第4話 ほろにがタルトタタン

文化祭が終わり、校内はいつもの雰囲気に戻ってきた。


「真帆のマフラー、かわいいね!」

「うん・・・」


最近、真帆の元気がない。

髪型もいつものような凝ったアレンジじゃないし、みんなで話しているときも、口数が少なくて、心から笑っていない感じ。


昼休み、誰もいない図書室の談話室で二人きりになったので、思い切って聞いてみる。


「真帆。なんかあった?」

「一葉……。」


真帆が静かに泣き出した。


「ひっく、どうしよう……。」

「言いたくなかったら、言わなくていいんだよ。」


震える背中をさすると、真帆は首を振る。


「前に、メッセージやりとりしている人がいるって言ったでしょ。」

「ああ、イケメンの?」


暗い顔で頷く。


「もしかして、トラブル?」

「うん…でも私、ちゃんと個人情報とか出さないように気を付けてたんだよ!」

「どんな話してたの?」

「コンビニのスイーツが美味しいとか、妹がうるさいとか、そんな普通の会話。部活の愚痴とかも聞いてくれて。」

「写真のやりとりは?」

「大会の写真も送ったことあるけど、ちゃんと顔は分からないようにしたの。そしたら絶対カワイイって、顔も見たいって言われて。」

「まさか送ったの?」

「この間の文化祭の仮装した写真ならいいかなって。もちろん学校が特定できないように、制服とか隠したよ?」

「えっ!」

「だって、そのときのノリってゆーかぁ。」


私の険しい顔に、真帆はしょんぼりとする。


「ずっとメールしてたしいいかなって、思っちゃったの!そしたら足がキレイだから水着の写真みたいとか変なこと言い始めて。」

「うわ!きもっ!!」


イケメン男子高校生の中身が、エロ親父だったなんて!!


「無視してたら、森町中学校に通ってるんだね、とか言い始めて。私が嫌なら妹に頼もうかなとか、怖いこというの・・・」

「特定されたってこと?」

「多分・・・。一葉、どうしよぉ!」

「誰か大人に、そうだ。梢先生に相談しようよ。」

「ダメだよ、怒られちゃう。」

「悪いのは真帆じゃなくて、真帆を騙した人でしょ!」


憤りのあまり、大きな声が出る。


「真帆は、ただ好きな人と仲良くなりたかっただけでしょ?悪いのは・・・真帆が憧れるような嘘をついて、その気持ちを利用する奴だよ!」

「一葉・・・・・・」


イケメン高校生からメールが来るたび、嬉しそうにしていた真帆。

いやらしい目で見られていたことも、気持ちを踏みにじられたことも、許せない!


