六章

わたしが見た封筒の中の写真と全く同じ画像がいつのまにか匿名のアカウントによってSNSに上がっていたらしい。瞬く間に炎上コンテンツになっていた。写真に写る人影のについて、匿名のユーザーが「押尾じゃないか」と指摘する。噂は確信へと変わりかける。

捜査機関は否定したが、SNSは否定を嫌う。人は単純な答えを求める。単純さは慰めだ。そこに居合わせた者、観測する者、処罰を望む者が混ざり合う。俺は家に引きこもり、窓越しに街灯が濡れたアスファルトを照らすのを見た。

綾は大学時代の友人で、俺の数少ない「確かなもの」だった。彼女は観察眼が鋭く、他人の癖を拾うのがうまかった。風景を切り取る写真が趣味で、夜の街を二人で歩いた。シャッターを切るとき彼女は無防備に笑い、その笑顔を俺はいつも心の倉にしまっておいた。

卒業後も小さな連絡をくれた。「変な夢見た」「ここに行ってみて」。それだけで良かった。彼女は俺にとって、何かが剥がれかけたときに差し出される布切れのような存在だった。汚れていても、拭うには十分だった。

事件後、彼女が一度だけ部屋に来た。目は腫れ、声は小さかった。「押尾、何か隠してるでしょ」と、彼女は言った。問いは優しさと怒りが混ざったものだった。俺は何も答えられなかった。数日後、彼女は来なくなった。彼女の最後のSNS投稿は「見られている」それが助けを求める叫びか、観測者を戒める呪文かは分からない。彼女はその言葉を残し、消えた。

綾を思い出すとき、いつも写真のことを考える。彼女は人の影を見るのがうまかった。自分が影にされるとき、どうやって光を取り戻すのか。俺にはその答えがない。

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