20暮れなずむ団地
ナオトはバスの後部座席に座り、ここ最近での出来事を振り返っていた。秘密の出入り口は開いておらず、新聞に載っていたもう一つの怪獣の正体は大きなラブラドールレトリーバーだった。ミカとの思い出も遥か昔のことのように思えてきて、全てのことが自分の思い込みだったのではと考えてしまう自分がいた。怪獣騒動も幕を下ろし自分たちは平凡な中学生になって、やがて平凡な大人になってしまうのだろうか。
病院で久しぶりに会ったミカの言葉が思い出される。彼女は再び怪獣と出会いそこで何かしらの意思疎通の反故があったのだという。ミカの言葉は信じられるし自分一人でも一度は秘密の入り口は開いてみせた。そういったことの全てが、複雑に思えて一つの推測にたどり着いた。それは怪獣と会える期限が近づいているのではということだった。怪獣に謝りたいと言ったミカの願いを叶えてやりたい。それが最後になるかもしれないという予感が心を騒つかせた。
バスを降りた頃には陽が落ちて山の稜線と空の間にグラデーションを描いていた。団地へと上がる道の途中、大きな犬を連れたタケシと出会った。クラスでも大きな方であるタケシがさらに大きなロッキーに引っ張られ苦戦しているようだ。ナオトに気付きタケシの方から話しかけてきた。
「…細田の見舞いに行ったんだって?」
以前のこともあるのか少し後ろめたいような表情に見えた。
「ああ、すっかり元気そうだったよ。二学期には戻って来れるらしい」
少し気まずい時間が過ぎたが再びタケシが話しかけてきた。
「俺は三川中に進むんだけどお前は?」
進学のことを聞いているらしい。意外な質問に驚いたがナオトは素直に返した。
「僕も三川中に進むよ」
タケシの表情には怒りも憤りもなくただ事実として受け止めているかのようにそうかと頷いていた。再び沈黙が訪れたが、
「あのさ」
とタケシが切り出した瞬間待ちくたびれたロッキーがぐんとリードを引っ張った。その拍子にタケシは躓きそうになりながら踏み耐えた。話の腰を折られ言葉が続かなかった。
「じゃあまたな」
そう言ってタケシはロッキーを連れて足早に去って行った。
「じゃあまた」
とナオトはタケシの背中に向けて声をかけた。振り向いたタケシの顔は少し微笑んでいるように見えた。
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団地には風呂場で騒ぐ子供の声が時々響き、夕飯の匂いが風に運ばれてくる。4号棟にあるキョウコの住む部屋には灯りがついていなかった。薄暗い部屋の中でキョウコは机に頬杖をついてぼんやりとしている。両親ともまだ帰宅していなかった。ずっと同じ姿勢で視線は遠くを見ているようだった。すると窓外に向けて立ち上がり、何かに耳を傾けている。その表情はいつもの快活なところはなく、幽霊のように正気のないものだった。その視線の先にはあの沼がある。
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ナオトが家に戻るとすでに夕飯が用意されていた。非番だった母親は子供たちのために腕を振るいバラ寿司が作られていた。台所ではマサルが配膳の手伝いをしている。
「丁度よかった。今できたばかりなの」
そう言って寿司桶からナオトの分を取り分けている。マサルもしおらしくお椀に注がれたアサリの味噌汁を恭しく運んでいた。今日はマサルが一日中母親と過ごせて良かったとナオトは思っていた。
「マサルもお手伝いしてくれて、一年生になってすっかりお兄ちゃんになっちゃったね」
まだ甘えたい年頃のマサルは母親に褒められて照れくさそうにはにかんだ。
「ミカちゃんのお見舞いはどうだったの」
ナオトはいつもの所定の位置に座り
「もうすっかり回復して元気そうだったよ。向こうのお母さんがよろしくお伝えくださいって」
皆が席に着き合掌していただきますと声を揃えた。
「どんな話をしてきたの?」
母親も事件の真相に興味があるのかそんなことを聞いてきた。
「いなくなった当日のことはあまり覚えていないんだって。塾が億劫になってサボりたくなったって言ってた」
この嘘には無理があったが、そのことはナオトが一番よく分かっていた。嘘が苦手なナオトはなるべく事件の事には触れないよう話題を逸らした。
「お医者さんの話しでは、二学期には学校に戻れるかもしれないって」
「そうか、良かった。みんな心配していたから」
母親は素直にミカの回復を喜んでいるようだった。
「そう言えばさっきタケシにあったよ。ロッキーの世話をちゃんとやっているみたいだ」
「そうそう、交番で預かっている犬の世話係に自分から志願したってケンちゃんから聞いたわ。ちょっと見直した」
母親もタケシのことを良く知っている。ナオトはいつもより優しい母親がなんだか久しぶりに会う人のように感じた。そしてバラ寿司が父親の好物だったことも思い出していた。
その日の晩ナオトは夢を見た。まだ幼い日の自分と父親の夢を。
本格UMA小説群 弍乃盆 @3263827
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