君色世界

saeki

プロローグ「一目惚れしました」

もし仮に過去に戻って一つだけやり直せるとしたらと仮定して僕が真っ先にやり直すことはあの日の事件のことだ。

今でも鮮明に覚えている。多くの会話はしてこなかったけれど自分にとって大切な人が心の中で必死に助けを求めていたというのに「俺に何ができる?」「役に立たつわけがない」などの自問自答を繰り返すばかりで足がすくむんで救いの手も差し出すことはできなかった。そんな自分自身を後になってから何度も何度も自己嫌悪したことも覚えている。

あと少し、俺に行動力があったら。あと少し、俺に勇気があったら。あと少し、俺に人望があったら。


いくらそう考えようと一度死んでしまった人間が帰ってくることなどあり得ない。

あの出来事から三年が経つがいまだに「どうしてあの時助けられなかった」という無気力感と罪悪感が俺の体に呪いのようにまとわりついている。

結果からして、小さい頃は頻繁に遊んだりしていたが年齢が上がるごとに疎遠になってしまった唯一の幼馴染、愛梨は、もういない。



人生とは基本的には二択選択の連続でできている。

一方を選ぶことはもう一方を捨てすことだという事に他ならない。

そのことを俺は人一倍理解しているつもりだしその選択に責任感を持っている。

愛梨がいなくなった時の自分の選択も後悔はしているが責任感を持って一生背負っていくと心に決めている。

そこから俺が導き出した答えはこうだ。

人生において選択する回数を極力減らそうと、人と話さなければ会話の選択肢がなくなり、人と関わらなけれはさらにその選択肢が減る。

いつしかこう考えるようになった。

当然だ。人間できる限り責任は負いたくないし、責任も取りたくないと考えることが自然だろう。

そう考えていたのに、何故だろう。




何故、柄にもなく自ら話しかけあんな言葉を投げかけてしまったのだろう。

心のどこかでここを逃せばもう会うことはないと思ってしまったからだろうか。

もうあの時のように後悔しないような選択をしようと心がけていたからだろうか。

今となってはその時の俺に聞かないとわからない。

いや、その時の俺もこの感情の言語化は難しかったであろう。

あの時俺は後先も考えず、気の向くままに初対面の異性に向かってこう言い放った。


「一目惚れしました」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

君色世界 saeki @nemumusuimin

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画