人形の旅と恋

瀬乃 菊実

人形の旅と恋

  この間、珍しいことに、大通りの方に大道芸人が来ていた。

 手回しオルガン、というのだろうか。いまでも魔術式ではなくアナログな手段を用いている楽器があって、つい足を止めてしまった。なにせ、私もそういった、人間が工夫という工夫を凝らして作った精密な物が好きだったからである。

 だが、最近は大道芸にも魔術式自動人形を使うようだ。オルガンを回していたのは、人間と同じサイズの人形であった。 まるで人のように滑らかに動く。

 魔術と手作業のミスマッチを感じながらも、なんとなく気になって、私は芸を見ることにした。


「今からお話しいたしますのは、世にも珍しき、魔術式自動人形と人間の、恋の物語でございます」

 どうやら大道芸人というよりは吟遊詩人、吟遊詩人というよりは物語の語り部のようである。演奏や曲芸をする大道芸人だと思ったのが早合点だったか。

 無理もない、と自分を説得した。手回しオルガン、ストリートオルガンは、主に大道芸の客寄せに使われる物だという知識があったし、実物を見たのもはじめてだった。

 わかりやすさを優先して、ここにもまず始めに大道芸人と書いたのだ。書いているときに「あっ! 大道芸ではなく、話をしていたと表現したほうがいいかもしれない」と、間違いを繰り返したなどでは決してない。 書いている間、弁明している間に支離滅裂になったような気もするが、まあ良い。


 自動人形は、特有の弦楽器を鳴らすような声で語る。

「自動人形は、魔術を搭載されるよりも前は、一般家庭でかわいがられていた着せ替え人形でした」

 オルガンの上で、どこから出てきたのか、羽ペンくらいの小さな背丈の少女の人形がお辞儀をする。無論、あれもきっと魔術式自動人形だ。


「自動人形……。着せ替え人形は、彼女が迎えられた家に咲いていた花の名前から、マーガレットと名付けられました。

 マーガレットはそれからしばらく、持ち主である女の子と幸せに暮らしていました。一緒に出かけたり、女の子の恋愛相談をマーガレットが聞いたり。女の子が学校に行っているとき以外は、いつも一緒におりました。」

 先ほどの自動人形とは違う人形が、ひょこりと現れた。先ほどの人形とは異なり、髪に赤いリボンをつけている。


「めまぐるしく季節は過ぎて、マーガレットが来たときは五歳くらいだった女の子も、所謂ティーンエイジャーになりました。それでも二人はいつでも一緒。女の子も器用になって、マーガレットに洋服を縫えるようになったのです。作ってもらった洋服は今でもマーガレットの宝物です。勿論未だその頃は今使われている魔術機構などはございません。ですから、一つ一つ手縫いで仕立てておりました」

 持ち主役だろうか、赤いリボンの人形は、縫い針を持ってもう一人の周りをくるくると回る。すると、マーガレット――正確にはマーガレット役の人形だろう――の服が、黄色いサテン織りの物から、白地に赤いチェックの、ギンガムといっただろうか、平織りの物に変わっている。


「しかしわたくしは、皆様にひどく悲しい事実をお伝えせねばなりません。少女が少女であったのは、今からおおよそ百五十年前。勿論マーガレットは、少女がおばあちゃんになるまで、ずっと側におりました。魔術機構ができたのは、持ち主が亡くなる一年前。それまで、マーガレットは、持ち主とお話できなかった、ということになります。散歩に行くときも、勿論マーガレットは自分では歩けず、持ち主のカバンの中から外を覗くだけでした。魔術を搭載した後、持ち主は、マーガレットに言いました。『これからあなたは旅しなさい。もうあなたは一人で歩けるわ。そして願わくは、素敵な恋を。私の旦那さんくらい、素敵な人とで会ってほしい』」

 白髪に変わった赤いリボンの人形は、マーガレットを抱きしめて、ゆっくりオルガンの上から降りる。

 人形の髪の色すら瞬時に変える、魔術の万能さを感じた。


 どうやらこれは、マーガレットの旅の話がメインらしい。演出が面白かったので、最後まで見ることにした。

 客もどんどん増えていた。数人は自動人形を連れていた。

「マーガレットは旅をしますが、自動人形の一人旅。そうそううまくはいきません。宝物の洋服が、すっかり汚れてしまった頃。ヘトヘトになって座り込んだマーガレットに、道行く人は気づきません。そのうちの一人の革靴が、マーガレットに当たってしまい、マーガレットはいともたやすく吹っ飛ばされてしまいました」

 マーガレット役の人形も宙を舞う。観客のうち、小さな子どもたちからは悲鳴が上がる。目を両手で覆う子どももいた。


「宙を舞うマーガレットを、間一髪、受け止めてくれた人がおりました」

 今度は小さな人形ではなく、語り手がマーガレットを受け止める。

「マーガレットは思いました、これが運命の出会いだ、と。受け止めた青年の名はエドガーといいました」

 マーガレットは語り手を見つめて、微笑む。


「けれどマーガレットは不思議でした。なぜなら彼女は、恋をするならきっと相手は、人形だろうと思っていたからです。

 親切なエドガーはひとまず、マーガレットを家に上げました。そうして傷の手当てをしました。エドガーは魔術師だったのです。マーガレットのとれかかった腕を、いともたやすくエドガーはすっかり治してみせました。