「真帆、スマホ見せて!」

「う、うん。あれ、メッセージが全部消えてる……。」

「え?」

「ブロックされたみたい。」


真帆は、不安げだ。


「無視してたから、あきらめたのかな。」

「でも画像が流出したりしたら・・・やっぱり梢先生に相談してみない?」


真帆はスマホの電源を切った。


「今はやめとく。次なにか連絡がきたら、絶対、一葉と梢先生に相談するから。」

「うん……。」


昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴る。

お鍋の底の焦げのように、ザラザラする気持ちが残った。



次の週末、人気ひとけのない公園で人を待っていると、後ろから声をかけられた。


「一葉。珍しいな、こんなところで」

「あれ、二川君こそ。眼鏡?」


二川君はキャラメル色のコートを着て、めずらしく眼鏡をかけている。


「眼鏡も似合うね!」

「これは変装用だ。」


お忍び中のアイドルじゃないんだから、とツッコもうかと思ったけど、文化祭での人気ぶりを見たあとだと何も言えない。


「双子は?一緒じゃないのか?」

「今日は学校ある日なんだ。」


立ち話していると、広場に颯爽とハンサムな高校生が現れた。

長い脚をジーンズにつつみ、白いシャツの上にスカイブルーのダウンベストを羽織っている。


「あの人、かっこいいな……」


二川君がつぶやくと、その人はこちらに気付く。


「一葉!」


笑顔でこちらへ手を振る高校生に、大きく手を振り返す。


「一葉の知り合いか?」


ぎょっとした顔で二川君が私を見る。


「私の従兄、アキラちゃんだよ!」

「悪い、寒いのに待たせちゃったね。」

「ううん!忙しいのに、ありがとう!」


アキラちゃんに真帆のこと、相談することにしたんだ。

背の高いアキラちゃんは二川君を、見下ろす。


「彼は?」

「同級生で隣の部屋に住んでる、二川君だよ。」

「いつも一葉がお世話になってます。」


アキラちゃんが私の肩を抱いて、挨拶する。


「こちらこそ、一葉にお世話になってます!」


なぜか二川君が張りあうように前にでる。

アキラちゃんは面白いものを見つけたように眉を上げた。


「一葉。相談って、彼のこと?」

「あ、ちがうの。さっき偶然会っただけで。そうだ、よかったら二川君も聞いてもらえるかな。」


SNSのことなら二川君も詳しいかもしれない。


ベンチに座ると、アキラちゃんが自販機でホットココアを買ってきてくれる。


「なにがあったの?」

「実は・・・友達がSNSで知らない人とやりとりしてたら、身元を特定されたみたいで。どうしたらいいかな。」


真帆の名前は出さずに、経緯を説明をする。


「それはグルーミングという手口だよ。」

「グルーミング・・・?」

「一葉と二川くんは、今の友だちとどうやって仲良くなった?」

「えっと、投稿みたよって声かけてくれたり、愚痴を聞いてくれたり。」

「趣味が同じとか。」

「そうそう、ささいなことがきっかけだよね。それを狙ってやるのがグルーミングなんだ」

「最初から、騙すために近づいてきてるってこと?」


怖くなって聞き返すと、アキラちゃんは頷く。


「信頼関係をつくって、個人情報や弱みを引き出してから、それをもとに脅したり、性的な要求をしたりする。」

「今回と同じだね。」

「うん。会いたいとか、画像を送ってって言うだけでも、れっきとした犯罪だよ。」

「犯罪・・・。」


青くなった私の手を、アキラちゃんがそっと握ってくれる。


「やっぱり保護者や警察に相談するのがいいと思う。」

「でも、その子はスマホ取り上げられちゃうから、言いたくないって……。」

「うーん、そうやって失敗しながら、使い方を覚えればいいと思うんだけどね。」


アキラちゃんは困った顔をする。


「自分の名前を出さなくていい匿名の相談窓口もあるから、そこに相談してみてもいいかも。必要なら僕が一緒に話をしてもいいし。」

「うん、友だちに話してみる。ありがとう。」


少し気持ちが軽くなった。

微笑むと、アキラちゃんにポンポンと頭を撫でられ、二川君はそっぽを向いた。


「一葉、これから双子のお迎えだろ?」


公園の時計台をみると、もうお昼近い時間だ。


「代わりに行くから、一葉は少し息抜きしておいで。」

「でも。」

「一葉だってまだ子どもなんだから。と遊んでおいで。」


アキラちゃんはそう言うと、颯爽と去っていった。

二川君がその背中を見てうなる。


「王子様って・・・あの人のことか。」

「カッコいいよね。中学のときは初恋泥棒って呼ばれてたらしいよ。」

「恥ずかしいあだ名だな!」


二川君は鼻を鳴らし、ココアを飲む。


「うちの学校のブイ様って、知ってる?」

「なんだ、そのアホみたいな奴は。」


うん。黙っていよう。

二川君はそっぽを向いて、飲み終わった缶をゴミ箱にシュートする。


「一葉はこれからどうすんの。」

「うーん、天気がいいからシーツの洗濯でもしようかな。」

「息抜きしろって言われてたろ。」


呆れられるけど、特にやりたいこともないしな。


「じゃあ俺に付き合ってよ。」

「いいけど、どこに?」

「うまいもの探し!」


駅の反対側へずんずん歩き出した二川君についていくと、裏通りにはいり、赤レンガのカフェの前で立ち止まった。


「わぁ、いい匂い・・・!」

「アップルパイの焼ける匂いかな。」


林檎の良い香りが、外まで漂っている。

お店の扉で揺れている、木のプレートを読む。


「アップル、ツリー?」

「うん。うちの林檎を使ってくれてて、俺も子供のころからお世話になってるんだ。一度来てみたかったんだけど、ちょっと入りづらくて」


たしかに、男子中学生が一人で入るには、ファンシーなお店かも。


「こんにちは。」


二川君がお店に入ると、奥からエプロンをつけた大柄な男性が出てくる。


「おや、二川さんところの?」

「はい」

「健人君、大きくなったねぇ!」


大きな声で言われて、二川君が照れくさそうにペコリと頭を下げる。


「お友達も連れてきてくれて、うれしいね。今日はたくさん食べて行って!」


窓際の席に通される。

赤い林檎のテーブルクロスに、リンゴの透かし柄が入ったグラス。


「か、かわいすぎる!」


木の板に赤いリボンでくくられたメニューを開くと、スイーツだけじゃなくて、食事のメニューも並んでいる。


「二川君。私、お財布に自信ないかも。」

「今日はスポンサーがいるから安心して。」

「え?」

「おじさんが、いつもご馳走してくれる子を連れてけって。」


ポケットを叩く二川君に甘えて、豚のアップルジンジャーソースを選び、二川君は林檎の唐揚げを頼んだ。


「ジンジャーってショウガだよね!どんな味だろうね!」


ワクワクしていると、二川君が笑う。


「なに?」

「いや、一葉も変わったなと思って。カレーとキュウリで大騒ぎしてたのに。」

「おかげさまで焼きそばにチョコレートソースかけられるようになりましたー」


二川君と料理をするようになって、自分の思ってたものと違うのが、思い通りに行かないことが、怖くなくなってきた気がする。


(きっと、二川君が何でも笑って、食べてくれるからだ。)


注文を終えると、周りから視線を感じる。


「二川君、やっぱり目立ってるね。」

「俺というか・・・、中学生のデートが珍しいんだろ。」

「でぇと!!?」


そういわれると、視線がどこか生温かい気がする。

いつも家で一緒にゴハンを食べるのが日常になっていて、思いつかなかった!


