第2話 あつあつ!真夏の鍋焼きうどん
夏休み前の終業式、のびのびした空気が流れている。
そんな夏休み前のウキウキを引き締めるのは、学年で一番若くて厳しい、梢先生だ。体育館の壇上で、可愛い顔に皺を寄せて、風紀指導をしている。
「夏休みになると、SNSのトラブルが急増します。可愛い浴衣姿をみんなと共有したくなるのはわかるけど、顔や場所が分かる写真は絶対に載せないこと!」
「自撮り上げるときは、ちゃんと鍵かけてるもーん。」
隣の真帆が、唇をとがらせる。
「そして、ネットの情報は絶対に信じないこと!」
梢先生が壁に映し出したのは、芸能人みたいな学生の写真。
校舎や校庭を背景に、イケメンとカワイイ女の子がポーズをとっている。
「え!めっちゃカッコいい!誰?」
「こんなカワイイ子、うちの学校にいたっけ?」
みんなが盛り上がりとともに写真はどんどん変化して、モデルのような二人組は、ジャージを着た校長先生と教頭先生になる。
「なんだよ、加工かよぉ」
あちこちで落胆の声があがる。
「そう、こんな風にAIで顔も服も場所もいくらでも変えられるの。声だって加工できるわ」
梢先生はきっぱりと断言する。
「とにかくネットで知らない人とは、やりとりをしないこと!」
配信は・・・いいのかな。
二川君をチラリと見ると、いつもより顔が白い気がする。
(あれ?体調わるい?)
「それでは楽しい夏休みを!」
梢先生は最後に笑顔でそうしめくくり、終業式が終わった。
夏休みの予定を立てる生徒たちで、校庭はにぎやかだ。
真帆はすぐにポケットからスマホを取りだし、電源を入れた。
最近、スマホをチェックすることが多くなったような気がする。
「なにみてるの?」
「えへへ、実はね。この人とメッセージやりとりしてるんだ。」
画面に表示されたのは、カッコいい男子高校生。
「どこで知り合ったの?」
「インスタ!ずっと投稿にいいねしてたんだけど、DMしたら返事くれて!」
「それって・・・危なくないの?」
「ぜったい大丈夫!こっちの身バレするようなことは言ってないし」
心配するけど、真帆はケラケラ笑う。
「変な感じしたら、すぐブロックすればいいしね!」
本当に大丈夫なのかなぁ。
微妙な顔をしていると、太田君が横から話に入ってくる。
「うちの親はネットで知り合って、結婚したらしいぞ。」
「ほんとに?」
「母親が北海道、父親が沖縄に住んでたんだ。同じ趣味で繋がったらしい。」
「リアルに出会うはずのない二人の運命の出会い・・・SNSの奇跡よね!」
ロマンチストな真帆は、目を輝かせている。
「おっ、あそこにも運命を求めてる女子がいっぱいいるぞ」
太田くんが、ひときわ騒がしい方に目配せする。
二川君を中心に、人だかりができていた。
「二川君、チャット交換しない!?」
「スマホ故障中。」
「じゃあ電話番号教えてよ。」
「憶えてない。」
みんな、二川君を取り囲んで、なんとか連絡先を交換しようと必死だ。
「なんか心が折れる塩対応だね……。」
「さすがV様。硬派だから、きっとスマホとかしないのよ!」
いやいやその人、ファンキーなクマ姿で実食配信してますけど!
なんてもちろん言えない。
「そ、そだね~。」
「そうだ!ミホが今日休みでV様にしばらく会えないから、写真送ってあげよっと」
真帆が、二川君へスマホを向ける。
「やめなよ」
カメラの前に手をかざし、真帆の目を見て止める。
「それは、ちがうじゃん。友だちのためでも、他人を勝手に撮るのは良くない」
「一葉・・・。そだね・・・。」
「お、さすが保護者だな!」
「たとえ他人のためでも、それで真帆が傷つくのは嫌だから」
そういうと、真帆が私にギュッと抱きつく。
「うん。分かってるよ、一葉!」
私たちの様子を見ていた太田君が、肩をすくめる。
「それにしても二川って、この暑さでも、顔色ひとつ変えないんだな。」
(そうかな。ちょっと具合悪そうに見えるけど・・・・・・)
なんだかいつもより瞳に輝きがなく、ダルそうなのは女の子に囲まれてるから?
