5話
【5】
更に十数年の時代が過ぎ時代は、ハイボルトを置き去りにして進んでいた。
ゾル人民民主共和国の地下深くにある研究施設は、もはや彼の独壇場ではなかった。ソウル・コンバーターの技術は彼の予想をはるかに超える速度で発展し、多くの研究者たちがその成果を貪っており、その筆頭となったヴォルグは功績により政府の中枢に近い地位を獲得していた。
ハイボルトは彼らにとって尊敬すべき偉人ではなく、ただの過去の遺物に成り下がっていた。
彼は研究の第一線から外され、新しい技術開発はヴォルグが選んだ若手研究者たちに委ねられた。
ソウル・コンバーターのもたらすエネルギーはゾル人民民主共和国に膨大な利益と発言力をもたらし、どの国も何も言えないほど強大化していた。
「先生、あなたの時代は終わりました。これからは我々の時代です」
若手研究者はハイボルトを嘲笑うかのように言い放った。
ハイボルトは何も答えなかった。彼の心はもはや何も感じることができなかった。
ただ、自分が創造した悪魔が彼の意図とは違う方向へと進んでいくのを見守るしかなかった。
やがて、ゾル人民民主共和国に激震が走る。長きにわたる独裁政権は反主流派のクーデターによって瓦解したのだ。
といっても首がすげ変わっただけで独裁体制は維持されていた。そしてハイボルトの上司だったヴォルグは新体制の中心に居座っていた。
そしてハイボルトは主流派の人間として逮捕された。
彼を告発したのはかつての上司であり、今や新しい共和国の指導者となったヴォルグだった。
新体制のアピールには古き体制の血を流す必要があると反主流派は考えていた。
そして古い時代から多数の人体実験を主導し、数多くの国の闇を知っているハイボルトは格好の生贄だったのだ。
「この男は人民に苦痛を与え…その魂を搾取した罪で人民裁判にかけられる。この男の罪状は旧体制派の腐敗であり二度と我々を苦しめることはないように清算する必要がある」
ヴォルグは大衆の前でハイボルトを断罪した。ハイボルトは、ただ静かにその言葉を聞いていた。
彼の心は、もはや何も感じることができなかった。
自分が創造した悪魔が彼自身に牙を向けるという皮肉な結末に、彼はただ虚無感を覚えるだけだった。
裁判は形式的なものだった。ハイボルトは自分が犯した罪の数々を詳細に語り人民に苦痛を与えその魂を搾取したことを認めた。
そして…彼は死刑を宣告された。
独房の中でハイボルトは静かに死を待っていた。
彼が犯した罪は、決して許されるものではない。
しかし、彼の心には後悔や恐怖はなかった。
ただ、自分が創造した悪魔の技術がまだこの世に存在しているという事実だけが、彼の心を支配していた。
そんなある日、彼の独房に一人の女性が訪れた。
エイル・マドラックだった。彼女は、自国の政府のコネクションを使いハイボルトとの最後の面会の機会を得たのだ。
くしくも、それは指導者となったヴォルグの温情であり翌日処刑されるハイボルトへの最後の手向けであったが。
エイルは以前よりも白髪が目立ち、頬骨も目立ちやつれて見えた。加齢以上の心労が実年齢よりも彼女を老けさせていた。
「ハイボルト…あなた…」
エイルは変わり果てた彼の姿に言葉を失った。
痩せこけた体、白髪になった髪、そして、何も映し出さない虚ろな瞳。
彼はかつての面影を全く留めていなかった。エイルの瞳から、大粒の涙がこぼれ落ちた。
「ごめんなさい…私が…私が、あなたを取り戻せていたら…」
エイルは彼の名を呼び泣き崩れた。彼女はハイボルトの失踪を知った後に彼を救うために父のコネクションを使い地位のある外務省の高官の息子と結婚し、様々なルートを使ってハイボルトを救おうとした。
しかし国の政府首脳は自国民であるハイボルトを救うどころか、ソウル・コンバーターによるエネルギーの利権をゾル人民民主共和国に提示され何も言う事は出来なかった。
彼女は望まない結婚をしてまでハイボルトを救おうと必死だった。
だが、何処の国にも存在する大きな腐敗と利権の闇が彼女の純真な願いを黙殺し、踏み躙ったのだ。
エイルの悲痛な泣き声は冷たい独房に響き渡る。ハイボルトはただ静かに彼女を見つめていた。彼の心の奥底にかすかな光が灯るのを感じた。
「エイル…死ぬ前に君に会えて、嬉しいよ…」
ハイボルトは穏やかな笑みを浮かべ、格子越しに震える手でエイルの頬に触れた。
エイルは彼の温かい手にさらに涙を流した。
「もうすぐ…この国が作った兵器により、人類は破滅する…」
ハイボルトは穏やかな声で予言した。エイルはその言葉に呆然とした。
「何を言っているの?そんな恐ろしい事があるわけ…」
「残念ながら…本当さ。彼らは…僕が作った装置を使って、新型兵器を完成させようとしている…」
ハイボルトは淡々と語り続けた。エイルの頭の中では彼の言葉が理解できず、混乱していた。
「この国はソウル・コンバーターの技術を人間の魂を使用した新型兵器へと転用した…それは人間の魂を一発の砲弾へと変換する兵器だ。そして…その砲弾はあらゆる物質を原子レベルで分解し…消滅させる…」
「そんな…嘘でしょ…?」
「僕が知っている未完成の試作段階だったものは…数人の魂を使いシュミレーションで…都市一つを丸ごと吹き飛ばせる破壊力を持っていた。
改良され…実用性が増した今となっては…どれ程の破壊を撒き散らすかはわからない…犠牲者の数次第では大陸そのものを更地にしてしまうかもね…核兵器すら過去の遺物にする兵器の完成というわけさ…ははは……素晴らしい科学の発展だよ…」
エイルは彼の言葉を信じることができなかった。ハイボルトはそんな彼女の様子を見て穏やかな笑みを浮かべた。
「愚かな人類は滅びるべきなんだ。僕の研究は悪用されてしまった…遅かれ早かれこういう運命だったんだよ…」
ハイボルトは黙り込んだ。エイルは彼になにか言葉を伝えようとしたがハイボルトは突然、狂ったように笑い始めた。
彼の笑い声は独房に響き渡り、エイルの心を凍り付かせた。
「ははは…ははははは!僕が…僕が創造した悪魔が、ついに…人類を滅ぼす…!」
ハイボルトの目には大粒の涙が溢れていた。
彼は自分が創造した悪魔が、彼自身の意図とは違う形で人類を破滅させるという皮肉な結末に狂喜していた。
そして、その狂気の中にかすかな悲しみが混じっているのをエイルは感じた。
ハイボルトの心はすでに壊れてしまっていた。
彼は自分の研究が、科学の発展を願い非道に手を染めてまで尽くした研究が…人類を滅ぼす悪魔の発明へと変わってしまったという事実にただ笑うしかなかった。
エイルは独房を後にした。彼女の心は絶望で揺れ動いていた。
ハイボルトは彼女の背中を見つめながら、静かに涙を流し続けた。
彼の最後の涙は彼の心の奥底にほんの僅かだが人間性が残っていたことを示していた。
彼は悪魔の発明を創造した科学者であるが、嘗ては人類を救おうとした一人の人間だったのだから…
悪魔の発明 SHOKU=GUN @syou-ga-415
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