「男女が外でご飯を食べるとデートになるの、単純すぎない!?」

「いいじゃん、たまにはデートってことで。」


動揺する私に、二川君がそんなことを言う。


「なんか、外で一緒に食べるの……変な感じ。」

「いつもは双子も一緒だしな。」


二川君も同感だったのか、肩をすくめ、スマホを取り出した。


「さっき話してた、騙した男のアカウント、分かる?」

「えーと、星くんって言ってたけど・・・あ、これ。このイケメンのアイコンだった。」


検索画面を指さす。


「こいつ、結構女の子たちとやりとりしてるみたいだな。」

「他にも被害者いそうだよね。正体を暴いてやりたいけど・・・。」

「俺たちが書き込んでも、誰も信じないだろうな。むしろ、こっちが名誉毀損で訴えられかねない。」


ため息をつく。


「許せないのに・・・・・・。中学生じゃどうにもできないのかな。」

「いや、待って。こいつの正体つかめるかも。」


画面をスクロールしていた二川君の指が止まる。


「どういうこと?」

「見てみ、相互フォロワーに、人気VTuberがいる。」

「あ・・・友だちもそれで信頼したって言ってた。」

「今度は、俺たちから仕掛けてやろうぜ!」

「仕掛ける?」


首を傾げると、二川君がニヤリと笑う。


「《水曜日のクマ》を人気VTuberにして、コイツをおびき出す!」

「えぇっ!!」


驚くけど、二川君の瞳は本気だ。


「いまクマのフォロワーって、どのくらいいるの?」

「こいつの足元にも及ばないな。」


二川君はスマホをタップして、頬杖をつく。


「フォロワーを増やすには、メシ食ってる配信だけじゃだめそうだな。」

「えーと、人気ランキングみると、大食いとか、新作お菓子レビューとかあるよ。」

「お金かかりそうなのは却下。」

「だよねぇ。あ、アバターを美少女にしてみるとか!」

「美少女の中身は、ほぼオッサンだぞ。」

「そ、そうなの・・・?極論すぎない?」


二人で頭をひねるけど、なかなかいい方法が思いつかない。

目の前の二川君は、真剣な顔で腕組みしている。


「二川君、ありがと。」

「ん?」


二川君が顔を上げる。


「まだなんも解決してないだろ」

「それでも。多分、私ひとりじゃモヤモヤして終わってたから。」


一緒に心配してくれるのが、とっても心強くて、嬉しい。


「俺も、その友達の気持ち、ちょっとわかるんだよね。」

「そうなの?」

「転校したばかりで友達もいないときに食事の実況始めて、知らない人たちとやりとりしながら飯食う時間がすごい大事だったから。」

「そうなんだ・・・。」

「SNSで知らない人とやりとりしちゃダメ、っていうのも分かるんだけど、悪いことばっかりでもないってゆーか。難しいな。」


二川君が頭をかく。


「私も・・・友だちがSNSに私の手作りお菓子を投稿してくれたおかげで、学校じゃ分からない一面を知ってもらえて、話しかけてくれる子が増えたんだよね。」

「なかったら困る場所だよな。だから悪用する奴は放っておけない。」

「うん!」


二人で気合を入れたところで食事が運ばれてくる。


「林檎の唐揚げは、林檎のすりおろしに一晩つけた鶏肉を揚げてるんだよ。」

「うわっ!ジューシィで美味しい!脂の旨味を林檎の爽やかな酸味が駆け抜ける!もしや夜中に林檎の精が肉に乗り移ったんじゃない!?」

「ふ、二川くん・・・」


「豚肉のアップルジンジャーソースも、ただの生姜焼きじゃないんだよ」

「ほんとだ!やわらかーい!ショウガの尖った感じを、林檎がうまく中和して最高のバランスになってる!優勝!!」


二川君の食レポを聞いて、周りの人もクスクス笑っている。


さいごに実況ありがとう、なんておまけのデザートまでつけてもらって、二川君は大満足でアップルパイを頬張っていた。



食事のあと、本屋さんで気になる本をチェックして、買い物に付き合ってもらうと、すっかり日が暮れていた。

暗くなってきた道を二人で急いでいると、声をかけられる。


「あら、渡辺さんに、二川君?」


どこの綺麗なお姉さんかと思ったら、梢先生だった。

グレーのファー付きロングコートに黒いブーツで、とってもオシャレ!


