰かの物語ではなく、私自身の物語を書きたい。私は、空っぽのままの空に、私だけの青空を描きたい」


言葉を紡ぐたびに、私の心臓の鼓動は早まり、キャンバスは、私の言葉の光に反応するように、少しずつ色を帯びていった。それは、まるで私の言葉が、キャンバスに命を吹き込んでいるかのようだった。




すると、私の部屋のドアが、ノックされた。

開けると、そこには、いつの間にか古物市の老人が立っていた。

彼は、何も言わずに微笑み、私に一つの小さな木箱を手渡した。


「君の探していたものだ。もう、見えたはずさ。本当の道標は、君の心の中にずっとあったのだよ」


彼の言葉は、私の心を静かに震わせた。


木箱を開けると、中には、私の名前が刻まれた、一本の万年筆が入っていた。


それは、私がずっと探していた、私自身の「見えない道標」だったのだ。私は、その万年筆を握りしめ、キャンバスに、一歩を踏み出す私自身の姿を描き始めた。




その日から、私の日常は変わった。


私はウェブライターの仕事を続けながらも、夜は、自分自身の物語を書き始めた。それは、まだ完成されたものではない。


でも、それでいいのだ。


私は、屋根裏部屋に住む、地図を持った旅人。

地図が示す道は、物理的な場所だけでなく、心のあり方も示していることを、私は知った。


そして、私自身の物語は、今、始まったばかりなのだ。

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