第3話 なにこれ?悪魔のお子様ランチ
夏休みが終わると、運動が苦手な私にはゆううつな時期。
そう、体育祭だ。
雨よ降れと願うも祈りは届かず、快晴の中行われた体育祭は、二川君がリレーに騎馬戦に大活躍を見せ、学校中のハートを鷲掴みにして終了した。
そして夏が終わり、本格的に秋がやってきた。
「おねぇ、みてみて~」
大鍋屋に飾られたハロウィンの大きなかぼちゃを、イチカがふざけてかぶる。
「こら!お店のものに触らないの!」
「あれ?ぬ、ぬけない~~~!!」
「本当だ。引っ張ってもとれないぞ、イチカ」
「うそでしょお!!」
カボチャが外れなくなったのは、笑えない笑い話である。
そして今日は秋のメインイベント、文化祭の実行委員を決める日だ。
「誰か、立候補いない~?」
ホームルームで学級委員の小田さんが困ったように尋ねると、みんな下を向く。
「真帆は?太田君は、どう?」
小田さんはムードメーカーの二人に話を振るけど、二人とも難しい顔をする。
「テニスの大会が近くて。練習しないとダブルス組んでる子に迷惑かけちゃうから」
「俺も部活が忙しいんだよな。」
「うーん。あっ、そういえば、渡辺さんは部活やってないよね。」
小田さんが二人の間で、小さくなっていた私に気付く。
「う、うん、でも。」
「お願いできないかな?放課後、時間あるよね?」
「え・・・」
クラスの人たちの目が集まって、断りにくい。
担任の先生も頷いてるし。
「う、うん・・・分かった。」
「渡辺さん、ありがとう!」
なんとかなる、かなぁ。不安しかない。
「じゃあ、あと一人誰かいない?」
「なら俺がやるよ。」
すぐに太田君が手を挙げてくれた。
誰も組んでくれなかったらどうしようかと思ってたから正直、とっても心強い。
両手を合わせて太田君を拝むと、ニカッと笑ってくれる。
早速、放課後に実行委員の集まりがあるというので、太田君と一緒に別棟の大教室へ向かう。
(今日は特売だったのに、スーパーに寄るのはあきらめなきゃ。)
冷蔵庫に何かあったかなと考えていると、太田君が申し訳なさそうに頭をかく。
「ごめんな。俺が部活忙しいとか言ったから、渡辺に押し付けるみたいになって。」
「ううん!太田君こそ部活は大丈夫なの?」
「まぁな。なるべく楽で、手間がかからなさそうなのにしようぜ。」
「とってもいい考えだと思います!」
大教室には、すでに学生が集まっていた。
去年から連続でやっている人も多いみたいで、ワイワイ話がはずんでいる。
入口で受付をしていた梢先生が声をかけてくれる。
「あら、3組は渡辺さんと太田君なのね。」
話したことないのに、私の名前を覚えている梢先生にびっくりする。
「二人とも放課後忙しそうだけど、頑張ってね。」
放課後が忙しいのも、知ってたんだ。少し嬉しくなる。
分厚い資料を受け取り、空いている席を探していると、太田君が声をあげる。
「あ、二川だ。」
太田君は体育祭で二川君と仲良くなったらしく、親し気に話しかける。
「なんだよ、だるそうだな、お前も押し付けられたの?」
「そう。」
疲れた顔の二川君は、こっそり反対側の席にアイコンタクトを送る。
目線の先には、お人形さんみたいに可愛い女の子がいた。
「藤崎とペアで実行委員やるのか。」
「俺と一緒にやるって聞かなくて。押し付けられた。」
二川君はため息をつく。あの女の子が藤崎さんか。
あれ、前に手作りクッキー渡したって噂になった子かな。
太田君もなにかを察したのか、二川君の肩を組んで大きな声を出す。
「なぁ、二川。うちのクラスと合同でやろうぜ」
「それいいな!なにやる?」
二川君は、太田君の誘いに嬉しそうにのる。
その会話は藤崎さんにも聞こえたようで、こちらを不満そうに睨んでいる。
「去年はどんな出し物があったんだ?」
資料の中から去年のパンフレットを探して、開く。
「えーっと、展示発表が多いかな。あとは巨大迷路に縁日、喫茶店とか」
「展示発表なんてつまらないのはダメよ!」
やる気に満ち溢れた藤崎さんが、唇をとがらせる。
「どうせやるなら、喫茶店がいいな。」
食べることが好きな二川君が呟くと、藤崎さんの目が輝く。
「イケメンカフェ!想像しただけで高まりますわ!」
「おい」
「こんなイケメンがいるなら、女子がたくさん集まりそうだな!」
「え~!私も給仕してほし~!」
近くにいた先輩たちも話に加わり、盛り上がっている。
「ちっ、顔がいいやつは羨ましいな。」
誰かが吐き捨てた声が聞こえる。
(二川君・・・・・・)
様子を伺うと、イケメンと騒ぐ周囲をさめた目で見ている。
いつもと違う・・・氷みたいに冷たい瞳だ。
それを見た瞬間、思わず立ち上がっていた。
「あ、あのっ!」
「なに?文句あるの?」
藤崎さんが目を吊り上げるので、少し怯んでしまう。
「えっと、喫茶店はいいと思うんだけど、二川君に負担がかかるのは・・・。」
「イケメンは皆の宝でしょ?あなた独り占めしたいの?」