「梢先生!」

「あら、文化祭の立役者のおふたりね。カフェも評判良かったし、クラスもよくまとめあげて頑張ったわね!」


いつも厳しい梢先生に褒められて、少しくすぐったい。


「でも少し出歩くには遅い時間よ。」

「買い物帰りで・・・二川君は同じマンションなんです。」

「そうなの?」


先生は、大根を抱える二川君に少し驚いている。


「そうやって二人で並んでいると、双子みたいね。それとも熟年夫婦かしら?」

「えっ!」

「ふふ、今日は寒くなるみたいだから、急いで帰りなさいね。」


楽しそうにからかう梢先生のせいで、少しギクシャクしながら帰路についた。



今夜の食事はお鍋にする。

鶏肉とお豆腐と白菜を切って、土鍋にいれるだけ。


くつくつ煮ている間に、双子にも相談してみる。


「《水曜日のクマ》、フォロワーを増やしたいんだけど、どうしたらいいかな?」

「えーっ、なんで?今のままでいいよぉ。」

「そうそう。くまが美味しそうに食べるのが癒しなんだよ!」


双子から熱弁されて、二川君は頬をかく。


「うーん。じゃあ今のままで、配信回数を増やしてみるか。」


毎日配信するようになって一週間が経ったけれどフォロワーはあまり増えていない。


「伸び悩んでるね。」

「正直、似たようなコンテンツはたくさんあるから埋もれちゃってるなぁ。」

「過去の投稿で、視聴数が一番多かったのは…… 塩おにぎり?」


二川君が自分でお米をといで、炊いたごはんでつくったおにぎりの回だ。

初めてつくったから、見栄えもよくない、塩だけのシンプルなおにぎりなのに、牛丼や映えスイーツよりも人気がある。


「あぁそれか。クマの手作りってのがウケてたな。」

「これだよ!」


イツキが大声を出す。


「クマさんがお料理をつくってるところ、見たい!」

「でも俺、全然つくれないぞ。」

「プロの料理ならともかく、初心者が料理してるところなんて見たい人いる?」


二川君と私は首をかしげるが、双子は自信がありそうだ。


「上手にできなくて、いいんだよ!」

「そうそう、クマさんクッキング!」

「まぁ他に手もないし、一度やってみるか!」


二川君もその気になったみたい。


初めてのお料理動画の配信だ。

二川君の部屋の台所にカメラをセットして、慎重に変なものが映りこまないようチェックする。


「オムレツとか、どうかな?簡単だよ。」

「俺、卵を割る自信がないな……。もっと簡単なのがいい。」

「うーん、お米はこないだ炊いたし、そうだ、スパゲティを茹でるとか?」

「それならできそうだな!」


そして配信当日の水曜日、タブレット画面の前で双子と待機する。


「そういえばニーサン、一人で料理するのはじめてじゃない?」

「大丈夫かな?」

「スパゲッティはお湯をわかして、茹でるだけだから!」


一人前100gに対して、お湯を1リットル沸かす。

沸騰したお湯に塩を一つまみ入れて、お鍋の真ん中で麺の束を離す。

時々かきまぜて、時間になったらザルにあげればOK!

レトルトのソースと混ぜれば簡単にスパゲッティの出来上がりだ。


「あっ、始まったよ」


水色のクマが、ぽよぽよ手を振っている。


『もぐもぐうまうま、僕くまだけど!今日はクマのお料理、クマッキングをお届けするクマ!記念すべき第一回は、スパゲティをつくるクマ!』


「待って、なにあの鍋!!!」


犬のお風呂になりそうな、巨大な寸胴鍋がコンロにかかっている。


「スパゲッティ一人分茹でるだけなのに、あんなにお湯いらないよ!」

『クマ、何を茹でる気なんだ』

『その水の量、配信中にお湯を沸かすところまでいける・・・?』


コメント欄もざわついている。


案の定、全然お湯にならず、クマはしょぼんと小さな鍋でお湯を沸かしなおす。


『さぁ、お湯も沸いたし、スパゲティをおなべでゆでるクマ!』


クマは麺の袋を開け、そのままひっくり返した。

5~6人分はありそうな麺がこぼれ、鍋から溢れている。


「えぇー!いれすぎ、いれすぎ!」

『あれ、鍋に入りきらないクマ?うーん、お鍋が小さかったクマ。』

「ちがう!多いのは麺のほう!っていうか、早くかきまぜて!」

『このまま7分待つクマ!』


そういうとクマは、じっと鍋の前で動かなくなった。


『え?これ配信とまってないよね?』

『ゆだる鍋をみつめるクマ、シュールすぎるよ。』


リスナーの不安げな声がはいる。

私も急いでコメント欄にチャットを入れる。


『クマさん、おなべかき混ぜて!』

『なになに?おなべを?』

『スパゲッティがくっついちゃう!』

『はて、何を使って、かきまぜたらいいクマ?』


そうだ、二川君の家の台所には菜箸もトングもないんだった。

仕方ない。


『今のうちにパスタソースを、用意したら?』

『あっ、そうそう、今日はレトルトのソースがあるクマ!えーと、湯せん?お湯につけてあっためるクマ?』


クマは膨れ上がっているスパゲッティの鍋に、ソースを袋から開けて注ぎ込んだ。


「ち、ちがうよ!!ソースは袋のままお湯であっためるんだよ!!」

『おい、クマまさか料理初心者か。』

『冗談だと言ってくれ!!!!』


フォロワーたちがザワつく中、スパゲティのタイマーが鳴る。


『そういえば、これ……どうやって引き上げるクマ?』


ああああ、二川君の家には、ざるもなかったんだぁああ!

双子と頭を抱える。


『このままお湯だけ流して、鍋ごと食べればおっけークマ!』


めげないクマはシンクの上で鍋を傾ける。


『あちちちち!!!』


ザーッとお湯とともにスパゲティが流れていく。


『あ~ああ~!どこにいくの~!』


クマはターザンのような悲鳴を上げ、フォロワーたちは完全に沈黙している。


肩を落としたクマは、鍋の底に残っていたスパゲティを食べ始めた。


『なんかスパゲティが、小麦粉の粘土になってる……クマ?』


茹でるときに麺をかき混ぜなかったから、でんぷんで麵がくっついてるんだ。


『おかしい…ソースの味がしないクマ。クマは一体、何を食べているクマ?スパゲティはどこにいったクマ?』


クマの様子に、フォロワーたちが慄いている。


『スパゲティ茹でるのって命がけなんだな。知らんかった。』

『ただ茹でるだけ料理なのに、ひとつも正解してない』


悲しそうに鍋を見つめる水色のクマに、リスナーもざわついている。


『味が・・・しないクマ』

「ゆで汁の中にソースを入れたからだよ・・・」


チャットを開いて打ち込む。


『冷蔵庫に、いいものみっけ!』


クマが大事そうに持ってきたのは、卵。


(あれ?卵が割れないって言ってたよね)


嫌な予感しかしない。どうする気?


