—Mちゃん宅での件—

  ピンポーン


 午後八時の来客に、私は違和感を覚えた。

 誰とも約束はしてないし、来るという連絡もない。荷物も頼んでないし、実家からということもない。

 音を立てず、気配を消し、玄関ドアに近づく。ドアスコープのカバーをそっと外し、覗く。

 誰もいない。

 しかし、何者かの気配は感じる。

 静かに目を離し、ドアスコープにそっとカバーをする。音を立てないよう、リビングに戻る。

 すると、テーブルの上の携帯が光った。メールだった。


 “Mちゃーん

  この前手打ったとこだいじょぶ?

  まだ痛むかい?


  それとさ、

  知り合いからお米もらったんだわー

  けっこうな量だし

  精米しちゃってあるから

  もしよかったらもらってくんない?

  お届けしますで

  都合のいい日を言っとくれ

  もち今からでもヲケよん”


 今から……それはさすがに危ない。

 とはいえ報告はしておいた方が……。

 でもこんなこと報告したら、絶対に来ちゃう。

 例え近づかないとしても、大切な友達に危険な可能性のあることはさせられない。


  ピンポーン


 また鳴った。

 どうしよう。どうするべきか。

 とりあえずまた覗く。

 やっぱりいない。

 でも、気配は感じる。

 たとえ何であれ、このままでは埒が明かない。

 手を打たなきゃ。

 もう一度携帯の画面を見る。

 連絡しようか……

 よし、しよう。

 私だけではどうすることもできない。

 でも、ふたりなら⸻


 “もうそこまで痛くないよー

  アザにはなってるけど

  ありがとね!


  お米ありがとう!

  いただきますっ

  でもちょっとご相談!

  今ね、変なチャイムが鳴ってるの

  人じゃないと思う

  姿が見えないんだけど、

  力貸してもらってもいい……?

  私だけじゃどうしようもなくて

  ごめんね”


  ピンポーン


 ずいぶんと私に用事がありそうだ。

 ひとまずじっとしておこう。

 動くのは、連絡が来てからでいい。

 と思ったら、もう返事が来た。


 “なにぃぃいい!!!

  すぐ行く!

  お米も持ってく!!

  着いたらまた連絡する!”


 ま、まずい!

 突っ込んで来ちゃう!


 “あ ちゃんと様子見るから安心してねー”


 よかった……。

 でも長年の親友を少しでも誤解した自分が恥ずかしかった。

 ごめんね……


  ピンポーン


 それにしても穏やかに粘るね……

 何なら遠慮すら感じる。

 そうまでして、その上突然私に用なんてなんだろう。

 通りすがりのモノにしてはおかしいし、付き纏ってたなら少しでも気配とか違和感があったはず。

 なんだろう……


 “着いた!!!

  これから玄関前見てみる!

  遠くから!!!”


 は、はやい!

 徒歩圏内ではあるけどありえない!


 “ありがとう!

  気をつけてね!”


 “ん? なんかいる”


 “なんか……?”


 “なんかちっちゃい子

  二、三十センチかなぁ……?

  灰色っぽくて四角い子

  やわらかそうだよ

  棒持って一生懸命

  ピンポン押そうとしてる”


 ピンポーン


 “今鳴った!”


 “なんかずーっと待ってるよ

  とりあえず近づいてみる

  全然悪い子じゃないと思うし”


 ちっちゃい子……なんだろう?

 少しすると、外から声が聞こえた。

“こんばんは。このうちにご用かい?”

“あ、はい。ちょっとお礼が言いたかったもので。あと、お詫びも……”

“わかった”

 ノックの音が聞こえた。

 鍵を開け、そっと扉を開ける。

「よう、Mちゃん」

 そう手を上げた、その足元。そこにはたしかに、灰色くて四角い、ちっちゃい子がいた。

「あ、あの、この前はありがとうございました! あと、ごめんなさい」

 正直、戸惑った。

「えっと……どこかで?」

「はい! スーパーで落ちそうになったところを助けていただきました! でもその際ケガをさせてしまって……」

「あぁ!」

 そっか!

 あの時のお値下げされてたはんぺんさん!

 たしかにその時思いっきり手の甲をぶつけて、現在進行形でアザになってる!

「いえいえ、こちらこそわざわざありがとうございます」

 でも……なんではんぺんじゃなくなっちゃってるんだろう?

「実は、あのあとご婦人に買っていただけたんです。でも……」

 賞味期限が切れて放置されてしまい、さよならされてしまったとのこと。

「食べていただけたら綺麗な姿でお会いできたんですけれど、ちょっとよからぬ感じになってしまったもので……」

 かわいそうに……。

 管理とムダ買いには注意です……。

「でもお礼とお詫びを伝えられてよかったです! これでもう心残りはありません」

「ほんとわざわざありがとね。ごめんね、全然気づいてあげらなくて」

「いえいえ! こちらこそ全然届かなくてすみません。それじゃあ……」

 ありがとうございました、そう頭を下げると、はんぺんさんはふわっと姿を消していった。



「いい子だったなぁ」

「うん。でも……私まだまだだなぁ……」

「どして?」

「だって⸻」

 はんぺんさんには気付けないし、友達のことも……。

「そーんなことないんじゃない?」

「…………?」

「だってさ、私のことは心配してくれて、最悪の場合を考えてくれたわけでしょ? はんぴーのことはいい子感感じてたわけだし、悪いモノとは思ってなかったんでしょ? もう十分以上に十分じゃん」

「……かなぁ」

「でもさ、そーゆーところがMちゃんのいいとこだよね。だから私Mちゃん好きだぁ」

「……ありがと」


 数日後。

 スーパーに行くと、アボカドが落ちそうになっていた。

 あ! 危ない!

「痛っった!!!」

 頭ぶつけた……。

 おまけにその勢いで尻もちまで……恥ずかしい……。

 でもよかった。アボカドは無事だった。

 立ち上がってアボカドを棚に⸻


  ⸻値引き札……


「……よし!」

 私はアボカドちゃんをカゴに入れ、買い物を再開した。


 私は思う。やっぱり人生心残りなく生きたい。後悔だってしたくない。

 だから、これからもいっぱいいろんなこと考えて、いっぱいいろんなこと悩んで、いっぱいいっぱい後悔して⸻たくさんごめんねしながら、もっとたくさんありがとうして、大好きな人たちともーっと一緒にいたい。

 みんなに恥じることのない自分になりたいから、私はもっともっとがんばります!⸻って。


 帰り道。

 なんとなくスッキリした気持ちで歩いていたら、買い物バッグから何かが動く音が聞こえた。

 そして…………



「あの、さきほどはありがとうございます」



 …………ちょっと待って。


 これじゃ食べられないよっ!!!!!

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よもやま怪異譚 ぬんぬん。 @nunnun_4649

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