「そ、そうじゃなくて!もっと違う感じにしない?」
「例えば?」
聞かれて、言葉に詰まる。
(えっと、二川君の顔が目立たないような・・・。)
ふと、かぼちゃをかぶったイチカを思い出した。
「例えば、そう、皆でハロウィンの仮装して接客するとか!」
「いいね。イケメンカフェより、そっちのほうが面白そう!」
太田君が、明るい声で乗ってくれる。
「仮装?ふぅん、二川君のコスプレ姿は見たいかも。いいわね。」
藤崎さんが頷き、二川君もホッとしたのか小さく息を吐く。
「ハロウィン喫茶?楽しそうね!」
梢先生も、後押ししてくれる。
「ただその分、準備は他のクラスより大変よ。覚悟して計画的に進めなさいね!」
「じゃ文化祭まで時間もないし、役割分担して進めようか」
ラクしたがっていたはずの太田君が仕切ってくれる。
「衣裳班と調理班に分かれるか?」
「私は二川君と衣装を担当するわ。あなたたちはメニューを考えてちょうだい!」
前のめりな藤崎さんに二川君の顔が引きつったのをみて、太田君が助け舟を出す。
「教室の飾り付けも必要だろ!俺と二川で会場装飾を担当するよ。」
「賛成!!」
二川君が手を上げ、藤崎さんは残念そうだけど、高らかに宣言する。
「衣装は任せてっ、二川君に最高の衣装を用意するわ!」
「おいおい、二川の分以外も頼むぞ。」
「もちろん。渡辺さん?あなたも最高のメニュー考えなさいねっ。」
「う、うん。」
次回、アイディアを持ち寄ることにして今日は解散する。
部活に行くという太田君と別れ、ひとりで歩いていると二川君が追いかけてくる。
「一葉!」
「二川君。なんか面倒なことになってしまって、ごめんね。」
「いや、イケメンカフェで見世物になるより、ずっといい。助かったよ。」
(よかった、いつもの二川君だ。)
髪をかきあげる二川君に安心する。
「それよりメニューは、大丈夫なのか?」
「うん、考えてみる。」
「じゃあ、試食は任せてくれ。」
二川君はぺろりと舌を出した。
◇
試食は、日曜日の夜になった。
私が準備したのは、マカロンとミニドーナッツ。
オーブンの天板に並んだマカロンに、溶かしたチョコレートで、おばけの顔を書いていく。ミニドーナッツには、粉砂糖をふって、目玉に見立てる。
「わぁ、かっわいい!」
「おもちゃみたい!」
「図書館でお菓子の本を借りて、ハロウィンらしくアレンジしてみたんだ」
「すごいな、食べるのもったいないくらいだ。」
双子が歓声をあげ、二川君も褒めてくれる。
「「「ぱくぱくもぐもぐ、いただきまーす」」」
三人は合唱すると、すぐに手を伸ばす。
「おねぇ、おいしいよ!」
「僕、このクッキー好き!」
「それはマカロンっていうんだよ。」
「こんな夢みたいなおやつ、王様になった気分だな!」
甘いものが好きな二川君も、幸せそうな顔で食べている。
お皿の上に山盛りだったスイーツは、あっという間になくなってしまう。
「朝から時間かけて用意しても、なくなるのは一瞬だね。」
「そうなのか?」
「うん、マカロンは特に卵白を冷やしてから泡立てなきゃいけなかったり、細かい工程を守らないと、ヒビがはいっちゃうんだ」
それを聞いた二川君は、お菓子を持ったまま、考えこむ。
「文化祭で出すなら、もっと簡単なほうがいいんじゃないか?」
「え?」
「お前みたいに料理ができるやつばっかりじゃないだろ」
「あ・・・そうか。作りやすさは考えてなかった。」
文化祭は、みんなでつくるんだもんね。
「火の使用も、許可がとれるか確認しないとだな。」
「そうか・・・揚げ物は厳しいかも。うわ、私、全然ダメだぁ。」
自信があっただけに、ショック。
文化祭用のメニューは考え直さないとだめみたい。
「俺も一緒に考えるよ」
「ううん、これは私の仕事だから」
「でも」
「自分で決めたことは、ちゃんと自分でやりたいんだ」
心配そうな二川君に、大丈夫、と笑い返した。
◇
翌日。メニューが思いつかず、教室でうなっていると真帆が声をかけてくれる。
「一葉、どうしたの?文化祭は、仮装カフェに決まったんでしょ?」
「うん」
「二川君のクラスと合同だって?でかした!」
イケメン好きな真帆は、ガッツポーズで喜んでいる。
「今メニュー考えてるんだけど、使える調理器具に制限があって。」
「それは料理上手な一葉でも、苦戦しそうだね」
「あ、そうだ。これ試作品。」
昨日のおばけマカロンと目玉ドーナッツを、リボン付きの袋に入れて渡す。
「わぁ、めっちゃ可愛い!これ、SNSにアップしてもいい?」
「うん」
「一葉はなんの仮装するの?」
「つくるのに邪魔になるから、調理班は仮装しないの。」
「そうなの?髪型だけでも、ちょっと変えてみたら?」
「いいよ、裏方だし、いつものままで。」
「一葉はアップも似合うと思うよ!ダンスも、誘われるかもよ?」
「ねぇ、また悪い癖が出てる~!」
そういうと真帆はイヒヒと可愛らしく笑う。