『今から卵をレンジでチンして、ゆで卵にするクマ!』

「ぜったいやめて―――!」


タブレットの前で絶叫する。


「生卵をそのままレンジで加熱したら、破裂しちゃうよ!」

「レンジ壊れちゃう?」

「家、爆発しちゃう?」


双子も不安そうだ。


『レンジで生卵を温めても、ゆで卵にはならないから!』

『クマ、やめろ!』


みんなで必死に止めるけど、クマはレンジ操作をしてるのかコメントに気づかない。


(あーもう、仕方ない!)


隣の部屋に、乱入する。

双子がぶちっとカメラの配線を抜いている間に、私はレンジへ駆け寄る。

ギリギリセーフ。


「あれ?どうしたの?」

「ねぇちゃん。自炊コンテンツは、無理筋だね・・・」

「そうね。甘かったわ。」


きょとんとしている二川君に、私たちは深くため息をついたのだった。


─── ところが。その日の配信が「#ありえない料理初心者」としてバズり、一夜にして《水曜日のクマ》はフォロワー数を十倍以上に伸ばした。


『さすがに生卵をレンチンはあかんやろ。クマ生きてるか。』

『クマッキング、次はちゃんとつくれるかな~。』

「ふはは、料理初心者をなめるなよ!」


コメントを見ながら、二川君は開き直っている。


「なんか思ってたバズり方と違うけど・・・。」

「次はなににしようかな!」

「えっ、まだお料理配信するの?」

「もちろんだ!」


驚いて聞き返すと、二川君はこぶしを握る。


「なんで上手くいかなかったんだろうな。」

「色々あるけど、麺の量が多すぎたんだよ。親指と人差し指を丸めた穴に入るくらいの量が一人分だよ。」

「このぐらい?」

「ちがう。」


眼鏡のような大きな丸をつくる二川君に、首を振る。


「おねぇ。次はクマの横についていた方がいいよ」

「そうだな、一葉も出ないか?」

「えっ!!ライブ配信なんて・・・できないよ。」

「なんで?」

「人前で話すの苦手なのに、不特定多数の前でなんて・・・震える!」

「じゃあいい練習になるな。一葉は、どんなクマがいい?」

「二川君!!」


二川君は新しいクマのデザインを早速、紙に書き始める。


「おねぇ。クマがスパゲティ作れるように、お手伝いしてあげて!」

「ねぇちゃんが見てないと、危ないって。ケガするよ。」


たしかに湯切りでやけどした親指はまだ痛そうだ。


「うぅ、じゃあ一回だけだよ。」



『もぐもぐうまうま、僕くまだけど!みんな~、前回の手に汗握るクマッキングはどうだったかな?今回は助っ人に、水玉のクマを読んだクマ!』

『どうも、水玉のクマじぇす。』


緊張で声が裏返る。

今回は、双子が見届ける中、我が家で撮影中。


『クマの友だちだ。水玉模様、かわいー』

『頼む、クマに料理を教えてやってくれ』


そんなコメントが目に入り、少しホッとする。


『今日は、たらこスパゲティに挑戦するクマ!』

『前回は上手く茹でられなかったということで!秘密兵器をお持ちしました!』


取り出したのは、空の500mlのペットボトル。


『なにあれ、ペットボトルに見えるけど・・・どういうこと?』

『クマ、それは水を飲むものなんだぞ。』


リスナーもざわついている。


『分かったクマ!これでスパゲッティを茹でる水の量を測るクマ!』

『それだけじゃなくて、一人分の麺の量も測れます!』


ペットボトルの口に、スパゲッティの麺を詰め込む。


『これが大体一人前の100g。』

『そんなに少ないクマ?クマいっぱい食べたいクマ。』

『茹でると水分を吸って膨らむから、大丈夫だよ!』

『それ、信じていいクマね……?』

『重いよ!麺100gに対して、必要な水が1Lなので。』

『ペットボトル2杯分クマね!へぇ、わかりやすいクマ!』


ペットボトルで計量した水を、コンロにかける。


『沸騰したら、塩を入れます。』

『塩?なんでお湯に味をつけるクマ?』

『塩を入れてからゆでると、麺にコシが出て、くっつきにくくなるよ。』

『なるほどクマ!塩はどのくらい入れるクマ?』

『塩はだいたい、ペットボトルの蓋、すり切り一杯分。』


塩を入れたお湯で、麺を茹で始める。


『茹でている間に具の用意をするよ!ボウルに、たらこの皮をむいてくれる?』

『それならできるクマ!』


こうして、無事にたらこスパゲティ回の配信は終わった。



「どうだったかな?」


簡単すぎて、つまらなかったんじゃないかな。

双子に尋ねると、ぐっと親指を立てて、コメント欄を見せてくれる。


『水玉のクマとのやりとりが面白いwww』

『ペットボトルで全部、計量できるんだ!』

『ほんとに秘密兵器だった。疑ってごめん。』

『最近一人暮らし始めたんだけど、これなら作れる気がしてきた。』


拍手の絵文字で埋まっている。二川君と顔を見合わせて、ホッとため息をつく。


「一葉、ペットボトルはすごい分かりやすかった。」

「人によって感覚が違うもんね。」


文化祭のときの経験が役に立ったみたい。


「俺みたいに、料理したいけどどうやって始めればいいか分からない奴って結構いるのかもな。基本的なことって人には中々聞けないし。」

「役に立ってたらいいな。」

「お、次の料理のリクエストがきてるぞ。」

 

