第20話「それは劇的でなく」

 主役の降りた舞台ほどすぼらしいものはない。

 俺に備わった両のレンズは未練がましくも空席を映し続けている。エンドロールをただ風景として眺めているような、脳が見終えた話を咀嚼している感覚に近い。

 蛍光灯は煌々と俺たちだけを照らしている。熱のない、冷たい光だ。


 遅れがちなニューロンの歯が、ゆっくりと突き立てられ現状を解体していく。飴玉を溶かすように今抱えている困惑を転がす。


 調子に乗っていたわけじゃない。向こう見ずなあの頃とは違う。名字については家庭の事情だろう、そこを突き止めても面白いことにはならないとわかっていた。

 だから名前を確認した後、すぐに幽霊部員の件へとスライドさせるつもりでいた。なぜ来なくなったのかを問い詰めるつもりだった。


 だが、糸木名によるのべつ幕なしの語り口にすっかり黙ってしまった。見通しが甘かった。その時点で、俺は負けていたんだ。

 努めて他人事を装う糸木名の痛々しさが用意してきた覚悟を追い越した。俺たちが訊ねるよりも先に未だ深々と刺さっている過去の鋭さを、そこから溢れて伝う血の熱さを。

 彼女は抱えている痛みを雄弁に語ったのだ。

 それが俺の敗因であり、こんな間抜け面を晒している理由だ。


 そう、みんな俺のせいだ。? それはわからない。わかっていることは話を無理にでも本筋に戻し、この部屋ごと深い断崖へと向かう前に修正すべきだったことくらいだ。


 あぁ、この喉元を締める息苦しさはどん底の暗さだったのか。俺はなんだか変に納得した。急転直下の衝撃も消え、脳が現在を認識した。


「──今回は、失敗だったな」


 そう口にすると途端に気が楽になった。硬い背もたれに体重を預ける。

 失敗の二文字。これにはイタチの道切りとも言うべき無理やりにも納得させる響きがある。

 きっと横の二人にも同じ響きで伝わるだろう。

 ここでようやく俺の目は真琴らに向けられた。わかり切ってはいたが、二人の顔も暗い。


「……あーほんっと考えが足りてなかったわ。ちょっと考えればわかったのに、自分が嫌になる」


 印南が腕を伸ばして机上に突っ伏す。ちょうど腹のところからパタリと折り畳まれたみたいにひしゃげる。きっと心もそんな具合なのだろう。

 ……これは想像力の欠如ではなく、場数の違いだろう。俺と真琴は年季の入った愚者なので、参照して学ぶべき過去の事例が何個かあった。そこへ行くと印南は完全に巻き込まれた側で、純然たる被害者と言える。


「いや、そこについては俺が悪いから気にすんなよ。ある程度察しはついてたってのに、お前に伝えてねぇヤツが一番悪いかんな」


「あぁ、そればかりは俺たちが悪い。すまん」


 俺が真琴に続いて謝ると、真琴が何か言いたげに口を開いて、そして閉じた。なんだそれは。俺が謝ることのなにが珍しいんだ。


「やめてよ。謝るなら隠さんに、でしょ? あたしも謝らなきゃ側だしさぁ」


 印南は机に伏せたまま、顔だけをこちらに向けた。もちろん糸木名への謝意もあるのだろうが、そこには迂闊だった自分への義憤が見て取れた。


 謝罪の場をどう設けよう。次に会う時には今日の無様を晒すわけにはいかない。もっと上手く立ち回らなければ。幸いクラスと名前はわかったから接触は容易いが、どう話を切り出したものか。


「んじゃまぁ、反省会はここまでとして今日のとこは帰るか。んで隠さんへの謝罪云々はまた今度ってことでよ」


 真琴は立ち上がり、伸びをする。


 なんだその如何にもこれで終わったという締め方は。ここでその算段を立てなければ、きっと時間が空くぞ。時間はすなわち距離だ。その分だけ俺たちと糸木名の関係は離れていくんだぞ。


「んーそうねぇ。今日のうちに謝りたいとこだけどさすがにね。先輩方も今日は来なさそうだし」


 印南もそう言って真琴に続く。

 言われてみればたしかに遅い。連絡はなかったが、この前の歓迎会で活動日がズレたのか? 普段ならとうに──それこそ糸木名よりも先に来ていそうなものなのに。

 いや、俺の引っかかるところはそこじゃなく──


「どうした? 行かねーのか?」


「あ、いや。その……もう、終わりなのか?」


 あとは帰るだけになった二人に問いかける。

 反省と謝罪。それはたしかに必要だろう。

 ただそれだけじゃない。それだけでは足りない。俺たちは説得材料を用意して糸木名の説得を組み立てるべきじゃないのか。説得がなければ、二度と彼女はこの部屋に来ないだろう。

 それともまさか、二人ともあんな取ってつけたような理由で納得したのか?


「終わりなのか……って、そう言われても先輩方も来ねぇしな。残ってたって──」


「違う! 糸木名のことだよ。あいつの今後だ」


 焦りが勝手に声のボリュームを上げた。咄嗟だった。授業中に寝入っていたことに気づいた時のよう、矢庭に跳ね起きていた。


「今後? ……あーいや、言いたいことはわかるけどよ。本人が望んでないだろ? 部員だったらまだしも、隠さんにゃそこまで踏み込まねぇよ」


 なんだ……? ないじゃないか。

 真琴はもっと情に厚い男だったろう。一人でいるヤツを放っておけなくて、俺が何度突き放しても離れない。そんな男じゃなかったか。


「幽霊ではあるが部員だろう。じゃあ何か、推理会やら読書会に顔を出せばお前は助けるのか? 仮に本人の部活動をしたいって意思がわかれば、お前は──」


 止まらなかった。言葉は歯をすり抜け、八つ当たりのように溢れて止めどない。頭で内容を反芻するより早く出ていくから、自分が何を口走っているのかもわからない。


「──そこまで気になるならさ、あんたがやりなさいよ」


 俺の熱を遮ったのは、そんな水のように冷ややかな声だった。

 俺の前に、真琴をその決して高くない背に隠すようにして印南が割り込む。

 こちらを見上げているはずの印南の目から逃げるように、俺は視線を外してパイプ椅子に押し込められる。


「それは……無理だ。だから、だから俺はお前らに頼みたいんだ。もちろん俺だって協力は惜しまないし、できることはするさ」


 俺にはそんなこと出来ない。人を助けられるような人間じゃないんだ。自分の手の小ささは自分が一番よく知っている。

 今だってそうだ。俺は一人では意見を通すことも、立つことすらできないんだ。


「伊澄さぁ。なんか勘違いしてない?」


 印南の目が、俺を見下ろしている。


「今日あたしたちが手伝ったのは隠さんのことが気になってたからよ? 気が進まないことはしないっての」

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