文化祭の終わりは、キャンプファイヤーの周りでフォークダンスをするのが恒例らしく、恋の予感!と真帆は気合いが入ってる。
「そういえば、チャットしてたイケメン高校生は?」
「続いてるよ!愚痴聞いてくれたり、優しいんだぁ。好きになっちゃったかも!」
真帆はすっかり恋する乙女の瞳だ。
最近ますます、オシャレに熱が入ってると思った。
「会ったこともないのに、恋?」
「やりとりしてると楽しいし、私のこと理解してくれてる感じがするんだよね。」
「ふぅん。」
「一葉は、気になる人いないの?」
「メニューのことで頭がいっぱいだよぉ」
「恋より団子だね」
ため息をつくと、真帆は明るく笑った。
◇
放課後、ふたたび実行委員の四人で集まる。
「衣装を考えてきたわ!」
藤崎さんが意気揚々と大きなスケッチブックを開く。
中には、王子様、吸血鬼、魔女と、とっても素敵なデザイン。
「わぁ、ロマンチック!藤崎さんが描いたの?」
「そうよ。二川君の素晴らしさを引き出す衣装を考えてたら、朝になってたわ」
「こんなの自分たちでつくれるのか?」
「もちろん!二川君のために女子総出でやるわよ!!絶対、仕上げるわ!」
藤崎さんの血走った眼に、二川君の顔が引きつる。
「メニューはどうなってるの?」
藤崎さんに言われて、さっき教室で書いた手書きのメニュー表を差し出す。
「焼きそば、クレープ、クッキー?なんだかありきたりなメニューね。」
「お祭りっぽいけどな。」
「つくりやすくて、いいんじゃないか。」
「これじゃ全然、映えないわ!」
太田君と二川君がフォローしてくれるけど、藤崎さんは不満そうだ。
「あの、私、もうちょっと考えてみるね。」
「明日までにお願いね!」
「う、うん。」
藤崎さんに頷いたものの、何も思いつかない。
(どうしよう・・・)
二川君は打ち合わせが終わるなり席を立ち、どこかへ消えてしまった。
ため息をつきながら夕食をつくっていると、スマホが鳴った。
(あ、二川君だ。)
チャットを開くと、『水曜日のクマ、みて』とだけ書いてある。
(あれ?今日は月曜日なのに)
了解スタンプを送って、ミーチューブをつける。
「あれ、《水曜日のクマ》がライブ配信してる。」
双子も不思議そうに、画面をのぞき込む。
『もぐもぐうまうま、僕くまだけど!水曜日じゃないけど、水曜日のクマだよ!』
水色のクマが、ぱたぱたと手を振っている。
『今度クマたちでハロウィンパーティーをするんだ!みんなのハロウィンメニューを教えておねがいクマ!』
「パーティー?」
双子が不思議そうな顔をしている。
『クマでもつくれる、かんたんなメニューだとうれしいクマ!』
「あっ、情報集めてくれてるんだ!」
コメントが続々と届きはじめる。
《うちも来週、友達とやるよ~!クレープでオバケつくるんだ!》
『クレープでオバケつくれるクマ?』
《プリンにかぶせるんだよ!》
「なるほど、クレープのひだで、おばけっぽくなるかも!」
《クマ、うちの学校では血の塊をすするよ・・・》
『吸血鬼クマ!?』
《アハハ、給食のトマトゼリーのこと!》
「そうか、ゼリーなら大量に作り置きしておけるわ。」
他にもたくさん集まったコメントを読みながら、メモを取る。
『みんな~!怖くて美味しいもの、ありがとうクマ!』
水色のクマがぽてぽてと手を振り、配信が終わり、すぐに家のチャイムが鳴った。
「二川君!ありがとう!」
「配信、役に立ったか?」
「うん、たくさん情報集まって助かったよ!」
びっしり書いたメモを見て、二川君が驚く。
「一葉って、本当に責任感強いよな」
「そんなことないよ」
「そうか?手料理だって、本で作り方調べて、俺たちの味の好みとか、栄養とかたくさん考えてつくってくれて・・・なかなか出来ないだろ。」
「保護者ですから。」
苦笑いする私に、二川君は真面目な顔になる。
「あのさ。俺のこと、もっと頼ってよ。」
「え?」
「なんでも一人でやろうとしなくても、いいんじゃない?」
「私・・・ちゃんとできてない?」
「そういうことじゃなくて。」
双子がリビングから顔を覗かせたので、何か言いたげな二川君と廊下に出る。
二人の間をすり抜ける秋の風が、少し冷たい。
「うちの親、離婚してるって前に言ったよね。」
「うん。」
「私が・・・お母さんに言ったの。離婚してって。」
不機嫌なお父さんが帰ってくるたび、罵声と暴力で、息ができなかった。
小さい双子を抱きしめて、怒鳴り声が聞こえないよう布団をかぶった。
支配され、何も聞こえない、味のしない食卓が────怖い。
「四人で暮らそうって、私がお願いしたの。」
もし私がもっといい子に耐えていたら、離婚せずにいられたかもしれない。
お母さんは白髪が増えるほど働かなくてよくて。
双子はお母さんの美味しいごはんが毎日食べれて。
頼れるお父さんがいる未来が、あったかもしれない。
それでも────。
「今の生活は私のせいだから。自分の選択に、責任を持つのは当たり前だよ。」