少し心配だけど、話しかけられる雰囲気でもなく、そのまま真帆と別れて帰宅する。
いつものように夕飯の用意をしていると、イツキがそばに寄ってくる。
「なんか手伝う?」
「大丈夫。ミーチューブ見てていいよ。あ、水曜日だからクマの日じゃない?」
「今日は体調不良のため、配信お休みだってー」
「えっ。」
二川君、やっぱり具合が悪かったのか。
ゴハンは何か食べられたかな。お弁当とか食べられたかな。うーん。
「ちょっとお隣さんに行ってくる!」
鍋を火にかけたまま、エプロンのまま、隣の部屋のチャイムを押す。
「……はい?」
「あ、二川くん?隣の渡辺です!」
「なに。」
インターホンから聞こえる声は掠れている。おうちの人いないのかな。
「体調悪い?大丈夫?」
「……なんで。」
二川くんの声がぶっきらぼうになる。しまった、これじゃストーカーだ。
「今日学校で、体調悪そうだったから。」
「元気だから。じゃこれで。」
ゲホゲホと咳き込む音が聞こえる。
このままじゃ、部屋の中でひとり倒れていそうだ。
(仕方ない!)
「もぐもぐうまうま、僕くまだけど!」
水曜日のクマの決め台詞を言うと、インターホン越しに二川君が絶句する。
「どうして・・・」
「配信できないくらい、体調悪いんでしょ?」
少しして、扉が開く。
ラフな部屋着姿の二川君の顔は赤く、夜空のような瞳も潤んでいる。
「なんで知って……。」
色々聞きたそうだけど、今はそれどころじゃない。
「熱は?」
「測ってない。頭は熱くてぼーっとするのに、なんかゾクゾクする。」
熱が上がる前兆だ。
「病院は?」
「薬もらってきたから今から飲む。」
「ごはんは食べた?」
「なんも食べてない。てか、今日ずっと食欲がない。」
「空っぽのお腹に薬は・・・。ちょっとだけ待ってて!」
急いで家に戻ると、小さい土鍋を出す。
そこに冷凍庫から凍ったうどん、油揚げ、豚肉と青ネギを入れていく。
さいごに、かつお節をひとつかみ掴んでのせる。
「お姉ちゃん、どうしたの?」
「二川君が風邪ひいたみたい」
「お見舞い?イチカも行きたい!」
「つらそうだったから、今日は待ってなさい」
マスクをして、再び隣の家に突撃する。
中は、うちの部屋と線対称の間取りになっているようだ。
「お邪魔します・・・」
リビングの扉をノックして開けると、二川君は冷房の効いた殺風景な部屋で、毛布に丸まっていた。
「台所、借りてもいい?」
「冷蔵庫にはなんもないぞ。」
「持ってきたから大丈夫。」
コンロに鍋を置き、水を入れて火にかける。
しばらくすると静かな部屋に、コトコトと土鍋が鳴りはじめ、かつおの香りがふんわりと広がる。
「いい匂いだな。おなか空いてきた。」
二川君が小さな声で言う。
土鍋からよそおうと食器を探すけど、お箸と平皿しか見当たらない。
「それ、なに?」
「簡単だけど、鍋焼きうどん。」
「じゃあ鍋のまま食べる。」
フラフラの二川くんの前に土鍋を置き、フタを開ける。
ふわりと白い湯気が立ち、二川くんはぼんやりとそれを見ている。
(ど、どうしよう)
そこで私もようやく冷静になる。
勢いで手料理なんてつくっちゃったものの・・・気持ち悪いよね。
台所でオロオロしていると、二川君が手を合わせた。
「いただきます。」
二川君は、ハフハフと無言で、うどんを食べはじめた。
すごい勢いで、あっという間におつゆまで飲み干すと、ほぅっと息を吐いた。
「久しぶりに、あったかいもの食べた。」
土鍋の底をみて、二川君はぽつりつぶやく。
「ごちそうさまでした。」
赤い顔で頭を下げてくれた二川君は、ぼんやりと私を見る。
