明日世界が終わったら

ヒマツブシ

明日世界が終わったら


「あと24時間で世界が終わるよ」


 学校帰りに土手沿いの道を一人歩いていると、耳元で聞こえた声はそう言っていた。

 驚いて周りを見回すが誰もいない。

 風は強く吹いていたが、その音にしてはハッキリと言葉として聞こえた気がした。

 こんな幻聴が聞こえるなんてだいぶ病んでいるなと自嘲したが、家に着くまで寒気が止まらなかった。



 Aは16歳になったばかり。

 学校では友達もいるし普通の学生だ。

 いじめられることもないし、大きな悩みもない。

 だが、少し前から現実が少し色あせて見えるようになった。

 やりたいことも特にない。

 好きなことも特にない。

 ただ周りに合わせ普通にそれらしく生きているだけ。


 一度そうかもしれないと自覚してからは、全てが嘘くさく見え、日々の生活は少しずつ色を失っていった。



 部屋のベッドに横になり天井を見上げる。

 なんでこんなことになってしまったのか?

 中学生になったぐらいから周りが変わり始めたように思えた。

 異性の目を気にしたり、大人の真似をしたり、趣味や仲間内での秘密など、それぞれが急速に子供から変化していった。

 Aはそれに乗り遅れた。

 どのグループにも属さず話を合わせることでなんとかやってこれたが、偽りの姿は自分を消耗させていくだけだった。


——結局、今もそうだ。


 偽り姿を演じ続けるのに疲れて、高校は少し離れた学校を選んだ。

 同じ中学からは数人しかおらず、特に話すような間柄ではなかった。

 これからは無理せずに本当の自分で生活しよう。

 そうは思ったが、いきなり別のやり方などできるはずもなく、それまで通り偽りの自分で周りと合わせていくしかなかった。



「学校はどう? 友達できた?」

 夕飯の時に母親が聞いてくる。

「もう高校生だよ? 普通にやってるって」

「そう」


 そう、普通に過ごせてる。

 こんなことを考えているなんて誰も気付いていないだろう。

 つまらないわけではない。

 友達と馬鹿話もするしふざけて大声で笑ったりもする。

 でも、ふと自分のことを嘘くさく感じてしまう瞬間がある。


 このままずっと他人に合わせて生きていかなくてはいけないのか?

 大人になって仕事して老人になって死ぬまで?

 ずっとコレ?

 俺のやりたいことって一体?



「来週からテスト期間に入るから、帰って勉強しろよー」

「はーい」

  授業が終わり、帰る支度を始める。

「なあ、みんなで勉強会するんだけどお前も来ない?」

「いや、俺1人じゃないと集中できないから帰るわ」

「なんだよー、最近付き合い悪いなー」

「テスト終わったら遊ぼうぜ」

「わかったよ、じゃーな」



 土手沿いの道。

 そういえば昨日の幻聴はなんだったんだろう?

 あれからもうすぐ24時間になる。

 特にいつもと変わらない1日だ。

 自分も周りも何も変わっていない。


 でも、もし本当だったらどうするだろう?

 最後にやりたいこと、やり残したことはないか?

 終わることを誰かに伝えて、終わる瞬間を共有することはしないのか?

 ずっと一人で。

 誰にも気づかれないまま。


——このままでいいのか?



「はーい、あと5分で世界は終わりまーす」


——!?——


 昨日の幻聴だ。

 周りを見渡すがやはり何もない。

 よく見ると人も車もない。

 風の音さえしない。

 完全な無音。

 時間が止まってるみたいだ。


 自分の呼吸する音が聞こえる。

 まだ、生きている。

「あ、ああ…」

 声も出せる。

「…お、終わるって本当か?」

 小さく声に出してみた。

 未だ半信半疑だったが、返事はすぐに返ってきた。

「本当に終わりますよー」

「お前は誰なんだ?」

「そんなことより準備はいいですか? 心残りはないですか? 会話の途中で世界終わっちゃいますよ?」

「まだ時間あるだろ? これがなんなのか教えてくれ!」

「その前にこちらから最後の質問がありまーす」

「?」

「最後にやりたいことは何ですか?」

「?」

「やり残したこと、やりたかったことでもいいですよ?」

「何言って…、どうせ終わるんだろ?」

「答えの内容次第で、世界は継続されまーす」

「え?」

「残り1分」

 なんで、俺の答えで世界が…?

 そんなことよりなんて答えたらいいんだ?

 やりたいこと? やり残したこと?

 やりたかったこと?

「あと50秒」

 待って。

 そもそもやりたいこともなくて悩んでたのに、やり残したことって?

「40秒」

 じゃ、世界が終わってもいいのか?

 本当か?

「30秒」

 ああ、やっぱり俺はダメだ。

 周りに合わせて自分に嘘ばっかり付いてたから、本当の気持ちなんてわからない。

 友達にも本当の自分で接すれば良かった。

 嫌われても本音で喋ればこんなことにはならなかったかもしれないのに。

「10、9、8、7、6、5…」

 ああ、せめて自分から言った約束くらいは、ちゃんと守りたかったな。



「3、2、1。 はい、終わりー。 後ろからプリント回してー。 はいはい、もう筆記用具触るなー」


 Aが顔を上げると目の前に教室の景色が広がる。

 記憶喪失のような混乱が徐々に収束していく。


 背中を突かれ後ろを振り向くと「ほれ」とテスト用紙が回されてきた。

「寝てるとか余裕だな?」

「まあね、勉強ちゃんとしたからな」

「うわー、ムカつくわー」

「それより終わったから約束通り遊び行こうぜ」

「お、おう。 テンション高いな?」

「終わったからな」


 世界に色が戻ってきた。


 そうか、こんな簡単なことだったんだ。

 一つ一つ約束を守っていけばいい。

 自分に嘘をつかないように。

 自分の気持ちを誤魔化さないように。


 少しずつでいい。

 自分のペースで成長していけばいいんだ。

 無理に周りに合わせる必要なんてなかったんだ。


 終わらなかった世界の空を見上げて、思いっきり背伸びをした。



「あー、やっと終わったなー」









 後日、返却されたテストは全て赤点だった。

 世界は終わらなかったが、高校生活は終わりかけていた。







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