「それは・・・・・・、一葉じゃなくて、親のせいだろ?」
辛そうな顔をする二川君に、首を振る。
「私は、家族という他人を信じるより、自分の力を信じたかった。」
そういうと、二川君の瞳が見開かれる。
「幸せになる方法を、自分で決めたかった。」
「一葉」
「だから私は、優しくも偉くもない。ただ自分の選択は正しかったって、みんなに思ってもらうために必死なだけ。」
乾いた下唇を噛み、肌寒さに腕を組む。
「だから、私は一人でやりたいの。」
自分の手で、美味しいものが並ぶ食卓を、つくらなきゃいけない。
ぎこちなく微笑みかえすと、二川君はなぜか寂しそうな顔をする。
「俺さ。一葉の料理してる姿、好きなんだ」
「んっ!??」
「頭の中でいろんなこと順序立てて、あっという間に料理を組み立てて。魔法みたいだなって。」
「あ、ありがとう・・・」
「ただ人生って、思い通りにいかないじゃん。」
二川君が、優しい瞳で、私をまっすぐに見つめる。
同級生につきまとわれたせいで家族との生活をあきらめた、二川君の言葉は重い。
「そんときは俺を巻き込んでほしい。一葉もそうだったろ?」
「えっ」
「土鍋で突撃、隣の晩ごはん!」
そういわれて、うどんを押し付けたことを思い出す。
「自分の選択に責任を持つって、カッコいいけどさ。自分の食事を、自分でつくらなきゃいけないルールなんてないだろ?」
「う、うん」
「レシピ通りにいかなくても、一緒に食べれば・・・いいんじゃない?」
二川君が脱いだ長袖のシャツを、そっと私の肩にかけてくれる。
「お好み焼きとかカレーとか、みんなで分けるから楽しいじゃん。」
「二川君・・・」
「美味しいものも、美味しくないものも、一葉の背負ってるの、俺に分けてよ。」
見上げると、二川君の瞳に星がキラキラと輝く。
(そうか・・・私、自分が正しいって、思いたかっただけなんだ。)
正しくなくても、美味しくなくても、誰かと分け合えたら。
それだけでいいと、思えるのかもしれない。
二川君の言葉で、ずっと蓋をしていた自分の心が開き、湯気でくもるように視界がぼやける。
「ありがと・・・・・・」
俯いて絞り出した言葉に、二川君が微笑むのが分かった。
◇
二川君とリビングに戻ると、双子はチラシの裏になにやら落書きしている。
「みてみて!」
「僕たちも、ハロウィンメニュー考えたよ!」
真っ黒に塗りつぶされた三角形の周りを、同じ黒でグルグルの渦やぐちゃぐちゃの線が取り囲んでいる。
「えーと、これは一体?真っ黒だけど。」
「ここが悪魔が住んでる黒い山で、これが沼で、茨が広がってるの!」
「へぇ、面白いんじゃないか?」
自慢げに胸をはる双子に、二川君が前のめりになる。
「例えば、この山はクレープで表現するとか、それで茨は───」
「やきそば!黒い、やきそば!チョコレート味なの!」
「沼はどうする?」
「コーヒーゼリーかな!」
「いやいや、おかしいって。」
苦笑いしてつっこむと、双子から冷たい視線を送られる。
「おねぇは頭が固いね。ハロウィンだよ?いたずらしていいんだよ!」
「カレーにキュウリ、焼きそばにチョコソース、冒険しなきゃな!」
「そうそう、フツーばっかじゃつまんないよ?規格外がいいんだぞ!」
む、なんだか年寄り扱いされている気分。
「クレープの山の中には、宝物が入ってるの!」
「それいいな。当たりを入れておくか。」
食事中も黒いプレートで盛り上がる双子と二川君に、ため息をついた。
◇
次の日、藤崎さんに新しいメニュー案を見せる。
真っ赤な血のトマトゼリー、おばけクレープ、パプリカで赤くした激辛風焼きそば。
《水曜日のクマ》で教えてもらったみんなのアイディアを元に、考えたんだ。
「昨日よりはいいけど・・・、もっとインパクトが欲しいわね。」
まだまだ藤崎さんのお眼鏡にはかなわないみたい。
「あら、これは?」
藤崎さんが、ファイルに挟んでいた双子たちの落書きを見つける。
「えーっと、これは妹たちの、おふざけっていうか。」
黒光りするクラッシュゼリーの沼を、黒い焼きそばが茨のように囲み、中央の黒い山には赤いドクロの旗が立っている。
「悪魔のお子様ランチ?」
藤崎さんが、落書きにでかでかと書かれた文字を読み上げる。
「へぇ。黒でまとめたプレート・・・。ハッ、インスピレーションが!!!!」
突然、藤崎さんが立ち上がる。
「闇から生まれし、漆黒の王子・・・!」
「は?闇?」
「二川君のイメージにぴったり!」
藤崎さんの目が光り、実家はリンゴ農家の二川君の顔が引きつる。
「全身、黒ねぇ。カラスみたいだけど。」
太田君がぼやく。
「そうだ一葉、店の名前はどうする?」
「あ、そういえばまだ決めてなかったね」
「そろそろ二川と看板をつくろうと思って」
二川君と藤崎さんも、私の方を見る。
「え?私が?」
「お前が言いだしっぺだからな」
しばらく頭をひねるけど思いつかず、ふと二川君と目が合う。
(二川君が真っ黒になったら・・・・・・)
