青い瞳の転校生
秋犬
『青:異常』
そうか、とうとうお前ともそういう話をするようになったのか。これは喜んでいいのか、寂しいって思うものなのか……どっちでもいいだろうって? そうだな。それじゃあ、今日はひとつ父親の昔話に付き合ってもらおうか。そんな大したもんじゃない。ずっと昔の、ただの男のただの話だ。今お前からそういう話を聞いたから、何となく思い出しただけさ。そうだな、あれは――。
***
俺が中学生の時の話だ。まだスマホもインターネットもなかった時代だから、お前が想像するのは難しいだろう。特に今と社会も人間関係も仕組みが違ったから、今の時代のお前が聞いたら気持ち悪いと思うようなこともあるかもしれない。ただ、俺たちからすればそういう時代の、そういう話だっていうことは覚えておいてくれ。特に田舎の話だから、お前の想像力を超えるような出来事だって起こっていた。朝学校に来たら昇降口の前で昨日から酒盛りしていた不良グループが転がっていて教師とガチンコの喧嘩をしていたり、とかな……。
そう、昔の中学ってのは怖くてな、校内暴力があちこちに飛び交っていた。今じゃ体罰禁止なんて言われているが、当時は竹刀を持った先生があちこちにいて服装違反なんてしていたらケツ竹刀だった。男子は丸刈り、女子はおさげでスカートはひざ丈。多様性なんてカケラもない、そういう時代があったんだ。
そんな時、俺のクラスに転校生が来た。女の子、しかもフランス人。長い金髪で青い目のとってもきれいな子だった。男連中はもう大興奮だ。女だって、お人形さんみたいな転校生が来たって全校から俺のクラスに集まってきたくらいだ。名前は、そう。ソフィーだ。
ソフィーはフランス人って言っても親がフランス人なだけで、日本で暮らしていた時期のほうが長いからフランス語はあんまりできないって言っていた。「親がフランス語を勉強しろってうるさくて」って言いながら英語の成績はずっと一番だったな。
ソフィーは転校初日は天使みたいに崇められていた。実際、天使みたいに可愛い女の子だった。おいおい、そんな顔するなよ。別にそんなつもりは一切ない。ただ一般的に、彼女は可愛かったという話をしているだけだ。今から初恋の話が始まるんだろうと思ったか? そんな簡単な話だったら、どれだけよかったことか。
その日の放課後、部活が終わって部室のカギを返しに行った俺たちは職員室から現れたソフィーを見てびっくりした。それまできれいな金髪だったソフィーが、野暮ったい真っ黒な髪の毛になっていたんだ。廊下で俺たちに会って、ソフィーが恥ずかしそうに下を向いたのが忘れられない。ソフィーはちゃんと校則通りに髪を染めずお下げにしていたのに、だ。
その後ろから生徒指導の先公が来てな、「お前らも黒い髪の毛が似合ってるって言ってやれ」って言うんだ。「日本に来て日本の学校に通うなら、髪の毛は黒くなくてはいかん。本当は目だってそんな青くてちゃらちゃらした色でなくて真っ黒な瞳がいいけれど、さすがに目玉は交換できないからな」って笑うんだ。それでソフィーに「前の学校では許されていようが何だろうが、日本に馴染むにはまず形からだぞ。そんな甘えた髪の毛でこの誇りある我が校に通うなんて、な?」なんて言うんだ。何でそんなに覚えてるのかって? 後で教えてやるよ。
俺は流石に笑えないって思ったし、他の連中も表面では「そうですね」って言うけど、絶対そんなこと思っていなかった。それ以外のことを言ったら「教師に逆らうとはいい度胸だ」ってビンタが飛んできたからな。
だけどその時、今まで俯いていたソフィーが先公に掴みかかって「じゃあてめえの目ん玉ほじくって私の目玉と交換すればいいだろ!」ってまくし立てたから、俺たちもびっくりしてな。慌ててソフィーとぶちキレた先公の間に入って二人を引き離して、ちょうど職員室の前にいたから他の先生たちも駆けつけて、いやあもう大変だった。俺は初めて大の男が女の子を本気で殴ろうとしたのを見たかもしれない。ソフィーも話にならないくらいぶちキレているし、先公ももちろん話にならないしで、俺たちはとりあえず事情をありのまま話してそそくさと家に帰った。
それから俺も家に帰って、「お前の目ん玉の色が気に食わないから交換してこい」って言われたらどう思うか考えた。服装や髪型くらいだったら許せるかもしれないけど、「青い目が異常だから直せ」なんて言われて黙っていられるだろうか。そう考えたら、廊下で馬鹿みたいに愛想笑いしてた俺をぶん殴りたくなった。差別なんていうのは遠い世界の話だと思っていたのに、急に身近に感じたのが怖かったな。
その後、ソフィーはしばらく学校に来なかった。一か月くらいしてから学校に現れたソフィーは、伸びてきた本来の金髪以外の染めた髪の毛をばっさり切ってしまっていた。男と同じくらいの髪の長さになってしまって、女の子たちが特に悲しんで「ごめんね、ごめんね」ってソフィーに謝っているのが辛そうだった。でもそうしたらソフィーは「貴女たちに謝られても関係ない。これは私の問題だから」ってきっぱり言っていた。さすが外国ルーツの女はかっこいいこと言うなあって思ったものだ。ああ、別に惚れたわけではないよ。
今ならわかるが、その時のソフィーは心細かったに違いないと思う。あんまり親しいわけじゃなかったけれど、「どうして学校に来る気になったのか」って聞いたことがあった。そうしたら彼女は「だって負けたって思われたくないから」って答えた。強い意志の
そうそう。例の先公については、親が教育委員会に乗り込んで「差別だ」って騒いだらしくて、次の年に違う学校に飛ばされた。ただそいつは学校でソフィーを見るたび舌打ちをしていたから、性根が腐った男だったのだろう。そいつが俺たちの授業を受け持っていなかったのが不幸中の幸いだったと思う。俺たちはその時の会話を何度も別々に生徒指導室に呼び出されて確認させられたから、何だかその時のことが鮮明に頭の中に残ってしまっていてな。そんなこと覚えていなくていいのにって思うけど、忘れられないものは忘れられないものだ。
それで俺はその時、ちょっと「青い目っていいもんだな」って思ってしまった。だけど、これは俺がソフィーのことを尊敬しているから思っただけで別に青い瞳の女を恋愛対象にしたいとかそういう話じゃないんだ。ただ、俺が思う青い目っていうのは逆境に負けない強くてたくましい女の印象が強いってだけの話だ。
***
――つまり、お前が今度連れてくるその金髪で青い目の彼女を見て、俺はソフィーを思い出すかもしれないってことを先に伝えておこうと思ったんだ。彼女は確か結婚してアメリカにいるって話を最後に聞いたっきりだな。元気にしているだろうか。俺も彼女もすっかり子供が結婚したいなんていう
ただなあ、今まで俺がつまり何を言いたかったかって言うとな、こうやって息子と酒が飲めて、結婚したい相手がいるからって報告してもらえて幸せだっていう話と、父さんはどんな髪や目の色でも目の前の相手を幸せにしたいって思える相手となら一緒にいられると思うぞって言いたかったんだ。あ、ソフィーの話は母さんにするなよ、母さんすぐやきもち焼くから。俺とお前と、ここだけの話だ。
<了>
青い瞳の転校生 秋犬 @Anoni
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