「俺が・・・水曜日のクマだって知ってたのか」
「イツキたちが配信みてて、たまたま気付いただけで!他の人にも黙ってるし!」
ストーカーじゃないよ!と否定すると、二川くんは笑う。
「分かってるよ」
「え?」
「いつも隣の家から、やさしい匂いがすると思ってたんだ。」
二川君は、遠い目をする。
「きっと、誰かのために美味しいごはんをつくる人がいるんだなって思ってた。」
「二川君。」
「渡辺・・・ 一葉だったんだな。おいしかった。」
二川くんは眠そうにソファに横たわり、目を閉じた。
「東京にきてからずっと一人で食事してたんだ。なんか人が怖くなっちゃって。」
学校での二川くんの態度を思い出して、胸が痛む。
「最初は美味しいものもたくさんあるし、一人でも全然楽しかったんだけど、だんだん何を食べても食べた気がしなくて。」
「味が、しない・・・」
思い出すのは、スープを飲む音にも気を遣う、味のしない、静かな食卓。
二川君の気持ちが、ちょっとだけ分かる気がする。
「そしたら、おじさんが食事の配信ライブを勧めてくれたんだ。アバター使って、いろんな人とメシ食って交流してみろって。」
「私たちも、クマと一緒に食べてた!」
「マジで?」
「うん。クマがとっても美味しそうに食べるから楽しくて!」
そういうと、二川君は照れくさそうに毛布にもぐりこんだ。
「なにかあれば連絡してね。おやすみ。」
自分の番号とIDを、メモ帳に書いて残しておく。
どうせ連絡は来ないだろうなと思いつつ、そっと部屋を出た。
次の日の朝、いつもより少し遅く起きるとスマホにメッセージが1件きていた。
(知らないアカウントからだ。)
開くと、元気に踊っているクマのスタンプが現れた。
(あ、二川君……!)
『ありがとう』だけのメッセージに、なんだかくすぐったくなる。
こうして夏休みが、始まった。
◇
「一葉!ちょっと!」
パジャマでお風呂掃除をしていると、玄関で出勤の支度をしていたお母さんに大きな声で呼ばれる。
何事かと顔を出すと、玄関に目が覚めるようなかっこいい男の子が立っていた。
「二川くん!」
「先日はありがとうございました。これ、実家の林檎です。叔父がくれぐれもよろしくと申しておりました」
大きな紙袋を抱えた二川くんは、礼儀正しくお辞儀をする。
「もう体調は大丈夫?」
看護師をしているお母さんのチェックの目が光る。
「はい、おかげさまで」
「ゴハンも食べられてる?」
「はい、お弁当ばっかりですけど。」
「そう。外食も悪くないけど、最低限自分でも作れるといいかもね。」
「俺、全然料理できなくって。」
二川くんが恥ずかしそうにすると、お母さんがこちらを見る。あ、嫌な予感。
「一葉、簡単なお料理教えてあげたら。ほら、お米のとぎ方とか」
「さすがにそれくらいはできるでしょ。」
「いや、知らない。やったことない。」
真顔で答える二川くんに、思わず私も真顔になる。うそでしょ。
「ついでにお昼も、うちで一緒に食べて行きなさい」
お母さんは遠慮する二川くんを家にあげると、そのままバタバタと出ていく。
「あ、ニーサン!いらっしゃい!」
「どうしたの?」
リビングへ案内すると、双子が顔を出す。
紙袋いっぱいの林檎に気付くと、歓声をあげる。
「これ、うちでつくってる林檎。」
「すごい!赤くてつやつや!」
「いい匂い~!」
「ひとつひとつ、手で収穫するんだよ。」
林檎をほっぺたにくっつける双子をみて、二川君は誇らしげだ。
「おねぇちゃん、林檎たべたい!」
「お昼たべてからね」
「おねぇは、いつパジャマから着替えるの?」
「へ?」
しまった、忘れてた!