「金曜日の黒ネコ?」
ポツリとつぶやくと、太田君がすかさず褒めてくれる。
「へぇ、なんかオシャレでいいな。」
すました顔の《水曜日のクマ》こと二川君に、ちょっと笑ってしまったのは秘密。
◇
メニューが決まったので、調理を担当するメンバーで試作をすることになる。
(結局、悪魔のお子様ランチが目玉になっちゃったけど、大丈夫かなぁ)
足取り重く、家庭科室へ向かう途中、二川君と太田君に会う。
二川君はいつも通りクールを装っているけど、ワクワクしているのが分かる。
「今日は試食会だろ?俺たちにも食べさせて!」
「太田君、試食じゃなくて試作会ね。」
「つくったら、食べるだろ!?」
「つくる人がいるから、食べられるの!手伝ってね」
「もちろん!今日は一葉の助手だから」
太田君と笑いあっていると、二川君が少し驚いた顔をしている。
「太田と、仲がいいんだな」
「小学校のときからずっと一緒だから」
「ふぅん」
「でも調理班は喋ったことない子ばっかりなんだよね。」
真帆は給仕班だし、ちょっと緊張する。
「うまく説明できるかなぁ。」
「配信だと思えばいいよ。」
「え?」
二川君は、涼しい顔だ。
「一葉は配信みるとき、嫌なところ見つけてやろうとか、思わないだろ?」
「それは、まぁ。」
「人と合わなくても、ただの相性とか、そのときの気分だし。」
「二川、あっさりしてるなぁ。」
さすが《水曜日のクマ》!
「ま、気楽にやりなよ。コメント入れるから。」
「コメントって・・・!」
「そうだな!俺たちがコメントで盛り上げてやるよ!」
「はぁ。登録よろしくね。」
家庭科室に入ると、二人組の女子生徒に声をかけられる。
「渡辺さん、投稿みたよ!」
「投稿?」
「そう。真帆のやつ!お料理上手なんだね。知らなかった!」
「あの写真みて、私たち調理班にしたんだ!」
急いで真帆のSNSを見ると、この間渡したおばけマカロンと目玉ドーナッツが、可愛くお皿に盛り付けられてハロウィン風に加工されていた。
『お料理上手な親友が文化祭メニューを開発中!試作品、とっても美味しいよ。当日のメニューもお楽しみに!』
そんな文章と一緒にアップされた写真には、たくさんのいいねが押されてる。
(真帆、忙しいのに・・・心配しててくれてたんだ。)
ほかにも投稿をみたテニス部の子たちが話しかけてくれて、和やかな雰囲気で試作会が始まった。
「えーっと、カフェのメニューはゼリーと焼きそば。それと、特製プレートがひとつになります。」
調理の説明をしながら、実際につくるところを見てもらう。
その様子を、私のスマホで二川君と太田君が撮影してくれる。
「渡辺さん、手際がいいね。」
「家でもやってるから。」
「すごーい!私も料理したいのに、うちはお母さんがダメっていうんだよね。」
「私も寮だから、自炊したことなくて。料理できるの楽しみにしてたんだ。」
「そうなんだ・・・。」
二川君が言う通り、つくりやすさって、みんながつくるときに大事なんだな。
そしていざ、実食だ。
「チョコクレープ、美味しい!」
「コーヒーゼリーも簡単につくれたね」
みんな口々に感想を言い合うけど、黒い焼きそばには手を付けない。
「なんであの焼きそば、黒いの?気のせいか、甘い匂いがするけど」
「チョコレート味らしいぞ・・・!」
(やっぱりふざけすぎたかな)
そのときだった。
「いただきます。」
二川君が、黒い焼きそばをお皿によそった。
みんなの視線が集まる中、気にせず、大きな口に焼きそばを運ぶ。。
「ん!」
二川君の目が見開かれる。
「うまい!甘いのに、カリカリのしょっぱいベーコンの塩気が効いてる!」
「よ、よかった~」
「この癖になる味わいは、それだけじゃないな・・・奥に旨味がある」
「実は隠し味に、味噌をいれてるんだ」
「味噌とチョコレートって、こんなに合うんだ!」
二川君はお箸を止めて、叫ぶ。
「スイカに塩に次ぐ、名コンビの予感!出会うはずのない天才がぶつかりあい、切磋琢磨し、一体となっている・・・!!」
「ふ、二川君・・・?」
「入口のチョコレートをくぐって、ベーコンのいかだにのり、麺の流れに身をゆだねれば大きな海に出る・・・」
「どういう意味?」
「口に入れたときと後味が違うって言いたいんだと思う・・・」
二川君はいつもの食レポを炸裂させながら、そのまま食べ続ける。
口の周りを真っ黒にした、普段のクールな二川君からは想像できない姿に、みんな驚きを通り越して笑いがこみあげてくる。
「ふふ、あはは!」
「二川君って、普段冷めてるのに、食べてるときは幸せそうだね。」
「あんな美味しそうに食べる人、初めて見た!」
「うん?うまいぞ。」
「いや、お前、意外と面白いんだよな。」
太田君が、二川君の肩をポンポンとたたく。
「なんだよ、一緒に食べようぜ。」
「そうだな。俺も食べてみよっと!」
二川君をきっかけに、みんなが手を伸ばす。
「チョコレート焼きそば、意外といけるわ。」
「あ、食べられるな。」
