不要不急のアドベンチャー
白川津 中々
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あまりにも暇なため小旅行にでも出ようと荷物を詰めて家を出たはいいものの、あまりにも暑過ぎた。
春夏秋冬から夏冬になって久しく。二季の過酷さといったらないと存じてはいたがここまでとは思わなかった。そら高低気温による外出禁止アラートなんてものが出る。普段の在宅勤務デリバリーフード生活。部屋外の世界はもっぱらバーチャルの現代人には耐え難い環境ではあるが、「障子を開けよ。外は広いぞ」という偉人の言葉もある。百聞は一見にしかず。リアル体験により大脳を刺激するのが真の娯楽だろうという思いで進むが、いや遠い。駅まで120mのはずなのに一向に見えてこないばかりか、道中にあったはずのコンビニにさえ辿り着けていない。かれこれ20分は歩いたろうに道半ば。熱波でぐにゃりと沈むアスファルトの感触がただ不快だった。遠くを見れば蜃気楼が揺蕩い、東京スカイツリーと通天閣が肩を並べている。その光景を目にし、あまりの高温で空間が歪み、膨張しているのだと理解した。これは遭難の危機。帰るかどうかの選択を迫られるもの、俺の中のアドベンチャーが「行け」と命じてくるものだから前進するしかなかった。水分なし。帽子なし。半袖半ズボンでビーチサンダルという心許ない装備は死を予感させるに十分で、肌からは焼肉の香りがする。人間BBQとなり果てる未来が頭を過ぎると、神も仏も夏の暑さにやられてしまったのかとまったく信心深い念慮が浮かぶのだった。もはやこれまで。異常気象に晒され倒れ、半溶解したアスファルトに埋まっていくのかと覚悟したその時、見覚えのある緑と白の看板をこの目に捉えた。コンビニである。喉はカラカラだったが力を振り絞り全力ダッシュ。ゴム部分が爛れたビーサンが脱げるのをそのままに、足の裏を灼熱で焼きながら息絶え絶えに入店すると涼やかな風が俺を包む。冷房が効いている。そんな当たり前の事がなにより嬉しい。テクノロジーによって生かされているという実感が設計者と技術者と中間卸業者と販売者。そしてこんな酷暑というか発熱地獄の中でも営業してくれているコンビニのオーナーと従業員に感謝の気持ちを示したい気持ちでいっぱいとなった。
「いらっしゃいませ」
挨拶。しかし、随分遠い間合い。何かと思えば店内ステレオから流れている。
そして、気がついてしまった。
空間膨張の影響が、屋外だけではなく、屋内にも及んでいる事に。
「当店は異常気象の影響により、20平方キロメートル。約20kmまで店舗面積が拡張しております。お手数ではございますが、商品は購入してからお召し上がり、ご使用ください。なお、当店は広大な面積を十分に冷やすため、冷房のリミッターを解除しております。直下は氷点下60℃と大変寒くなっておりますので、防寒具などをご着用ください」
アナウンス終了。
ノンコンビニエンスな店内を見て震えるのはエアコンのせいか武者震いか。
「……行くか!」
気合いは万全。この一夏の大冒険は、まだ始まったばかりである。
不要不急のアドベンチャー 白川津 中々 @taka1212384
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