結局、一回限りのはずが、水玉のクマとして時々ヘルプすることになった。

目玉焼きとかお味噌汁とか、基本のお料理をリスナーの質問に答えながら、つくっていく。


『ぎゃ!砂糖と塩を間違えておにぎり握ったクマ!』

『あー・・・。砂糖は三温糖にすると茶色いから、塩と間違えなくていいよ。』


『さすが水玉の方!』

『水玉の中の人、おばあちゃんだな』


『おばあちゃんの知恵袋だクマ!』

『え』


回を増すごとにフォロワーが増えていき、お悩み相談も増えてきた。

最近は本来の目的を忘れて、みんなでお料理するのを楽しんでいる。


そして、大鍋屋に大きな七面鳥が並び、ジングルベルが流れるころ───

《水曜日のクマ》は、新人V Tuberとして注目されるようになっていった。



「一葉、DMの返事がきた。」


真帆を騙したV Tuber・星くんと連絡がとれたと、二川君がスマホを振る。


「ほんと?」

「うん、直接会おうって。」

「場所は?」

「こっちが決めていいって。『林檎の木』で会うことにしよう。あそこなら何かあってもおじさんたちがいる。」


やっと真帆を苦しめたミーチューバ―の正体がつかめるんだ!

対決の日は、年内最後の土曜日・・・クリスマスイブだった。


双子をアキラちゃんに預かってもらい、二川君と二人で窓際のソファに座る。


「どうしよう、チャラついたヤクザみたいな人だったら。」

「絶対、ロリコンの気持ち悪いオヤジだぜ。一葉、気をつけろよ。」

「いや二川君こそ気を付けた方がいいのでは……。」


緊張して待っていると、肩を叩かれた。


「ひゃっ!」

「こらこら、こんなところで中学生がデート?」


振り向くと、意外な人が立っていた。


「梢先生!」


いつもまとめている髪をまっすぐにおろして、黒のワンピースにパールをつけた先生は、とっても上品でおしゃれ。これからデートかな。


「ここ、いいかしら?」


向かいの空いている席に、梢先生が座ってしまう。


「あの、ここは知り合いのお店で。今日はちょっと、人と待ち合わせを」


焦って否定すると、梢先生はにっこりと笑った。


「そう。SNSで知り合った人と会うのは褒められないけど、ちゃんと大人のいる場所で会うのは良いことね」

「はい!・・・あれ、どうしてそれを?」


疑問を顔に出すと、梢先生は私たちを見て、目を細める。


「初めまして、水曜日のクマさん。私が、星くんよ。」


(────星くんの正体が、梢先生?)


絶句した私たちをみて、梢先生はふふっと笑った。


「正体を突き止めたご褒美に、今日はおごるわ。あら、どれも美味しそうね。」


梢先生は、ケーキセットを2つとアップルティーを1つ注文した。


厳しいけど、生徒ひとりひとりを見てくれている梢先生が、甘いルックスと言葉で女の子たちを騙す星くんだなんて、結びつかない。


「先生がどうして男子高校生のふりなんて……。」


二川君もショックだったのか、絞り出した声はかすれている。

梢先生は私たちの顔をみて、真面目な顔で言う。


「本物の危険から守るためよ。」

「守るって・・・」

「先に危ない目をみせておけば、トラブルに巻き込まれないってことですか?」


二川君が険しい顔で確認する。


「ええ。これに懲りて迂闊な行動はしなくなるでしょ。どれだけ危ないって注意をしても、みんな自分は大丈夫って思いこむんだから。」


梢先生は綺麗な指先で、林檎のティーカップを撫でる。


「でも、ここまでやらなくても!真帆、やりとりをすごく楽しんでたんです。」

「犯罪者は、友達のような顔をして近づいてくるの。」


先生はアップルティーに蜂蜜を入れてかき混ぜる。


「毎年。夏休み明けに被害にあって泣く生徒がいるの。SNSのたった一枚の写真で見知らぬ人からストーカーされて、学校に来られなくなった子もいたわ。」


二川君は自分もストーカー被害にあっていたからか、複雑な顔をしている。


「SNSの失敗は、取り返しがつかないのよ。どれだけ後悔しても、謝っても、一度ネットに出た情報は独り歩きをして、消せないし止められないの。」

「それは、そうかもしれないですけど。」

「あなたたちのことだって、すぐに特定できたわ。」

「え・・・・・・。」


二川君と顔を見合わせる。


「先生は俺たちの正体に気付いてたんですか?」

「そんな、身元がバレるようなことなんて。」

「簡単だったわよ。」


先生は指を立てる。


「まず、配信時間。学校の行事がある時期になると遅い時間に配信していたから学生かなと思ったの。」


いつも準備出来たら配信してたから、気にしたことがなかった。


「あとは料理動画ね。調味料が大鍋屋オリジナルだったから、すぐに地域が特定できたわ。」

「調味料・・・!」


そんなところまで見てるなんて。


「それに換気扇の位置。初回配信だけ台所の換気扇の位置が少し違ってたから、同じマンションで別の部屋に住む二人組なのかなと思って。この周辺のマンションの賃貸情報を画像検索したら、マンション名までヒットしたわ。」