みんなで料理を分け合って、ワイワイして、少しだけ仲良くなれた気がした。
自分に近い場所を見つけた気分。
「二川君、いい食べっぷりだったね!」
「駅前の大盛り七色パフェ食べたことある?」
「甘いもの好きなら、裏通りのチョコレートアップルパイ美味しいよ!」
同級生から話しかけられて、二川君は困惑しつつ少し嬉しそうだった。
◇
帰り道、テニスコートの真帆に手を振る。
「真帆、ありがとー!」
「ん?また明日ねー!」
「・・・みんな、テニスの大会がんばってね!」
二川君の教え通り、無視されてもいいやという気持ちで『コメント』してみる。
すると、周りのテニス部の女の子たちが振り向き、苦手だと思ってた子たちが、笑って手を振り返してくれた。
(こんなことで、いいんだ。)
少しだけ、世界が広がった気がした。
◇
文化祭一週間前、試作練習中の家庭科室は大忙しだ。
「一葉ちゃん、トマトジュースとゼラチンはどのくらい混ぜる!?」
「ぐるぐるぐる~って、粉っぽくなくなるまで!」
「渡辺!クレープに穴が空くんだけど」
「もっとお玉でこう、クルクルッと!」
思っていた以上に、調理に時間がかかっている。
その夜、茶碗を洗いながら思わずため息をつくと、隣で食器を拭いてくれていた二川君が笑う。
「どうした一葉」
「文化祭の調理が上手くいかなくて。二川君が撮ってくれた調理動画はみんなに共有したんだけど、やっぱり動画だけだと分かりにくいのかなぁ。」
「あぁ・・・見てると簡単なんだけど、手を動かすと難しいんだよな料理って。」
二川君は深く頷き、考え込む顔をした。
次の日の朝、家のチャイムが鳴る。
「あれ、二川君どうしたの?」
「よかったら、これ。」
手渡されたのは、文化祭メニューの料理手順がイラストになったプリント。
「二川君がつくってくれたの?」
「うん、動画みながらつくってみたんだけど」
「すごい!よくまとまってる!料理本みたい!」
「絵を描くのは好きだからな!」
味のあるイラストに、二川君はドヤと胸を張る。
「これに、一葉が作り方のコツをかいて配ればいいんじゃない?」
「そうするね。うわ、すごい助かる!二川君、ありがとう!」
自分が、つい感覚で話をしてることに気づく。
二川君のレシピは共通のものさしで示されていて、分かりやすい。
お礼を言うと、二川君は嬉しそうな顔をした。
その日の放課後、みんなにプリントを配る。
「手順をイラストにしてみたんだ。つくるコツとかあるから、良かったら・・・」
ドキドキしながら渡すと、みんなが読んでくれる。
「渡辺、いいなこれ!」
「すごく手順が分かりやすい!」
「次になにしたらいいのか、わかんなくなるから、困ってたんだよね」
二川君プロデュースのレシピは大好評で。
みんなで試作を重ねていたら、あっという間に文化祭当日がきた。
◇
下手くそなクロネコが書かれた『金曜日の黒ネコ』の看板をくぐると、黒い幕で覆われた教室に飾り付けをされている。
「一葉、カワイイ!すっごくいい!」
「首元が、ちょっと落ち着かないけど」
今日は思い切って、真帆にポニーテールにしてもらった。
私は制服にいつものエプロン姿だけど、真帆はキュートな魔女姿だ。
お皿の確認をしていると、キャー!という黄色い悲鳴が聞こえた。
闇から浮かび上がった悪魔のような、漆黒の衣装を着た王子様が現れた。
「二川君・・・・・・!」
王子様スタイルを完全に着こなしている。
なぜかわきに抱えているかぼちゃは小道具だろうか。
(うわ、めちゃくちゃ、かっこいい。)
今日はいっそう近寄りがたい雰囲気だ。
急に、いつものボロいエプロンをつけた自分が恥ずかしくなってうつむいていると、二川君が近づいてくる。
「どう?」
二川君は、くるりとその場でマントを翻し、ポーカーフェイスのまま口角をあげた。
女の子たちがキャー!と歓声をあげる。
「似合ってるよ!すごい、えーと、悪そう!」
「・・・悪いの?まぁいいか。」
妙に恥ずかしくて、素直にカッコいいと言えない。
目の下にクマをつくった藤崎さんが、誇らしげにしている。
「どう?神様の最高傑作。完璧なイケメン、黒王子ですわ!」
うーん。本人を目の前にこんなに好意を伝えられるって、なんだか尊敬しちゃう。
「みて、魔女の衣装もすごく凝ってるの。袖口をリボンで絞れるんだよ!」
「わ、カワイイ!」
真帆が、魔女のケープを広げて見せてくれる。
調理班のみんなは仮装した子たちを羨ましそうにしている。
そこに吸血鬼姿の太田君が大きな袋を持ってきた。
「調理班、集合!」
野球部らしくよく通る声で調理班を集めると、袋の中から黒い板を取り出した。
「はい、一人一枚な。」
配られたのは、コウモリの羽根の形をしたボード。
リュックのように背負えるようになっている。
「これは?」
「ネームボード。調理の邪魔にならないようにって、二川が考えたんだぞ。」
太田君の口から意外な名前が出てきて、みんなで驚く。
