八百長ルーレットは命懸け

スクレ

第1話

「よし、そこだ!止まれ!!」

「バカ、行き過ぎだって!!」

「よっしゃ、黒黒黒ぉ!」


 うっせぇな、もっと静かに待てないのか。そう思いつつも俺はまもなく彼らの期待が裏切られ静かになるのを悟っていた。何周も転がりつづけていた玉は吸い込まれるように《赤の19》へ。


「だぁ~、くっそ今日はだめだ~」

「あ~あ、負けちまった」

「くそっ、次は赤に掛けるか」


 今行われているのはドラクエのカジノでおなじみのルーレットというゲームだ。色、列、偶数、奇数、単数、かけ方はいろいろあるが、要は回転盤の上で転がる玉がどこに入るのかを当てるゲームだ。


 俺の名前はシュウ。ちなみにこれは偽名だ、一応リスク排除のためにな。なぜそんなことをする必要があるかと言うと、俺がルーレットのディーラーとして勤めているこの場所は、俗にいう闇カジノだからだ。


 闇カジノの経営期間は短い。最近は警察が闇カジノの摘発に躍起になっていて、どこの店も短期間で大儲けしてたたむか、数か月で次々と運営場所を変えたりするからだ。そして俺はそんな闇カジノで働き始めて一年ほどたつ。


 警察が店を摘発する前に店を移転する、などという経験も数回ある。そんなリスクを冒してでも俺がここで働き続ける理由は、ひとえに金払いが良い事とこの仕事がオレに向いているからだ。


 働きたてはカジノのゲームをいくつか経験したが、とりわけ俺は玉を狙ったところに入れる感覚が優れていて、今ではルーレットのディーラーを勤めることがほとんどだ。


 アメリカでは合法なカジノだが、現代のルーレットはイカサマがかなり難しい作りになっている。機械で自動的に球が発射される台になっていたり、ディーラーが球を投げる場合でもルーレットの回転盤や玉にイカサマができない細工がされていたりするからだ。が、ここでは意図的に古い作りのルーレットを使ってイカサマがしやすいようになっている。


 俺の仕事はルーレットの出目を操作して客を意図的に勝たせたり負かしたりして、不自然にならない範囲で最大限の儲けを出すことだ。例えばたまに気前のいい一点掛けをした客なんかは良いカモで、たいていは客がかけた数字と違うところに入れるようにする。


 逆に赤や黒、奇数や偶数がけといった倍率の低いかけ方をする客は、多少の損を覚悟で勝たせたりすることもする。もし客が儲けることができなければイカサマを疑われたり、勝てない台だと噂されて客足が遠のいてしまうからだ。


 もし自分の担当する台で何日も連続で赤字を出してしまったら……。あの日のことは恐ろしすぎて忘れもしない。初めて闇カジノの面接に出向いた時のことだ。このカジノの支配人を見て、最初は裏家業の人間とは思えないほど普通の見た目をしていると感じた。


 途中まではこれまで経験した普通のバイト面接と変わらないため、異質な空間にもかかわらず安心感を覚えていた。しかし最後、労働契約書の項目に目を通した時に俺はぞっとした。その項目の一部にこう書かれていたからだ。


〇自己の過失または故意により本店舗の経営に重大な損失を生じさせた場合、通常の金銭に よる弁済手段および、不足分を自己の身体的資源の処分(例:臓器の譲渡・売却等)をもっ て損害補填を行うことに同意する。


「これって、冗談、じゃない、ですよね」


 よくもまぁここに来てそのような発言ができたものだ。俺の考えの甘さは支配人に見透かされていた。


「ここがどういう場所かわかっているなら、この契約書の内容も理解できるんじゃないかな。我々は非合法な商売をしていて、国や自治団体に頼ることができない。君がもし店に迷惑をかけるようであれば、その責任は君自身が取る以外にないんだよ」


 あの日のことを思い出すと今でも背筋に寒気が走る。もし店に大赤字を出させてしまったのなら、臓器の一つや二つでは足りないだろう。最悪の場合、死んで全てを金に換えるしかなくなる。それだけは絶対に駄目だ。俺はまだ死ねないのだから。


 だが死のリスクと引き換えに、店に一定以上の儲けを献上した月にはボーナスが支給される。そのような旨味があるからこそ。俺は合法的な手段を蹴ってこの闇カジノで働いているのだ。


 今では一般客の相手など造作もないことだが、そんな俺でも精神をすり減らすことがある。それはVIPを相手する時だ。定期的にカジノに訪れる常連客の中でも落としていく金額が桁違いのVIPには、接待プレイとして、時には赤字覚悟であえて負けてあげることが重要だったりする。


 もし俺が勝ち続けてVIPの機嫌を損ねようものなら、二度とそのカジノに来ることはなくなり店の売り上げが激減。そしてその先に待つのはオレの死だ。俺の目的のためにも絶対にそれは避けなければならない。


 俺は天涯孤独で幼いころから養護施設で育った。今の国の制度では施設にいられる年齢制限はない。しかし施設の財政難や世間の風潮などもあり、まだまだ18歳を越えたら施設を出るべきという考えが風化してなかったりする。


 だが俺の育った施設にはまだ小学生や中学生で、自立できない家族がたくさんいる。まだまだあいつらのことが心配だし、お世話になった施設に恩返しもしたいから俺は今でも施設に残り家族のために金を施設に入れている。


 だからこそ俺は今日も命を駆け、油断することなく指先と回転盤に全神経を集中させ玉を転がす。全ては俺が育ってきた養護施設の存続と、そこに今なお住む家族たちの生活と安心のために――。

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