 エドガーは彼女のことを、持ち主を探す迷子だと思い込んでおりました。そのためエドガーは彼女に、『きみの持ち主はだれなんだい?』と、うかつにも聞いてしまいました。

 マーガレットは両の目から、ぽろぽろ涙をこぼしては、持ち主だった女の子のことを語りました」

 マーガレット役の人形は涙を流す。

 これを見て、この自動人形は、マーガレットと同じくらい大切にされていたことがよくわかった。とびきり腕のいい、そして優しい心を持った職人でないと、ああはできまい。

 ほとんどの自動人形は、涙を流さない。涙を流させるには高度な水の魔術が必要だが、水の魔術を研究する者には、科学で身を立てるという夢が破れて、せめて魔術の道で名を残そうとする研究者崩れが多いのだ。自分の利益以外考えていないような輩が。少なくとも、この国には。 数年前までは、まだ科学と魔術が共存できていたこの国には。

 聖人のような善の心、無欲な心を持っていないと、水の魔術師が人形職人になるなんてことはないだろう。

 一度魔術に仕事を奪われたことのある私は、そんな魔術師がいること自体、信じられなかった。


「マーガレットを慰めようと、エドガーはある物を出しました。オルゴールです。なんと偶然、マーガレットの故郷の童謡を奏でるものを、エドガーは持っていたのです。」

 語り手は人形を片手に乗せたまま、もう一方の手をオルガンから離し、代わりにオルゴールを取り出して、回した。

「あたたかい過去を思い出したマーガレットは、涙を流しながらも微笑みました。『あの子が言ってた、旦那さんくらい素敵な人って、あなたのことだったのかもしれないわ』と、マーガレットは

率直に、エドガーに伝えました。

 しかしエドガーは本気にしてくれません。なにせ、人形と人間です。『それじゃあ、わかった、こうしよう。きみが僕より素敵な人に出会うまで、僕はきみと一緒にいよう』と、エドガーはマーガレットに伝えます。

 けれどもマーガレットにとって、エドガー以上に素敵な人など見つかりそうにもありません。

一年、十年、二十年と、二人は一緒におりました。だんだんエドガーの方も、マーガレットを愛しく思い始めて、二十年たっても人間の女性と結婚していませんでした。

ある日エドガーは悲しいことに気がつきます。どう考えてもエドガーよりも、マーガレットの方が長生きしてしまう。マーガレットの元の持ち主のように、自分もマーガレットをおいて逝ってしまう。エドガーは実は体が弱く、毎年のように病気をしていたのです。

 そんな彼は一つ、思いついたことがありました。自分そっくりの人形を、彼女のために遺すこと。

 それから彼は一生懸命、人形を作り始めました。エドガーは人形職人の魔術師としてずっと働いていたので、マーガレットは特に違和感を持ちませんでした。

 無理がたたってエドガーの体調は悪化しましたが、どうにか死ぬまでに間に合いました。

 それでもマーガレットは悲しみます。『たとえ何も残らなかったとしても、私はあなたと一緒にいたかった、無理してほしくなんかなかった』と。

 『それじゃあ、』とエドガーは言いました。『きみの思い出を全部、こいつと一緒に語って回ってよ。きみは元々旅人だから、きっとできるでしょう。そうすれば誰かがきみの話を語り継いで、お話の中で僕らはずっといっしょだ』と。

 そうしてわたくし語り部は、思い出をつなぐオルゴールと、手回しオルガンを時々修理しつつ、マーガレットと一緒に旅をしているのでございます。皆様もどうか、マーガレットとエドガーのことを、誰かに伝えるなどしていただけると幸いです。わたくしの話は、これにておしまいとなります」


 道ばたで芸をする語り部である以上、お金の問題はつきまとうだろう。ウケ狙い、という言葉もある。かの自動人形の話も、どこまでが本当かはわからなかった。

 しかし私は、その表現と演出力に敬意を表すため、投げ銭の箱に持っていたお金をいくらか入れた。

 すると、観客ももうすっかり帰った頃、余韻に浸っていた私に語り部が話しかけてきた。

「最初から最後まで聞いていただき、ありがとうございます。実はこの話には、蛇足にはなりますが、続きの話があるんです。聞いていってはくれませんか、オルガンもオルゴールもないですが」

 私は、非常に満足していたため、すぐに頷いた。

「では有難く。エドガーは非常に腕のいい魔術師でした。自分の魂の精巧なコピーを作れてしまうほどに。ここまで言ったら、あとはおわかりでしょう。わたくしはこの身が朽ち果てるまで、いや、もしかすると朽ち果てても、新しく人形の体を作って、旅を続けていくつもりでございます。ありがとうございました」

 ……こちらも本当かはわからない。語り部はエドガーのコピーだったかもしれないし、ただ役を演じるだけの人形だったかもしれない。

 かの語り部はマーガレットを肩に乗せて、丁寧にお辞儀をし、去って行った。

 物語と語り部への敬意を込めて、この話を文字に起こして、残させていただくこととする。

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人形の旅と恋 瀬乃 菊実 @seno_kinmokusei

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