「えっ、二川が?」
「二川君、優しい……。本物の王子様だわ。」
小田さんなんか目を潤ませて、感動している。
「ま、デザインは藤崎がしてくれたし、俺たちでつくったんだけどな!」
太田君が歯を見せて笑う。
「背負うと、羽根が小悪魔みたいで可愛い!二川君、ありがと!」
「みんなで楽しまないと。だろ?」
二川君は照れくさそうに、脇に持っていたかぼちゃを頭にかぶった。
「え、待って。それかぶるの!?」
「イチカに教えてもらったんだ!俺、今日はかぼちゃだから。」
「は?」
あ然としていると、藤崎さんがため息をつく。
「仕方ないわ。かぼちゃをかぶらないと、王子の衣装着ないっていうんだもん。」
「目立つと勝手に写真撮られたり、話しかけられたり、迷惑なんだよ。」
二川君の突き放した口調に、みんな息をのむ。
「そうか……。二川も大変なんだな。」
「騒がれるの嫌だったんだ、知らなかった。」
「でも、なんでかぼちゃ?」
かぼちゃ頭で準備体操を始めた二川君をみて、みんなでひそひそ話をしていると梢先生が入ってきた。
「あら、とっても素敵なカフェ!さぁ、お客さんが入るわよ!」
そうしていよいよ、文化祭が始まった。
「この、悪魔のお子様ランチってなに?」
「食べてみてのお楽しみです!」
「なにこれ!真っ黒なんだけど!!ストーリーにあげよーっと。」
「この黒い焼きそば、なんか癖になる味だな。」
悪魔のお子様ランチが噂になったようで、教室の外には長い行列ができた。
二川君もかぼちゃ頭のまま、汗だくで給仕をしている。
「ねぇ、二川君はどこ!?」
「今いないんですよ」
「いつ戻るの!?」
「分かんないですねぇ」
二川君狙いの女の子たちがくるけど、だれもかぼちゃ頭が二川君だと漏らさない。
(みんな二川君のこと、守ってるんだ。)
ガッカリしていた女の子たちは、あの子よくない?と吸血鬼姿の太田くんに気づき、キャッキャしている。
厨房がわりの調理スペースは大忙しだ。
何台も並んだホットプレートはフル稼働で、盛り付けもバタバタしている。
「渡辺、クレープがすぐ焦げるんだけど!」
「ホットプレートが熱くなりすぎてるのかも!一回切ってみて!」
お昼を過ぎても人が減る様子はなく、慌ただしく走り回っていると、急に目の前にかぼちゃが現れる。
「わ!」
「一葉、ちゃんと休憩してるか?」
かぼちゃの中から、二川君が顔を出す。
「どうせまだお昼もたべてないんだろ?」
「まぁ」
「渡辺一葉、休憩はいりまーす!」
二川君が勝手に宣言すると、小川さんが驚く。
「そういえば渡辺さん、朝から休んでないんじゃない?」
「うん、でも。」
「みんなで練習してきたんだから、大丈夫だって!なにかあれば俺がいるし!」
「一応、私が責任者だし、二川君に甘えるわけには。」
「ちがうよ。俺を頼るんじゃなくて、周りを信じて。」
そういうと、調理班のみんなが頷く。
「渡辺ほどうまくないけど、練習したからさ!」
「つくってくれたレシピみながら、家でもつくってたんだから!」
みんなの手元のレシピには、それぞれ書き込みがしてあって。
「・・・・・・うん、じゃあお昼食べてくるね」
教室を出て、二川君がくれた冷たいコーラを片手にひとりで校内をぶらつく。
賑やかな廊下をひとり歩くけど、前みたいな、どこにも居場所がない感じはしない。
教室でお弁当を食べて戻ると、山盛り用意していたはずの材料はもうすっかりなくなっていた。
◇
「かんぱーいっ」
「仮装カフェ、大成功だったね!」
教室で、みんなで乾杯する。
「ぷはっ~~~!」
太田君がトマトジュースを豪快に飲み干す。
「ずいぶん健康的な吸血鬼だね!」
「俺、毎年これでもいいな。」
注目をあつめた太田君はまんざらでもなさそうな顔をしている。
すっかり気が抜けていると、真帆に肩を叩かれる。
「一葉おつかれっ。悪魔のお子様ランチ、爆売れだったね!」
「悪くなかったわね。」
藤崎さんも、多分、褒めてくれている。
「衣装、すごく良かった!黒王子の仮装、かっこよかった!」
「フン、二川君の美しさを引き出す努力は惜しまないわ!」
ちょっと圧が強いお嬢様だと思ってたけど、今は一生懸命の裏返しだって分かる。
「藤崎さん、ありがとう。」
「あなたには、なにもしてないわ。」
「藤崎さんのおかげで、いいものができたから。妥協しないでくれて、ありがと。」
藤崎さんは耳を赤くして、ツンと、そっぽを向いた。
「ねぇ!みんな衣装着てるうちに、写真撮ろうよ!」
真帆がクラスに声をかける。
「あれ、そういえば二川君は?」
「やだ!どこへ行ってしまったの!絶対、お姿を写真に残さなきゃ!」
二川君がいないことに気付いた藤崎さんがカメラを手に、教室を飛び出していった。
(すごいな。人目を気にせず、自分の気持ちに素直に行動できて)
藤崎さんの背中を見送ると、真帆が呟く。
「二川君のイメージ、変わったな」
「え?」
「硬派でクールな感じだと思ってたけど、ふつーの男の子なんだね。」
