毒舌の妹がなんか優しくなってて怖いんだが。

鈿寺 皐平

妹と出かけることになった。

 妹が優しい。これは極めておかしいことだ。


 なぜならアニメや漫画、小説に出てくる妹と、実際に存在している妹はまったく違う。


 創作に出てくる妹が優しいのは、まあ分かる。俺だってこんなに優しくて可愛くて健気で愛おしい妹がいたら……と、アニメとか見て思うことがある。


 でも現実は違う。妹は兄の俺に対して「臭い」「近付くな」「キモい」と毒舌を吐くのがデフォルトだ。思春期の今なら尚更のこと。


「お兄。明日ちょっと、買い物付き合ってくれない?」


「……え? いい、けど……なんで?」


「なに、ダメなの?」


「いえ、大丈夫です! はい! 暇です!」


「うん、じゃあお願い」


 今さっきした会話の一部始終がこれ。


 そもそも今まで「お兄」なんて呼び方をしたことがなかったあいつが、急にもじもじしながら買い物の予定を俺と立てていることが異常だ。


 今まで俺への当たりが強かったあいつの口から出てきた言葉とは思えない……。一体何があった……。さすがに親のいる前では聞けなかったが、明日二人になった時に聞いてみるとするか。


 などと考えながらベッドに付いたけど、あれからあの妹の可……怪しい言動について頭を悩ませていたら、いつの間にか朝になっていた。


 気付いたら寝落ちしてたみたいだけど、しかし最後の記憶ではもう部屋の中に僅かに朝日が差し込んでいた。おそらく睡眠時間は五時間ほど。長時間睡眠がデフォルトの俺には少々キツいかもしれない。


「お兄。起きてる?」


「あー、起き……てるよ」


 いや、うん。やっぱりおかしい。なぜ起こしにきた? 俺の部屋に入ることも嫌悪していたお前が、なぜ……。


 しかもなんだその丈の短いスカートは。家族で出かける時は基本的にパンツだろ。というか私服でスカートなんかあったことすら初めて知ったわ。


「早くしないと電車間に合わないから、準備お願い」


「いや、ちょっと待って。どこ行くの?」


「え? 買い物」


「え、そんな……そこまでオシャレしていくのって……誰かのライブとかか?」


「あー……まあ、行けば分かるから。とりあえず、よろしく」


 うん、やっぱりおかしい。何か企んでるな、こいつ……。


 回らない頭で妹の不可思議な行動に気を配りながらも、俺と妹は二人で街に出る。俺は別にオシャレとかよく分からないので、とりあえずシンプルにパーカーとズボンを着てきた。


 そして妹の感想がこれである。


「お兄。あとで、服屋いこっか」


「それは俺の服のセンスがないから整えるって意味で合ってる?」


「間違ってないけど、別に服を買うことが目的じゃないから安心して」


 既に君とこうして二人で歩いていることが安心できないのですが。


 そんなことを言ったらナイフのように鋭い視線が毒を付与した状態で飛んできそうなので言わないけど、しかし今回の目的を聞き出しておくべきだろう。


「てか、そもそもなんで今日は俺と二人で出かけるんだよ。どういう目的?」


「そういえば、お兄ってゲーム好きだっけ?」


「いや好きだけど。それってなんか関係ある?」


「え、うん。めちゃくちゃあるよ」


「え、あるの!? てか、ゲーム興味ない、よな?」


「ないけど……まあ、知らないならいいや。黙って付いてきて」


「黙ってって……」


「なんか文句ある?」


「いえ、ありません。妹様の仰せのままに」


 さっきの視線は危なかった。まだ毒が付いてないだけマシなやつ。


 でもゲーム関係なのは意外だ。ソシャゲとかもまともにやったことないはず……。何か買うつもりなのか?


 もしそうなら、もしかして俺の意見を聞いて買うとか? ならあり得る。俺をAIみたいにこき使ってやるということか。なるほど、それならあり得る!


 しかし、だ。こればかりはお兄ちゃんAIでもよく分からない。


「……なんで俺とペアルックの服を買うんだ……?」


 ショッピングモールに入るや否や、最初に入った服屋で妹が迷わずペアルックの服を買っていた。そしてそれに着替えろと言われ、ショッピングモールのトイレで着替えて出てきたのだが……。


「おー、いいじゃん。やっぱり似合ってる」


「似合ってる……だと!?」


 そんな褒め言葉を言える人間だったのか貴様! 貴様ほんとにうちの妹か!? 妹の皮を被った別の何かじゃないか!?


「そういうのいいから。ほら、次はお待ちかねの電気屋行ってゲーム買いに行くよ」


「いや待て待て! なんでこんなことしてる!? さすがに意味が分かんないって言うか……」


 混乱極まって、俺は妹が引いてくる右腕を思わず引き返した。


「だって今日、お兄の誕生日じゃん」


「いや、そ……え?」


 確かに今日は俺の誕生日だ。それは知ってる。そして妹が俺の誕生日なんか祝うはずなどない。その体で俺はここに来ている。


 だけど、当の本人はどうやら俺の誕生日を祝うつもりでいたらしい。眠気も吹っ飛ぶほどの驚きだ。


「そのために、このペアルックを……?」


「いや、違う。それはゲームを買うために必要な準備をしてただけ」


「ゲームを……買うため……?」


 ゲームを買うためにペアルックが必要……? そんなイベント知らないぞ。


「ちなみになんのゲーム?」


「え、『ペアルック』っていう恋愛ゲーム」


「なんだそのゲーム!? 初めて聞くぞ! まさかそれを俺に!?」


「うん。その……ちょっとやってみたいから」


「……お、おぉ」


 妹のこんな表情、初めて見る。恥ずかしさをどうにか隠してねだってくるようなその姿勢は、今日の買い物に付いてくるよう頼まれた時みたく可愛げがある。


 だから俺も反応に困った。いつもの毒舌妹じゃない、純粋な妹。


「お兄、よくゲームしてるから……恋愛ゲームとか、分かるかなって」


「……まあ、分からないことはないけど……だけど、でもゲーム買うのにペアルックする必要が分かんないって言うか……」


「あ、それは、ペアルックをしてきたお客様には『ペアルック』のソフトを二つ買うと割引が適用されるってあったから。じゃあ、お兄の誕生日祝いと私で買おうかなって」


「そ、そういうことか……」


 割引目的だったのか。ゲーム売ってる方もよくこんなキャンペーン思い付くな。


「でも、いいよ。お前ゲーム機ないだろ? 一つでいいよ。俺の貸すから」


「いや、割引もそうだけど、パッケージも違ってくるから保存用に欲しいの! お兄いないと手に入らないの!」


「オタクみたいなこと言っとる! 頭大丈夫か!?」


「は? 今なんつった?」


「申し訳ありません、妹様。私の失言をお許しください」


 でも、さっきのねだり方が可……いやいや! 妹だぞ!? さすがにそれはない! そんな劣情は抱かない!


「その、ゲーム買ったら……最初は一緒にやって欲しい。私、分かんないから……」


「あ、うん。分か、った……」


 これは極めておかしい。妹を可愛いと思うなんて……妹を、可愛いと思うなんて!

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