五章

俺は自分の記憶を解剖し始めた。断片を繋げる作業は解体と同義だ。あの夜、俺は相沢と会い、封筒を受け取った。翌朝に封筒が消えた。どこで失くしたのかも、誰かに奪われたのかも分からない。断片がどんどんこぼれ落ちる。

封筒を受け取った理由もはっきりしていない。善意からか、利害関係からか、ただの流される性格か。俺は説明を持てなかった。

匿名メールに添付された粗い地図が、俺を動かした。件名は「封筒の中身」。中身は短く、「地下にある」とだけ書かれていた。誰かのいたずらかもしれないが、好奇心は古くからの魔物だ。理性の声を押し切り、俺は車を走らせた。

廃業した銭湯の裏手に着いたとき、風が湿った匂いを運んだ。扉は錆び、南京錠がぶら下がる壊れているようだ。中へ入ると、蛍光灯が一本揺れている。湿った空気、石鹸と金属の匂い、埃の味。地下のテーブルに封筒が一つ、埃を被って置かれていた。

封を切ると、写真が数枚と一枚の紙片。写真は公園の別角度から撮られたもので、そこには人物の影が写っていた。紙片に書かれた文は冷たかった。「始めは遊びだった。気付けば秩序を作り直す作業に変わる」。言葉は道具だ。だが言葉という道具は人を動かす。

帰り際、蛍光灯が一瞬暗くなった。振り返ると、誰かに見られているような錯覚が胸を掠めた。視線はいつも怖かった。見られるということは、いつのまにか自分が作られる側に回っている証拠だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る