高田の物語 ―霧を越えて―
奈良まさや
第1話
第一章 山の寺にて
山々を覆う霧の中、寺はひっそりと佇んでいた。
高田は都会での裏切りと喪失から逃げ、この寺に身を寄せて十年になる。
ある日、村で慕われていた女性・雪子が病で亡くなった。葬儀の夜、高田は夢の中で雪子と出会う。
「高田さん、自分を責めないで。…私ね、都会でパフェを食べたかった」
その言葉を残し、雪子は霧に消えた。
目覚めた高田の胸に、なぜか小さな光が残っていた。
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第二章 都会での一年
高田は「修行」と称し都会へ降りた。コンビニで働きながら、夜は小さなカフェで人の話を聞く。
そこで出会ったのが、美咲という女性だった。大手広告代理店で働く彼女は、深夜まで続く激務と上司からのパワハラに心を削られ、付き合っていた恋人からは「仕事ばかりで女らしくない」と一方的に別れを告げられていた。
「毎日何のために生きてるのか分からなくて…」
震える手でコーヒーカップを握る美咲に、高田はふと尋ねた。
「パフェ、食べに行きませんか」
美咲は最初こそ戸惑ったが、やがて笑った。その笑顔は、雪子が夢で見せたものと重なった。
二人でパフェを食べながら、高田はぽつりと呟いた。
「雪子さんは田舎で生まれて、田舎で死んだ。都会のパフェを食べることも、満員電車に揺られることも、ネオンを見上げることもなかった」
美咲が箸を止める。
「でも、きっと村の夕日を何千回も見て、季節の移ろいを肌で感じて、人の温もりに包まれて生きていたんだと思う。私みたいに疲れ切ることもなく…」
「それって、幸せだったのかな」美咲が小さく問いかける。
「分からない。でも、雪子さんは最期に『都会でパフェを食べたかった』と言った。つまり…」
高田は窓の向こうの街灯を見つめる。
「人は皆、自分の知らない世界に憧れを抱いて死んでいくのかもしれません。美咲さんが今、生きる意味を見失っているのも、雪子さんが都会に憧れたのも、きっと同じなんです」
美咲の目に、久しぶりに涙以外の光が宿った。
「それなら、私たちにできることがあるかもしれませんね」
その夜、二人は朝まで語り合った。都会と田舎、それぞれの良さと限界、そして人が本当に求めているもの――それは案外、手の届くところにある小さな幸福なのかもしれないと。
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第三章 架け橋の誕生
一年後、二人は山寺に戻り、寺の一角を改装して「山寺カフェ」を始めた。
都会で疲れた人、村で孤独を抱える人――誰もがここで同じテーブルにつき、パフェを食べながら語り合った。
やがて若者が移住し、村に活気が戻った。
「村と都会をつなぐ場所」として、山寺カフェは小さくとも確かな灯火となった。
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終章 霧の中の面影
春の夜、境内の桜が散る中、高田は雪子の墓に花を手向けた。
「雪子さん、願いは叶えましたよ。都会でパフェを食べて、ここでも出せるようになりました」
ふと、霧の向こうに人影が見えた。あの夢と同じように、雪子が微笑んでいた。
――でも、その唇は音を発さず、ただ静かに笑って消えていった。
背後から美咲の声がした。
「高田さん、行きましょう。みんな待ってます」
振り返ると、灯りのともるカフェの窓から笑い声が漏れていた。
そこに確かに「生きる意味」があるはずなのに――高田の胸には言いようのない切なさが残った。
霧の中に消えた雪子の微笑みは、決して届かぬもの。
けれど、その面影があったからこそ、今の自分がいる。
鐘の音が響き、夜の山々に溶けていった。
それは祝福の音色であり、同時に別れの音色でもあった。
高田は深く息を吐き、歩き出した。
小さな光を胸に抱えながら――もう二度と戻らない日々を振り返ることなく。
高田の物語 ―霧を越えて― 奈良まさや @masaya7174
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