「そうだね、食べるのが好きな、友だち想いの子かも。」
「顔のことで勝手に騒いで、悪いことしちゃった。」
真帆は私の背中のボードを軽く叩いた。
文化祭を通じて、二川君が友だちと話しているところを時々見かけるようになった。
(みんなに二川君のこと知ってもらえて良かった……のに)
一緒に喜べない私は─── 心が狭い。
モヤモヤが消えるように、机を布巾で強く拭いた。
教室の片づけを終えると、日が傾いた校庭から歓声が聞こえる。
「キャンプファイヤー、始まったみたいだな。」
「一葉もいこうよ!」
「ごめん、今日はもう帰るね。」
「そっか、おつかれ!」
残念そうにしながらも、引き留めず手を振ってくれる真帆と太田君にホッとする。
途中、バタバタと廊下を走る先輩女子たちとすれ違う。
「ブイ様、見た!?」
「いない!黒い服着てるらしいよ!!」
「もうどこにいるのよっ!絶対、見つけなきゃ!」
ハンターのように血眼で二川君を探しまわっている。
(ひぇぇええ)
その横を、息を殺して通り過ぎる。
(あ、本の返却期限が今日までだった)
メニューを考えるために借りた本を返しに、図書館へ向かう。
関係者以外立ち入り禁止の別館は、外のお祭り騒ぎが嘘のように静まり返っている。
無人のカウンターで手続きをして、本を返そうと棚の間をゆっくり歩いていると。
(────あ)
絵から抜け出たような王子様が、窓に寄りかかって遠くを見ていた。
どこか遠くを見る横顔は美しく、物憂げな顔すら魅力的だ。
漆黒が似合う王子様はこちらに気づくと、驚いた顔をする。
「一葉・・・・・・!」
「二川君、ここにいたんだ。」
二川君はうんざりした顔で、ため息をつく。
「勝手に幻想を押し付けられて、執着されるの、ほんと気持ち悪い。」
二川君は本気で嫌そうだ。
(私も─── 気をつけなきゃ。)
この気持ちが、執着にならないように。
ひとり占めしたいなんて、思わないように。
胸の前で、本をギュッと抱え直すと、外から音楽が流れてきた。
窓際に近寄り、外をのぞくと、やぐらに火が入ったところだった。
「キャンプファイヤー見てたの?」
「いや。一葉を探してた。」
「私を?」
「一葉は・・・誰かと踊らないの?」
二川君を見上げると、星空の瞳と目が合う。
「私は、このまま帰るよ。双子のお迎えいって、ゴハンつくらないと。」
いつもの現実に戻らなきゃ。
(あと、もう少しだけ・・・・・・)
非日常な空気に浸っていたくて、校庭を眺める。
「あ、真帆ちゃんだ。」
テニス部の友達と踊っているところを、男子が混じりたそうに様子を伺っている。
「わ、アオハルって感じ。」
「うらやましい?」
「ちょっとだけね」
肩をすくめると、目の前に手が差し出される。
「俺と、踊ろう?」
二川君が身をかがめて、こちらをのぞき込むように笑う。
(本物の王子様みたい。)
悔しいけど、かっこよすぎてドキドキする。
「・・・・・・クマなのに!」
「なんだそれ。じゃあ一葉はシンデレラだな!」
ボロボロのエプロン姿の私を見て、王子様がアハハと笑う。
「ほら、手を出して。」
「むりむり!」
「適当でいいんだよ、誰も見てないんだから。」
二川君に引っ張られ、手を重ねる。
遠くに聞こえる音楽に合わせて、二川君がゆっくりとステップを踏む。
夕陽に照らされた二川君はいつもより大人っぽくて、心臓の音がうるさくなる。
(こんな近かったら、二川君まで聞こえちゃうよ・・・・・・!!)
「あの、文化祭は、ど、どうだった!?」
焦る私に、二川君は気にした様子もなく、少し考える顔になる。
「客寄せパンダよりずっと良かった。パンダじゃなくて、クマだけど~!」
二川君の台詞に思わず笑ってしまう。
「二川君、色々ありがとう。」
「一葉は休憩するのも忘れるくらい、活躍してたもんな。」
「お恥ずかしい・・・」
いつも自分のことが後回しで、手が回らなくなる。
(なんだか、穴が空いたドーナッツみたい)
真ん中がぽっかり空いたまま、周りでやらなきゃいけないことが膨らんでいく。
「はぁ。自分が情けない」
「一葉は、そのままでいて。一葉の心配は、俺がするから。」
「え?」
「忙しい一葉の
二川君は、そういうと、私をくるりと回した。
その拍子に、ポニーテールのリボンも揺れる。
「俺も、もっとがんばらなきゃな。」
「え?」
「ダサいとこばっか見せてるだろ。」
「そんな、二川君はいつもカッコいいよ!」
思わず本音が口をつくと、二川君は目を丸くし、細める。
「思い込みで怒鳴るし、熱で倒れるし、料理もできないのに?」
「それは・・・ダサいことじゃないでしょ。」
「それでもカッコいい?」
「カッコいいよ!」
赤い顔で言うと、二川君は、嬉しそうに笑った。
髪をあげた首元を、気持ちのいい秋風が通り抜けていった。
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