「えっ……。」


それだけのことで?ゾッとする。


「決定的だったのは、シンクに映りこんでいたエプロンね。拡大したら、文化祭のときに渡辺さんがつけていたエプロンだと確認できた。」


鏡や反射して映ったものは画像処理できないんだった。


(迂闊だった。)


制服を着ていたら、すぐに学校まで特定できただろう。


梢先生に言われて、自分たちの甘さに気付く。


「画面の向こうには、本物の犯罪者がいるのよ。顔も住まいも簡単に特定できる」


画面の向こうから無数の目が私を見ているような気分になり、ゾッとする。

私が黙り込むと、二川君が口を開いた。


「僕はどこにも居場所がないとき、水曜日のクマを始めました。自分のことを勝手に決めつけて噂する現実よりも、知らない人ばかりのSNSのほうが、ずっと僕が僕らしくいられる場所でした。」


二川君の言葉を、梢先生はじっと聞いている。


「そうね、SNSは悪いことばかりじゃないわ。たくさんの人や価値観と出会えることはきっと大切なこと。でもその良し悪しを判断するには、君たちは若すぎる。」

「それでも・・・失敗しても、後悔しても、こんな形で、挑戦する機会を奪わないでください!」


二川君の訴えに、先生の目に初めて動揺が浮かぶ。


「私はあなたたちを守りたくて・・・」

「先生、私たちを守らないでください。」

「え・・・?」

「手の届かないところへ取り上げないでください。禁止するより、SNSの戦い方を教えてください。私たちは、自分の力で歩く方法を知りたいんです。」

「自分の力で・・・?」

「すっごく頼りないと思いますけど、信頼してほしいんです!」


梢先生を見つめると、ふと、優しい遠い目をする。


「実は、私も学生の頃に友だちと配信をやってたのよ。」

「先生が・・・?」

「でも一人の粘着質なファンのせいで、めちゃくちゃになったの。家にまで押しかけられて大変だったわ。今も私の名前を検索すれば、削除依頼しても消してもらえない古い掲示板に酷い言葉がのってる。」


梢先生は綺麗な顔をゆがめる。


「教師にはスカートが短かいせいだと怒られて、ストーカーには俺に笑顔を見せただろって勘違いされて。とってもみじめで悔しかったの。だから・・・学生には私みたいになってほしくなくて。」


梢先生は両手を温めるように、ティーカップを持つ。


「君たちを──《水曜日のクマ》をみていたら、久しぶりに配信を始めたばかりの時のことを思い出したわ。」


先生はアップルティーを飲み干し、にっこりと微笑んだ。


「本当は今日、V Tuberを辞めるよう説得に来たんだけど。あとは二人の判断に任せるわ。」

「・・・はい。」


梢先生が立ち上がった。


「信じられないかもしれないけど、生徒たちをトラブルから守りたいのは本当よ。」

「先生が生徒想いなのは、知ってます。」


梢先生は驚いた顔をする。


「いつもと全然違う私たちに気付いたのは、きっと先生だったからです。」


そう言うと、先生の瞳が初めて悲しそうに曇った。


「傷つけて・・・ごめんなさい。」


そういうと先生は席を立った。


「ひとつ元配信者としてアドバイスするわ。ライブ配信は、必ず決まった時間にすること。帰宅時間や家にいない時間が予測されるから危ないのよ?」

「・・・はい。ありがとうございます。」


二川君が頭を下げると、梢先生は小さく笑い、メリークリスマス、とつぶやき去っていった。

梢先生が見えなくなり、二人でふーっと息を吐く。


「まさかだったな。」

「ね。」


ソファにもたれかかった二川君が尋ねる。


「どうする、皆に正体バラすか?」

「うーん・・・。」


梢先生が私たちを心配してくれてたのは、よくわかった。

でもどこか裏切られた気持ちが残る。


先生は正しいのかもしれないけど、先生が真帆を傷つけたのは事実だ。

好きなオシャレできなくなるくらい。


(恋した相手が最初から全部嘘でつくられてたなんて、悲しすぎる。)


「梢先生は、今日どうして私たちに会いに来たんだろう。《水曜日のクマ》が私たちだって分かってるのに。」


それが先生の誠意だと、思いたい。


「私、梢先生のことが好きだけど、先生のしたことは大嫌い。」


なにが正しくて間違っているのか、なにが良くて悪いのか、頭がぐるぐるする。

うつむいていると、二川君が低い声で話始める。


「俺、他人って、好きか嫌いかどっちかだったんだ。家族や友だちは好きで、あとは嫌い。」


出会ったころのピリピリした様子や、学校での人を寄せ付けない雰囲気を思い出す。


「でも最近、好きか嫌いか白黒つかないことが多い。好きじゃないけど嫌いでもなくて、好きと嫌いが自分の中でぼやけて広がってく感じ。」


隣を見ると、夜空のような瞳と目が合う。


「多分それは・・・一葉のおかげ。」

「私?」

「いろんな見方を教えてくれたから。」


二川君は私を強く見つめる。


「俺は東京の生活が受け入れられなくて、ずっとストーカーのせいだって恨んでた。でも、一葉は自分で今の生活を選んだって言った。自分の力で周りの人を幸せにするために選んだって。」

「傲慢・・・だね」

「俺もそう思うようにしたら、なんか少し気が楽になって。ものの見方が変われば、好き嫌いも変わってくのかなって。」


好きと嫌いじゃ割り切れないものがあってもいいのかな。


(きっと林檎みたいに、切り口で変化していく)


