第34話

034

月岡志乃の葬儀は、小さな会場で慎ましく行われた。

参列者は、月岡志乃の親族と、学校関係者、少数の生徒、そして警察の代表として片桐と部下の姿があるぐらいだった。

「本当にありがとうございました刑事さん」

葬儀の後、片桐の元へ母親のこずえがやってきてお礼を言った。

「娘の遺体を発見してくれたんですよね?本当に感謝しています」

「いえ…俺は何も…」

「これで娘も浮かばれます。ようやく、死者の魂を安らかに眠らせてやることができます」

そう言ったこずえの表情はどこか吹っ切れたように自然だった。

彼女の心の中で一つの決着がついたのだろう。

片桐は、余計なことを口に住まいと黙っていた。

「遺書に書かれてあった5人……結局4人が死んでしまうことになったけれど…最後の1人だけでも助かってよかった…」

こずえがどこか遠くを見ながらそういった。

「本当は私たちが彼らと戦うべきだった。娘に負担を強いることはなかった。娘が代わりに、私たちの悔しい思いを晴らしてくれた」

「…」

「でも……やっぱり彼らは死ぬべきじゃなかったと今になって思うんです。今でも彼らのことが憎いけど……でも、死ぬべきじゃなかった。しかるべき手段で裁かれるべきだった」

「…」

「刑事さん、最後の1人……白石さんを助けてくれてありがとう。娘もきっと納得していると思います。私にはわかるの。娘はもう現世に何の遺恨も残していないって」

「…いえ、俺は何も」

「あなたが全部やってくれたんでしょう?」

「違うんです。本当に俺は何もしてないんですよ。全てを終わらせたのは……彼女、篠原美玲です」

片桐はそう言って参列者の1人である篠原美玲を見た。

こずえが驚いたような表情を浮かべる。

「あら、彼女が?」

「はい。彼女が白石沙耶を救い、月岡さんの遺体も見つけてくれた。俺は終始後手に周り、何も目立った活躍はできませんでしたよ。ははは」

「あら、そうなの。てっきりあなたが全部やってくれたと思ったのに」

「ご期待に添えず申し訳ない」

「いいえ、それでもあなたには感謝しています。でも、そうなの…彼女が娘を救ってくれたの。じゃあ、お礼を言わなくちゃ。失礼します」

こずえが一礼して篠原の元へ歩いていく。

片桐は、篠原の元へ行き、ペコペコと頭を下げるこずえと恐縮したような態度の篠原を離れたところからぼんやりと眺めていた。



「はぁあああああああ」

帰宅した白石沙耶は、喪服を脱ぎ捨て、大きなため息を吐いた。

ずっと落ち込んだ演技をしていたため、とても疲れた。

月岡の両親にあい、思ってもいない謝罪を何回も繰り返すのは、本当に骨が折れた。

でも、演技も今日で終わりだ。

ようやく全てが終わった。

篠原美玲のおかげで、月岡志乃はもういない。

死体を操る悪霊に狙われることも、死の恐怖に怯えることもない。

「本当に、ちょろいよね」

白石は口元に小馬鹿にしたような笑みを浮かべた。

篠原との約束を、白石ははなから守る気はなかった。

自分の罪を警察に告白するなど、絶対にしない。

そんなことをすれば、せっかく苦労して受験して入ったS高校を退学しなければならなくなるし、今まで築き上げてきたものが水の泡だ。

月岡志乃という脅威がなくなった今、篠原との約束を律儀に守る必要も無くなった。

白石はスマホを取り出した。

バケツに水をくんで、スマホをその中に投げ入れる。

「ククク…これで証拠は消えた…」

スマホに保存された数々のいじめの証拠。

それらを消すことで、白石が月岡をいじめたという証拠は無くなる。

「はぁああああ」

スマホが完全に壊れて使えなくなったことを確認した白石は、ソファに身を投げ出した。

結局生き延びらのは白石1人だった。

一ノ瀬玲央も、吉田彩花も、雨宮謙信も、黒瀬春人もみんな死んでしまった。

よにんのことはそれなりに気に入っていたし、死んでしまったのは悲しく思うが、それよりも自分が生き残ったことへの安堵の方が強かった。

友達なんてまた作ればいい。

いじめのことさえバレなければどうとだってなるのだ。

今は、疲れた体を癒そう。

目を閉じると眠気はすぐにやってきた。



プルルルルルルル!!!

「…?」

真夜中。

白石は、電話の音で起こされた。

目をこすりながら立ち上がり、なり続ける固定電話へと向かう。

べちゃ…

「ん…?」

床を歩いた時、何かを踏んだ。

足元を確認してみると、それは泥の塊だった。

一瞬ドキリとする。

まさか、月岡志乃が再び自分を殺しにきたのだろうか。

そう思って警戒したが、すぐにあり得ないと考え直す。

月岡志乃の体はすでに火葬されている。

名無しの神社の主は、操る死体がなければ何もできない。

きっとこの泥は母親が庭で土いじりでもして、それで汚れてしまったものだろう。

白石は気を取り直して、電話をとった。

聞こえてきたのは聞き覚えのない女性の声だった。

「ご無沙汰しております、黒木です。そちら白石さんのお宅でしょうか」

「そうですけど。どなたでしょうか」

「…あなた、もしかして白石沙耶さん?」

「そうですけど?」

「…黒木です。覚えていませんか?」

「すみません。知りませんけど」

「…先日娘が他界しました」

「は…?急になんですか?」

「娘は小学生の頃、あなたにいじめられて引きこもりになりました。そのまま人間と関わることに恐怖を抱くようになり、1週間前に自ら命を断ちました」

「あぁ…黒木ってあの…」

ようやく白石は思い出した。

そういえば小学校の頃におもちゃにしていた女の子の1人がそんな名前だったような気がする。

学校に来なくなってすっかり忘れていたが、どうやら引きこもりになり、自殺をしてしまったらしい。

「何?自殺は私のせいって言いたいの?私を恨んでる?それでわざわざ電話をかけてきたの?」

「いいえ、あなたを恨んではいません。あなたを恨んだところで娘は帰ってこないから」

「あっそ。じゃあなんのよう?」

「娘が遺書を残しました。その中に、どうしてもあなたに伝えて欲しいメッセージが書かれてあったので、今から言いますね」

「え…」

嫌な予感がした。

ぞくりと悪寒が背筋を走った。

「娘があなたに残した言葉は…」

「やめて…聞きたく」

「名無しの神社で私は祈った、だそうです」

「…ぁ」

「これ、どういう意味かわかりますか?白石さん」

「…いや」

「私には何のことかさっぱり」

「いや、やだ…やめて…」

「よくわからないけど、でも、私は確かに伝えましたからね。それじゃあ」

ガチャ……ツーツーツー……

電話が切れた。

「あ…ぁ…」

白石は受話器を耳に当てたまま、一歩も動くことができなかった。

ガタッと、背後で物音が響いた。

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