白川津 中々

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 悪意は迅速かつ、強力に作用するものである。


 日本地図にペイントができるサービス『グラフティップ』は当初、絵心のあるユーザー各々が好きに描き盛り上がりをみせ、広く認知されていった。しかし、話題になればなるほどに悪意ある者が現れるものである。サービス開始からしばらくして、古来より荒しと忌みされてきた行為が、グラフティップにも現れ始めたのだった。

 荒らしは一般ユーザーが描いた作品を次々と、無差別かつ同時多発的に崩壊させていった。何時間も掛けたイラストがものの数分で塗りつぶされていったのだ。この悪意は多数の人間の怨嗟、憤怒を呼び起こし、たちまちSNSで拡散。組織的に運営に対策を求めるも、「利用規約に反していない」とされ異議申請は棄却された。元より、こうした事態となるのは折り込み済みだったのだろう。取り付く島もないテンプレートばかりが返信される以外に進展はなかった。そもそもwebサービスは混沌が根源にあるわけだから運営者、管理者に統治を願い出るという発想は的を外しているといっても過言ではない。「楽しく平和に」など、匿名と自由が担保された世界で保障されるわけがないのだ。確かに緻密にデザインされたイラストを無意味に破壊するというのは面白みに欠けるし創造性がない。嫌がらせ以外に目的のない、非常に退屈な行いだ。外に出て、ハンバーガーでもいいから食べて、公園を散歩していた方が建設的である。にも関わらず荒らしが止まらないのは、荒しユーザーが相手の憎しみを引き出す以外にコミュニケーション方法を知らないからである。そうするしか彼らは他人との接点を持てない。つまるところ悪意が伝播する速さは彼らの数に比例している。世界には、極自然な、人間として当たり前の意識を持てない者が大勢いるのだ。


 現在、グラフティップは一般ユーザーと荒らしの抗争が表面化し、目に見えて陣取りゲームの様相を呈している。そこには絶え間ない感情の濁流が生じていて、罵り合い、殺意が向けられ、地表がどんどんと塗り替えられているのだった。まさに戦争さながらの壮絶さであるが、血が流れない分、現実よりはまだマシだろう。


 そうとも、いくら仮想世界に逃れようが、我々はこの世に生を受けたのだ。そして電源を落とした時誰もが思い出す。現実が、いかにクソかという事を。

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白川津 中々 @taka1212384

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