矛盾する気持ちを抱えられるようになるは、まだ時間がかかりそうだけど。


二川君と黙って、目の前にキャラメルの香りがするケーキが出てきた。


「お待たせしました!タルトタタンだよ。」

「すごい!林檎がぎっちり!」


タルト生地の上で、透き通るようなキャラメルのドームに林檎が閉じ込められている。


「タルトタタンは林檎を上にのせるんじゃなくて、底に敷き詰めてから、ひっくり返すんだ。」

「ひっくり返す・・・?」

「そう、世界最高の失敗作って言われてるんだよ。」

「こんなに美味しいのに!?」


一口食べた二川君が叫ぶ。


「なんでもタルトをつくろうとして、生地を入れ忘れてしまって林檎を焦がしてしまった失敗から生まれたとか。」

「へぇ。」

「失敗しなきゃたどり着けない味ってことだよ!」


オーナーは私たちににっこり微笑み、温かい紅茶のおかわりを注いでくれた。


冷たい林檎のケーキはとても美味しかったけど、焦げたキャラメルソースが、少しだけ、ほろ苦かった。

 


翌日、みんなでクリスマス会をした。


真帆と太田君も呼んで、プレゼント交換もした。

私は太田君が選んだ雪だるまのマグカップが当たった。可愛くて嬉しい。


途中で、アキラちゃんも顔を出してくれた。


「はい。クリスマスプレゼント」


開くと、双子とおそろいの新しいエプロンが入っていた。


「ありがとう!アキラちゃん!」

「一葉に喜んでもらえるのが一番うれしいね。」

「~~~!アキラさん、勝負だ!」


二川君がボードゲームを持ち込んで、アキラちゃんに勝負を挑む。

パーティは盛り上がり、陽が暮れるまで続いた。


(・・・・・・寝付けない)


興奮しすぎたせいか、ホットミルクでも飲もうと双子を起こさないようベッドを抜け出す。


真っ暗なリビングでミルクを温めている間ベランダに出ると、隣のベランダで二川君が星を眺めていた。


「あ、二川君。まだ起きてたの?」

「一葉こそ。その恰好じゃ寒いだろ。」


二川君が慌てて着ていたカーディガンをベランダ越しに渡してくれたので、大人しく借りることにする。


「ちょうどよかった。」

「え?」

「ポケット見てみて。」


カーディガンのポケットを探ると、小さな袋があった。

二川君に言われてそのまま袋を開くと、中には可愛い髪留めが入っていた。


「うわぁ……!」


淡いチュールが重なったリボンの中に、小さな星のチャームが揺れていて、とっても素敵。見とれていると、二川君がつぶやく。


「それ、クリスマスプレゼント。」

「えっ、私なにも用意してないよ!」

「いいの。俺があげたかっただけだから。」


二川君は照れくさそうに星を見上げている。


「嬉しい。こんなかわいい髪留め、初めてだよ。ありがとう。」


流れ星が手のひらに落ちてきたみたい。

胸のあたりがあたたかくて、ふわふわする。


胸元でギュッと抱きしめると、二川君はクスリと笑う。


「文化祭の髪型も、似合ってた・・・可愛かった、から。」


二川君の瞳は、冬の夜空よりキラキラと眩しくて。


寒いのに、頬が、じわじわと熱を持つ。

きっと二川君のことだから深い意味はないんだろうけど!


(どうか二川君にはこの顔、見えていませんように。)


「一葉・・・俺は」

「あっ、私ミルク温めてたんだ!おやすみ!」


急に恥ずかしくなって、逃げるように部屋に戻る。

ホットミルクを飲んでも、ふわふわする気持ちが続いて、その夜は久しぶりにいい夢を見た気がした。



こうしてイベント盛りだくさんな二学期が終わった。


冬休み前の終業式で、梢先生が登壇する。


「万が一、SNSの知らない人に会いたいと言われても、おうちの人に黙って会わない。おうちの人に知られたくないなら、先生たちが一緒に行きます。なにかと理由をつけて、未成年と二人で会いたがる人とは絶対に関わりを持たないように。」


夏休みのときよりも、実際に怖さを知った今は、梢先生の言葉が重たく聞こえる。


「SNSは大人でも騙されます。悪い人が騙すつもりで近づいてくるのですから、あなた方が騙されて当然です。なにかおかしいこと、嫌なことがあればすぐ逃げる。そして大人に相談する。いいですか?これは先生からのお願いです。皆さんを守るために、どうかお願いします。」


梢先生は最後に頭を下げて、壇上から降りた。


「梢先生、いつもとちょっと違ったね。」


帰り道、真帆がぽつりと言う。


「そうだね。」

「私、しばらくSNSはいいかな。やっぱりリアルのほうが私はいいみたい。」


真帆は、ぎゅっと私の腕にしがみついてくる。


「真帆、冬休みはいっぱい遊ぼうね。」

「うん、おうちに遊びに行きたい。双子ちゃんたちにも会いたいし!」

「うん。スケートも、初詣もいこう!」

「いいね!遊ぼう、遊ぼう!」


真帆としゃべりながら、冬の空の下を肩を寄せ合って歩いた。

静かに一年が終わろうとしていた。


【第一部・完】

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いっしょにごはん 虎之介 @toragohan

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