時計台のある街

秋犬

規則正しい街

 りーんこーんかーん


 朝を告げる鐘の音が街に響く。この街の時計台は日に三度、朝と正午と夕方に鳴る。鐘の合図で人々は起きて働き家に帰る。そんな規則正しい生活がずっと続いていた。


「こらエディ、ぼさっとしてないで早く仕事に取り掛かれ」


 鐘が鳴る前から起きている親方が、僕の尻を叩く。


「わかってますよ」


 一応返事をして、僕は時計台の掃除に取り掛かる。「時を刻むこの時計台は神様みたいなものだ。ピカピカに大切にしろ」というのが親方の口癖だった。来る日も来る日も、僕は夕方の鐘が鳴るまで時計台の下の方で大きな台座を磨き続けている。


 そうだ、鐘さえ鳴らなければ仕事をサボれるぞ。


 時計台の機械室に入れるのは、そこに入る扉の特殊な鍵を持つ親方だけだった。代々この街の時計台の管理をしている一族の、一番偉い人だ。何故か市長もこの親方には頭が上がらず、時計台の管理員として僕みたいな孤児がこき使われている。


 一応僕にも「時計台保守点検作業員」なんていうカッコイイ役職名があるけれど、親方の奴隷みたいなものだ。もっと偉くなれば鐘を磨く作業もあるみたいだけど、鐘なんてもっと磨きたくない。


 その日の深夜、僕は時計台に忍び込んだ。親方の目を盗んで機械室に入れる鍵を盗んでおいてよかった。別の鍵とすり替えておいたから、おそらく親方は明日の朝までは気が付かないだろう。


 深夜の時計台は不気味だった。僕は時計を動かす仕組みも鐘がどうやって鳴るのかも知らないけど、きっと鍵を使った扉の先に入って何かを壊せばいいんだろう。狭い階段を登って、僕は時計台の一番奥にある機械室へ辿り着いた。


 僕は機械室の扉を親方の鍵を使って開けた。そこに広がる光景を見て、僕は言葉をなくした。巨大なぜんまいや歯車があると思っていたのに、そこには何にもなかった。


 代わりに、光る女の人が浮いているだけだった。


 彼女は見たことのない美しい着物を着て、異国の化粧をしていた。そして彼女から伸びている長い銀髪がふわふわと揺れて時計の針を動かしている。上部に伸びる髪の毛は、おそらく時計台の上の鐘に繋がっているのだろう。


「あ、あの」

「なあに、新しい保守点検さん?」

「いえ、その、ここで、何を」

「あら、あなた私を知らないの?」


 それから彼女は「自分は天からやってきた時の女神だ」と言った。僕は時計台が女神様によって動かされていたことを知って、開いた口が塞がらなかった。僕の知る限り、この時計台は何百年も休まず動いているはずだ。


「あの一族の子じゃないのね、ふうん」


 話によると、天から落ちてしまった女神様は大事なネジ巻きをなくしてしまったために帰ることが出来ず、僕らの先祖によりこの時計台に幽閉されているとのことだった。


「酷い話よね。あなた、私のネジ巻きを知らない?」


 そう言えば親方に連れられて「時計台保守点検作業員」の任命書を貰うときに市役所で見たかもしれない。古くて大きな、ガラクタみたいなネジ巻きが何故か市長室の前に御大層に飾ってあったんだ。


「多分、それが私のネジ巻きよ。ねえ、持ってきてちょうだい」

「もしネジ巻きを持ってきたら?」

「私は家に帰りたいだけなの」

「そうしたらこの時計台は?」

「ただの木偶の坊になるわ」


 へえ、面白いじゃない。僕は女神様の話に乗ることにした。まだ誰もが夢の中にいる街を、急いで市役所まで駆け抜けた。この仕事に就く時に二度としないと約束させられたけど、ただの鍵開けならお手の物だ。あっという間に市長室の前に辿り着くと、僕は置いてあるネジ巻きを手に取った。案外簡単だったな。後は親方が来る前に、彼女にこれを渡すだけだ。


 時計台へ戻る頃には、少し空が白んでいた。何とか辿り着いてほっとした僕の後ろから、声がした。


「エディ、こんな時間に何やってるんだ!」


 しまった、親方だ。もう起きだしてきたんだ!


「おいこら、そいつをどうする気だ!!」


 親方が僕の持っているネジ巻きに気が付いた。急いで女神様のところに行かないと!!


 僕は階段を駆け上った。後ろから親方が追いかけてくる。


「待て! そいつが何なのか知ってるのか!!」

「知ってるさ、これで女神様を天に返すんだ!」

「そいつがいなくなったら、この街の時刻はどうなるんだ!?」

「そんなの、知ったことか!」


 大体、時計に時間を縛られるなんておかしいんだ。もっと僕たちは、自由に生きないと。


 急いで扉を開けた先で、女神様が待っていた。女神様にネジ巻きを投げつけると、「ありがとう」という声がした気がした。それから親方の悲鳴と、とんでもない大きな鐘の音が響き渡った。


 りーんこーんかーん

 りーんこーんかーん


 鐘は何度も何度も狂ったように鳴り響き、人々は何事かと時計台を見に集まってきた。その後、時計台から綺麗な光が空に昇ったと僕は人から聞いた。その光は何度も弧を描くように街の上を飛び回ってから遠くへ消えていき、僕らの前に二度と現れることはなかったという。


<了>

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時計台のある街 秋犬 @Anoni

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