ヨレヨレのズボンを慌てて引き上げると、二川君がそっと目をそらした。
急いで着替えて、台所でエプロンを頭からかぶる。
エプロンの後ろのリボンを結ぶひまもなく、頭の中で献立を組み立てていく。
「俺は何をすればいい?」
「じゃ林檎の皮むきをお願いできる?」
簡単そうな作業をお願いしたつもりが、すぐに後悔する。
「やだ!なんで林檎の上に包丁が突き刺さってるの!」
林檎の真ん中で直立した包丁をみて、悲鳴をあげる。
「リンゴに恨みがある奴の犯行だな」
イツキがまな板の上をみて、つぶやく。
「二川君、もしかして林檎の皮も剥いたことない?」
「うん。いつも皮ごと食べてたし」
二川くんは不思議そうな顔をしている。
「というか、包丁も持ったことない。」
「はい没収!」
慌てて包丁を取り上げ、自分でむくことにする。
林檎の丸みにそって皮をむいていくと、皮がくるくると赤いリボンのようになる。
「どうやったらそんなに薄く向けるんだ。」
「えぇ、慣れかなぁ。」
「すごいな!」
キラキラと尊敬の眼差しを向けられる。
うっ、二川君の無防備な笑顔がまぶしい。
逃げるように冷蔵庫を開いて、食材をチェックする。
そうそう。今日までの豚肉と・・・、キャベツもあるな。
「二川君、お好み焼きは食べられる?」
「うん。いただきます。」
「じゃ、ホットプレートを出そうかな」
台所でそそくさと準備を始めた私をみて、二川君が腕組みをする。
「一葉ってさ。」
下の名前を呼ばれてドキッとする。
そりゃそうか、うちじゃみんな渡辺だもんね。
「いつから料理はじめたの?」
「十歳くらいかな」
「へぇ。料理が好きなんだな」
「ううん。親が離婚したから。」
「え?」
「お母さんのお手伝いするようになるまで、台所に立ったことなかったよ。」
二川君の綺麗な瞳が、丸くなる。
「今もたいしたものはつくれないんだけど。この間のうどんも冷凍してたのお鍋に入れて煮ただけだし。」
「・・・うまかったよ、元気でた。」
二川君に微笑まれ、思わず顔が赤くなる。
「じゃ、じゃあ!はじめるよ!」
食器棚からボウルを2つ出して並べる。
「ここに薄力粉をコップですくって、一杯ずつ入れてもらえる?」
「うん」
続いて、卵もひとつずつ割りいれる。
「そしたらこっちのボウルに水をコップ半分、もう片方に牛乳をコップ1杯分入れてくれる?」
「こっちが水で、こっちが牛乳?」
二川君は、首を傾げる。
「うん。お好み焼きとクレープをつくろうかと思って」
「えっ?どういうこと?」
「途中まで生地の作り方が同じなんだ。水が入ったほうがお好み焼き、牛乳のほうがクレープになるんだよ」
クレープの生地に、砂糖をひとつかみ追加する。
「一葉、本気か・・・・・・?」
「えっ」
「お好み焼きとクレープって全然違うのに。クレープはヨーロッパのお菓子で、お好み焼きは関西だろ?」
納得いかないのか、まじまじと似たようなボウルの中身を見つめているので、泡立て器を渡す。
「これで全体をぐるぐる~っと、かき混ぜてね」
「りょうかい!」
二川君は張り切って、ボウルをお腹に抱える。
「カップ1杯の粉と、カップ1杯の牛乳、卵ひとつに、砂糖ひとつかみ・・・」
「簡単だよね!」
「うん、覚えやすくていいな。レシピを検索すると、何グラムとか材料をきっちり測らなきゃいけなくて、あきらめてたんだよな。」
これなら自分でも出来そうだと思ったのか、ちょっと嬉しそうだ。
出来上がったクレープとお好み焼きの生地を、冷蔵庫で寝かせておく。
「この間に、お好み焼きの具材を用意しよう」
キャベツを切る私の手元を、二川君は興味津々でのぞき込んでいる。
(うっ、やりづらい。)
「そうだ、山芋すってくれる?」
「山芋?」
「アレルギーとかある?」
「それは、ないけど」
二川君は少し顔をしかめる。
「お好み焼きの生地に混ぜると、トロトロになるんだよー」
「山芋入ってるってわからなくなるから大丈夫!」
「ふぅん。この機械はどう使うんだ?」
二川君はおろし金を卓球のラケットのようにブンブン振り回している。
