男と女の繋がり

白川津 中々

 概ね、今の生活には満足していた。

 毎日の仕事は気怠いながらも奴隷のように使われるわけでもなく、週に2回の休みと20万前後の給料が貰える。家族を養うには幾分不足しているが妻が働きに出てくれているから、金の問題は解決済みである。二人で子供を育てながら健やかな生活をする程度には余裕のある、一般的より少し底流に位置する毎日は苦労がありながらも悪くはなかった。


 ただ、生きているという実感がないのだ。


 毎日働き、代わり映えしない時間を保つというマンネリ。独身じゃないのだからそれくらいの忍耐はするべきであるというのが社会通念。共に子を育て、小さな幸福を噛み締めるのが家族のあるべき姿なのだと理解しているしそうしている。それでも、ふと頭を過ぎるのだ。もっと楽しく、刹那的に、破滅と隣り合わせの生き方をしてみたいなという欲望が。


 これは俺ばかりではない。妻も心底で願っているはずだ。世間の目を気にしてはいるが彼女はもっと自由で原始的な価値観を尊重していた。だからこそ、俺達は交際を経て結婚などしたのだ。そして得たのがこの平穏と満足感。満たされているという不満である。なんと退屈な事だろう。このまま子供が育ったら、休日はイオンにいって映画など観て過ごし、夜は回転寿司やファミレス、安価なチェーン店の焼肉屋で腹を満たして、家族の時間というあたかも民衆が喜びそうな風景を形作っていくのだ。


しかし、それは、俺達でなくてもいい。もう十分に、世に溢れている。俺と妻は、もっと面白く生きていきたいのだ。


「なぁ」


 子供をあやす妻に声をかけると、「なぁに」と気怠げな声が聞こえた。育児に家事、仕事に追われて俺の相手をする暇などないと、そう告げているような口調である。そんな妻に提案できる案を、俺は考えてきていた。


「老人共を騙して、金を儲けないか? NFTを使った詐欺を考えてみたんだが……」


 実に愉快な計画だった。これなら妻も秒で首を縦に振るだろうと思っていた。


「駄目だよ」


 返ってきたのは目論見の外れた否定だった。

 落胆。妻はもう普通になっていたのか。昔のアナーキーさは鳴りを潜め、主婦として、家人としての生活を優先したいのかと、失望の念に溢れる。かくなるうえは俺一人でもと思ったが、次の言葉に胸が躍った。


「老人相手にしたって仕方ないじゃん。どうせなら、前途ある若者と、その家族を破綻させてやろうよ。きっと、楽しいよ」


 彼女の笑顔を、若い頃に見たあの表情を久しぶりに見た。

 そうだよ、これだよ。これこそ、俺達なんだよ。


「最高じゃないか! ぜひやろう!」


 俺はそう言って妻にキスとキスを交わした。抱かれている子供も楽しそうだった。そうとも、楽しくないわけがない。なぜなら、俺と妻との子供なのだから。


 さぁ、これから罪のない一般家庭をぶっ潰していこう。俺達家族が、楽しむために。

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