第6話 真なる覇断

 リリアの命が、魔王の掌に握り潰されようとしていた。

 青年は血に塗れた剣を支えながら、必死に叫んだ。

「……やめろぉぉぉッ!」


 その刹那、胸の奥から声が響く。

 ――覇断とは、“すべてを斬る”力。

 物質も、魔力も、運命も、世界の理さえも。


 瞼の裏に浮かんだのは、これまで救った人々の姿。

 戦場を支えた兵士。盾を掲げたカイン。涙を流すリリア。

 彼らを守るために、この力はある。


「……俺は、選んだ。守る者を」


 青年の瞳に宿る光が、闇を裂く。

 剣が震え、音を立てて次元の境界すら切り裂いた。



 魔王の掌がリリアに迫った瞬間、閃光が走った。

 ――その腕が、肩口から斬り飛ばされていた。


「なっ……!? 我の“存在”を……!?」

 魔王の瞳が揺らぐ。


 青年は前へ進む。

 足取りは確かに重い。だが一歩ごとに、大地を貫くほどの気迫を放つ。


「覇断――真なる力」

 剣に宿るのは、ただの破壊ではない。

 人が繋いできた希望を護る、意志の刃だった。



 魔王が咆哮を上げ、天地を覆う闇を解き放つ。

 空が裂け、大地が崩れ、世界そのものが黒に染まろうとする。


 だが青年は剣を振り下ろした。

「斬るッ!!」


 一閃。

 闇も、災厄も、絶対なる支配も。

 すべてが音を立てて裂け、光へと還った。


 魔王は絶叫し、崩れ落ちる。

「馬鹿な……この我が……“人の意志”に……」

 その声は虚空に溶け、消えた。



 静寂。

 崩れた戦場に、朝日が差し込む。


 リリアは涙を拭い、震える声で言った。

「……勝ったのですね」

 青年は剣を収め、空を見上げる。

「いや……守れただけだ」


 倒れ伏したカインの傍らに立ち、彼は目を閉じた。

「お前が繋いでくれた……だから、斬れた」

 その言葉に応えるように、風が優しく戦場を吹き抜けた。



 人々は歓喜に沸き、勇者を讃えるだろう。

 だが青年はただ、胸に刻んだ。

 ――覇断の剣は、破壊のためではなく、守るためにある。


 そして彼の物語は、ここで終わらない。

 異世界に生きる限り、守るべきものは尽きぬのだから。

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夕凪燕 短編集 ー 『覇断の勇者 ―すべてを斬り裂く異世界転生記―』 夕凪燕 @popo_mikey

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