こりゃ前途多難だな。あとは双子に任せよう。
「ニーサンはお好み焼き、好き?」
「うん!しばらく食べてないけど」
「食べてるよ!僕は、豚が好き」
二川君は双子と楽しそうに作業をしている。
終業式にみた、女の子たちへのそっけない態度からは想像できない。
(・・・もったいないな)
重たい荷物を持ってくれたり、美味しいものではじゃいだり、二川君のいろんな顔を知った今、二川君の冷たさは、自分を守るためなんだと分かる。
(もしかしたら、女の子たちに、気をもたせないためでもあるのかな)
それって、優しさ、だよね。
私の視線に気づいた二川君が、顔を上げる。
「なに?」
「二川君は・・・優しいね」
「そんなことを言う女子は、一葉だけだぞ」
二川君は、あきれた顔をする。
「一葉もたいがいだけどな。」
「そう?」
「自分のこと怒鳴った奴にご飯食べさせて、料理まで教えるなんてお人好し!」
二川君は少し意地悪そうな顔でニヤリと笑った。
◇
「熱いから、プレートには触らないようにね。」
ホットプレートに少し油をひき、切った具材をまぜた生地を丸くのせる。
ジュージューいい音がしてきたら、豚肉を重ならないようにのせて、裏がえす。
お肉と生地の焼ける香ばしい匂いに、二川君の目が輝いていく。
「はい、どうぞ!」
お好み焼きを四等分に切り分けて、お皿に入れる。
「「もぐもぐうまうま!いただくまーす!!」」
双子の手を合わせる姿を見て、二川君がソワソワしている。
「えーと、いただくます!」
つられて、語尾がクマってる。
フワフワの生地はお箸をいれると、しっとりほぐれる。
「おいしーっ!」
「うん。外はカリっとこんがり、中はふわふわ!」
「二川君がすってくれた山芋のおかげだね!」
「ニーサン、どう?」
黙ってお好み焼きを口に運んでいた二川君が、震えはじめる。
「カリカリの豚の脂を吸い込む、魔法の布団・・・!」
「は?」
「山芋が縁の下の力持ちのように、しっとりと寝かしつけてくる・・・!!」
「え?山芋が?」
「夢のような口どけを、ソースがたたき起こす!これは世紀の発明!!」
「あ、ダメだ」
怒涛の食レポをはじめた二川君に頭を抱えると、双子が顔を見合わせる。
「もしかしてニーサンって、《水曜日のクマ》?」
「えっ!?お、俺は・・・」
「そっかぁ。本当はクマなのに人間のフリしてるんだね」
イチカ、その美少年はアバターじゃないよ。
二川君のお皿はあっという間に空になる。
中学生男子には、量が足りなかったかな。
「そうだ、林檎のクレープにしよう!」
林檎を皮つきのまま横方向に切って、丸い円盤型にする。
「えーっと、クッキーの型抜きはどこにやったかな」
「クッキー?」
「あった、あった。これで林檎の芯を抜くの」
ためしに星型で真ん中をくり抜くと、ドーナッツみたいな形になる。
「わぁ、かわいい!」
「僕もやりたい!」
双子が率先して、型抜きをはじめる。
「うちの林檎のこんな姿、初めてみる」
「こんな姿・・・」
「いつも丸ごと齧るか、四つに切るかだったから。切り方を変えるだけで、こんなオシャレになるんだな!!」
二山君は、丸い林檎をぐるぐるとまわしながら、唸る。
「そしたら、ホットプレートで、林檎を焼いていくよ。」
砂糖をまぶすと、甘く焦げた、カラメルのいい匂いがする。
ニコニコと焼きあがるのを待つ二川君は、まるでおかわり待ちの犬がしっぽを振っているみたい。
薄く伸ばしたクレープに、焼き林檎を添えてお皿に載せる。
「美味しそう!!!」
「まだ誰も知らない林檎がここにある・・・!!!」
二川君の食レポがはじまり、みんなで声をあげて笑った。
◇
こうして時々、二川君と時々一緒にゴハンをつくるようになった。
今日のお昼はカレーライスだ。
煮込まれたカレーの食欲をそそる香りが、リビングに広がる。
「「「「もぐもぐうまうま、いただくまーす」」」」
みんなで手を合わせて合唱する。
「スゥウウウウウ…」
二川君は目を閉じて両手を広げ、深呼吸している。なにごと?
「夏の匂いがする。」
「夏・・・?あ、旬の野菜をつかってるからかな。」
「旬の野菜?あぁ、そうか。季節ごとに食べるものが変わるのか!」
当たり前のことなのに、二川君は初めて気づいたかのようなリアクションをする。
「うーん、うまいっ!このナス、美味しい!」
「素材の味が濃ゆいー」
双子が評論家のようなことを言う。
最近、いつも美味しそうに食べてくれる二川君につられて、双子もたくさん食べるようになった。
「今日はサラダもカレーも全部、二川君からいただいた野菜でつくったんだよ!」
「実家で食べてた時よりうまい気がする。」
二川君は、しみじみ言う。
「俺の家は収穫期になると、いつもカレーで。手の空いた時にかきこむんだ。」
「へぇ、何が入ってるの?」
「たしか人参に、玉ねぎに・・・そういえばキュウリも入ってたな」
「おねぇ、今度つくってよ!」
「うっ・・・。カレーにキュウリ?」
「まずそうー!」
「こら、イツキ!」
イツキがべーっと舌をだして、嫌そうな顔をする。
正直、私も想像できないけど・・・。
「キュウリが瑞々しさが、ゆでると水団子みたいになるんだ!」
「水団子?なんか美味しそう。」
二川君が言うと、なんでも食べたくなってくる。
「うちで使うのは規格外の野菜ばっかだから、いろんなものが入ってるんだ」
「規格外?」
「そう、黒くなったトマトとか、丸まったきゅうりとか、形が悪くて売り物にはならないやつ。味は一緒だけど、見た目で判断されるんだよな。」
イケメンと騒がれる二川君が、少しふてくされる。
(クマのときは、ハツラツとしてるもんな・・・。)
「そういえば水色のクマのアバターは、どうやってつくったの?」
「俺が描いたイラストからおじさんがつくってくれた!」
二川君が胸を張る。
あの下手くそなイラストは自信作だったらしい。
「最初はアバターで別人になりきる感じだったけど、だんだん俺の一部になってくるっていうか。見た目が変わって、知らない自分が出てきた感じ。」
「林檎の切り方を変えるのと同じだね。」
したり顔でイツキが言うと、二川君はくしゃくしゃっと頭を撫でる。
一緒に食卓を囲むようになって、前よりも心を許してくれてる、ような気がする。
食後の林檎を食べていると、スマホからメールの着信音がする。
「あ、太田君と真帆が、今からうちで一緒に宿題やろうって。」
「誰?」
「同じクラスの子たち。小学校のときから一緒で近所なんだ。」
「じゃあ俺は帰るわ。」
「え、一緒に宿題やらない?」
「そんなの、とっくに終わってる」
「わー!」
そういえば、成績優秀って聞いた気がする。
「それに・・・俺がいたら困るだろ。」
二川君は唇を曲げた。
「どういう意味・・・?」
「俺の友だちってバレたら、一葉にも連絡先教えろとか言ってくるだろ。」
二川君の瞳は、スーパーで初対面の私を拒絶した時と同じ冷たい色で。
(過去にそういうことがあったのかな。)
「私は、二川君が嫌がることしないよ!」
「分かってる。クマのことも黙っててくれてたし。でも一葉が嫌な思いするから隠しておいたほうがいい。」
「そんなの・・・寂しいじゃん!」
「寂しい?」
二川君は、不思議そうな顔をする。変なこと言っちゃったかな。
「えっと・・・、私たち一緒にゴハン食べる仲・・・でしょ?」
イチカとイツキも頷いている。
「なにかあったら、一緒に考えればいいじゃん!」
そういうと、二川君は目を見開いた。
「そうか・・・・・・。」
小さく呟くと、私の顔をじっと見る。
「一葉も?」
「え?」
「一葉が困ったときも、そうしてくれる?」
二川君にまっすぐに聞かれて、ちょっとドキッとする。
「別に私は、一人でなんとかできるし!」
「おねぇには助けてくれる王子様がいるからなぁ。」
イチカがしたり顔で言う。
「ちょっと!それアキラちゃんの前では絶対、言わないでよ!」
「どういうこと?」
二川君が怪訝な顔をするが、ちょうど宅急便がきて、その続きはうやむやになる。
結局二川君は真帆たちが来る前に帰ってしまったけど、夏休みは賑やかに過ぎていった。
◇
《二川くん視点》
渡辺 一葉は、不思議な奴だ。
初めてその名前に気づいたのは、図書カードだった。
(こんな本、読んでる奴いるのか。)
奥の本棚で埃をかぶっている料理の本たちを手に取って驚く。
俺はつくれないけど、料理を見るのは好きだ。
(渡辺一葉、どんなやつなんだろう・・・・・・)
男か女かも分からない奴が、妙に気になった。
それからしばらくして、廊下を歩いていると、その名前が聞こえた。
『一葉!このあとみんなでプリクラ撮りに行かない!?』
『ごめん!用事があって。』
教室から飛び出すように出てきたのは、長い髪を下ろした女の子だった。
楽し気な友だちの誘いを断り、振り返らず一人でまっすぐに廊下を進む。
学校に溶け込まない姿が、まぶしくみえた。
(だから、スーパーで声をかけられたとき、ガッカリした。)
彼女も他の女子と同じかと、勝手に失望して自分でも驚くほどの大きな声が出る。
俺の怒鳴り声に、怯えたように身体を竦める少女の姿を見て、すぐに後悔する。
(全部、俺の勘違いだったんだけど)
思い込みで傷つけた俺を、一葉は責めなかった。
それどころか、体調の悪い俺を心配して、うどんまでつくってくれた。
手作りの食事を食べるのは随分と久しぶりで、身体が温かいもので満たされる。
同時に、自分の満たされていなかった心を、知った。
『二川君は・・・優しいね』
女子への態度が悪いとか傲慢だとか言われる俺に、一葉はそんなことを言う。
誰にも理解されないけど、向けられる好意に応えないことが俺なりの誠意だったから、見抜かれたみたいでドキッとする。
(一葉の世界の見え方は、俺とも、他の奴とも違う。)
きっと一葉は、誰よりも大人なんだと思う。
手際よく料理をつくるから、てっきり料理が好きなのかと思ったのに首を振る。
なのに、自分のためじゃなく双子のために毎日、美味しい食事をつくる。
(一葉は、食事を楽しみたいというより・・・)
美味しくなくちゃいけないと、思ってるみたいだ。
他の女子とちがい、髪の毛はいつも下ろしっぱなしで、放課後の廊下を早足で歩き、使い込んだエプロンの背中のリボンも、いつもほどけたまま。
(きっと一葉には、他にやることがたくさんあるから。)
調理中、考え事をしているのか一葉の大人びた表情見ると、すごく心配になる。
ジャガイモの皮むきをする一葉の後ろで、そっとリボンを結ぶ。
「え!?あ、あぁごめんね。いつもしてないの。」
一葉は宿題をやってこなかったことがバレた生徒のようなバツが悪そうな顔をする。
(そんな顔、してほしいわけじゃないのに)
だから俺の実況で笑う一葉を見ると───すごく胸が温かくなる。
さぁ今日も、《水曜日のクマ》になろう。
『もぐもぐうまうま!僕クマだけど!今日も美味しく、いただくまーす!!』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます